2-130. 追放者のオーク、ガンボン(59)「それでも痺れるアコガレるゥ~~~!! 」
「ふーーーーーんむ……。こりゃまた、タイミングが微妙な話だなあ」
レンガ造りの結構雑な長椅子に座りながら手紙を見てそう嘆息するイベンダー。
俺とイベンダーそれぞれ宛ての疾風戦団からの返事に、俺だけに来た闇の森ダークエルフ達からの返信。
その中でまず両者に共通しての内容として、疾風戦団は再び隊を編成してクトリアにまで来るよ、ということ。
前回俺と一緒に来るはずだったラシードにカイーラ、女ドワーフのナオミに、それと回復して来ているリタを含めてさらに再編。
ラシードにリタ、カイーラなんかは、前にイベンダーがうろ覚えの情報として語っていた通りに、実はニコラウス隊長の実家であるコンティーニ家とも浅からぬ縁だとかで、クトリア行きには諸々の便宜を図ってもらえる……てのもあるようだ。
が……イベンダーの言う通りに問題は時間。
疾風戦団の本拠地からにしろ闇の森からにしろ、転送門を使っても東周りの陸路を使っても、いずれにせよ出発してから早くても4、5日、かかれば20日前後はするだろう。
遅い。いや、実際にいつ出発したか、出発してるのかどうかは分からないけど、正直彼らを待ってからアルベウス遺跡を探索……なんて呑気なことは言っていられない。
何よりも彼らはまだ、レイフがJBと共に今まさに“悪しき者”ザルコディナス三世との戦いの渦中に居ることをまだ知らない。以前送った情報までの判断しか出来ていないのだ。
本音の本音を言うのなら、俺は今すぐにでもアルベウス遺跡へ乗り込んで一人ででもレイフ達を捜し出したい。けれどもさすがにそれが無理だということくらいは分かるので、じりじりとじれながらこうしている。
イベンダーも多分その辺は同じ……んー、似たような気持ちはある……はずだ。
ちょっとの間しか見ていないけど、闇の森で行方不明になり、俺がここで再会するまでの間、イベンダーと名を変えた状況でシャーイダールの探索者をしていて、JBを始めとした仲間たちとはかなり親しくして居たみたいだ。
疾風戦団に居た頃のタルボットと名乗っていたイベンダーは、魔導具造りとコレクションにばかり夢中で、周りの団員達と親しくしている風ではなかった。つまるとこオタク系というかマニア系の研究者肌で、今みたいにおどけたりバカ話をしたりしつつ周りとの調整役をする、なんてタイプじゃあなかった。
その変化も含めて「前世の記憶」が蘇ったこととも関係するのだろうし、その点で近いバックボーンを持つJBとは特に親しくしていたようにも思える。
そう、イベンダーにとってのJBは、俺にとってのレイフと同じ。
だから、表向きはどうあれイベンダーも内心ではかなりじれているハズ───と、思う。
そのイベンダーの顔をじっと見る。普段と変わらないようでいて、心の底に懊悩を抱えたかの深い皺が眉間に刻まれる。
「……クッ」
不意にその口の端からそう言葉……いや、嗚咽が漏れた。
「ククク……グヒャヒャヒャッ……!!
おい、これ読んで見ろガンボン! ラシードの奴、闇の森のエヴリンドとかいう女ダークエルフにちょっかい出そうとしてボコボコにされたらしいぞ! ガハハハ! やはりあいつはバカだな!」
……エヴリンドさんかーーーーい! バカだね! そうだねバカだよね!
「……はァ~目に浮かぶわ、あのバカったらしが。ククク……」
横腹を押さえつつ笑うイベンダーは、しばらくしてそれを治めて一呼吸。
それから今度は俺に向き直り、
「で、お前さんは闇の森ダークエルフ達からも返事を貰っとるんだろ? そっちはどーなんだ?」
と話をふる。
どーなんだ? と問われると、こちらも基本的には疾風戦団と変わらない。何人かで遠征してくるとかいう話で、その規模や時期がどうなるか辺りも、正直同様に微妙。
怪しいのは───当然レイフの母であり、ケルアディード郷の前氏族長の、ザ・破天荒レディのナナイさんに関する記述がちょっと少な目なところ。
いやー、絶対あの人、何かむちゃくちゃなことやらかすと思うんだけどなあ。
その辺含めて、またレイフのことについてもやや簡潔にではあるがイベンダーに説明。
今までちゃんと話したことはなかったんだけども、ゴブリンロードのユリウスさんとの戦いなんかについても、わりかし簡単には話しておく。
一通り聞いてイベンダーは、最初は驚いたように目を見張り、それからゆっくりと目を細めてから、
「良い友が出来たな」
と、そう言った。
良い友。確かに……そうだ。それはユリウスさんとの戦いのときにエヴリンドさんにも言われた。
思い返すと、というか記憶を探ると、俺はこの世界に生まれて以来ほとんど友と言える存在は居ない。厳密にはオーク城塞を追放されて以降、居ない。
負い目。狂犬ル・シンにより人狼の呪いをかけられて以来、その力で再び親しい相手を傷つけてしまうかもしれないと言う恐れ。
それが、なるべく誰かと親しくしようとしない生き方になっていた。
前世の俺と同じだ。
けれども偶然か叉は運命か、たまたま闇の森で一度死にかけ、その結果前世の記憶を蘇らせつつもしばらくの間どちらの人生についても断片的で不十分な記憶しかない状態で居たことで、俺は俺のその最も忌まわしく恐ろしい事実を、すーーーーっかり忘れていた。
そして結果的にそれが幸いしたのだ。
もし───とかいう仮定には意味なんかないよ、とレイフは言うだろう。だけどももし、俺がその呪いのことを忘れずに、そして前世の記憶を蘇らせることなくケルアディード郷を訪れていたら、多分あんな風にレイフと、彼らと付き合うことは出来なかったと思う。
間違いなく、そして確実に。レイフは俺がオーク城塞からの追放者となりさまよい続けて後に出会った、俺を救ってくれた人達の1人だ。
そしてだからこそ───。
「うん」
そうはっきりと頷き返して返事をする俺を、再びイベンダーは目を細め頷き返して、またもやニヤリ。
「これも前世記憶が蘇ったおかげか?
お前さんの疾風戦団での友達の居なさっぷりときたら……俺ですら引くぐらいだったからな」
……いやちょっとそれこそ「お前が言うな!」の話でしょーよ!?
「いやいや。研究優先とは言え、お前さんよりは周りと巧く付き合っとったぞ?」
えー? うそーん? 信じられませーん! ていうか信じませーん!
◆ ◆ ◆
見習い用の区画でクロエさんの用意してくれたスープに蓄えていた食材で昼飯を作りイベンダーと話しながらの昼飯。
そこに本物の見習いメンバーであるダミオンさんとアデリアさんとが合流し、彼等にも甘辛く味付けした金色オオヤモリ薫製肉とサボテン炒めを分けてあげる。
けれどもその、まあ何というか分かり易い程にこう……どんより気味?
何せアデリアさんがまーーー落ち込んでる。
俺はもとよりよく知らないし、ダミオンさんもそう親しくはないらしく遠慮がち。
一応一番古くからの知り合いでもあり、“師匠!”と呼ばれるイベンダーとしても、いまいち接しあぐねている。
「あんな、師匠……」
俯き気味に下を向きながら、フォークの先でサイコロ状に切った肉をこねくり回す。
こねくり回しいじり倒しつつ、何かもじもじとしてなかなか切り出さない。
「そのー……何かな。アタシにも使える、凄い古代ドワーフ遺物の武器とかって、あらへんかな?」
「無いな」
ようやく絞り出すように言うアデリアさんの言葉を、スッパリ切り捨てるイベンダー。キビシー!
「な、ちょ! 切り返し早ッ!? 師匠! 少しは考えてーな!?」
興奮気味に騒ぐアデリアさんに、横からやはり遠慮がちに抑えなだめるダミオンさん。
「アデリア。魔導具だろうと武器防具だろうと、それが古代ドワーフのテクノロジーだろうと何なんだろうと、道具はしょせん道具にすぎん。
その使い手の技量適正が伴って初めて意味がある」
言いつつ、甘辛肉炒めを一つ摘み、
「この料理も同じだ。食材、調味料、調理道具……。それを使えば誰でも美味い料理が作れるか? 違う。それを使い美味い料理を作れる知識と技量があって、初めて意味がある」
完膚なきまでのど正論。
「せやけどォ~……」
俺はアデリアさんのことはほとんど知らないし、聞いてる範囲では勝ち気で無鉄砲な性格だとも言う。
けれども“巨神の骨”のダンジョンでレイフ達と別れ、半ば無理やり引きずるようにして帰還するその最中まで、怒ったり泣いたり感情豊かな反応はありつつも、全体としてはほぼ意気消沈してた。
何か力づけてあげたいような気もするんだけども、まあそれ俺には無理なヤツだよね。俺のコミュ力と関係性では。
「それにお前さん、もう魔法剣を持っとるだろ?」
「え!? や、そ、それは、そうやけど……」
魔法剣!? 何それすげぇ!
驚いてついマジマジとアデリアさんを見ると、何故か横でダミオンさんが嫌そォ~な顔してアデリアさんから距離をとる。何かあったのかな?
「そいつは、確かにお前さんにはなかなかおあつらえ向きの仕上がりだ。お前さん自身に腕はないが、当たればそれだけで効果が出る。
もちろん相手は選ぶが、このクトリア市街地や地下街でなら、よほどの相手でもなきゃ効果覿面。
そいつを作った……レイフという奴は、よっぽどお前さんのことをよく分かってるし、お前さんの事を守りたかったんだろう」
レイフが? そうか、そうなのか……。
言われたアデリアさんは、やや嬉しそうな、それでいて悔しそうな、複雑な顔。
「……そのレイちゃんを……助ける力がアタシにはあらへん……」
その悔しさは、俺にも分かる。
そうこうしていると下の階、つまり俺ら居候や見習いは基本立ち入り禁止とされているアジトの本部から上がって来た鼻と顎の人でお馴染みアダンさんがイベンダーを呼びに来る。
イベンダーは俺と違い既に本格的な正式メンバーとして認められて居るから、今後の計画を話し合いに行くのだそうだ。
俺は残念ながら報告待ち……と思ってたら違ったよう。
「おう、ガンボン。おめーも今回だけ特別、中来てくれってよ。細かい報告とかも欲しいからよ」
むむむ! ほ、報告……!? ちゃ、ちゃんと出来るかな……?
◆ ◆ ◆
報告役として呼ばれたのは俺だけではなく、俺と共に荷物運びで同行してたグイドさんと、センティドゥ廃城塞、つまりは土の迷宮からレイフ、ジャンヌさん等と共に“巨神の骨盤”の遺跡にまで転送させられていたアデリアさんも。
まず最初は俺とグイドさんとで“巨神の骨盤”への道中、巨人族との出会いに共闘、ドゥカムさんの推論含めた過去の出来事、ザルコディナス三世の関わり等々を整理して話す。
もちろん今回は、グイドさんが邪術士によって特殊な術式を埋め込まれた巨人族である、ということも含めてだ。
大まかな話は既にイベンダーとハコブさんにはしてある。
今はセンティドゥ廃城塞から戻ってきたばかりのアダンさん含めた他のメンバーへの報告……という意味合いが大きい。
「……マジかよ。驚くとかってレベルの話じゃねーな、こりゃあよ……」
「確かに、ただのデカブツってワケじゃないとは思ってたけどサ……」
「ザルコディナス三世が……?」
「何だかめんどうクセー話になってんなー、おい」
長机とそこにしつらえた長椅子に座りつつ、口々に反応を示す。
あ、1人だけ、俺は初めて見るアリックさんとかいう人だけは、暗ぁ~い顔してテーブルに突っ伏し体を抱えるみたいにして黙り込んだままだ。
それから、今度はアデリアさん。
レイフ、ジャンヌさんらと共にセンティドゥ廃城塞から転送門で移動してから後のことの顛末。
ただこのアデリアさん、なんというか大袈裟な擬音や形容を使いまくり、時系列も行ったり来たり戻ったりで、めちゃくちゃ話が分かり難い!
また“生ける石イアン”のことやダンジョンバトルのこと等、そして何よりレイフの背景や人となりなんかは俺の方が詳しいので、要所要所で補足を入れる。帝国語の拙い俺の代わりに俺の補足をイベンダーが補足する……という場面もあった。
一通りの状況説明。マーランさんは興奮か恐れか複雑な表情。ニキさんは眉根を寄せてむっつり黙る。アダンさんは……あー、これ、完全に思考放棄した顔だ。分かる分かる、俺もよくする。
んで、その流れでいの一番に発言したのがスティッフィさん。
「どっちにせよよォ~。
その……アルベウス行ってザルコディナスか何か知ンねーけど、そいつブチのめしてやんねーと、あのチビガキとJBのアホを助けてやること出来ねーンだろォ~?
じゃ、やるしかねーじゃんよ」
ヒィィッッ! 多分細かいこととか特に考えてないんだろうけど、それでもその気っぷのよさ! そこに痺れるアコガレるゥ~~~!!
「ウグェ……!?」
それに潰れたカエルみたいな妙な声で反応するのはアダンさん。
「ち、ちょっ待てよお前、たまには頭使ってモノ考えろよ!?」
「アホか。アタシやおめーが何か考えてもっとマシなことになるンかよ?」
「むぐぐっ……!」
うう、これは……手厳しい。
「アタシはサ」
二人のやりとりが一段落ついてから、ニキさんがそう意見する。
「あいつらを助ける……っていう方針には反対しないよ。
けど……なんつーかあやふや……んー……何がどーなってンのかってのがサ。分からなさすぎだろ、ちょっと」
「そ、それに……仮にその、ザルコディナス三世か……それに近しい邪術士が隠れ潜んで生き延びてたとして……僕らだけで……なんとか出来るの……?」
続くマーランさんは話半分にしても怪しいこの件に、不審と警戒を感じてるよう。まあごもっとも。
「そーだぜ。その……レイフとかって言うダークエルフも聞く限りけっこう強そうな感じだけどよォ。相手が魔人とかってんならまだしも……何だ、こー……得体が知れなさすぎるぜ」
どの位レイフが“強い”と言えるのか……というのは俺にも判断は難しい。
レイフは物知りだし賢い、とはここでも言い切れる。
けどダンジョンバトルでは基本“生ける石イアン”とかの力で魔力溜まりの魔力を引き出し利用してたので、闇の森からこちらにきて突然パワーアップした……てな話でもない。
実際のところ、“悪しき者”ザルコディナス三世か何か相手にどれだけのことが出来るのか、あまり分からない。
「───レイちゃんはっ……!!」
そこに不意に意を決したように切り込んで行くのはアデリアさん。
「レイちゃんはな……ほんまにええコやねんて。
使い魔とか魔獣とか従えてな、穴掘ったり扉とか罠とか作ったり、そら……色々でける、凄い魔術師なんやけど……そんなんちゃうねん!
アタシな。アタシとジャンヌとな。何や門? くぐってあっち行ってもーて……何がどないやかさっぱりやってんけどな。
そんで、生まれて初めてホンマモンのダークエルフ会えた言うてはしゃいでもーてな。
けどな、そんなん普通邪魔っくさいやん? ホンマやったら、何されとってもおかしないやん?」
俺はレイフの人柄を知っているから、そんなことしないと分かる。
でもアデリアさんの立場からすれば、確かにどうされるか分からない不安な状況だっただろう。
「ジャンヌなんかも、アタシの面倒見る言うて頼まれてたからって、いざとなったら刺し違えてでもレイちゃんのこと倒すから逃げろ、とか言うててな。けどそんなん全然取り越し苦労やってん。
レイちゃんはホンマに、アタシらのこと親身になって助けてくれて、アタシとジャンヌが安全に戻れるようにって、新しい装備まで作ったりしてくれてん。
そんで今回かて……ジャンヌを助けるために、JBと一緒に先行ってもうて……」
何度も助けられた。そのことをアデリアさんは繰り返し言ってきてはいる。
「アタシは全然弱いし、役に立たれへんのも分かってる。全部みんなに丸投げするしかあらへんで、こんなん言える立場ちゃうのも分かってる……。けど……お願い……頼むわ……」
一気にそう言うも、最後は次第に小さく消え入りそうになる。
やや気まずげな沈黙。
理屈ではない、ただ思いの丈をぶちまけただけでしかないが、けれどもだからこそそれにどう返せるのか───。
「───アルベウス遺跡には行く。それはもう決定事項だ」
そうハッキリ断言するのは探索班リーダーのハコブさん、いや、ハコブの兄貴。
「だが今の俺達だけの力でどうにか出来るとは言い切れない。
だからそのために出来ることすべてをやる。今日話すのは、そのことについてだ」




