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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-36. J.B.- Cold Blooded.(凍える血)


  

 おっさんの策は実際確かに上手くはまってる。こういうある種の悪巧みに関しちゃ、俺なんかよりはるかによく考えられるしな。

 魔力感知を妨げるためのジャマーの効果がどれほどかは分からないが、少なくとも現時点では見つかってる風ではない。

 そしてデュアンが用意してくれた魔糸織物のトーガには、それほど強力でもないが、【気配隠し】の魔法効果が付与されている。

 

 イベンダーのおっさん曰わくこの効果は、【姿隠し】のように透明になる、というより、他者からの認識を阻害する効果があるとかで、要は「視界に入っても何故かあんまり気にならなくなる」のだそうだ。

 コソコソしてても、場違いな場所に居ても、あまり気にされない。

 とは言え明らかに不自然な行為をするのは良くない。

 あくまで自然体、かつコソコソと気配を消しつつ───て、加減が難しいな、おい。

 

 すでに俺たちは客の立ち入りが禁止された地下厨房方面にまで侵入している。地下への入り口は魔法鍵で施錠されていたが、通常の鍵ではなく魔法鍵ならイベンダーのおっさんの魔繰鏡で開錠出来てしまう。

 曰わく、「難易度はイージーだな」との事だが……大丈夫か? さすがにバレたらただでは済まないんじゃねーのかな。

 

 おっさんは以前の試食会のとき、ガンボンと一緒に調理場には入っている。なので大まかな構造は把握しているらしいが、その時も付き添いの奴が付きっきりで自由行動は出来なかったらしい。

 コソコソと柱の影に隠れて前方を伺い、通路の先から来る会員をやり過ごし、時には小物を使い気を逸らし、しばらく進むこと十数分近く。ちょっとこりゃ、なかなか引き返せない辺りにまで来ちまってるぞ?

 

「おっさん、ちょっと奥にまで来すぎちゃってねえか、俺ら?」

「ふうーんむ……まずいな」

「だろ? さすがに……」

「いやー、挟まれた。前と後ろからそれぞれ別の連中が来てる」

 

 左手の籠手に設えてある“魔騒鏡”で魔力と気配を探りつつしていたおっさんがそんな事を無責任に言う。

「まっ!? マジにヤベェやつじゃんかよ!?」

「さっきやり過ごした奴が、小走りに戻ってきとる。忘れ物でもしおったか?」

「原因なんてどーでもいいぜ! どーすんだよ!?」

「ううむ……一か八かでいくか……」

「何だ? 何するんだ!?」

 そう聞くとおもむろに左手の籠手を何かしら操作し、少し先の壁の飾り柱へと翳して魔力を繋げる。

「何を……?」

 言い掛けて、ガゴンとでも言うかの音と共に壁がぐるりと横に回転。俺たちはその向こう側へと倒れ込んだ。

 

「隠し部屋だ。都合良くも魔法仕掛けの、な。

 だがこっち側にも幾らかの魔力反応があるから───鬼が出るか蛇が出るか……」

 通路よりも暗い室内。おっさんは篭手の魔繰鏡から【灯明】の魔術を使い辺りを照らす。

 

 そこは一見すると食材倉庫のようで、樽や木箱にドワーフ合金製の壺なんぞが整然と並べられていた。

 武器防具以外のこういう日用品も俺ら探索者の収集品だ。ドワーフ合金製品は硬くて壊れず、腐食も変質もしないから食品貯蔵にも小物の持ち運びにも向いている。

 

「おっさん。で、どうする? しばらく隠れてやり過ごすか?」

「もしくは……酒とつまみでもちょろまかすか?」

「それじゃただの泥棒だろ」

 ただ、ここがただの食材倉庫なら、魔法仕掛けの隠し部屋にしている意味はない。敢えて隠している以上、何かしらの理由はあるはずだ。

 例えば……一般には決して知られたくない特別な食材を隠しておく……とかな。

 

「こっち側の魔力反応ってのは、どんな感じだ?」

 おっさんは篭手の魔繰鏡を睨みつつ、ふーんむと息を吐いて、

「……どちらも……大きくはないな。そこそこ魔力の扱える普通の人間並み……低活動状態だから、寝ているか、休んでいるか───監禁されているか───」

 小声でのその声が途中で止まる。

 右手でこちらを制すると、前方を指差し静にとジェスチャー。

「居るのか?」との意図で視線を交わすと、肯定の頷き。

 

 おっさんよりかは“静かに”動ける俺が、ゆっくりと前方へ移動。棚の影から様子を覗くと、そこには扉の前で壁を背にしてうなだれ眠り込んでるかに座る小柄な姿。白装束に白い仮面。正会員のそれと似ているがやや違う、準会員のものだ。

「んん? ありゃあ……」

「知ってンのか、おっさん?」

「んー……仮面があるからまあ確かとはいえないが……試食会のときの助手君だ」

 あーーー……なるほど、そうかもな。背格好が似ている。

 問題は、そいつがこんな所で何をやっているのか───。

 

「話を聞くか」

「おえ!? ちょ、ちょ、ちょい、おっさ……!?」

 止める間もなくそいつへと近付いて、軽く肩をつついて、

「おい」

 と声をかける。

 

「ふ……わはぁ……こ、交代……ですかァ~?」

 分かり易いくらいに寝ぼけた反応。その助手君にイベンダーのおっさんは、

「中の様子はどうだ?」

 とこれまた小さな声で聞くと、

「あ、はい、落ち着いて……ます、はい……大丈夫……です、大丈夫……」

 

 ───これは……どうしたもんか。

 引きが良いのか悪いのか。こりゃあヤバそうなモンを見事に引き当てたっぽいぞ。

 おっさんと俺は顔を見合わせ、それから助手君の後ろの扉を見る。

 

 さて……、

「鬼が出るか……」

「蛇が出るか」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 鬼でも蛇でもなく、寒々しい小部屋の中で吊されていたのは一人の男。両手首を縛られ、目隠しをされて、半ば夢うつつかに朦朧としている。

 ゾクリとするぜ。

 いや、この部屋がやや薄ら寒いということじゃねえ。

 馬鹿げた噂、ただの誹謗中傷……そう思っていたマヌサアルバ会の食人の儀式の話それが今まさに、現実のモノかもしれないと思わさせられているからだ。

 

「……マジかよ」

 思わず漏れ出るこの言葉。そしてこの言葉以上のことは出てこないくらいにアタマん中は真っ白になっている。

 膝建ちの姿勢で吊された男を見上げる俺の横をイベンダーのおっさんは通り抜け、まじまじと男を見て観察し、

「確かに、デュアンから聞いたテオの特徴に似ているな」

 と確認する。

 

「おい、どーするよおっさん。助け出して外に連れて行くか?」

 囚われの姫君を助け出すんじゃなく、良い年こいた怠け者の放蕩息子ってのはサマにならねえが、とは言えこのまま放っておくわけにもいかねえ。

 扉の前で見張りをしてただろう小柄な助手君はまだ寝ぼけたままできちんと覚醒していない。

 タイミングとしても助けるなら今しか無いだろう。

「ふーんむ……だが、ちょっと待て。この……首筋の痕は……」

 背が高いとは言えないイベンダーが背伸びをするようにしながら観察をする。

 

 が……。

「……くそ、まずいな。けっこうデカめの……正会員の魔力反応だ」

 おっさんの言葉に思わず見回すが、まだ目視できる距離には来ていないようだ。しかし既に音、例の隠し扉の開く音が、風魔法の遠耳の効果が無くても聞こえている。

 

 慌てて転ばぬようにしながら、俺とおっさんはテオの吊された小部屋の奥へ。

 奥にはそれこそ文字通りの食材、解体された牛や大角羊の肉がいくつも吊されている。

 

 その一つの裏側へと周り、なんとか気配を殺す。魔力反応はおっさんのジャマーが効いてくれることを祈るしかない。

 

「───ウィルフ」

 冷たく乾いた声。声の位置からすれば背は高い。だが低く落ち着いてはいるが、性別は恐らく女。

「ふぁっ!? は、はい!?」

「私に命じられた仕事は退屈?」

「はい!? いえ、け、決してそんなことは……!!」

 立場、地位にはかなりの差がある。

「他に───誰も来てない?」

「はい、誰も!」

 実際はここに居るけど、こりゃ見つかったらかなり拙いな。


 ぎぃ、と軋む音とともにその正会員らしき女はこの小部屋へと入ってくる。

 息をのみ身をすくめる俺とおっさん。

 女は上から下へとゆっくりと視線を動かしながら吊られたままのテオを見る。

 見ながら、小さく呟くように、

「───アルバが止めねば……あのダークエルフとこうしていたものを……」

 と漏らす。

 

 それから背の高い女はテオの顎に右手を当てて引き寄せると、まるでかじりつくように、貪るように口付け。

「……うぅ……モ、モディーナ……」

「起きたの、テオ?」

「あ、ああ、愛しのモディーナ……麗しのモディーナ……」

 

 交わされる言葉はまるで恋人同士のそれだ。だが低温の食肉貯蔵庫へと吊され、身動き出来ない状態での言葉としちゃあかなり不似合い。

「また……お愉しみの時間よ……」

 しっとりと濡れ艶めいた声。

 囁くようなその響きのまま、再びモディーナと呼ばれた女はテオへと口付けを数回繰り返す。それから頬、耳たぶ、そして首筋へと唇を這わせてから───その牙を突き立てた。

 


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