2-147. ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー「最期の時を、始めよう」
「さあて、こっからが俺達の正念場だな」
全身ドワーフ合金鎧姿の魔導技師、アデリアの言うところの“師匠”であるイベンダーが言う。
イベンダーは既に結構なダメージを受けていて、錬金魔法薬に僕の使う【大地の癒やし】で回復、治療をしてはいるが、まだ完治とは言えないし疲弊もしている。
特に骨折と火傷、出血による体力の低下は尾を引いている。出血は魔法薬や治癒魔法ですぐには回復させにくい要素の一つ。傷口をふさぎ出血そのものを止めても、失われた血は簡単には戻らない。
その体力半減なへろへろドワーフと、使い魔の猫熊インプに憑依しているダークエルフの若造。その二人でこれから、この一連の事件に結末のエンドマークをつけなきゃならない。
◆ ◇ ◆
「言えよ、オッサン。その、ギリギリの手……ってのをよ」
JBがそう吐き捨てるように言う。立ち上がり背を向けたその姿は、今まで以上に激しい怒りに焦燥感が感じられるが、暗い影を落とす横顔の表情は伺えない。
それも無理は無いだろう。必死でなんとかしてジャンヌを取り戻したかと思えば、取り逃した“悪しき者”ザルコディナス三世により別の仲間が支配され操られている。
ザルコディナス三世の妄執、野心を止めねばならない。同時に身体を奪われた仲間を助けなければならない。
その為に何が出来るか分からない無力感。それは痛いほど分かる。
「うむ……まずは、ちょっと待て。こちらさんと話がある」
金ピカ鎧姿のイベンダーはそう言って、僕の憑依した猫熊インプへと手を伸ばす。
猫熊インプは元々かなり低級の闇属性幻魔で、戦闘能力も弱いし特技はせいぜい空を飛ぶことと覗き見すること。
まあ元々使い魔なんてのはそれが出来れば十分で、よくあるゲームなんかの召喚術士や魔獣の調教師みたいな、魔物や魔獣を使役して戦闘をさせる、みたいなものじゃない。
ただし使い魔、そして幻魔の性質上、術士との関係性や魔力の量等により、諸々の能力に開眼したりもする。
この猫熊インプに関してはそこにさらに、“生ける石イアン”とこれまで支配してきた魔力溜まりの魔力による補正もあり、通常のインプ使い魔とは比較にならないレベルに多才になってる。
戦闘は弱いままだけどね。
それでまあ、現在は誰かと接触しているときには、【憑依】している僕との念話が可能、てな能力も持ってる。
で、その念話でイベンダーと話すことになるわけだけども、だ。
「正味の話、お前さん今、どの程度やれる?」
うへ、大掴みな質問だなあ!
『取りあえず、この遺跡のもう一つの 魔力溜まりの支配は出来ているから、それを使ってやれることは一通り。
罠や壁、区画の設置や保護。それと今まで支配してきた迷宮で従属化出来た魔獣等の召喚と使役……』
「ふんむ。罠やら区画やらはもうこの際には必要ないか。魔獣……うーんむ、魔獣か……」
この辺、なかなか難しいところ。
今、“悪しき者”ザルコディナス三世は、元々奴の取り憑いてた魔力溜まりの魔力を奪ったこともあり、膨大な魔力をもっている。その魔力を使い、様々な魔獣、魔物を垂れ流すように召喚し、王国駐屯兵なんかを攻撃し、また自らの盾として利用してる。
召喚というか……多分あれは“開いて”しまっているのかもしれない。闇の魔力の濃さと、奴自身が既に霊的存在であるが故に、奴の周りと闇の魔物の住む異世界との境界が薄れてしまっている。
何にせよ、奴が取り憑いているという探索者の仲間、ハコブという人に近付くにも、その魔獣達の壁を突破しないといけない。
その為の兵力としては、僕が呼び出せる召喚獣はかなり有用だけど、同時に今この状況だと、かなりの混乱をもたらしかねない。
一番の問題は、ついさっき新たに参戦してきた王国駐屯兵達には、多分僕の召喚獣とザルコディナス三世の召喚獣との区別がつかないだろうと言うところ。なので僕の召還魔獣をどのタイミングでどう投入するか、てのが重要。
「適度な兵力を召喚しつつ、一旦待機……というのは出来るか?」
イベンダーも多分今の僕の危惧を考慮していたらしく、そう聞いてくる。
『出来るは、出来る。ただここで呼べる召喚獣の中には、強いけども抑えようとしてもなかなか言うこと効かないようなのも居るから、絶対とは言えないよ』
「うーむ。なら単純な戦力より、抑えの効きやすさを重視した面子で頼む」
と、なると、一番は白骨兵になる。彼らはほぼ完全な操り人形みたいなもので、大蜘蛛や岩鱗熊みたいに指示を無視して自主的に攻めにいくような事はない。その分融通も効かないけど、今はむしろそれが良い。
「それと、そうさな。守りの術はどんなもんかね? 特に、長時間効くようなものは?」
それはある。今まであまり使う機会がなかったけど、僕は比較的守りの術は得意だ。
ただ、今使えるものを大別すると「効果は少な目、短時間で発動出来るけどすぐに消える、叉は継続してかけ続ける必要がある」か、「効果はそこそこ。ただし発動に手間がかかり魔力も多く使う上触媒となる術具類も必要だが、効果時間も長め」という二種類になる。
前者の術は、僕が直接前線に出て戦ってるときじゃないと使うタイミングがあまりない。
後者の術は、使うのに必要な条件が色々とあることもあり、今まで使うことがなかった。
その辺含めて簡単に説明すると、再びイベンダーは「ふん、ふん、ふん……ふむむむむ……」と思案顔。それから最後に「ふんむ!」と鼻息荒く息をついてから、
「そうさな。まずはJBの奴にその長目に効く守りをかけてやってくれんか?
今のわしらの中でハコブに直接当たれるのは、JBしかおらンしな」
と言い放つ。
え、それちょっと、彼の負担多すぎない?
何にせよ【石盾の乙女】の魔法をJBにかける。これは土属性の守りの魔術で継続時間が長いが、ちょっと発動させるのには手間が掛かる。
対象を中心として衛星のように魔力による盾が複数展開する。魔術師の使う一般的な守りの魔法、【魔法の盾】と異なるのは、その盾自体が物体としての盾の形をとる、ということ。
そしてそれらの盾は、自動的に攻撃を受け流したり防いだりしてはくれるものの、攻撃を受け続けているといずれ壊れる。
術を発動し続ける限り魔力による守りが得られる【魔法の盾】とはそこが異なる。
言い変えればそう、「残機が増える」みたいな術だ。
術具として魔晶石をはめ込んで作った小さな盾を使う。これらの術具のいくつかはこのダンジョンバトルに入ってから作り置きしていた。今あるのは3つ。それらが今、見た目は30センチ程度の小盾となり、JBの周りにふよふよと浮いている。
この、対象の周りに浮いていて自動で防御する、というのも今まで使いにくかった理由の一つで、例えばタカギに騎乗してたガンボンや、ジャンヌを抱き抱えて救い出す策で動いていたJBなんかに使うと、その盾がタカギやジャンヌにいちいちぶつかる、なんてことにもなる。
頭で想像するにはコメディっぽくて間抜けだけど、実際には下手すりゃ盾が味方を攻撃しかねないみたいな状態。
なので今回のように単独行動前提でないとちょいと使い勝手が悪い。
「……何だかけったいな魔法だな、こりゃ」
自分の周りに浮く小盾を眉根を寄せつつ見てそう感想を言うJB。うん、それは僕も同意。
「だが、こりゃなかなか良いぞ。お前さんの“シジュメルの翼”は発動中は空気の膜で守ってくれるが、勢いの強い攻撃や刺突には貫かれやすい。そのときこいつがあれば、それを防いでくれる」
そう補足するイベンダー。そう、まさにそういうときに使える魔術なのよね。
「なるほど、確かにな。“鉄塊の”ネフィルのときにこれがありゃあ、もっと楽にいけてたぜ」
何の話かはよく分からないけども、うん、多分そう。いや、知らないけどさ。
そうして、JBはイベンダーに言われた通りに飛び出して行く。
さあ、そしてここからは───僕らの仕事だ。
まずは白骨兵を中心とした戦力を召喚、この魔力溜まりのある吹き抜けホールに続く各所に待機させておく。深部からここに至る道中にいた魔物は掃討済みだ。
そして魔力中継点を設置し、この区画の周りまでを支配領域化する。
つまりは囲い込みだ。このホール内は乱戦状態なのでまだ無理だけど、別の召喚インプ達を使い領域の確保を続けている。
領域の広さはダンジョンバトルでは魔力溜まりから引き出せる魔力の量につながる。
現在、ここで僕が支配した魔力溜まりに蓄えられている魔力は、そのかなりの量を“悪しき者”ザルコディナス三世に持って行かれてしまった。その為今まで支配してきた四つの迷宮から魔力を引き出さなければならないが、遠隔地の魔力溜まりから魔力を引き出そうとするとその量は少なくなる。なので支配領域を増やすことで少しでも嵩まししておきたい。
ただそれよりも大きいのは、領域で囲うことで相手の……この場合、魔力溜まりの本来の支配者である王国駐屯軍の術士ではなく、敵対者である“悪しき者”ザルコディナス三世の能力を封じ込め低下させる効果だ。
“悪しき者”ザルコディナス三世は、おそらくこのダンジョンバトルというゲームのルール、つまり術式をきちんと理解していない。だからそのことも詳しくは分かってはいないハズだ。
そう、ルールを知らない事が奴の弱みだということは、やはり変わらないのだ。
そのことを話すとイベンダーは、
「成る程な、そいつは確かにそうだ。どんな戦いでもルールを熟知してる方が有利。
奴が今、ハコブの能力に、“シャーイダールの仮面”をはじめとした様々な魔装具、魔力溜まりから引っ張って来た大量の魔力でどんだけ“強い力”を振りかざせようが、そこが大きな穴になる」
ニヤリと笑うかのよう顔を歪める。怪我のためかあまり様になってない。
そうして話を詰めていると、周りの状況に変化が起きる。
喧騒が起き、“悪しき者”ザルコディナス三世の呼び出した魔物の軍勢が騒ぎ出す。
いや、これは───嫌がっている……のか?
「おお、こりゃガンボンの奴がひと暴れしとるようだな」
ガンボン? そういや、用事を頼んだとか言ってたけども……と、隠れていた段差の上に顔を出して覗き見すると……うおお、なんとも……神々しい!?
暖かな光に満ち溢れ、神聖なオーラがこの広いホールを照らし出す。
そうだこれは光魔法による守りのオーラ。
どどん! と効果音でも鳴りそうな偉容でもってそこに立つのは、ガンボンと、そのガンボンを背に乗せた“聖獣”、巨地豚のタカギ。
その全身から光り輝く聖なるオーラ……あー、そういや巨人達と居たときも、なんかキラキラしてたわ。マジかよ、あのブーちゃんが。
それに跨がるガンボンは、光り輝くオーラで闇の魔物達を威圧しながら縦横無尽に攪乱し叩きのめす。
その勢いを利用し、王国駐屯軍の盾兵が陣形を長い横列に変えて制圧体制になり徐々に前進。ガンボンにより乱された魔物達は、その後に続く盾兵達に刈り取られるかに切り刻まれる。
小さな死目虫辺りはタカギの聖なるオーラに触れただけで塵と化すし、大きめの首狩り蜘蛛やら闇の落とし子に魔像なんかも、動きは鈍り弱体化してる。
何だよ豚さん無双かよ。
そのガンボン&タカギの無双っぷりと、その横に付き添うような別の巨体。多分巨人族の一人もまたえらい強い。素手で首狩り蜘蛛の鎌の攻撃を受け止めてへし折ると、それを武器代わりに腹を突き破る。うげー、グロい。
その強力な戦力の登場に、ホール内の形勢は一気に逆転。“悪しき者”ザルコディナス三世と闇の魔物軍団は押し込められる。
業を煮やしたザルコディナス三世は大掛かりな術で王国駐屯兵を攻撃。あれは獄炎だ。闇属性と火属性の魔力を練り上げて生み出す闇の炎。グレイティア郷のジーンナの内縁の夫、帝国人魔導士、キャメロンの得意とするえげつない魔法。
その第二波を仕掛けようとしたその瞬間、隙を突いて───JBだ。
上空からの高速度滑空で見事なカーブを描きつつ、“悪しき者”ザルコディナス三世の取り憑いているという仲間へと体当たり。そのまま奥へと抱えて飛び去る。
これで魔力溜まりの周りが空く。
「よし、行くぞ!」
言われるまでもなく駆け出す僕と、その後ろをやや頼りなさげに追うイベンダー。
このわずかな隙に……僕らがあの魔力溜まりの支配権を奪って、この遺跡全体を支配領域化する。
そうなれば、“悪しき者”ザルコディナス三世はいわば篭の鳥状態になりさらに弱体化する。
どうやってJBの仲間から引き剥がすかどうかはまた別の話。イベンダーとしては光属性魔法でザルコディナス三世の意識ごと闇属性魔力を浄化していけば或いは───との計算で、確かにそれを狙うのにもここを完全に僕のフィールドにする事で各段に優位に立てる。
魔力溜まりへと近付くと、周りを囲む四本の結界支柱の守りは既に破られていた。これは魔力による防護では強力な部類だけども、力業でも破れるので、ザルコディナス三世があれだけの魔力をたぎらせていれば造作もないだろう。
問題はこの魔力溜まりそのものの術式の方だ。 魔力溜まりそのものも構築している物体としての土台に、それを魔力溜まりたらしめている基盤としての術式。この部分に手を出すのはかなり高度。
その上に、魔力溜まり《マナプール》を支配管理する術式が組み込まれていて、支配権を手に入れるためにはここを攻略する必要がある。
現在この魔力溜まりを支配しているのは王国駐屯軍の術士のはず。その術士の力量によっては、ここの攻略難易度がガラッと変わる。
「おうっと、ちょいと待ってくれ」
追いついてきたイベンダーがそう言いながら、ドワーフ合金製金ピカ鎧の左手を掲げて、その篭手部分に右手をかざす。
んん? 何だこれは? と、思っていると、その篭手部分から魔力が伸びて魔力溜まりの基盤部分へと繋がる。
『え、ちょ、何を……?』
「こいつを今支配しているのは王国駐屯軍付きの研究者、エンハンス翁だ。
翁の施す防御術式にはちょっとした癖があってな。お得意の古代ドワーフ詩をもじったパスワード……つまり、言葉の鍵を入れている。
銀鉱探……いや、機械仕掛けの果実……歯車王の悲……車輪抗……よし、それと……酒精哀歌……と。ふふん、全く芸が無いのう……よし、これだ!」
カシッ、と何かがかっちりと組み合ったような感覚。
この魔力溜まりの支配者であるエンハンス老という人物が施した防御術式の入り口を開けてくれたようだ。
「すまんがこっから先は俺には無理だ。だがまあお前さんなら、基本に忠実今まで通りでやれるだろう。
後は───任せた」
とんでもない、おそらく一番厄介だろうと思っていた防御術式をこんなに短時間で開けてもらえて大助かりだ。
ここからは彼の言うとおり、「今まで通り、基本に忠実」で支配権の上書きをしていくだけ。
僕がそっと右手を翳して、魔力溜まりへと魔力を伸ばすと───その背に当たる硬質な感触。
何か、と振り返ると、体長30センチにも満たない小さな猫熊インプに覆い被さるような姿勢で背を合わせたイベンダー。
そしてその周りには、宙に浮かぶ一つ目の巨大オタマジャクシ闇の落とし子に、巨大な鎌の腕を持つ首狩り蜘蛛。
うおわ、これはマズい。僕が憑依している猫熊インプは戦闘能力ゼロ。あの鎌の先っぽで引っかかれたくらいでも致命的だ。
「時間は稼ぐ。そっちに集中してくれ」
イベンダーがそう言いつつ右手を前にかざすと、放たれる大量の魔力弾。これは【魔法の矢】の呪文か? あの篭手にはそれを放つ術式が埋め込まれているらしい。篭手に攻撃魔法を組み込むなんてかなり常識外の発想だけど、この弾幕は効果的。
まずは───いや、その前に一つ、指示を出しておいてから……【支配の呪文】。
魔物軍団を寄せ付けずに粘るイベンダーに守られつつ、心を落ち着かせて「今まで通り、基本に忠実」に、支配の呪文を唱えながら術式を構築、上書き───。
表層……術式全体を取り囲む段階。
背後で蠢く無数のカサカサという足音。
中層への接合……。
放たれる【魔法の矢】の弾幕が、それらの気配の幾つかへと撃ち込まれ、幾つかが倒れる。
柱と螺旋の構造から、別れた幾つかの深層への回廊。このどこを選ぶかでまた難易度が変わるが……。
うぬ、とくぐもった嗚咽。背に聞くそれは多分、地獄のオタマジャクシこと闇の落とし子による邪眼の呪いを受けたのか? これを浴びると感覚が鈍り、反応と動作が遅くなる。つまりその隙に首狩り蜘蛛に攻められると、迎撃が遅れる。
行くぞ、ここから……深層だ。入り込む術式の奥底にある入り組んだ迷路。その迷路の中を細かく伸ばした魔力の先端が突き進み……。
ギィン! と硬い金属と金属がぶつかり合うような音。鉄の硬さの首狩り蜘蛛の鎌は、イベンダーの着ているドワーフ合金製金ピカ鎧に硬度では適わない。だけどもそれをかいくぐり、僕の憑依している猫熊インプを傷つけるのは不可能じゃない。
焦るな……落ち着いて……ここで魔力操作を間違えれば、中層……いや、下手をすれば最初からやり直しだ。
弾く、防ぐ、放つ、弾く……魔物の気配も、攻防の音も増えて激しくなっていく。
ここだ、この……枝道の先……ここを突破すれば───。
「───くく、遅いぞ、待ちくたびれたわい」
視界の端に差し込む暖かで安らぐ光り。
「うん、大丈夫?」
威風堂々たるガンボンと聖獣タカギが放つ【聖なる結界】の光りの中、僕の支配の魔法が最後の鍵を開け───。
衝撃音とともに空宙から降ってきた影……JBの姿が目の端に映る。
『───貴様……等……よくも……やってくれたな───!!』
ゾッとする程の怒気にまみれたその声は、初めて耳にするはずなのにやけに聞き覚えがあるように響く。
“悪しき者”ザルコディナス三世───その最期の時を、始めよう。




