2-136.J.B.(76)THINK ABOUT IT.(そのことを思うと)
お陰様ですこぶる順調! ……とまでは行かないが、闇属性魔力からのプレッシャーに対してはそこそこの耐性がついてきた。
短期間で魔力耐性を得るために魔術師見習いがやるやり方に近いというこれは、一歩間違えればいつぞやのジャンヌのように魔力瘤による障害や、場合によっちゃあ死んだりイカれた魔人化の危険まであるってな話。
だが幸いにもと言うべきか、例の死目虫とかいうヤツが純粋な闇属性魔力の世界から来てる生き物なため、混じりっ気の無い高純度の闇属性魔力を抽出出来る。結果、その手の危険性はかなり減らせたという。
その分……糞苦い茶を一日に何度も飲んで、死にそうなくらいに悶え苦しむはめになった訳だが。
で、一応それなりの闇属性魔力への耐性がつき、また魔法への守りになる装身具を渡してもらい、レイフが支配領域化した区域の外に出でもとりあえず「体中の穴という穴から血と体液を吐き散らしながら悶え苦しみ死ぬ」という最悪は避けられている。けどまだ酷く頭も痛むし吐き気もする。なので長時間支配領域の外に出るってのはヤバい。
既にこちらへ来て数日は過ぎた。真っ暗闇の岩穴の通路の中、正確な日時も昼夜も分からねーから、レイフに聞いた話含めてのおおよそでは、だが。
じれている。そりゃ当然だ。何せ俺がこちらに来てやったことと来たら、虫を集めてるか糞苦い茶を飲んで悶え苦しんでうなされているか。
何一つ意義のあることもやってねえし、ジャンヌを救出するどころか、居場所の手掛かりすら掴めてねえ。
何が「俺自身の力で助け出す」だ、バカが。結局ただの足手まとい。俺の世話でどんだけ時間を無駄にしたか。
「糞ッ───!」
吐き気に顔を歪めつつ毛皮の毛布の上で横たわりながら思わずついて出る悪態に、近くに居たレイフが驚いて反応する。
「───すまねえ、驚かすつもりはなかった」
慌てて謝ると、
「は、い。大丈夫です」
と、やや上擦った声での返答。
うーむ、いや、こいつに当たりたいワケじゃねえし、不甲斐ないのは俺の方だ。だがやっぱそれでも……。
「……なあ、聞きてえんだがよ。
ガンボンの話じゃあアンタはその……けったいな魔法の石ィ使って、瞬く間にダンジョン作って魔獣や何やら支配して戦えるんだろ?
そりゃあ俺がこんな有り様だからってーのもあるんだろうけど、それでも───何で攻めにいかねえんだ?」
レイフに文句は言えねえが、ここに来てずっとグダグダだった俺の世話ばかり。まともなダンジョンとやらも作れてねえし、ケルピーと大蜘蛛、ちっせえクマみてーな小鬼以外の魔獣も見てねえ。
ケルピーは虫取りでコンビも組んでたが、大蜘蛛はレイフの居る拠点近くに巣を張ってじーーーーっとしてるだけで、クマみてーな小鬼はたまにしか見かけねえ。
そう聞くと、何時もの表情の薄い細面の顔をわずかに歪め、少しの間沈黙とともに思案したような素振り。
それからこう、言葉を一つ一つ選ぶかにしながらゆっくり喋り出す。
「───そうですね、話します。
まず、最初は、良くない話から」
「ああ、聞くぜ」
向き直り体を起こしてなんとか居住まいを正す。
「まず、ここでは、前のようには力を使えません。
何故ならここには、今、私の支配出来る、魔力溜まりが無い。
本来、私が支配して、魔力を引き出す為の魔力溜まりは、“悪しき者”に、支配されてます」
どーいうことだ? と聞くと、例のダンジョンバトルとやらのルール設定について簡潔に説明される。
本来ならそれは双方がそれぞれに用意された人為的魔力溜まりを支配して、そこから魔力を引き出し、ダンジョンを作り、支配領域を広げ、魔獣や使い魔、その他の味方を率いて魔力溜まりの奪い合いをする。
つまりはそういうルールの元に行う陣取りゲーム。
そのためにはまず魔力溜まりの支配が必要だが、それはバトルの開始を意味するだけではなく、そこから引き出せる魔力がこの領域で効率良くダンジョンバトルを行える魔術の行使に必要だということで、それが無い現在はガンボンの言っていた「素早く簡単に部屋や通路を造る」てのが出来ない。つまり何をするにも時間と高い魔力コストがかかる、と。
それが問題の一つ目。
だがそれより問題なのは別にある……とも言う。
ここ、アルベウス遺跡では、地下深くにある一つと、地表近くにある一つ……つまり、現在王国駐屯軍が支配しているやつとでバトルをするのが本来の組み合わせだという。
だがその地下深くにある一つというのを、“悪しき者”が横入りして強引に支配下においたのがまさに30年前。ザルコディナス三世がティフツデイル帝国へと侵攻をし、そして“滅びの七日間”により双方が壊滅、支配してたはずの巨人軍達の反乱もあり殺された……とされたとき。
だがこのダンジョンバトルのシステムは、ボーマ城塞地下にあった地底湖のそれから開始して順番に起動をしていかないときちんと始まらない。
なので30年間……“悪しき者”はずうっと地下の魔力溜まりを支配したまま、しかし具体的には外へ出ることも侵攻することも出来ずに言わば封印された状態で閉じこめられていた。
そしてそれには、かつて古代ドワーフとの盟約により、このシステムの監督を任せられていた“大いなる巨人”達の力も関わっている。
“悪しき者”が外へ出られぬようにその力を使っていたワケだ。
なので、彼らは長いこと巨人族の前に現れることも、新たな巨人を産み出すことも出来ずにいたンだろう。
ここで……また幾つかの疑問が沸く。
「ちょっと待て、待ってくれ。
ボーマ城塞地下の地底湖の遺跡から順番に起動しなきゃ始まらない……。それが出来てないから、“悪しき者”は閉じこめられた形になっていた……てことは、よ。
レイフ、お前が順番に起動してクリアして来ちまったことで、今、奴は外へ出る準備が整っちまった……てことじゃねーのか!?」
その問いにレイフはまた少し口ごもり、それからコクリと頷いた。
「恐らく、そうです。私がボーマ城塞地下の地底湖の魔力溜まりの場所に移転したのも、そこでダンジョンバトルを始めることになったのも、偶然です。しかしそれにより……“悪しき者”を目覚めさせ、活動を再開させる事にもなりました」
言い換えれば一連の───センティドゥでアデリアとジャンヌが居なくなって以降の出来事の原因、はじまりはそもそもがコイツ……ってことになる。
「ですが、“大いなる巨人”によれば、“悪しき者”の存在はこのクトリアの地の正常な循環を阻害し、あらゆる生命の力を奪い続けて来た。
“悪しき者”を排除しない限り、この地は年々干からび乾き、また魔獣の数も増え続け、人の住むことの叶わぬ呪われた地へとなっていっただろう……とのことです」
その理屈も……分からねーでもない。ドゥカムの奴も言っていたし、巨人達も似たような話はしていた。
循環、歪みを正す……。今のクトリア周辺の環境は、魔獣も多く農作物や家畜も育ちにくい。確かに元々の気候の問題もあるが、話によると昔はこれほどひどくはなかったとも言う。
自然環境としてはサボテンや低木はあるが、森林、材木の採れる地域は無く、それらの資源は貴重。生態系も歪で、魔獣が魔獣を喰らい、そして人を喰らう。その魔獣を一部の凄腕狩人達が狩っては居るが、その食物連鎖の中には無数の草食獣という要素がかなり少ない。
つまり、魔獣とそうでない野生動物との比率がおかしい。
だが───。
「ジャンヌは……そのための止むを得ない犠牲だ……ってか?」
言葉がそう絞り出すようにして漏れる。
しかしその声には今まで以上にキッパリとした調子で、
「そうは、させません」
と返ってくる。
「ここは、ある意味、良い話です」
改まってレイフが切り出し、話の流れが変わる。
「まず、ジャンヌはまだ、生きています。そして、憑依させた、ウィスプの力、加護もあり、必死の抵抗を続けています」
いつの間にそれを? 俺が糞苦い虫汁にのた打ってる間、レイフはそれらを調べ上げていたのか?
「何故分かる?」
「私は、ジャンヌが、連れて行かれる直前まで、彼女と、精神が一つになっていた。そしてこの場所では、その時の僅かな繋がりで、その存在、状態が、デスクが無くても分かります」
いまいち何を言っているのか分からないところもあるが、何にせよジャンヌの現状が分かるというのなら、だ。
「じゃあ、行こうぜ、そこによ」
俺が最低限の闇属性魔力への耐性を身につけたっつうからには、後は行動あるのみだ。
「まだ、無理です」
「何でだ?」
「あと……少し、準備が、要ります」
「何の? 俺のか? お前のか?」
環境への耐性含め、俺の方が全体的に足りてねえのは身に染みてる。あと10杯、20杯の糞苦い虫汁を飲めってーんなら、全部飲み干してやるぜ。
「どちらも、です……が。一番、は、道、と、手数……です」
道? ってのは、そこまで進むルートがまだ無い……ってことか? 手数……てのはつまり手勢、手下……例の使役する魔獣ってやつか?
「いや、何だ。さっきの話だと、この領域で支配している魔力溜まりが無いから召喚とか出来ねえって話しじゃなかったか?」
「全く、出来ないわけでは、ないです。ただ、強力なものを、沢山での、力押しは、無理です」
つまり、弱っちいのしか呼べないってーことか?
強力魔獣軍団のサポート無し。現状乗り込める道もなし。
「……いつまでだ?」
道と手数、それらを整えて先に進めるのにはあとどれくらいかかるのか?
再びやや眉根を寄せて顔をしかめ、
「あと1日……いや、半日……」
「───耐えられるのか、それまで、ジャンヌはよ」
「確実、とは、言えないですが、ジャンヌの魔力の保つ期間を含めて、の、猶予です」
安全、確実、絶対───そりゃそう簡単には言えねえ言葉だ。
「───分かった。とにかく……聞かせろ。今、だ」
とにかく、俺は俺に出来ることをするしかねえ。




