3-3. マジュヌーン(精霊憑き)(3) -神さまお願い
「異世界転生ぇ~?」
間延びした間抜けな声でそう繰り返すのは俺のやや右後ろに居た樫屋の奴だ。
「異世界転生だよ! 死んだ後に、別の世界でもう一度新しい人生を送れるんだ! チートを手に入れて!」
大野が上擦ったような高い声でそんなことを畳み掛けてくるが、まあ正直何言ってんだか分かんねえ。
「何だよ、チートってよ?」
「チートコード?」
続けて返す樫屋と田上に、今度は日乃川が、
「俺、やっぱ魔法系欲しい!」
まるで噛み合わない返しをしてくる。
「何浮かれてンだよ、クソオタ」
大野の背中に軽い蹴りを入れつつそう言うのはチャラ男の足羽。ツラもそこそこ、成績もそこそこ、運動神経もそこそこで、家はとある老舗の家具店でそこそこの資産家。
つまるところ、世間一般基準では「生まれながらの勝ち組」に相当するが、この学園ではそうでもない。
この学園に通う生徒は、資産家のガキか、成績優秀の奨学生かスポーツ特待生が殆どで、しかもそれら全てひっくるめた頂点に静修さんが居る。だからその全てが「そこそこ」な足羽は、その立場もそれなりの「そこそこ」だ。
「きめぇオタトーーークなんかしてる場合かよ、オタノ」
続けてそう吐き捨てるのは足羽とよく連んでは、大野たちをいじめている猪口。こいつは柔道部の特待生だが、その成績は中の下であまりやる気もない。元々運動部への力の入れ方も中途半端な学園なだけあり、スポーツ特待生なんてのも半分は名ばかり。野球部次期エースを自称する“鉄人”かねやんや、レスリング部の田上なんかと比較すれば、こいつは“名ばかり”の部類。
つまり足羽と猪口はどちらもそこそこの中途半端仲間で、だもんでオタクの大野と日乃川をその憂さ晴らしのイジメ相手として選んでる。
「なんだよ、い、いきなり、蹴ることないじゃんよォ~」
背中を蹴られて四つん這いになった大野が、へらへらとおどけた調子でそう返す。
足羽達が“いじる”と、大野も日乃川も決まって下手くそないじられ芸人のまねみたいなノリで返す。
イジメられてるということにしたくないのか、あくまで悪ふざけみたいなふりをしたがる。
「おい、だからよ、チート? って何だよ?」
何がそんなに気になるのか、そう食い下がり大野たちへ聞く樫屋。
大野は気を取り直しつつ、
「異世界転生ったら、チートだよ! 神様が特別なスキルをくれるんだよ!」
と、また変にはしゃいだ声で言う。
「オタク語じゃなくて日本語で話せよ」
「ブタ語も使うんじゃねーぞ」
足羽と猪口がまたそう混ぜ返すが、まあ実際オタコンビが何を言ってるのかは俺にも分からねー。
「猪口、てめーもデブだろ」
「あ? 俺のは筋肉だ」
「俺の方が筋肉は上だ」
何故か田上が猪口のブタ発言に食い付いてまた話がそれる。同じスポーツ特待生同士で柔道部とアマレス。似てるが違う競技で、妙な対抗意識があるらしい。
「なるほど、力が欲しいか?」
そのややこしい馬鹿話に、不意にそう入り込んで来るのは、また例の薄気味悪い爺の声。
「なあに、そうそう無理な話でもない。何らかの特別な魔法の力……叉は加護……。
君らが強く願えば、そういうものを得た上で新たなる人生を送ることも不可能ではなかろうよ。
これから生まれ変わる先は、そういう世界だ」
その声に、大野を含めた何人かは歓声をあげ、またさっきのアメリカ人集団やらアラビア人やらは青ざめたかに反応する。
「君らの望み、適性で何を得るかは変わるだろう。しかしもしそういう特別な力が得られれば、それで何もかも思い通りになるやもしれん……まあ、使い方次第であろうがな」
爺の言葉に、大野以外にもやや浮ついたようなそぶりを見せるものがいる。確かに、言われた通りに受け取れば夢みてーな話にも聞こえる。
特別な力? 魔法? ゲームだとか流行りのCGバリバリの映画にあるみてえな、何だかすげえ炎だ氷だ雷だのをバンバンぶっ放すよーな力や、空を飛ぶだの人の心を読むだ姿を消せるだの何だの出来りゃ、そら楽しいかもしれねえわな。
だが……。
「胡散臭ェな……」
ぼそりとそう意図せず口に出る。
「魔法ー? 何だよそりゃーよー嘘くせーなー? つーか男は拳だろ、やっぱよー!」
樫屋がまた間抜けな調子でそうボヤく。拳骨ケンゴのあだ名の通り、こいつの場合自分の拳に無駄に自信持ってやがるからな。
けど俺が胡散臭ェと言ったのは、魔法と言うことそのものに対してじゃねえ。
現実離れした場所で、現実離れした爺に魔法と言われて、そこで「この世に魔法なんかあるわけない」とかピントのズレたことを言い出す程には俺も間抜けじゃねえ。
魔法かどうか知らねえが、この場所は何だかイカレてやがるし、あの爺が現れた状況だって、ラスベガスのステージでやるすげえマジックショー並みのトリックでもなきゃ、それこそ魔法じみた異常な光景だった。
胡散臭ェのは、「何でも思い通り」の部分だ。
巧い話にゃ裏があるし、タダより怖いものはねぇ。
何でも思い通りになるかもしれねえって言うほどの魔法の力だか何だかと引き換えに、何が奪われ、何を失うのか?
俺としちゃあそこんところが気になっちまう。
……ふん、何だか馬鹿くせえ事を考えちまってンな、俺も。
魔法だの転生だの、しょーもねえ与太話じゃねーかよ。
ぶるりと頭を振って顔を両手で叩く。それから俺のやや前方に立つ静修さんの横顔を見る。
静修さんは興奮してるでも笑うでもなく、至って平静、いつも通りに見える表情でその胡散臭ぇ爺を見つめている。
男の俺ですらドキリとしちまいかねない整った顔立ちは、柔和で女っぽい流行りのアイドルや、黒いぼろ布を纏ったしわくちゃ爺に侍る美青年とは違う、ある種の男臭い野性味のある雰囲気でもある。
やや面長で身長も高く、鼻筋が通っていて目つきも鋭い。手足もすらりと長くしなやかだが筋肉質の体つきは、田上や猪口達の力を誇示するような威圧感のある武闘派然としたものではなく、ただ無駄な肉を全て削ぎ落としたかにシンプルだ。
引き換え俺は、猫背で背の低い小男。母親違いの兄弟とは言え、見た目の華やかさはまるで正反対。
隣に並べば否が応でも引き立て役にしかならねえから、俺は近くにいるときでもやや後ろに控えるようにして立つ。
まあそれ以前に、目つきも悪く凶悪凶暴と煙たがられる俺みたいなのが、静修さんの側にべったり一緒に居るなんてのは許されるもんじゃあねえ。
俺は───影で良い。
静修さんの邪魔になりそうな奴らを裏でビビらせ蹴散らしていく役割。それで十分だ。
「───ああ、繰り返すがそれは無理だ。
諸君等が死んだという事実を覆し、元の世界で蘇らせるとか、そういうことは私には出来ん」
誰の言葉に返したのか。繰り返し爺はそう言う。
「君らに選べるのは、このまま塵芥として消え去るか、或いは今まで住んで居たのとは全く異なる、驚異に満ちた新世界で新たな生を、新たな機会を得るか───そのどちらかだけだ」
馬鹿げた話に馬鹿げた選択。
そしてその言葉とほぼ同時に、今度はぐらぐらと、最初は気がつかぬほどにそれからはっきりと地面が揺れ出してくる。
「何だ!? 今度は地震かよ!?」
転びそうになりながら、或いは尻餅をつき、這い蹲りしながらも、それぞれに驚きと恐怖の声をあげる。
俺も大きな揺れで転びそうになるが、とっさにバランスをとりながら右手を地面につけて踏みとどまる。
「お、おい、あれを見ろ!」
誰かが叫んで示す先に全員が目を向けると、ますます大きくなる揺れとともに、俺達が立っている地面、赤く乾いた岩場に、大きな亀裂が入りだし、崩落し始める。
今度こそ、誰もが焦り、喚き、恐怖とパニックが辺りを包む。
当然俺も例外じゃない。
異常な光景に異常な状況で、ある意味麻痺していた感覚が、地震に地割れという理解しやすい危機に対してようやく戻ってきた。
「机、机、机の、下……」
這い蹲りながら有りもしない机の下に潜り込もうとしてる大野の馬鹿らしさを笑う余裕もありゃしねえ。
程度の差はあれ、誰もが慌てふためいている。
「───おお、もうそろそろ時間かの。この仮初めの空間もじき崩壊する。
良いか、君ら、先ほど私の言った事を忘れるな。強く、強く願うことだ。どうなりたいか、何を求めるか。それを強く願うのだよ」
揺れと地響きの中で、けれどもあの干からびた爺の声だけは、何故か明瞭ハッキリと耳に届く。
「それとな、元々縁の強かった者のみならず、今、側に居るだろう者達とは次の人生でも深い縁を得る可能性が高い。来世でも繋がりを欲するのであれば、やはりより強く手を取り抱き合い、お互いを思い合い、願うことだ───」
続けて言われる言葉に、俺たち数人は互いに目を見合わせ、また何人かは即座に手を取り、近付こうとばたばたとする。
俺は───静修さん、樫屋、田上……その他周りにいるクラスメイトや副担任やらと目を合わせる。
来世で? 深い縁? それを───望むのか?
視界が歪み、さらに理解を超えた光景が映る。
ひび、或いは裂け目……。そう言う言葉で言い表すしかないもの。それが空間そのものに入り、まるで世界そのものが砕けたガラス細工のように目に映る。
「───同じ場所、同じ時に生まれ落ちるとは限らぬが、縁強くあるのなら、同じ時期に近しい場所で、ここでのことを思い出すことだろう───」
空間の亀裂はついに俺自身にまで及び、そしてそのまま俺は、まさにガラス細工のようにひび割れ砕け散り───漆黒の闇の中へと落ちていった。




