2-138.J.B.(77)Hold The Line.(戦線維持)
マイクロフォン1、マイクロフォン2。
ライツ、カメラ、アクション。
身体の表面を風の魔力が駆け抜けるゾクゾクとする感覚。
俺の部族に伝わる入れ墨魔法によりもたらされるそれは、いつもならある種の爽快感を感じさせる。
だが今はちょっと違う。ねっとりと粘つくような魔力……闇の魔力がその薄皮一枚下、皮膚の中を這い回っているかのようだ。
この魔力は元々俺のモノじゃあない。
これまた薄気味悪い目玉虫のエキスから取り込んだ魔力。死ぬほどゲロ吐いて無理矢理取り込むことで、強引に闇属性魔力への耐性を急ピッチで引き上げた。
俺は元々入れ墨魔法を使い魔力を循環させる方法は体得している。ただ生来的な魔力は凡人並みで、体内にある魔力を扱うのは慣れて無い。
扱い慣れない闇の魔力と、まるで手足のように馴染み自在に操れる入れ墨魔法の風の魔力を、両者ともを巧く合わせてフル回転をさせていく。
回す。回す。回す……。回して回して回しまくり、魔力というガソリンを燃やしエンジンに火をつけて……そうだ、翼を広げ……一気に飛び出し加速する。
広くはない、狭い坑道みたいな雑な通路を飛び抜ける。速度と制動を適切なバランスで配分し、コーナーギリギリを攻めたかと思えば、直角の曲がり角では身体を反転して脚から突っ込み壁を蹴り進路を変える。
ああ、全くとんでもねぇスピード狂っぷりだぜ。さすがにF-1レーサー並とまでは言えねーが、この狭い中突き抜けるにゃイカレてる。
さて、まずはこいつきめぇ死目虫、飛び交う虫どもわらわらと追跡。速度を落とさず【突風】の餌食。蹴散らし進むはさらに濃い闇。見通すのは無理、全て風頼み。
風の動きと響く音。まるで海底深く進むU-ボート。見えないものを耳と全身で、くまなく察知し穴を翔る。
お次の出番は首刈り蜘蛛だ。そいつの両手はカマキリみてェで切れ味鋭いデカい鎌。糸で作った袋の巣穴、潜み近寄る獲物を両断。
だけども俺には中身も丸見え、いや音と空気とで先読みしてる。かます【突風】で姿丸出しに、【風の刃根】で切り裂き仕留める。
それから何だ? おっと、お馴染み死に損ないの動くおぞましい死体のお出ましか。前の二つに比べりゃ慣れたものだぜ。地下遺跡探索でもちょこちょこ遭遇、B級ホラーの常連キャスト。闇属性の魔法がやたらに邪術禁呪と白眼視されるのも、特にこの死霊術への嫌悪感がデカいって話。
そいつらを蹴散らしさらなる先へ。不意に現れる広めの空間、出向いた先はお馴染みのそう、古代ドワーフ遺跡の区画。
事前に見せられた平面図を叩き込んだ頭の中で、改めて立体を再構成。
ここから……そう、西……よし、通風口みてえな細い通路の中へ。そこに突入、さらに真っ直ぐ、右、上……まだ上か?
おっと、何やら黒いバスケットボールくらいの塊が数体追いかけてくる。見た目はショボいがなかなかヤベェ。レイフが言うにゃ“闇の落とし子”。一つ目オタマジャクシの目玉が厄介、魔力バチバチかますぜ邪眼。
くそ、後ろからのヘビィなプレッシャー。呪いの一つ目【鈍化】の力は、視界の相手の動きを鈍らす。普段なら引き離せるハズの高速、今は邪眼の力で重く拘束。力比べか? いや魔力比べ。推進させるのは入れ墨魔法の風の魔力で、邪眼を鈍らすにゃ闇の魔力。外の力に取り入れた力、別々に操り使いこなせ。
伸るか反るか? 追尾を振り切り開けた先に。ホールに居並ぶ異形の姿は金ピカ守護者じゃなくドス黒い像。まずめったに遺跡じゃ見ねえぜ、悪魔のようなこの姿。前世じゃ魔除けのガーゴイル、こちらじゃ闇の魔力で動く魔像。
前方の魔像、後方の落とし子、かち合うホールは正に大混乱。
視界の中の相手を無条件に【鈍化】する邪眼の力は、魔像もまとめてのろまにしやがる。
爪をかいくぐり、牙をへし折り、翼を掴んで壁にぶち当てる。
囲む魔像に闇の落とし子、よう、お前ら全然連携とれてねえぜ?
一気に加速で囲みを離脱。同時に二体の魔像を壁で潰す。羽根を折れば飛べなくなるし、足を折れば歩けなくなる。そしてドワーフ守護者同様、核を潰せば全停止。
適度に暴れて次のコーナー。こいつを曲がれば……そら、本丸だ。
赤く……輝く……光の中心……待たせたな俺だぜ、よう、ジャンヌ。
□ ■ □
赤く輝く光の中心、そこに居るジャンヌの姿は、“巨神の骨盤”の遺跡で見た“死の巨人”の頭部にあった“人間を素材として作られた魔力溜まり”を彷彿とさせる。
だがそっちが物質化した魔力の結晶の殻を纏っていたのに対し、これはエネルギーとしての魔力そのものが吹き上がり燃え盛りとぐろを巻いている。
その周りに蠢く今まで以上に濃厚でおぞましい闇の魔力の渦。
何がどうおぞましいのか? 今目の当たりにしてみりゃよく分かる。
それ、は、人の姿を僅かに象る魔力そのもの。
それ、は、悪意と恨みと妄執を煮詰めて闇に溶かしたかの存在。
そいつを、俺は全身全霊の力を込めた【突風】で───吹き飛ばし掻き消し散らす。
「───ジャンヌ!」
叫んで俺は近くに駆け寄る。
赤く輝いた魔力の渦が熱く、そうそう近くに寄れなかったが、程なくしてそれも収まり薄くなる。
レイフの想定通り、魔力溜まりの膨大な闇の魔力に、妄執怨念としてのザルコディナス三世の思念が溶け込んだこの“悪しき者”には、物理的な意味での破壊力、攻撃力はないようだ。
不安定で、脆い存在。だから別の強い魔力を纏うことでジャンヌは防ぎ続けられたし、その背後からさらに別の強い魔力をぶつけることで掻き散らすことも出来る。
「……遅ェな、おい。眠く……なったぜ……」
悄然とした表情でそう毒づくジャンヌ。
レイフに言わせればここ数日は飲まず食わずで、魔力を使い“悪しき者”への抵抗を続けながら無理矢理生命活動を維持してたはず……だってんだから、口が利けるだけでも驚きだ。
「悪ィな、ちょっと野暮用があって寄り道してたわ」
「へっ……英雄は……遅れてやってくる……てか?」
おいおい、そいつはアダンのセリフだぜ。
だが───。
こっからは全速フルスロットルだ。
ジャンヌを抱きかかえて魔力を膨らませる。全身を包み込み渦巻く風の魔力───シジュメルの翼のフルパワー。
行くぜ、雄叫び上げな、耳を研ぎ澄ませ。闇を突き抜けてどこまでも飛べ。再び象る闇の魔力は、老いぼれた老人か骨と皮か。
『───待て』
誰が待つかよこのくたばり損ない。
『───それは、我がもの、我が肉ぞ……!』
知るか糞ファック! 食らえスパイク。伸びる魔力の渦、掻き散らす刃。
てめェが血筋上ジャンヌの祖父だの、王家の血脈だの全部関係ねェ。こいつの“家族”はもう足りてるぜ、指先一つも入るもんかよ。
ろくでもねぇ糞王にも、そいつの糞な野望妄執も、そんなのこちとらハナから願い下げ。
振り切るぜ糞な妄執、ドス黒く浅ましい触手。伸びる魔力の先端を、ジェットの如き風の魔力で蹴散らし前進。
迫る闇の魔力を横目に見切り、立ちふさがる邪魔者ぶち当たりかわし。
レイフの奴の言うとおり、魔力で嵩ましし全力で逃げるこの俺を、止められる奴はそうは居ないぜ。
突風と嵐で雑魚を吹き飛ばし、硬いドワーフ合金兜で頭突き食らわし、右も左も危なっかしいぞ。ならば数段上のグレード、こちとらガチだぜ逃避行。
そりゃ寝ぼけた魔力にこびりつくカスなど、追いつく気配もありゃしねえ。
と、縦横無尽に逃げ回る先に再び膨らむ黒いもや。なるほど来たな、汚ぇヘドロが。魔力溜まりの魔力と一体化したザルコディナスの残りカスは、存在そのものが魔力になってる。なので領域全てに薄く広がり、今この場所は言わばヤツの胎内。
トリッキーに避けつつ風で蹴散らす。すぐさま消える黒いもやだが、同時に再びまた膨らむ。
こいつは永遠の鬼ごっこだ。
俺は逃げる。逃げ続ける。
ヤツは追い掛ける。追い続ける。
この遺跡、領域はヤツの支配下。全体ほぼ全てにヤツの本体でもある闇の魔力が充満している。
そしてその中で闇の落とし子に魔像に屍。物体に直接干渉出来ないヤツの代わりに、手足となって健気に働く手下が山ほどだ。
勝ち目がねえ? そりゃそうだな。
逃げ場がねえ? まあそうかもな。
だがそりゃ何を勝ちとし、どこまで行くのを逃げとするか。その解釈定義によるってなもんだ。
ヤツの勝ちは? まずはジャンヌを奪い返すこと。何の邪術に使うか知らねえが、どうやら血縁を必要としてるらしい。
じゃあ俺の勝利は? ヤツを打ち倒す? あの世へと叩き返してやる?
いや違うぜ、ああ、少なくとも今はな。
今の俺の勝利は───逃げて、逃げて、逃げ続けて、レイフの為の時間を稼ぐことだ。




