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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-152. J.B.(81)The Payback.(復讐)


 

 深夜。

 空に浮かぶ二つの月の一つはごく普通の黄色い上弦の月。それより小さいもう一つは薄緑がかった淡い色をしている。薄緑の月は風の魔力の月。穏やかな夜風の中にも、その魔力がいつもより濃く漂っている。

 

 クトリア郊外に残る幾つかの廃屋の中の一つ。

 その比較的大きな建物は、かつては農作物、特に綿花を保管する倉庫だったと言うが、現在は位置的にも状態的にも利用価値がなく廃棄され打ち捨てられたままだ。

 何者かが寝床、アジトにするには使い勝手も悪く、何より屋根もなく無駄に広いので外敵から身を守るのにも使いづらい。

 その分立ち寄る者もまず居ない為、ある種の密談密謀には向いているとも言える。

 密輸品の取引。盗品や人身売買。拷問、或いは───殺人。

 

 今夜ここで、何人かの者達が争い、殺し合い、そして───どちらか、叉は双方に死者が出るだろう。

 人は、過ちを繰り返す。

 幾度となく繰り返された争い、戦乱の後も、結局それらは人という生き物の本質を変えることはなかった。

 今夜ここで、何人かの者達が争い、殺し合い、そして───何人かが生き残るだろう。

 

 

 夜風の中に人の足音、鼓動、呼吸。それらが聞こえ、近付いてくる。

 近付くにつれて分かるのは、彼等は一様に黒革の鎧を身に付けていて、また一様に魔導具、魔装具で武装していると言うことだ。

 その人数は15人ほど。

 これだけの装備に、加えてそれぞれに体躯も立派で落ち着きもあり技量も高い。

 彼らだけでも恐らくは、一切の魔装具、魔導具など魔術による助けを持たない軍勢であれば、100人くらいは退けられるだけの戦力がある。

 

 一団の中心に居るのは一組の男女。一人は長身ですらりとした体躯の黒髪の女性。月明かりに揺れる長い髪は艶めかしくも美しく、鼻筋の通った顔立ちと相まって神秘的とも言える美しさがある。

 もう一人はさらに長身の巨漢。周りの者達も多くは偉丈夫で、体格も良い者達ばかりだが、それよりさらに頭一つ抜けている。

 その頭にはドワーフ合金の兜。面には古代ドワーフ様式の顔を模した意匠が施され、左右両対に鳥の羽根を模した飾りがあり、頭頂部には一本の角。工芸品としてみてもかなりの値打ち物だが、それ以上に付与された魔法の効果が際立っている。

 何より奇異に見えるのは、頭部をそこまで守っているのに、身体は革の胴当てのみの軽装備なところだ。

 その下は簡素だが汚らしくはないチェニックとサンダル履き。兜と胴当て以外はほぼ素肌がむき出し。背負ったゴツい戦鎚とも相俟って、かなりアンバランスに見える。

 

 その一団が、ずらりずらりと連なってその元農産倉庫の廃屋へと入る。ドワーフ合金製のカンテラに、二つの月の光のみ。

 郊外の夜にしちゃ明るいが、それでもこの廃屋の隅々まで見渡せるとは言い難い。

 

 一団がほぼ中央の辺りまで来たところで、相対する空間に魔法の【灯明】が灯る。

 一瞬警戒し各々武器に手をかけるも、そこに居るのが一人だと分かると警戒態勢を緩める。

 

「───もったいぶった演出だね、ええ?

 で、手紙の通り、首尾はどうだったんだい───ハコブ」

 女の───グレタ・ヴァンノーニの言葉は、平静を装いつつも微かな焦りと苛立ちを匂わせる。

 それに対して相対する人物は、胸から下までを照らしていた【灯明】の灯りでを、まだ陰になり見えぬ顔へと上げていきつつ答える。

 

「この仮面が答えだ」

 

 くぐもった声の主の被る仮面───つまりは“シャーイダールの仮面”がその光の下に晒される。

 感嘆と畏怖の篭もったざわめき。その中で一人グレタのみが、初めて見せるような喜びの笑みを浮かべて手を叩いた。

「あ……ははっ! そいつが“シャーイダールの仮面”かい!? アハハハハ! たいしたもんだね、ハコブ!

 ああ、正にアンタこそが本物の男だよ! 見事に……見事に約束を果たしたんだね!」

 その喜悦の声と共に、一団の中に、ある種の弛緩した空気が生まれる。


「ふふ、ふ。

 アンタが“三悪”共を全部殺しちまったときは、流石にマズいことになったとは思ったけどね……。

 何、あの程度の魔人(ディモニウム)なら、手頃な魔導具を持たせれば十分振りをさせる事も出来るわ」

 愉悦に満ちた忍び笑いに、背後に控える手下達も釣られて笑い声を重ねる。


「アンタが乗っ取った“シャーイダールの探索者”達も使って城壁内を掌握して……そうね、キング達には近いうちに退場してもらって、次は貴族街……。

 サルグランデの間抜けがしくじらなきゃ、そこはもっと早くに行っただろうけど───ま、そんなのはもういいわ。

 それより───」 

 再び声をひそめるかにして深く呼吸をし、

「あのコ……ふふ。JBを可愛がってあげられるのが楽しみね───」

 嗜虐的な笑いが暗闇に響く。

 

「だが───」

 その笑いを打ち破るように、仮面の男がそう切り出す。

「まだ、問題がある」

 低くくぐもったその声はに、グレタを含めた全員が、仮面の男へと注目する。

 

「───何? アナタ一人じゃ解決できないようなこと?」

 一転し硬くなる声の調子に、仮面の男は臆することなく懐から何かを取り出してそれを前に掲げる。


「これは、シャーイダールが隠し持っていた秘宝だ。

 “運命の水晶球”という。

 近いうちに起こり得る問題を少しだけかいま見れるが、月に一度しか使えない」

 手のひら大の水晶球。その中に小さく揺らぐ像のようが見えるが、この暗さと距離ではグレタ達にはまるで見えない。

 

「……へぇ、それはなかなかの逸品ね。

 で……それで何か問題が見えている……てこと?」

「近付いて、直接見てくれ」

 仮面の男の言葉を受けて、グレタ達はそろそろとゆっくりとした足取りで少しずつ近付いて行く。

 

「───その辺りか」

「何?」

 半分ほど近付いた辺りで、小さく仮面の男が呟く。

 呟くと同時に何事かの呪文を小さく唱えると───闇夜を貫く強い閃光が放たれ、グレタ達の視界を奪った。

 

 

 その隙を───俺は見逃さずに闇夜から滑空して滑り込むように一団の中へ飛び込む。

 その先に居るのはジャンルカ・ヴァンノーニ……又は、“黄金頭”アウレウム。戦鎚を背負い、ドワーフ合金製のフルフェイスのヘルメットを被った男。

 暗闇から音もなく飛来する様は、隼というよりさながら蝙蝠か或いは梟。

 気付かれずに舞い降り、狙うはただ一点───ジャンルカの被った魔装具、魔力を発動させることで全身をドワーフ合金に似た輝きを放つ石の様に硬化させる“黄金兜”の顎の革紐。 

 その男の喉元を一閃、右手のドワーフ合金製のダガーで固定していた革紐を切り裂いて、同時に左手でそのまま“黄金兜”を奪って飛び去っていく。

  

 仮面を目にしたとき以上の驚愕と混乱。その最中に“シャーイダールの仮面”の男が両手を掲げると、一団の周りの土が隆起し壁を作る。その壁自体はたいした高さではないが、奴らの素早い反応を遅らせるには十分で、そして続けざまに地面へと撃ち込まれる弩弓のボルトが、足元の地面に亀裂を穿ち───事前に準備し作られていた地下の空洞への大穴を開いて、連中の半数以上をその中へと落とす。

 

「何を……!?」

 その難を逃れた数名へと襲いかかるのはスティッフィによる“雷神の戦鎚”による電撃と強打。

 一人の偉丈夫がその頭蓋に新たな大穴を開け、さらには周囲の数人も痺れさせ焼け焦げを作る。

 よろめくそいつらを、盾による追撃でさらに追い込み、穴の中へと突き落としてその全てを見下ろすのはアダン。

 

「……う、裏切ったのかい、ハコブ!?」

 叫ぶグレタに、俺達は誰も返事をしない。する必要も、する意義も特には感じない。

 穴の中にはねばつき滑る泥土が敷き詰められ、奴らは立ち上がるのも動くのもままならない。

 そこへさらに、先ほど“シャーイダールの仮面の男”、マーランが隆起させた石壁を崩して上から被せ、ニキが矢継ぎ早にボルトを撃ち込んでいく。

 

 悲鳴と怒号。聞きたくもねえその不協和音が、上空へと舞い上がっていた俺の耳にまで風に乗って聞こえてくる。

 それら全てを無視して、俺達は穴の中へと用意していた砂、石、瓦礫、その他ありとあらゆるものを投げ込み、埋めていく。


「───ハコブ! アンタ、さんざん目をかけてやったのに───……!?」

「ハコブは死んだよ。もう四日は前にな。

 俺達が───殺した」

 穴の縁に立ち、俺は“シジュメルの翼”の【風の刃根】を穴の中へ立て続けに休まず撃ち込み続ける。投げナイフ程度の威力とは言え、避けることも守りを固める事も出来ない連中に、当たりどころによっては致命傷にもなり得るそれらを防ぐ術はない。

 幾ら魔導具、魔装具で身を固めていても、ここまでそれらを使う機会を奪われれば、ろくに反撃も出来ずなすがままだ。

 その“作業”をしながら、俺はグレタへとそう返す。

「……J……B……?」

 最期の最期、本当の最期のその言葉を、多分俺は死ぬまで忘れる事はないだろう。

 

 

 □ ■ □

 

 およそ数刻。あと少しすれば夜も明けるだろう時刻まで、俺達はそこで仕上げの作業を続けた。

 俺達───つまりは“シャーイダールの探索者”達。

 アダン、ニキ、マーラン、スティッフィ、ダフネ、俺……そして、イベンダーに、ブルとマルクレイだ。

 石や砂を十分に踏み固めて、その上からさらにマーランの術で押し固める。

 騙し討ち、穴へと落として、生き埋めにする…… まるでギャングの処刑そのものだな。前世……ロスでギャング同士の抗争に巻き込まれて死んだ記憶を持つ俺としては、その皮肉さに乾いた笑いを漏らす。

 

「───復讐ってのは、熱病みたいなもんだ」

 一段落ついて誰も何も語らずにいたときに、不意にイベンダーがそうポツリと呟く。

「取り憑かれているときは、熱に浮かされたようにそのことしか考えられなくなる。

 だが終わって───過ぎ去っちまえば、ただただ疲れ果てて何もかも無意味に思える」

 

 復讐───。

 それは確かに、今し方俺達がしてのけた一方的な虐殺行為を形容する言葉として、一つの事実だろう。

 今ここにいる俺達は、既にイベンダーが魔導具で「録音」していた、ハコブとイベンダーとの会話を聞き、その経緯あらましを全て知っている。

 ハコブがグレタとは十数年以上の古馴染みで、その命令を受けて“シャーイダールの探索者”として潜入し、機会を伺い暗殺を目論んでいたことも。

 俺達の知ってるシャーイダールが本物のシャーイダールではなく、シャーイダールの仮面を被ったコボルトでしかなかったことも。

 そしてそれから明らかにされた事実の一つとして───ハコブがアリックへと命令し、ジョス班に暴走するよう仕掛けられたドワーベン・ガーディアンを回収させ、結果ジョスやポッピ等を殺してしまったことも、全て知っている。

 

 アリックは……本人が言うには以前からハコブには多額の借金をし、また弱みを握られ脅され唆され、密かに命令を聞く関係になっていたと言う。

 として、その時もハコブに指示された場所へ行って動かなくなったドワーベンガーディアンを回収したのだが、実際にはそれがどういう意味を持つのか、またここまで酷いことになるとは思いもしていなかったのだとの弁明も聞いている。

 

 ハコブは俺達を裏切っていた。それは事実だ。

 けれどもまた同時に、ハコブが俺たちのリーダーであり、先生であり、師であり、父のような、また兄のような存在であり───かけがえのない仲間だったことも事実だ。

 

 

 “黄金兜”へと視線をやる。

 “黄金頭”アウレウム。“三悪”無き後、このクトリア近郊の不毛の荒野(ウェイストランド)に唯一残った大物魔人(ディモニウム)の首魁。

 と、そうされてはいるが、その実は古代ドワーフ遺物の魔装具を身に付け、魔人(ディモニウム)のふりをしていたジャンルカ・ヴァンノーニ。奴の死体は既に土の中だが、この“黄金兜”だけは埋めずにとっておいてある。

 理由はニコラウスへと渡すため。

 報奨金が欲しいから───ではない。

 ただそれにより、公に「“三悪”と“黄金頭”は討伐された」と言うことにしておくためだ。

 

 ジャンルカが。グレタが。その取り巻き側近達が、殺したいほどに憎かったか? それは分からねえ。

 どうしても殺したかったのか? 殺さなければならなかったのか? それも分からねえ。

 ここに居る全員が同じ気持ち同じ意志を共有していたかと言えば、多分それは違う。

 復讐したところで、何がどうなるわけでもねえのも分かっていた。

 センティドゥ廃城塞でのアデリアの言葉が思い出される。

 だがそれでもやっぱり、こうしなければこの事にケリをつけることは出来ないと言う思いだけは、ほぼ全員の共通認識だっただろう。

  

 不意に、嗚咽とすすり泣きが耳に聞こえてくる。ダフネだ。俺達探索班───元ハコブ班の中で唯一ハコブの死に立ち会って居ないダフネは、ある意味一番その死を実感出来ずに居たとも言える。

 今回のこの……“作戦”では、ハコブの筆跡を真似てグレタを誘い出す手紙を書き、またどうしてもこの場には立ち会うし、必要となれば戦いもすると言って聞かなかったのだが、ここに来てようやく、その心情を吐き出す事が出来たのだろう。

 その横で、相変わらずのスティッフィと、オッサンの作った偽の“シャーイダールの仮面”を手にしたマーランが声もなく佇み、寄り添っている。

 ハコブにより見いだされ、最も古くからハコブの教えを受けていた三人。

 俺にとっても父であり兄であり師でもあったハコブだが、奴らにとってはもっと深く、強い思いもあるだろう。

 

 復讐は熱病みたいなもんだ───。

 ああ、そうだな。オッサン、確かにその通りだ。

 俺たちはアルベウスでの戦いでその熱病にかかり、そして今ようやく、その熱が冷めた。

 やり遂げた達成感も、恨みを晴らした爽快感も何もない。ただただ気怠い疲労感が残っているだけ───。

 

「悪ィな。先に帰るぜ」

 俺はただ一言そう告げると、“シジュメルの翼”へと魔力を通して空気の膜を展開し、一気に夜空へと飛んでいく。

 高く、高く、常よりも遥かに高く───。

 

 東の空は白みはじめ、夜明け前の乾いた新鮮な空気が清々しく肺腑を満たす。

 まだ全く治りきっちゃいない脇腹が引きつり痛んで、俺は少し顔を歪めてからゆっくりと滑空し市街地を目指した。

 遠く、高く、近くて遠き俺達の街───クトリアへと。

 


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