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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-150.追放者のオーク、ガンボン(67)「うん。コングラッチュレーション!」  


 

 ───俺の知っている範囲で言えば、あのときの経緯はこんな感じだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「───ニキ、今、だ……」

 

 微かに聞こえたその声は、あまりに力が無く、あまりに虚ろで、まるで死人そのものの声に思えた。

 足元に崩折れているのはJB。その脇腹に開いた穴からは、焼け焦げた肉の匂いと血の匂いが溢れ出し漂ってくる。

 

「ボルトを……放て」

 

 言い終わるか終わらぬかの内に、射出音と風切り音、そして……ボルトが肉と骨に突き刺さる音。

 

 戦いの激しい喧騒の中、ここだけ静かで、静謐な空間にでもなったかのようだ。

 その続く小さな一連の音が、全ての終わりを告げる。

 つまり───30年前から隠れ潜み存在し続けて、ハコブさんという新たな肉体を得ることでその妄執から再びクトリア王朝を再興し支配者として君臨しようとしていたザルコディナス三世の亡霊が、ハコブさんの死とともに消滅したのだという、その事を。

 

 俺は、痛みを堪えつつ身体を起こし、周りを見る。

 ケルッピさんは倒れ伏し意識を失っているJBへと寄り添い、【癒しの水】を使う。けど傍目にもかなりの大怪我。脇腹の傷口は、ただ刺されたのみならず、魔法の闇の炎により焼けただれ腐食している。ただ幸いと言えるのか、焼かれたことで傷口からの大量出血は避けられてもいる。

 

 アダンさん他、探索者の人達も皆、それぞれにダメージを負い、疲労困憊の満身創痍。うずくまり、倒れ伏し、呆然としている。

 見つめる先は───ハコブさんだったもの。

 そして、構えていた弩弓を下ろし立ち尽くすニキさん。

 ニキさんは、ハコブさんの言葉が正しければ親しくしていた古い仲間の何人かをハコブさんのせいで殺されている。ニキさんが止めを刺したと言うことは、その敵討ちという意味でなら「勝ち」だと言えるのかもしれない。

 けれどもこの戦い、結末には果たして本当の意味での「勝者」は居たのだろうか。

 「敗者」は居る。ザルコディナス三世なんかはまさにそれだろう。

 けれども───。

 今ここに、勝利の凱歌を掲げる喜びを味わっている者は、誰一人として存在しない。

 

 

「はーっはは! 見事な勝利だな、穴蔵鼠ども!」

 

 えぇっ!? と驚き振り返る先に居たのは、“悪たれ”部隊のニコラウス隊長。

 ハコブさんを上回る鷲鼻傷だらけの凶相で喜色満面とでも言う表情。いや、ちょっと空気読んで!? 今、そういう流れじゃないから!?

 当然ながらもその声、その発言に、意気消沈の探索者達が色めき立ち顔を向ける。

 

「ふむ、結局ハコブは無理だったか。まあしかし仕方あるまい。奴の貴い犠牲のおかげでの勝利だ。

 そうだな……地元の英雄として盛大に祭り上げるか。その方がクトリア人どもも盛り上がるだろう」

 

 とんでもなく無神経なこの発言に、殺意を剥き出しにしたスティッフィさんが、怪我だらけの両腕で戦鎚を担ぎ上げる。いや、待って待って、気持ちは分かる! 分かるけど、それは流石にマズい!!

 痛むおけつを無理やり起こし、その暴走を止めようと一歩を踏み出すとほぼ同時に、別の声がしてその場の流れを変える。

 

「───その件だがなー」

 イベンダーだ。立ち上がるのも難儀な様子で、片膝をつきつつそう切り出した。

「ハコブのことについては、暫く箝口令で頼む。お前さん等には関係無いことだが、この件にはまだ完全なケリがついとらんでな」

  

 何についてのどういう話か。よく分からないまま俺たち全員が現場での応急処置を経て『黎明の使徒』本部へと運び込まれての緊急入院。俺も何だかんだで疲れ果てて居たこともあり、イベンダーの話の詳細を聞くより前に気絶するみたいにして眠ってしまい、そして一夜明けての今日になる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そして、今。

 

 おけつが痛い。

 いや、おけつのみならず全身のかなりの箇所が痛い。

 焼かれ、斬られ、殴られ、刺され……とにかく最低最悪な有り様で目が覚める。

 

 戦の後、だ。

 そう、まさに戦の後、なのだ。

 

 レイフと共に誤って転送された古代ドワーフ遺跡。

 その奥底で偶然にも始まった試練、又の名をダンジョンバトル。

 それらを順繰りにクリアした最後に待っていたのは、なんとこのクトリア王朝最期の王、ザルコディナス三世の亡霊との死闘。

 正直、何度も死ぬかと思った!

 思ったけど───右手を見て、左手を見て、腹を見て、自分の身体が五体満足なのを確認して───うん。

 

 生きてらどーーーーー!

 

 そう叫びたくなる。叫ばないけど。

 

 ベッドに寝かされているのは俺だけじゃない。

 イベンダー、JB、アダンさん、ニキさん、スティッフィさん、マーランさん、ジャンヌさん、それと、ベッドではないけど部屋の隅でプギプギお休み中のタカギさん。

 そして───。

 

「や、元気?」

 

 目が覚めた俺にそう話しかけてくるのは、枕元で椅子に座り本を読んでいたダークエルフ、レイフだ。

 

「ん、おけつが、痛い」

 そう答えると目を軽く見開いてからまた細めて、

「やっぱ母上の鍛造したミスリルダガーは切れ味が鋭いね」

「ん、体感した」

 フフ、と二人して小さく笑う。

 

 例の元聖女候補のグレイティアさん率いる医療ボランティア団体『黎明の使徒』本部、その中の大部屋にて、全員ひとまとめに入院中。

 ほぼほぼ死にかけだったJBを筆頭に、満身創痍だった俺達を、彼等は懸命な治療、治癒魔法、錬金薬、そしてさらには外科手術までして救ってくれた。

 外傷がほぼないレイフと、元からこちらに詰めていたダフネさんはその手伝いをしつつ、翌日にはなんとか全員が命に別状のないまでにはなっていた。

 ただ一人───ハコブさんを除いて。

 

 

 最期のあの時のことを、俺はそんなに正確には覚えて居ない。俺とタカギさんは獄炎の炎に焼かれて大火傷を負い、さらにはその後も奮戦していた俺はおけつまでぶっ刺され、もはや虫の息……は言い過ぎだけども、戦える体力も気力も残っていなかった。何せ俺はその前にも大量の闇の魔物達相手に大奮戦していたのだから、もう完全にオーバーワークなのだ。

 

 いや、まあその辺は置いておくとして、だ。

 俺は正直、彼らの間で何があって、どうしてああいうことになったのかを詳しくは分からない。

 偶然聞いてしまったイベンダーとハコブさんとの会話も、その裏付けもない。

 ハコブさんがあのときイベンダーに告白したようにグレタ・ヴァンノーニと裏で通じていて、本当はずっとJB達“シャーイダールの探索者”を裏切っていたのか。叉はその後の計画として、本当にレイフを殺して魔力溜まり(マナプール)の支配権を奪おうとしていたのか───。

 それら全ては結局、藪の中だ。

 

 死人に口無し。もはやそれらが語られるは無いだろう。

 死霊術でも使われない限りは。

 

 

 JBはまだ目を覚ましていない。マーランさんやスティッフィさん、アダンさんなんかは何度か目を覚まし、食事や排泄をしたり、治療や診察を受けたりもしてる。

 一人留守番で事情を全く分かってないダフネさんが色々と聞きたがってはいるのだけど、彼等は一様に口が重く、また焦燥し詳しくは語らない。いや……語れないのだろう。


 で。

 

 医師も治癒術師も揃ったここで、それぞれに治療を受け、その中でも比較的軽傷……いや、本当はかなりの火傷もしたんだけども、治癒術ではこういう外傷は早期になら治癒しやすい。なので効果がよく出て回復の早い俺は、他の探索者メンバーよりもかなり調子を取り戻し、目が覚めてからはとても暇。

 タカギさんはというとこちらも手厚い看護を受けたのだけど、いやほら、タカギさんって、光属性の魔力を強く宿した聖獣じゃん?

 ちょおすげえVIP、つまりはベリー・インポータント・ピッグ扱い。

 いや、俺達よりはるかに丁重に扱われちゃってるの。

 

 もう、そんなにここが良いなら、ここの子になりなさいよ!?

 

 

 昼過ぎになって、何やら大慌てでやって来たのがアデリアさんと、ハーフリングのブルさん。

 既に起きていたイベンダー達に、むっつりとしたまま話を聞く二人。

 アデリアさんは何か聞く度に大声でうひゃあ、ぐひゃあと大騒ぎで、度々ブルさんに叩かれてる。

 で、そこでアデリアさんによってもたらされた情報、新事実によると……うーん。

 元々の話がよく分かってない俺としては何ともコメントし難いのだけども、その、シャーイダールさん? の、偽物さん?

 

 死んでなかったらしい。

 

 横で聞いてた話として纏めると、アデリアさんは自分の無力さやらみんなの心配やらで夜も眠れず、かと言って何が出来るでもなくやきもきし、レイフの作ってくれた木刀の魔法剣、“おそろし丸”を腰にうろうろとしていたらしい。

 んで、本来なら「見習いはまだ入るな」と言われていたアジトの奥にまで入って行ってしまった。

 見張りの門番の人、何してんのよ、と。

 

 で、そのとき何やらコソコソと隠れつつシャーイダールさんの部屋を伺う影を見る。

 すわ、これは賊の侵入か? と思い、“おそろし丸”を手にしてこっそり近づき……コケた。

 コケて、大きな音を立てて、“おそろし丸”も手からすっぽ抜けて、相手にも気付かれヤバい! となったときに、そのすっぽ抜けて空中を舞っていた“おそろし丸”が、相手の頭を直撃。

 で、付与された魔法の効果である【恐怖】により、その相手はビビりあがり逃げ出そうとする。

 その大騒ぎに駆け付けたブルさん他のメンバーにより、その人物は捕縛される。

 

 その人物とは誰か? というと、これまた探索者メンバーの一員ながらも長期休養をしていたアリックという人だと言う。

 何で? とか、その辺は俺にはよく分からん。ただ話の隙間を想像で埋めれば、つまりはハコブさんは主要メンバーを引き連れてこちらで仲間の救出と“悪しき者”ザルコディナス三世との戦いをしている最中に、偽物のシャーイダールさんをアリックという人に殺させるよう指示していた……と言うことなのだろう。

 “おそろし丸”による【恐怖】の魔法効果で完全にビビりあがってしまっていたアリックさんはその辺の事情を聞かれもしないで全部暴露。

 本当に偶然にも、それらの計画をアデリアさんが防いだのだ。

 

 なんともまあ、とんでもラッキーガールだわ。

 ……んー? ラッキーなのか? 悪運が強い……てな感じ?

 

 夕方近くになると、ようやくJBも目が覚めた。

 何せ一番の重傷。幸いにも腹の奥の内蔵までは手酷く傷付いていなかったらしいけど、それでもエグい程に焼かれ、刺され、切り刻まれていた。

 医師による切開に縫合、治癒術師による体力回復、錬金薬による治癒……と、それら全てをてんこ盛りにしての現在だ。

 目覚めてから周りを見、状況を把握し、それから再びゆっくりと目を閉じて、彼は静かに涙を流した。

 

 誰も言葉をかけない。かけられる訳もない。


 

 ◆ ◆ ◆

 

 夜中になり、元々無駄体力バカである俺は、昼間にかなり寝ていたこともあっていまいち眠れずに居た。

 巡回の見張りも居るので、この『黎明の使徒』本部を暇つぶしにうろつく、というのもちと気が引ける。

 なのでベッドの上で特にやることも無くボケーーーーーーッとしていたりしたワケだけど、そこへちょこちょこっとやってきたのは猫熊インプ。

 レイフの使い魔であるそれは、俺へと手を触れて念話で語りかけて来る。

 

『あのさ』

『ん?』

『いやー、昼間は、他にも人が居たから、ちょっと話しづらくてさ』

『うん』

『普通の伝心でも良いけど、ここ、術師が多いし、伝心だともしかしたら聞かれちゃう可能性もあるしさ』

『うん』

『で、まあ、そのー……』


 んんん? 何? ちょっと、何なの?

 

『うーん、その、変な話……なんだけど、さ』

 

 え? 変な話? いや、変じゃない話は最近めっきりご無沙汰ですけども? ちょっと、何、何、何よ? 何なのよ?

 

『どーーーーも、ね。あの、ダンジョンバトル? 古代ドワーフの試練? 結果的に僕、全クリしたワケじゃん?』

 

 あー、ハイハイそうね、そうなるね、うん。コングラッチュレーション! 全クリおめでとう!

 

『それでさ』

 

 はいはい、それで?

 

『何か……僕、クトリア王に奉じられちゃった……みたいなんだよね』

 

 ほー、なるほど王に────て、えぇぇぇぇぇーーーーー!!??

 

 ドユコト!?

 

 ……いや、ドユコト!?

 


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