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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-7. マジュヌーン(精霊憑き)(7) -キノコパワー


 

 挿絵(By みてみん)

 

 魔法の薬? ああ、受験勉強がうまく行くとか、寝ないで仕事できるとか、そういううたい文句のヤベェ薬だろ?

 と、まあ日本で聞いてりゃそう返すワードだ。

 だが今この場所、この状況じゃあ違って聞こえる。半分獣みてえな不可思議怪人に生まれ変わり、デスクロードラゴンだとかいう化け物が暴れまわってる。その化け物の姿はまだ見えない。そもそも今の俺はど近眼になったみてえにモノの姿が良く見えない。だがその代わりに匂いが分かる。増え続ける大量の血と死の匂いだけでも、奴がとんでもない破壊力を持つ化け物だってのがハッキリと分かる。

 

「寄越せ……! その薬とやらをよ!」

 ぼろ布にくるまってるチビになんとか掴みかかる。掴みかかるが、正直てめぇでも笑えるくらいに力が入ってねえ。

 変な声を出して慌てて怯えるそのチビに、テレンスがどこぞの外国語っぽい言葉で俺の意志を伝える。

「薬は、種類がある、と言ってます。それに、無くしたパーツや、折れた骨が元に戻る……という、ほどの、力はないです、と」

「痛みを止めて、体力回復させて、戦えるようにしろ」

 ちっ……! コレじゃ正に「魔法のクスリ」だな。

 

 テレンスはチビがゴソゴソと取り出した、例の鈍い金色の金属で出来た小さな小瓶を二つ程受け取り、俺へと差し出す。

「右の青い紐のコレは、いわゆる、回復薬、です。痛みを押さえ、ある程度の傷と体力を回復する、そうです」

「左のヤツは?」

「赤い紐のは……」

 ここでテレンスが言いよどむ。

「言え」

「……思うに、あまりオススメしません。洞窟キノコを、その他の材料と混ぜ、一時的に、感覚と身体的な能力を上げます。しかし、後でひどく、疲れます。ある種の……あー、エナジードリンクで、アッパードラッグと、思います」

 

 その二つを引ったくるようにして取ると、俺はすぐさま飲み干す。

 うげぇ、と吐き出しそうな味と匂いをこらえて唸りを上げる。その唸りは最初はただその苦くて臭い薬への苦悶の声だったが、次第に内から湧き上がる妙なエネルギーの発露となりだす。

 息が荒くなり、心臓がバクバクと鼓動する。下手なエナジードリンクどころじゃねえ。いきなり脳内のあらゆる感覚がぶっ放され解放され、止まっているのが辛いくらいにテンションが上がる。

 

「ぐ……うぉぉおお……!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「……あ、ああ。めちゃめちゃ大丈夫だぜ……!」

 

 さっきまでの痛みは半分以下、無痛とまでは行かないが余裕で我慢できる。そして身体中に妙なエネルギーが漲り、気がついたらもう走り出していた。

 跳躍。動けず逃げ出せない連中や、既に切り刻まれ殺された連中の上を飛び越えて、俺はそのデスクロードラゴンとやらの頭に飛び乗った。

 

「真嶋くん!?」

 柱にぶら下がるようにしていた樫屋に、身体中に薄い切り傷と誰かの血にまみれた犀男の田上が目に入る。

 感覚が鋭敏になるという魔法薬の効果のおかげか、相変わらずぼやけた視界ながらも、それらの動きが明瞭に分かる。いわゆる動態視力ってやつか? そいつが上がっている感じだ。

 だがそれより何より匂い。なんとも言えない生臭い息と、様々な生き物の血を全身に浴びたみたいな匂いの固まりが、ぼんやりした視覚以上にそいつの姿形をくっきりと浮かび上がらせる。

 

 そいつはドラゴンと聞いて想像する、よくある四足歩行で背中に翼の生えた恐竜みたいな形はしていなかった。

 角は生えている。これは想像通りに頭頂部に二対だ。だが高ささは3メートルくらいで、やや前傾姿勢の二足歩行。長い尻尾でバランスを取っていて、血にまみれた爪は確かに長くて鋭い、文字通りに“死の爪”だ。

 

 辺りは既に血の海。その中で田上と樫屋は結構な奮戦をしていただろう痕が分かる。素早い樫屋が翻弄しつつ、タフで怪力の田上が肉弾戦を挑む。

 ただ樫屋は自力でコイツにダメージを与える術が無く、田上の硬い皮膚はこいつの爪でも容易くは斬り裂けないようではあるが、動きの素早さに追い付けず、また怪力とは言えやはり決定打には欠ける。

 

 その膠着状態……いや、膠着しつつも押されていた状態のところに俺は割り込んで、ドラゴン野郎の頭の後ろに肩車されるような格好で跨がり、頭の二対の角を両手に握る。

 ドラゴンはグァオ、と怒りの声をあげ頭を振り回す。

「うおっと」

 込められる握力は戻ってきてるが、それでも振り落とされないようにするのに必死だ。

 

 その機を逃さず、田上は低く体を落としてぶちかます。頭を奴の鳩尾辺りに突き刺すようなそれは、田上以上の巨大を揺らすに足りる衝撃だ。

「樫屋! 何か使えるモンねえか!?」

 素手でやり合える決定打が無いなら、道具と知恵を使うしかねえ。

「おう!」

 と軽快に答えると、くるりと回転してから集めたモノの山の方へ。

 

 俺はさらにドラゴン野郎へと体全体を使い絡めるようにプレッシャーをかける。

 右足を首へと回して絡め、左足は肩口から脇の下へ回す。両手で角を持っていたのを左腕全体で抱えるようにしてから右の角を掴む。

 そして空いている右手の先を尖らせるようにして握り混み、正確な位置は分からないものの右目の辺りに見当をつけて───抉り込むように突き入れた。

 ゴグゥアァッ! と、これは怒りと同時に悲鳴。だがその悲鳴の大きさに比例したダメージは与えられては居ない。

 固い。人間の柔らかい眼球とはまるで違う硬質な感触。

「クッソ、目潰しは無理かっ……!?」

 どうやらこいつのデカい目玉は、その表面の瞼部分を透明な膜のような硬い鱗で覆っているようだ。

 

「真嶋くん、これ!」

 樫屋がそう言いながら投げて寄越すのは、先端がやや尖った例の鈍い金色の金属棒。元々が何のためのモノかは見た感じ分からない。

 強いて言うなら……蜘蛛の脚……みたいなもんか?

 

 受け取ったそれを逆手に持ち、再びドラゴン野郎の目ン玉をほじくり返してやろうとするが、今度は頭を振って避けられる。

 しかし嫌がっていると言うことはやはりコイツに刺されるのはキツいってこったろう。諦めずに何度も攻め立てる。

 首の動きを邪魔しようと田上が姿勢を変えて両腕を回す。体格的にはドラゴン野郎は田上の1.5倍くらいか。おそらく筋力自体もこの田上よりもあるはずだ。それでも何とか組み付き続けて動きを封じてるのは、ある種のレスリングテクニックなんだろう。

 だがその動きに応じて、ドラゴン野郎もまた体勢を変える。今度は背を逸らすみてえに後ろに仰け反り、そのぶっとい尻尾を支えにした形でまるでカンガルーキックのように田上の両すねを蹴り飛ばした。

 ズルリと足を滑らせ、前のめりに倒れる田上。

 それ以上にヤバいのは、丁度後頭部に張り付くようにしていた俺が、そのまま地面への叩きつけられることだ。

 地面へとぶつかるその直前に、俺は角から手を離して飛び出すように距離をとる。

 

 これで三人は再びドラゴン野郎を囲むような態勢で対峙した。振り出しに戻る、だ。

 だが次の瞬間、そいつは文字通りに空気が震えるかと言うほどの咆哮をあげると、迷わず一足飛びに俺の方へと飛びかかってきた。

 

 体格は二倍以上。手足も爪も長く鋭い。そいつが獣丸出しの勢い任せの速攻で、縦横に振るう腕とその爪先が慌てる俺の目の前を幾度も掠める。

 薬で能力を嵩増ししてても、身体そのものは怪我を負っているしやせ衰えているし、機敏さでは樫屋、力では田上に及ばないという俺の特性を見抜いてのことか、トカゲ野郎、良いところ突いて来やがるぜ。

 田上はコイツが本気のスピードを出せばまるで追い付けない。反射速度で上回っていただろう樫屋は……ああ、どうやらかなり近い距離でさっきの咆哮を食らったのか、或いは耳がでかい猿怪人の特性からか、まるで頭をぶん殴られた見てえにふらついてる。

 こいつの爪先の速度は、確かに今の俺でも手に余る。それに田上と違って俺の身体は毛皮に覆われていても硬くはない。こいつの長く鋭い爪が掠めただけで、容易く切り裂かれ血飛沫をあげるだろう。


 だが───。

 

「田上!」

「おう」

 軌道は単純! 俺の感覚が例のチビスケの魔法薬とやらで鋭敏になってることも関係して居るのか、筋肉の僅かな動きや姿勢、何より匂いなんかの情報も加わって、次にヤツがどう攻めるのかの軌道が予測出来る。

 そして爪の切っ先を五回ほどかわし、俺は目当ての位置へ。そこでの次の攻撃は右の爪先を振りかぶっての打ち下ろし。

 

 俺は身体を横にひねり回転するようにそれをかわす。そしてその俺の背後に控えていた田上が奴の腕を掴み取ると、背を反らしての見事な反り投げ。

 

 試合なら一本……いや、まだ技ありか? だが何にせよこいつは試合じゃない。投げ飛ばしても終わらないし、怪物の方のダメージもそう大きくは無さそうだ。

 人間、格闘家と違って受け身も何も知らないドラゴン野郎はそのまんま見事に石畳の上に叩きつけられるが、これまた人間と違い骨も筋肉も全然違う。体重がある分衝撃も大きいはずだが、頑丈な骨と分厚い筋肉の鎧がそれを吸収する。

 

 だが───当然それも想定済み。

「グオォォォォッッッ!!」

 雄叫びと言うより吠え声か? 俺は叫びながら両手でしっかり握ったさっきの尖った金ピカ金属棒を、仰向けに倒れたそいつの口の中へと突き立ててやる。

「ゴグゥァァアアッッッ!!」

 ってなこれは、俺じゃなくそのドラゴン野郎の悲鳴。少なくとも皮膚やウロコ膜に覆われた目よりも柔らかい口の中から、赤黒い化け物の血が噴き上がる。

 それを視界に収めた瞬間───世界がぐるんと回転して叩き飛ばされた。

 

 強烈な一撃は、やつの尻尾。アマゾンに住む巨大アナコンダの胴体さながらにぶっとくて長いやつの尾は、仰向けに倒れながらもぐるり回転し、奴に覆い被さるようにして居た俺をジャストミートしてふっ飛ばす。

 視界も回るし目も回る。あらゆる回転が俺の脳みそに意識までも揺らしに揺らす。そして受け身もとれない状態で柱の一つに激突して、そのまま床へ。

 三連続の手酷い衝撃は、さすがに例のクスリの効果でもカバーしきれねえ。起き上がるどころか意識を保つのすらやっとの有り様。

 向こうがどうなってるか確認出来ねえが、田上も樫屋もこりゃヤベェことになりそうだ。

 

 だがそのとき、意外な救いの手が現れる。全く、予想だにしていなかった戦力だ。

 

 

 まずは、ごう、とでもいうかの音と熱気の塊。そいつがこのホールの空間に突如として現れる。それは一瞬にして消えるが、確実にこの状況を変化させた。

「やった! 出た! 出たよ!」

「すげぇ、ひのっち! 魔法だ! チートだ!」

 揺れの残る意識の中にそんな間の抜けた会話が聞こえてくる。声は知ってるそれとは違っているが、こりゃ大野と日乃川のオタクコンビなのは間違いない。

 魔法? そういやあの爺がそんなこと言ってやがったな。魔法薬とやらを飲んでるくせに、リアルに魔法の何のってのにはまだ頭がついてかねえぜ。

 

「うびゃあ!?」

 だがその歓喜の声が、ソッコーで無様な悲鳴に様変わりする。

「ヤバい、効いてない! ひのっち、連打、連打!」

 格ゲーかよ、と心の中でツッコミつつ、なんとか意識をしっかりさせて膝を立てて立ち上がろうとする。

 その俺を助け起こそうとするのは、俺同様の毛むくじゃら樫屋。

「おし、生きてンな? 何がどーして元気ンなってんか知らねーけど、真嶋くん無茶しすぎ」

「悪ィな」

 起こされ連れられ、ひとまず柱と瓦礫の陰に。

 

 逃げ出そうにも脚をもつれさせてる大野たちを庇うように立つのは田上。

 超ヘビー級のデクスクロードラゴン相手になんとか立ち向かえるのは、同じく超ヘビー級の犀人(オルヌス)、田上だけだ。

 だが瞬発力と機動力では圧倒的に負け、その上デクスクロードラゴンの奴は口の中に金属棒突っ込まれて日乃川の魔法、恐らく炎か何かにあぶられたことでガチ切れ怒り心頭、ってな感じだ。

 ダメージを与えられたどころか、ただ火に油を注いだだけかもしんねえ。

 

 その俺たちの脇を、不意に小さな何かの群れが走りすぎる。

 何だ? と意識を向けると、そいつは巨大な……いや、「本来のそれに比べたら」巨大なネズミの群れ。ちょっとした家猫から中型犬くれえの大きさはありそうなそのオオネズミ達は、俺らにゃまるで目もくれず、集団でデクスクロードラゴンへと飛びかかる。

 怒り吠えるデクスクロードラゴンだが、一匹一匹の戦闘力は話にもならないオオネズミに寄って集られ悲鳴をあげる。十匹、二十匹じゃ済まない数だ。こりゃあ溜まったもんじゃない。

 

「み、みん、な、に……逃げ……」

 さっきまでどこに居たかも分からなかった色黒の女が、荒く息をしながらそう言う。誰かは知らねーが、日本語で話している以上俺達と同じく前世は日本人のクチか。

 俺達はそれぞれにデクスクロードラゴンの居る方向と逆の方へと這うように、また慌てながら逃げ出した。田上なんかはまだ息のある、動けない数人を肩に背負い連れて行く。

 最後にテレンス含めた全員がホールを出たところで、田上は担いでた怪我人達を下ろして他の奴に預けてから、そのホールの出口近くの飾り柱に組み付いて、ふん、と勢い込めてぶち折ると、それを積み重ねて置いて出口を塞いだ。

 いつまで保つかは分からんが、時間稼ぎにゃなるだろう。

 

 ▼ △ ▼

 

 俺たちは疲れながらも足を止めずに薄暗い地下遺跡を歩き続けている。

 ぶん投げられ叩きつけられた衝撃によるダメージは一時的だが、例のドーピング薬の効果切れによる反動もあってか、疲れ果ててへとへとだった。

 目指しているのは例のぼろ布の塊みてえなチビ、ナップルとかいう奴の隠れ家とやらだ。

 テレンスの通訳によれば、このナップルとかいう奴は偉大な邪術士だかの“相棒”で、薬やらオオネズミのスープやらを作って、他の使用人の管理をしてるとか言う。

 となるとさっきの魔法薬を作ったのもコイツなのか? と聞くと、「効果の高いのは邪術士の作ったもの」で、「ちょっと効果の弱いものは自分が作ったもの」だそうだ。

 

 俺たちの中の怪我人や弱ってる連中に対しては、何ともサービスの良いことに、持ってる薬を気前よく使わせてくれる。

 最初は怪しみ訝しんで連中も、俺が既に奴の魔法薬で回復したことを知ると、恐る恐るに受け取って飲む。

 奴の作ったモノも邪術士とやらの作ったモノも、それぞれ目に見えて効果があり、俺たちは一時的にはかなりの速度で移動出来た。


 挿絵(By みてみん)

 

「おい、お前」

 移動しながら、俺はさっきの色黒の女に声をかける。

 びくりと怯えた様子で一瞬固まり、それからゆっくりとこちらを見る。

「ビビんなよ。俺は真嶋だ。お前は?」

 元々は誰だったのか? クラスの奴か、三年生か、在原や駒井ら教員か、あるいは全く知らない誰かなのか?

 するとその色黒女はどもりつつ、

「こ、小森……。お、同じ、クラス……」

 と返す。

 小森……か。まあ、知っては居る。大野と日乃川が男子の最低辺なように、女子の最低辺グループのひとりだ。

 グループ、と言っても、実際小森の場合は誰かと連んでるタイプじゃない。小太りで野暮ったく、人付き合い下手で孤立してる。

 つまり、クラス内で最低辺グループとされる中でもさらに最低辺だ。

 

 実際俺も、以前は会話をしたこともほとんど無い。同じクラスというだけで、全く接点がなかった。

 だがこの状況になってくると違ってくる。

「あのネズミの群れ、お前か?」

 明らかにあいつらは普通のネズミの群れじゃなかった。明確な意志と統率でデスクロードラゴンを攻撃し、俺たちを逃がすために動いていた。

 小森はそれを受け、俯きながらしばし逡巡した後に、肯定のつもりか小さく頷く。

 

 どうやって? それは俺に分かる話じゃねえだろう。だが日乃川はどうやら魔法の炎を出すことが出来るらしいし、小森のそれも何らかの魔法なんだろう。

「他に何が出来る?」

「……分か……らない。あの時は、なんとか、誰か……助けが欲しいって……強く念じてた。そしたら、周りに小さくて、動き回る何かが感じられて……」

 全く要領を得ない回答だが、本人もイマイチ理解出来てないようだ。

 

 そう小森の様子を見つつ考えていると、不意に膝の力が抜けて崩れるように転びそうになる。

「あ……!」

 と、そう小さく声をあげて素早く駆け寄りその俺を支える小森。

 見た目かなり痩せこけた風でいながら、何気に身体能力は悪くなさそうで、いかにも鈍臭い見た目で運動も出来なかった前世とは大違いだ。

「悪ィ、ふらついた」

「え、う、うん、だ、大丈夫……?」

 驚くほどに脚に力が入らず、支えなくては立つことすら出来ないほどの疲労が襲ってきたのは、多分あのナップルとか言う奴の「一時的にパワーアップするが、その反動で効果が切れるとすごく疲れる」という薬の副作用か。

 ほとんど全ての体重をやせ細った小森の身体に預けるような格好になってるが、それでも意外なほど小森の足取りはしっかりとしている。

 

「大丈夫が?」

「何だよ、こんなときにナンパかよ?」

 どすどすと近寄りそう聞いてくるのは田上と樫屋。

「アホ、なわけ……ねえだろ。さっき使ったヤクの効果切れだ……」

 言葉にするとヤベぇ話にしか聞こえねえが、まあ実際別の意味でヤベぇ話だ。薬を飲む前の状態よりも、さらに使えねえ役立たずになっちまってる。

「ごうだい、ずる」

 田上がそう言い、こちらは子犬でも抱え上げるみてえにヒョイと俺を担ぎ上げると、また肩の上に担がれた。


「ありがとうよ。それと、悪かったな小森」

 相変わらず何とも不安げな顔でこちらを見上げ、小森はもごもごと口の中で何事かを返す。

 それを受けて樫屋の奴は、

「え? お前、あの小森なん? マジか! 何かめっちゃ変わってんじゃん! 何かレゲエ歌手みてえで超イケてんじゃん!」

 樫屋的には黒人っぽい濃いトーンの肌と縮れた髪では、レゲエかヒップホップぐらいしか浮かばないらしい。想像力の貧困、てやつだ。

「え、あ……う、うん。あ、ありが、と」

 小森からすると、最後の「イケてんじゃん」と言う部分だけは一応通じたんだろう。戸惑ったように礼を言う。

「ガジヤは、あんま、がわっでない」

「うっせ!」

 見た目の変わり方的には極端な俺たちの中でも、樫屋と田上はそれぞれ両極端か。

 

 樫屋はその後も何やら小森に色々話しかけたり、時々列をひょいと離れては何かを目ざとく見つけて拾って来たりしている。

 いつの間にか小汚いボロ袋も手に入れていて、何やら手当たり次第に詰め込んでる。

 

 俺は田上に担がれたまま、疲れた頭でさっきの続きを考えていた。

 この状況、この場所。

 テレンスに言わせりゃここは戦地の都市の地下遺跡。そして俺たちの多くは邪悪な魔術師とやらの元奴隷か捕虜か、そんなところらしい。

 元々痛めつけられ、また飢えや病気で衰えてた奴らも少なくない。

 その中でなんとかしていくには、誰に何が出来て、どれだけの力があるかを知っておくのは重要だろう。

 俺たち獣人とやらの人並み外れた身体能力もだし、小森や日乃川の特殊な魔法らしき能力……。

 

 と、そう考えてから、その自分の思考をバカバカしいとも思い直す。

 そもそも何のために?

 そう、そこが分からねえ。

 俺たち───俺こと真嶋櫂という人間は、どうやら飛行機の墜落事故で死んじまってるらしい。そして今はあの爺言うところの“別の世界”で、猫人間に生まれ変わって生きている。

 樫屋は猿だし田上は犀。大野たちは一応見た感じ普通の人間っぽいが、元捕虜なのか不健康そうで衰えボロボロだ。大野だけは他よりだらしなく下腹がでてたりして、その辺前と似てるっちゃ似てるんだが……まあそんなことはどうでも良い。

 

 とにかく今俺たちは、デスクロードラゴンとかいう怪獣に急に襲われ、殺されたくねえから抵抗して戦い、なんとか逃げ出した。

 で、次は? 次はどうする?

 何の目的も展望も浮かばねえ。

 

「どうじだ?」

 俺のその思考を読み取ったかのように、重低音のだみ声で聞いてくる田上。この集団の中でもひときわ異質な俺たち三人は、さきほどの奮戦を踏まえても、やはりやや遠巻きにされている。ま、そりゃそーだな。

 

「───他に、分かってる奴らは誰だ?」

 俺は田上、樫屋、小森らそれぞれを見回しつつそう聞く。

 それには樫屋が指折り数えつつ、

「俺、田上、大野と日乃川……で、小森? それと、さっきのホールで殺されてた奴らには……三田村、安川、上芝……あー……と、神山?」

「いや、がべや」

「ん? だから神山だろ?」

「た……多分、亀谷……さん」

 

 出っ歯でお調子者のサッカー部の三田村。そこそこイケメンだが変に生真面目で成績上位組の1人、安川。帰国子女で英語がペラペラなのを自慢にしてたが、実はどうやら南部訛がひどかったらしいという上芝。その上芝と連んでた自称“イケてる女子”のツートップの亀谷。

 それなりに付き合いも面識もあったが、深い交流も思い入れもない。

 だが、「飛行機事故で死んだ事への救済」とやらで、恩着せがましく「他の世界で新たな人生を与えてやる」と言ってた割に、あっと言う間に怪物に殺されたり、そもそも死にかけた捕虜か奴隷の境遇ってのは、実際悪意ありすぎだろうよ。

 

「駒井や在原は?」

「あそこにゃ居なかったな」

「あ……」

 即座に否定した樫屋に、何かを言い掛けて尻つぼみに言いよどむ小森。

「何だ?」

「う、うん、何でも、ない」

 何か妙な反応だなとは思うが、まあ深く追求はしない。

 それより本命、一番気になるのは当然別にいる。

 

「静修さんは別の方向へ人探しに行ってるんだよな?」

 そう。俺にとっては母親違いの兄であり、学校の全生徒にとっては頼れる生徒会長。

 デスクロードラゴンとかのせいで移動する事になってはいるが、本当ならあのホールで待ってなきゃいけなかったはず。

 俺たちが逃げ出した事で、合流出来なくなる可能性も出てきた。

 

「おう。大賀さんもついてったらしいぞ」

 三年生の中で宍堂さんが一番よく連んでいたラグビー部主将の大賀。どんな風に「生まれ変わった」のかにもよるが、この二人が組んでるならそれはそれで頼もしく思える。

 後はあのとき近くに居て思い浮かぶ名前としたら───。

 

「うわぁ、オ、オークだ!」

 不意に響く大野の上擦ったわめき声。

「ああ? 奥田じゃねえよ。てめぇ、誰だ?」

 返す言葉はこれまた日本語。

 通路の横合いから連れ立って現れる数人は、先頭に大柄で豚みてえな不細工面を乗せた野郎と、痩せぎすの鶏ガラみてえなヒョロ男に、豚野郎より遙かにでかい大男。

 そして、

「じじどう、ざん」

 見るからに犬。つまり俺らと同じく、背の高い犬そのものの顔をした毛むくじゃら。後で聞いたところによるとこの世界では犬獣人(リカート)と呼ばれている種族の者だった。

 

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