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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-126. ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー(18)「向こう?」


 

「デジー……ちゃん……」

 震えるような、掠れるようなその声に、麻痺していた意識が呼び戻される。

 誰だ? そして、誰のことだ?

 

「な……何なんだよ、テメーは……?」

 驚き、困惑し、また少し憤ってもいるジャンヌの声。

 ジャンヌと、そのジャンヌに“降霊魔術”で半ば強制的に憑依させられ同化してしまっている火属性の幻魔ウィスプと、そのウィスプに【憑依】していたことで同様にジャンヌの中に精神だけが同化している僕は、同じ目で同じものを見る。

 背中に死の巨人の粘液を浴び、身体の半分が焼けただれ白い煙をあげている麦わら帽子を被った風変わりな一人の巨人。見上げるような視界は、ジャンヌがその巨人に覆い被さられる格好で庇われたからだ。

 

「何なんだよ、何で……アタシを助けンだよ!?」

 叫ぶジャンヌの渦巻く感情が、まるで暴風のように伝わってくる。

「いやあ、ね、デジーちゃん……オトモダチを助ける……のは、当たり前……でしょ?」

 どんな顔、表情なのかは見て取れない。それでもその声音は、苦しさや痛みを極力伝えないように抑えられているのが分かる。

 

『ジャンヌ、この巨人と、地面に触れて!』

 僕はそう思念を伝え、ジャンヌはそれを無造作に実行する。

 【大地の癒し】。地属性の治癒魔法で、大地の魔力を術者の魔力を媒介することで治癒を促す。その力で幾分かの治癒効果を巨人にもたらすものの、負ったダメージに対してはまだ足りてない。

 

 駆け寄ってきたガンボンに、飛んでくるJBとが、それぞれに死の巨人からの追撃を打ち返し撹乱し防ぐ。

 けどこの近距離に居続けるのは……明らかにマズい。

 

「デ……ジー……まさか、デジラエ……のことか?」

 不意にそう言うジャンヌの声に、巨人は

「ああ、そういえば……本当の名前はそうだったっけ……?」

 と、返す。

「ゴメンね、デジーちゃん……約束を守れなくて」

 そのデジー……デジラエという人物とジャンヌを混同しているのか、巨人は上擦ったような声でそう続ける。

「最近特に、物覚えが悪くてね……。けど、ああ、本当にデジーちゃんの言った通りさ。ザルコディナスは悪いやつだよ。あいつのやろうとしてることを、防いでやらないとねぇ……」

 そう言うと、小さく軽いジャンヌを持ち上げて、まるで子犬のように片手に抱える。


「ちょ、待っ、何すんだよ、おい……!」

「あっちのデジーちゃんも……助けてあげないとねえ……」

 上を見上げると、腰を深く落としてから一気に跳躍。左手で死の巨人の身体へとぶら下がると、振り子のように反動をつけて驚くほどの俊敏さでよじ登る。あれほどのダメージを受けて!?

 

 デジー……デジラエとは何者か? ジャンヌと、そしてこの巨人との関係は? 分からないことだらけだし、巨人の言ってることも何かちぐはぐで一貫性も無く感じる。

 それに地面から離された今、【大地の癒し】の効果も無くなり、その溶かされ焼け焦げた背中も殆ど治せてない。

『駄目だよ! 地面に触れてないと治療出来ない!』

「アタシに……どーしろってんだよ!? クソっ!!」

 じたばたしたところでどうしようも無い。

 僕は思念でケルッピさんを呼び寄せ、この巨人に【癒しの水】を使うよう指示をするが、今はちょっと距離があるし、この場所ではけっこう効き目も弱くなるだろう。

 

 そのまま抱えられて、死の巨人の頭部、つまり結晶のようなものに閉じこめられた死体のすぐ隣へ。

 間近で見ると、半透明の結晶の奥の死体はまるで今でも生きているみたいで、その顔も穏やかな寝顔にも見える。

 ───いや、待て。この……顔は……?

 

「今───助けてあげるからね」

 麦わら帽子の巨人はそう言うと、ジャンヌの体を離してから両手をその結晶の付け根のところへと突き入れて、全身全霊の力で引き剥がそうとし始める。

 無茶だ!!

 

 構造として、多分この死体で造られた大巨人に、この結晶が埋め込まれた形になっている。いや、というよりもこの結晶を核として、死体を接合し組み合わせて巨大な巨人のような形に仕立てているのだと思う。

 つまりこれが頭脳であり核であり心臓。これを引き剥がせば確かにこの大巨人は倒せるだろう。けど───。

 

 ぐりん、と地面が揺れる。いや、今立っているのは大巨人の肩の辺り。当たり前ながらその大巨人が身体を動かせばこちらも揺れる。

 張りつく僕たちを振り落とそうと動き出した振動に、ジャンヌは危うく落ち掛けつつも、とっさにダガーを肩の一部に刺して踏みとどまる。

 麦わらの巨人も同様。けれども結晶の根元へ差し込んだ手は離さず、憤怒の表情で力を込め続けている。

 

 大蜘蛛部隊が四方八方から糸を放ち絡ませ縛る。放ったそばから粘液で溶かされるが、こうなりゃこちらも手数で攻める。溶かされても溶かされてもしつこく繰り返す。

 巨人達は上体を支えている腕を攻撃。それが倒れれば上体ごと地に伏すことになるが、同時に激しく動いて振り落とすことも出来なくなる。

 そして肩口まで呼び寄せられたケルッピさんが麦わらの巨人へ【癒やしの水】を使い治療をする。

 

 同じく駆け上がってくるのは聖獣となった地豚のタカギに跨がったガンボン。ジャンヌの脇へと降り立つと、まずこちらを確認して麦わらの巨人へ、「リリブローマさん……?」と気遣わしげに声をかける。

 地豚のやつは何かほんのり輝く光を放ち、生意気にも光属性の魔力を使い結界を張っているらしい。相変わらず続いていた呪詛の声は、闇のエルフたる僕には影響は殆ど無かったが、それらが軽減されるのが分かる。

 

 再び振動する大巨人。しかし大蜘蛛の糸の拘束が効いてきたのかその動きは鈍い。

 タカギが一旦駆け降りると、代わりに空からJBが降りてきて、

「ジャンヌ、無事か? 何やってんだよリリブローマは?」

 と聞いてくる。

「外す……つもりみてーだ、これを……よ」

「あぁ!? 魔力溜まり(マナプール)をか!?」

 え? ちょっと待ってどういうこと?

 

 詳しい事情を聞くようジャンヌにお願いすると、JB曰わくこの結晶のようなものは中に閉じこめられている人間を核として造られた人為的魔力溜まり(マナプール)なのだという。

 そんなものを古代ドワーフが造るわけもない。そしてこれはおそらくクトリア王朝最後の王、ザルコディナス三世の配下の邪術師が作り出したのだろうと言う。

 

 なる程……そう言われれば色々納得は出来るし……そしてやりようも見えてきた。

 

『ジャンヌ、この結晶に手をかざして』

「あ? ああ、良いけどよ……」

 左手で大巨人の身体を掴みつつ、右手を添えるようにかざすジャンヌの身体を通じて、僕はいつものように呪文を唱えながら魔力を放つ───。

 

 ぐわん、とひときわ大きく大巨人が反応……いや、抵抗する。

 振り落とされそうなジャンヌをJBが、リリブローマと呼ばれた麦わらの巨人をガンボンがそれぞれに支える。

 これがただの死体で造られた化け物ではなく魔力溜まり(マナプール)なのであれば、僕が支配権を奪ってしまえば良い。

 この魔力溜まり(マナプール)を構成する術式は、確かに古代ドワーフの造った今までのものより汚らしく出来は悪い。

 そこが言わばノイズのようになり、支配の力を及ぼすのが難しい上、この奥にはさらに別の禍々しい意志……つまりはこの魔力溜まり(マナプール)を今現在支配している存在の魔力をも感じる。

 

 つまりは僕とそいつとのガチンコ対決。これもまたダンジョンバトルにおける陣取り合戦と似たようなものであり、また前世的な例で言えばハッキング対決みたいなものでもある。

 僕ひとりの力ではかなり劣勢。だけども今は僕が今まで支配してきた魔力溜まり(マナプール)の魔力に生ける石イアンのサポート、そしてさらにはジャンヌの魔力も後押しをしてくれる。

 この三重のブーストが後押ししてくれているのなら、可能性は低くない───いや、かなり高い。

 

 さらなる揺れ、抵抗。魔力溜まり(マナプール)の支配への抵抗に加えて、外部、この死体の大巨人そのものからの物理的な抵抗もだ。

 腕は重なるダメージでほぼ腕としての形はなく、それらは他の巨人やガンボン、JB達が防ぎ、さらには───ようやく来た! 他の拠点から呼び寄せていた援軍、特に使い魔化してかなり強力になっているアラリン含めた大蜘蛛部隊!

 灰色岩鱗熊に従者指定でつけていた大蜘蛛達は召喚して間もない大蜘蛛達で、まだこちらの魔力による補正が弱かったけど、アラリンはじめとした直属部隊はもっと長く活躍し経験も豊富で、魔力補正も高い。

 なので放つ蜘蛛糸の量も強度もより高いのだ!

 

 揺れる身体をさらに強固な糸の集中攻撃で締め付け雁字搦め。数の力と魔力の力で、溶かされるより多くの糸が大巨人を動けなくさせる。

 安定しだした体勢で、僕はより深く、より奥へと魔力を伸ばし、このおぞましい魔力溜まり(マナプール)への支配権を強めていく。

 行ける。このままいけばあと少し、ほんのちょっとで僕の勝ちだ……そう思った瞬間───。

 

『───よくぞここまで来てくれた』

 

 ───弾き飛ばされた。

 

 ◆ ◇ ◆

 

「───なぁ、ほんま、大丈夫なん? レイちゃん、ほんまこれ……」

 聞き覚えのあるやかましい喋り。

 次第に戻る意識の端に聞こえてくるのはアデリアの気遣わしげな声だ。

 何が───何があった?

 

 目を見開くと視界にはアデリアと……ガンボンにさっきのJBという人。

「何が───何が、ありました?」

 三者三様の表情に、僕は一つの違和感。

「ジャンヌは───!?」

「それをコッチが聞きてえんだよ」

 食い気味にそう睨み付けながらJB。

 

「ジャンヌは“消えた”。跡形もなく突然居なくなっちまった。

 テメーがやったってンじゃなきゃ、誰が何してどーなってんだ?」

 消えた……?

 いや、そもそもさっきまで僕はジャンヌの中に精神だけ憑依したような状態で、その身体を通じて魔力溜まり(マナプール)の支配権を奪うべく戦っていた……ハズだ。

 それが───あの感覚。そう、強制的に魔力の繋がりを切断されたかのような───。

 

「イアン! 説明して!」

「イアン?」


 訝しげなJBにはガンボンとアデリアが何かしらを説明してる。恐らく正確ではないそれは二人に任せて、僕は“生ける石イアン”に事実確認。

『何からだ、キーパーよ』

「まず、かいつまんであらましを」

『……キーパーは魔力溜まり(マナプール)の支配権を奪おうと深くまで魔力を伸ばし、そこを絡め捕られジャンヌの意識から弾き出された。その相手は大いなる巨人の言う“悪しき者”だ。

 弾き出されたキーパーの精神は元の肉体へ戻され、半刻程意識を失っていた。その間にこの二人がケルピーの案内でここまで来た』

「ジャンヌは!?」

『正確な位置は不明だが、恐らくは───次の迷宮』

「なんで!?」

『───それについては、向こうで聞く方が良いだろう』

 

 ───向こう?

 

 

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