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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?
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1-16. 闇の森レンジャーチーフ、アランディ・シェルパダ


 

 各郷が生産物を持ち寄り、交換と贈り物───つまりは取引をする定例集会は年に4回季節ごとに行われ、秋の大収穫祭はその中でも最大規模のものだ。

 冬に入ると闇の森でも、時期、地域によっては降雪があり、移動も困難になる。

 だから冬支度に必要なものを今のうちに揃える必要があるワケだ。

 それに、秋になると一部の魔獣や獣が活発化する。

 特に冬籠もりをする岩鱗熊や地龍、多頭蛇(ヒドラ)の類は、今のうちに餌をたらふく食べておこうと活発に動き回る。

 であれば、武器防具類の補充や補修も早めに済ませておきたい。

 冬に備え、魔獣に備え。秋の大収穫祭は、例年大きな“祭”になる。

 

 集会の使節団は各郷で選出され、人数は郷の規模によりまちまちだ。

 俺の出身でもあるケルアディード郷は比較的規模の小さい郷で、今年の使節団は氏族長ナナイの妹であり外交官のマノンを筆頭に21名。

 その半数は闇の森レンジャー南部エリア長の俺を含む護衛官。

 これは例年より多い。

 何故か?

 ここ数ヶ月ほど、外周部に住み着いているゴブリン共が、妙~に勢いづいているからだ。

 レンジャー達の探索により、その痕跡は多数発見されている。

 まずは足跡。 

 短期間で成体になるゴブリンは、それでも体格としては俺達ダークエルフの子供並。

 しかしそこから数年生き延び鍛えられ続けた個体は、稀により巨体のホブゴブリンとなることがある。

 ホブゴブリンの強さは、平均的なオーク戦士よりやや低いくらい。しかし知能は大したこと無いので、人間の農民やまだ訓練を終えていないダークエルフには驚異だが、戦士となった者にとって1対1で負けるほどの相手ではない。

 しかし数が増えれば厄介だ。

 ホブゴブリンが3~4体程含まれる遠征隊なら、数人の護衛をつけた人間の商隊を不意打ちで殲滅する可能性がある。

 何せホブゴブリンとなると体力が通常のゴブリンとまるで違うし、皮膚そのものの強度も変わる。

 そしてさらには、より強欲で悪辣な性質に変わっていく。

 今、闇の森外周部では、ホブゴブリンのものと思える足跡がかなり増えている。

 小隊の殆どがホブゴブリン、なんてのまである。

 さらには、より大きいものまでもちらほらと。

 つまり、ホブゴブリンをリーダーとしたゴブリンの遠征隊のみならず、さらに大きくなった個体をリーダーとするホブゴブリンの遠征隊まで、闇の森をうろついている可能性があるってーことだ。

 

 また、身体的に強化されたホブゴブリンとは別に、ゴブリンシャーマンとなる個体も居る。

 ゴブリンシャーマンはホブゴブリンよりも希少だが、簡単な魔術を使えるようになる。

 その魔術の痕跡も、ちらほらと確認されている。

 どちらも、成長と経験に伴い魔力を取り込んでいくことで変化していく個体だ。

 ゴブリンは生まれつき持っている魔力が少なく、多くの個体はその魔力による恩恵を受ける前に死んでいく。

 誰が調べたのかは知らんが、一説にはゴブリンの群れの半分は、生まれてから10年以内、魔力の恩恵を発現させる前に死ぬんだと。まあ哀れなもんだ。

 で。

 ゴブリンの得る魔力属性は、多くは土属性だ。

 地中、洞窟を住処にしているから、それがまあ、「普通」のことになる。

 問題は、闇属性を得たであろうシャーマンが居るらしい、という報告にある。

 闇の森のゴブリンが、闇属性の魔力による恩恵を得ると言うことはどういうことか?

 本来闇魔法への耐性が低いが故に外周部に留まっていた奴らが、より深く、闇の森の中央部へと入り込めるようになるということだ。

 呪い───闇魔法により覆われた闇の森の奥、我々ダークエルフの領域にまで、堂々と入って来れる、ということだ。

 そこが、問題なのだ。

 

 ───なーんてことを、レイフはしかめっ面して言うわけだ。

 はっきり言う。

 杞憂だ。

 考えすぎだ。

 ま。

 考えすぎってのは、いかにもダークエルフらしいっちゃあらしい。

 半分ほど帝国人の血が入っている俺は、そのせいもあってか気質もやや人間くさい。他のダークエルフ達に比べると、楽観的だとも言われている。

 俺としては若い頃に、お忍びで旅に出ては各地で暴れ回っていた氏族長ナナイに連れ回され、その勲等を受けていたから、という方を理由にしたいが、まあどっちもなんだろうな。

 アレは中々、良い思い出だ。色々と、男にして貰えたしな。

 

 何にせよそうやって、「外」での戦いをも経験してきている俺に言わせれば、闇の森の中ではダークエルフはほぼ無敵だ。

 帝国人の精鋭が軍団でやってきても、たやすく撃退できる。

 闇の森の呪い───闇魔法による加護だけじゃあなく、森の中で戦うという地の利だけでも、「外」の連中には手も足も出ないだろう。

 まして、ゴブリン?

 ハッ!! 話にならない。

 

 俺からすれば、夏にあった聖光教徒どもの闇の主討伐戦に、闇の森ダークエルフ十二氏族が不参加を決め込んだことも納得は行かない。

 俺達闇の森ダークエルフは、闇の主と協定を結んでいた。

 闇の主の敵は俺達の敵だ。

 存分に力を発揮して、奴ら間抜けで傲慢な聖光教徒とその連合軍共を叩きのめしてやれば良かったんだ。

 二度と俺達にちょっかいを出せなくなる程の恐怖をたたき込んで。

 今でも、俺はそう思う。

 

 まあ、俺達闇の森ダークエルフがその戦いに参加しなかったのは、別に闇の主を裏切ったからじゃなく、主から直接、「手出し無用」との通達を受けたかららしいので、仕方ないっちゃあ仕方ない。

 それに結果を見てみれば、あの恐ろしくも凄まじい【流星雨】の儀式魔法。

 アレ一つで聖光教徒と連合軍は半壊し、戦線を維持できず散り散りになったというのだから、まあ確かに俺達の出番など無かったのだろう。

 ただ、そのもう一つの結果が───闇の主の不在───消息不明、という有様でもあるので、喜ばしいとばかりは言えない。

「外」からの情報じゃあ、アホで嘘吐きの聖光教会は、闇の主は連合軍に恐れをなし、勝ち目はないと見て敵を道連れに死ぬ為に【流星雨】を放ち自爆した、なんて抜かしてるらしいが、本当に奴ら間抜け共はどうしようもない。

 闇の主がそんな先のことも考えない下策を講じるワケがないだろうに。

 姿を現さないのは、もう既に次の次の、さらに次の手を打っているからでしかない。

 ただ───その手が一体何なのかは、俺たち程度には全く分からない、てのが問題だ。

 

 話を戻すと、レイフの奴はやはり考えすぎだ。

 ゴブリンがどれだけ増えようと、そんなもんは驚異でも何でもない。

 ハッキリ言えば、レイフは臆病なのだ。

 アレはまだ成人してないが、元々病弱な上に、春頃に瀕死の大怪我をした結果、後遺症で右足がまともに動かなくなった。

 それまでも俺の訓練にはほとんどついて来れないくらいに脆弱だったが、その怪我で決定的に脱落した。

 

 身体が弱いのは仕方ない。

 魔術には適性があるらしいから、成人したらガヤンの元について呪術師になれるだろう。

 ただ、臆病なのは良くない。

 用心深いのなら良い。

 けどレイフのそれは、用心深さじゃあない。

 そもそも実戦経験が無く、戦うこと、命のやりとりをすることというのが分かっていない。

 その上で。

 春頃に負った大怪我が、その臆病さを加速させている。

「ゴブリンの化け物」

 瀕死のレイフはうわごとでそう言っていた。

 黒金の塔へと向かう隠れ路から、迂闊にも逸れて外の路へと出たレイフは、崖の上でその「ゴブリンの化け物」に遭ったらしい。

 そして襲われ、恐慌状態になり逃げ出したが、足を滑らせて崖から落ちた。

 蠍の尾を持ち、山犬の牙とコウモリの翼、蟹の甲羅に蜥蜴の鱗……そんなものがごちゃ混ぜになったゴブリンの化け物。

 それがレイフの心の中に居座っている。

 

 そんな化け物は、居ない。

 初めて野外でゴブリン───或いは、ホブゴブリンかゴブリンシャーマンだったのかもしれない───と遭い、パニックになって崖から落ちた。そのときの恐怖が、居もしない「ゴブリンの化け物」として、レイフの心を未だに恐怖で縛っている。

 つまりはそういうことだ。

 恐怖を感じない、なんて言う奴はただの嘘吐きか間抜け野郎だ。

 恐怖はきちんと感じるべきだし、無視をしてもいけない。しかし恐怖に支配されてちゃあダメだ。

 ダークエルフは恐怖を傍らに置き、ときには友とし、ときには手下として支配し、敵にその恐怖を与える存在でなきゃならない。

 レイフは血筋上から言えば、次期氏族長となってもおかしくはない立場にいる。

 だから、恐怖に支配されるのではなく恐怖を支配する者にならなければいけない。

 氏族長は別に、必ずしも血筋の近い者である必要はない。

 氏族内でより相応しい者が継げば良いだけだ。

 俺とエイミの娘のシャミカがなっても良いし、マノンの息子、トリーアなんかは利発で身体能力も悪くないから、鍛えようによっては見込みがある。

 何なら今はグレイシアス郷に行っている、ナナイとハーヴェストの息子、トレントンを呼び戻して氏族長にしても良い。

 トレントンは中々の行政官になっているそうだから、決して悪い選択じゃない。というか氏族長という立場になるなら、ナナイより適任だ。

 誰が氏族長を継いでも構わない。構わないが───臆病さ故にその資格が無い、とされるのは駄目だ。

 それは余りにも恥である。

 いつか、何らかの形でレイフにはその心に巣くった恐怖を克服してもらわなければならないだろう。

 でなければ、いずれ近いうちに死ぬことになる。今度こそは。

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 ダークエルフの隠れ路は、闇の森を蜘蛛の巣のように張り巡らされ、様々に偽装された道だ。

 隠し方は場所により異なり、木々を土魔法で操り変形させて利用したり、一部は地下通路になっていたり、ダークエルフの守護神である三柱のうち【闇に秘するヒドゥア】と【蜘蛛の女王ウィドゥナ】による秘術や結界を利用した場所もある。

 基本的にこの路を使っている限りは安全だと思って良い。

 魔力探知に長けた魔術師や、ダークエルフレンジャー、ウッドエルフのチーフスカウト並の観察力でも無ければ外からは見つけることは出来ないし、要所にある野営地の結界や防壁も、よほど強力な魔獣でも無ければ破られることはない。

 

 もちろん不測の事態というのは常にある。

 春にレイフが死にかけたのもまさにそれだ。

 そしてそれら不測の事態を限りなく減らし、また対処するのが、俺を初めとした闇の森ダークエルフレンジャーの仕事だ。

 

 今この使節団の一行の護衛についているダークエルフレンジャーは、俺を含めて5人。

 他の護衛はケルアディード郷の若手で、一部はレンジャー見習いでもある。

 俺が鍛え、育ててきた連中だ。

 エイミとエヴリンドの二人は今回含まれていない。

 二人は基本として氏族長ナナイの護衛官に任じられているが、まあ役割は護衛というよりお目付役だな。

 そもそもあの人に“護衛”なんぞ必要ない。

 あの人に匹敵しうる戦力なんて、オルドマースのディヴィドか、グレイシアスの女傑ジーンナの娘のリーン。或いはその父であり闇の主トゥエン・ディンの弟子の帝国人、キャメロンくらいだろう。

 俺? 当然、足元にも及ばない。

 

 今回の任務も基本はいつもと変わらない。

 変わらない、と、そう思っていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 半日ほど進んで野営地の一つに着く。

 ここで食事や諸々を済ませれば、夕方近くにはモンティラーダ郷に着くだろう。

 隠し路は場所によってはかなり狭くなる。なので荷を運ぶには人力か小さめの荷車だ。

 1人が乗れるくらいの荷車3台を牽いているので、進みは通常よりやや遅い。

 魔装具、魔導具が特産品のケルアディード郷は集会に持って行く荷の量が少ないが、それでも人手だけで運ぶのはそれなりの手間だ。

 荷車のうち一つには地豚、黒山羊、鶏の入った籠が積まれ、あとの二つには様々な魔導具、魔装具の入った箱に、移動や泊まりの為の携帯品などが積まれている。

 人間の社会に持って行けば、この荷車にある魔装具、魔導具の箱一つで一財産、いや、村の一つくらいは買えてしまうかもしれない。

 しかしそれは闇の森の外での話。俺達には関係の無いことだ。

 

 野営地の真ん中には、火を起こせる焚き火の石組みがある。

 今は茶を入れるためにやかんで湯を沸かしている。

 食事は携帯用のビスケットに干し果実だが、飲み物だけは温かいものを、というこだわりだ。

 使節団の団長でもあるマノンを中心に、外交官達が最初に食事をとる。

 次いで、護衛官と荷運びが交代で。そのどれにも属していない妙な立場のオーク、ガンボンは何故か既に焚き火の近くで勝手にくつろいでいる。

 

 まあ、妙なオークだ。

 

 奴の居所を最初に告げたのはガヤンだったかレイフだったか。ナナイとともにその救出に行ったエイミもエヴリンドも覚えていない。

 俺たちレンジャーにより、魔獣やゴブリン等の活動が活発化している地域は逐一報告されている。

 その中で、ある洞窟前にて問題が起きているとの知らせでナナイがまた率先して駆け付けたところ、見つけた生き残りがそいつだ。

 余所から来た探索者。傭兵崩れに墓漁り。

 闇の森でトラブルに見舞われるのは大概そんなところだ。

 まともな奴らはそもそも入り込もうとしない。

 

 かといって、俺たちダークエルフは余所者だからというだけの理由でむやみに攻撃したりはしない。

 問題を起こしそうなら警告し、起こしたのならばその程度によっては「円満に」出て行ってもらう。

 しかしそのときは何故かそのオークを連れてきた。

 普段ならあり得ないことだ。

 レイフはさらに、何故かそいつを気に入って、やたらと構っていた。

 これも、普段ならあり得ないことだ。

 そもそもレイフは、元より付き合いが悪い。

 身体が弱いから、というのも半ば言い訳で、単純に他者と付き合うのが好きじゃないのだろう。

 訓練も殆ど受けず、本ばかり読んで過ごしていたのが、春頃の大怪我以降さらに顕著になっていた。

 

 そのレイフが呼び込んだ、ということで、他の者達から興味をもたれはしていた。

 注目の的……という程でもない。

「まあ、珍しいこともあるんだな」程度には、である。

 エヴリンドに言わせれば、「臆病で間抜けなオーク」でしかないガンボンは、確かに勇猛果敢で戦いこそ命、というオーク戦士らしからぬ男だった。

 オークにしては背が低く、妙にのんびりしてて闘争心が感じられない。

 追放者(グラー・ノロッド)の刻印がされているのも分からんでもない。

 アレじゃあオーク城塞ではやっていけなかっただろう。

 

 決して能力的に劣っている、という訳ではないのは、しばらく訓練をしていて分かった。

 “オークらしさ”は全くないが、鍛えればそれなりに戦えるだろう。

 ただ、戦場で背中を預けられるか? と問われれば、あいにくと答えは否。

 能力の問題じゃない。気質の問題だ。

 

 その、変わり者のオークが使節団一行に同行しているのも、正直よく分からない話だ。

 訓練含めて色々と時間をともにして、まあ悪い奴じゃない、ってのは俺にも分かっている。

 しかし使節団に加える、ってのはやり過ぎじゃないか? とは思う。

 客人扱いとはいえ我が郷で預かっている以上、何か問題を起こせば責められるのはウチだ。

 全く、ナナイの気まぐれで割を食うのは、エイミやエヴリンドだけじゃない。

 ま、結局俺らがカバーするしかないんだけどな。

 

 オークは今、茶を飲み飯を食いながら、駕籠に入れられた子豚にちょっかいを出して遊んでいる。

 緊張感無いことこの上ない。

 まあ護衛戦力として同行している訳じゃ無いので文句はない。

 マノンもそういうオークの行動を面白そうに眺めている。

 ケルアディードの三姉妹は、末のガヤンを除くと、それぞれに別の意味でやはり所謂ダークエルフらしい気質には欠けていて、次女であり外交官でもあるマノンは仕事面ではかなり有能だが、そこを離れた場面ではなんというか、幼く、遊び好きな面がある。

 まあ、公私の差が激しい、とも言える。

 俺は俺で、そんな様子を見つつ歩哨として周辺への警戒を続けている。

 何事も無かろう、と思っていても、仕事の分はきちんとやるさ。

 

 そのとき───。

 

 不意に地面が揺れた。

 ずん、という地響きがあり、それからグラグラと地響き。

 地震か? と見回すが、しかしこの地域ではそう頻繁に起こる方では無い。

 結界の張られたこの野営地は、北側の壁面をえぐり込まれた崖、南側を土魔法で整形した樹木で覆い、周囲への目隠しと防壁代わりとしている。

 よほど巨大化した魔獣でもなければそう易々と突破はしてこないし、こちらを感知することもない。そしてそもそも、この辺りにそんな危険度の高い魔獣が居るという報告も出ていない。

 ボケっとしたオークを押し退けて、護衛のうち二人がマノンの両脇に着く。

 俺は周囲から何かしらの気配や動きが無いかと見回すが、今の所目に付いた違和感は無い。

 無い……が、何だこの悪寒は?

 急激に嫌な感覚が腹の底から湧き上がって来る。

 何かは分からんが、とてつもなく嫌な予感がする。

「最大警戒だ! 備えろ!」

 大声でそう警告を発したのと同時に、地面が割れて陥没した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 足元がぐらぐらと揺れたかと思えば、身体が宙に浮いたかのような感覚。

 地面の一部が陥没し、その下から這い出てくるモノが居る。

 盾と武器を持った白骨……動く死体(アンデッド)達だ。

「死霊術!?」

 外交官補佐の誰かが声を上げる。

 呪われた闇の森では、死者すらも容易く安息は得られない。

 森の中で埋葬もされず朽ち果てれば間違いなく死霊と化すし、古代トゥルーエルフとてその埋葬地で長い間呪いに曝されることで不死の怪物と化すこともある。

 しかし白骨化しつつも朽ちてもいない生前同様の装備を纏っているとすれば、死霊術───何者か、邪術師によって蘇らせられ操られた死体──の可能性が高い。

 ここ最近では、確かにそういう死体には事欠かない。そしてこれらの襲撃者達の装備はまさに、最近の元帝国兵等のそれを彷彿とさせる。

「半円陣!」

 不意の襲撃に乱戦となるのは避けたい。

 護衛官達を最前列に、壁際へ全員で後退。

 荷とマノン等を囲うように陣形を組む。

 しかし、白兵では不利。

 見たところ相手の数はこちらと同数かやや上。

 相手は不死の骸骨。

 恐れを持たずに攻撃してくるし、多くが盾を持っているのに対して、我々の主武器は短刀に弓。弓は殆ど隙間を素通りするし、短刀では如何せん重さが足りない。

 

 俺は腰にした手斧を握りしめ、半円陣の中央で構える。

 一体が長剣で切りかかるのをいなし、盾を蹴りつけてからその頭部を斧でかち割る。

 白骨兵を倒すには、光属性の浄化魔法か、打撃でとにかくバラバラに粉砕するしか無い。

 しぶとさと恐怖躊躇の無さを除けば、個々の脅威度そのものは高くない。だが……問題は、これが死霊術による襲撃とした場合の、術者の存在だ。

 正面の白骨兵を丁寧に潰しながら、辺りに居るだろう術者の気配を探る。

 闇の森の中央部にまでやってきて、ダークエルフの隠し路を見つけ出して襲撃を仕掛ける以上、そいつは並の術者ではなかろう。

 次の次の、あるいはそのさらに次の一手を仕掛けようと機会を窺っているハズだ。

 そしてその機会は、この状況に何等かの変化が訪れたときになる───。

 

 何者かの叫び声がした。

 複数、ウチ一人はマノンのもの。

 そちらへ視線をやり、俺は自分の目を疑う。

 どこでどうしていたのか、今までその存在すら忘れていたあの変わり者のオークが、飛び上がりその身を挺して、マノンへと放たれた【石飛礫(ストーンバレット)】の魔法による攻撃を防いでいた。

 オークは元々丸っこい身体をさらに丸めて、何かを抱え込むかのようにして転がる。

「上か!?」

 【石飛礫(ストーンバレット)】の魔法を放って来た術者は崖の上。結界をも越えての攻撃で威力は減っていただろうが、立て続けに乱れ撃ちにしてくるため、被害も大きい。

 さらには、その両側には数体の影があり、こちらは帯状になめした皮らしきものを使った投石器による投石で、さらにこちらの陣を撹乱してくる。

 術者は女のようだった。

 木々の天蓋は、先程の地揺れで綻び隙間が出来ており、その隙間からしか姿を確認は出来ないが、黒々とした髪の長い、肌の露出の多い毛皮を身に纏って居るのが目に入る。

 そして刮目すべきはその肌。暗緑色の滑らかな肌は、ゴブリンのそれそのものだ。

 ゴブリンシャーマン。

 そう思い当たるものの、いやそれはおかしいと即座に否定の声が湧き上がる。

 ゴブリンシャーマンの多くは年老いたゴブリンで、元々魔術に適正の低いゴブリン達の中で、その平均寿命とされる20~30年を超えて生きた者が、ごく稀に幾つかの土属性魔法を使えるようになる。

 明らかに若い女のゴブリンが、土属性どころか闇属性の死霊術まで操るとはにわかに信じられる事ではない。

 

 俺はレイフがかつて語った言葉を思い出す。

「ゴブリンの化け物」

 全く取り合っていなかったその言葉が、急に現実味を帯びてきた。

 再び、ぐらりと地が揺れる。

 北が側面の崖が地滑りを起こし、壁際で半円陣をとっていた俺たちへと襲いかかる。

 クソ、やられた!

 白骨兵は囮で、さらには崖際へと追い込む布石だったのだ。

 使い捨ての白骨兵と共に、俺達は土砂と石の雨を浴びる。

 オークはまだ転がっている。

 荷もまた、遠くに箱ごと転がったままだ。

 マノン───マノンだ。今ここはまずマノンを護ることを最優先しよう。

 俺の拙い土魔法で崩れ落ちてくる土砂に向けて【石壁(ストーンバウォール)】を使う。弱い。すぐに崩れ落ちるが、いくらかの衝撃を緩和出来たはず。

 その隙に俺は駆け出し、この身体を盾にしようとマノンへと覆い被さる。

 あのオークに出来て、俺に出来ないなんてことは有り得ない。

 頭部に衝撃を受ける。でかめの石がぶつかってきやがったか。

 俺だから耐えられるが、マノンならどうなってた事か。

 立て続けに全身を襲う衝撃。

 抱えたマノンの体温、息づかい、聞こえてくる悲鳴と怒号。

 それらが全て、崩れてくる土砂の中に飲み込まれ、暗闇へと吸い込まれる。

 直前、目に入った光景の中では、俺の教え子の一人がゴブリンの棍棒に殴られ鮮血に染まっていた。

 


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