2-119.J.B.(73)Some kind of wonderful.(何だか素敵な)
上位のドワーベン・ガーディアンは、そのものズバリの“守護者”だ。
俺達含めたいていの探索者は、古代ドワーフのからくり式ゴーレムを全部まとめてドワーベンガーディアンと呼んで居るが、小型や中型の殆どはそもそもが警護の為のものじゃない。清掃や修繕、荷物運びなんかをする為に作られて、それが暴走したり状況に応じたりで侵入者への撃退をやり始めるってだけ。ま、この辺は知ってる奴もそう多くは無いみたいだがな。
だが上位のものはそうじゃない。
最初から警護の為に作られたからくり式ゴーレムで、その驚異度はまるでケタ違いだ。
まず大きさは基本的に7ペスタ(2メートル弱)以上はある巨体。そして全身ほぼドワーフ合金製で鉄より硬く、当然魔法にも耐性がある。
大型のボディを支えるために、小型や中型より各パーツの強度が高く、生半可な武器じゃ文字通りに「刃が立たない」。
単純に言えば、プロレスラー並みの体格の殺人ロボットだ。アンドロイドやサイボーグ……とまではさすがにいかない。それでもレトロフューチャーな遠未来SFには出てくるかもしれねえ。
奴らを倒すにはかなり方法が限られる。
一つは罠にはめる。
からくり式だがそれでも人間並みの機動力とはさすがに言えねえ。ゴーレムとしては素早いものが多いが、それでも罠を器用によける、てなのはむつかしいしそこまでの知恵もない。
例のアジトで暴走した“ハンマー”ガーディアンを倒した方法もこれになる。
次は知識と経験と技を駆使して脆いところを突き、或いはからくり仕掛けの動きを出来なくなる箇所を確実に攻撃し動きを止め、そこから奴らの心臓部であり頭脳でもある核を破壊する。
最後はごり押し力業。魔法に耐性はあるがまるで効かないワケじゃ無い。俺程度の風魔法では厳しいが、例えば“炎の料理人”フランマ・クークの操ってたレベルの巨大な炎を連続してぶつけまくってれば、徐々に本体も劣化して脆くもなるだろう。
白兵戦にしても、でかくて硬くて重い武器でガンガンぶっ叩き続けてれば、いずれ脆いところや負荷がかかり易いところから壊れていく。
が、どちらもえらい時間がかかるし、体力魔力を浪費して疲れまくる。何より時間がかかるッてことはそれだけこっちのリスクも増える。
基本的に俺達シャーイダールの探索者は、まず罠が使えるなら使う。それが難しいようなら弱点を突く。それが無理ならとにかく逃げる。脳筋力押しってのは、それしかないときの最悪の手。
だが今、ここにはその「素早く的確に弱点を狙う」技術と経験のある探索者は、現役を退いて半年は経つ俺一人。疲労困憊のドゥカムを別にすりゃ、ドワーベン・ガーディアン相手にゃ素人ばかりで、しかも装備も整っちゃいねえ。
「ドゥカム! 何か手はねえか!?」
「少し待て。いや、けっこう待て。半日くらい待て」
「嘘つけ! 絶対そこまで枯渇してねえだろ!?」
「ああ、枯渇はしとらーん……が、今は“攻撃”にはあまり力を使いたくない」
「何でだよ?」
「ふん……“いやな予感がする”……とだけ言っておこう」
何の説明にもなっちゃいねえが、疲れて説明するのも面倒な何かを読み取っている……のだろう。
「何なら出来る?」
「うーーーーんむむむむ……。簡単な罠をつくる。それで何とかしろ」
言いつつ、壁で囲まれた魔力中継点周りの岩が魔法で動き変化していく。
細かい段差や柱なんかも作りだし、大型で小回りの利かない上位ガーディアンへの牽制になる。
中々繊細で細やかな地形変化。今更ながらも、さすがたいしたもんだ。
ほぼ横並びになりガシュンガシュンと音を立てつつ三体の上位のドワーベンガーディアンが迫ってくる。体格では巨人族の方が上だが、相手のボディは鉄より硬いドワーフ合金製。巨人の鉄拳制裁じゃむしろ拳の方が崩壊しちまう。
迫りつつ、奴らは奴らなりの判断でそれぞれ標的を決めたらしい。
ハンマーは石壁をぶち壊し中の三人を一網打尽にするつもりか、巨大なドワーフ合金ハンマーを振り回す。
長槍騎兵型は四脚で騎兵、というか半人半馬のケンタウロスに似た構造のからくり式ゴーレムで他より機動力が高く直進速度が早い。その速さを利して周りを駆け回る巨地豚騎乗のガンボンを追い詰めるつもりのようだ。
そして魔導兵型は動く砲台。狙いは勿論、一人上空にいる俺。放たれるのはイベンダーのおっさんの小手につけられたそれと同じ【魔法の矢】だが……いやー、数も威力もありゃオッサンのそれより数段上っぽい。
いや、一発の威力があるというよりかは、弾幕だな。
狙いを定めて精密射撃……というよりマシンガンみたいに撃ちまくる。この辺も個体により差はあるが、この個体は精度より数で勝負のタイプみてえだ。防護膜を張りつつ急加速して回避。“鉄塊の”ネフィルや“炎の料理人”フランマ・クークのときより厄介な上、何よりヤバいのは、俺自身にはこのドワーベン“魔導”ガーディアンへの対抗手段が一切無ぇってところだ。白状しよう。俺の力じゃこいつは倒せねえ。
じゃあどうする?
答えは一つ。“俺以外の力”を使う。
空中旋回しつつ魔導ガーディアンの【魔法の矢】を避けまくる。直撃は貰わないが、防護膜を超えてかする程度に数発被弾。こりゃかなり面倒だ。
そうしつつ目視で他の奴らを確認。
グイド達の立てこもってる小部屋にはまだ不死者や“狂える半死人”に小型、中型のガーディアンが残っていて、その後方から長いリーチを利して“ハンマー”ガーディアンが石の壁の破壊を試みている。間に居る雑魚のせいもあり、グイド達は“ハンマー”ガーディアンには攻撃の手が届かない。
ガンボンと巨地豚はトリッキーかつ俊敏な動きで“騎兵”ガーディアンの追撃をかわしているが、俺同様良い反撃の糸口が無い。でかい両手持ち棍棒があるから俺よりは対応力があるだろうが、けどあれ、ベースはどー見てもただの木だしなあ。下手すりゃ壊れるだろ。
で、俺は避けつつ飛びつつ、そのガンボンに並列になる。
「おい、あそこの壁と柱の辺り、分かるか?」
ドゥカムの作り出し変化させた地形の一つを指し示しそう聞くと、うんうん、と頷いて返してくるが、けっこうかなり必死で巨地豚の背にしがみついているガンボン。絵面的にはかなり笑える。
「ここ、あっちから右手に回り込んで……そう、ぐーーっとな。で、俺がこっち側に回るから……そう、そこで上手く合わせろ」
指示を出して再び上昇。さて、どーなるか?
ギリギリで弾幕をかわしつつ、ドゥカムの作り出した数枚の【石の壁】エリアへ。
乱立する壁や柱は、無造作に作った子供の積み木遊びみたいにデタラメだが、こういうのが案外ガーディアン達には厄介だ。
ガーディアンにはそれぞれ人間の感覚器に相当する機能があるらしい。というか、人間の……或いはドワーフの顔を模したところにあるパーツが、擬似的な目や耳の機能を持っている。
つまり、目の形の部分は視覚、耳の形の部分は聴覚……といった具合にだ。
奴らのその辺りの認識力ってのは、まるっきし人間、ドワーフ等の真似。
言い換えれば特別に人間やドワーフを上回る認識力があるってワケじゃあない。魔力感知はあるっぽいけど、せいぜいそのくらいだ。
なので、こういう不規則に障害物の乱立した場所での立ち回りは巧くない。
俺はその隙間を縫うようにして飛ぶ。細かく制動を繰り返し、早すぎずけれども遅すぎず。
“魔導”ガーディアンは魔法攻撃に特化された種類で、その分他のガーディアンより機動力には乏しい。
そしてだからさほど高速を出さずにつかず離れずをキープすることで、この辺りへと誘導することも出来る。
飛びつつ横目にちらりと見る。よし、うまい具合にそれぞれを追って来ているな。
障害物で動きを鈍らせるだけじゃ倒せはしない。
そのためには距離と位置どり。遠すぎず近すぎず、攻撃が当たるか当たらないかのギリギリを───。
と、痛烈な魔法の一撃───いや、連撃がケツを痛打。
ぐあっ、と思わず悲鳴をあげる。
いや、何度か攻撃を食らっていたからそれなりに覚悟はしてたが、いや畜生、ケツはかなり痛いぜ!?
そのままの勢いで目の前にあった石の壁に衝突して地面へと墜ちる。
飛行してた高さは高くない。せいぜい半パーカ(1メートル半)前後。落下そのもののダメージはたいしてないが、顔面を岩で擦られる。
それを好機に畳み掛けるような【魔法の矢】の連射。俺は上体を起こしつつ向き直り、“シジュメルの翼”の防護膜を強めに展開しつつ、前傾姿勢と両腕の篭手を体の前で交差させて顔面を隠す。風魔法による防護膜、そして部分的だが兜、胸当て、両手の篭手はドワーフ合金製装備で物理的にも対魔法的にも守りは固い。かなりの近距離で撃ち込まれでもしない限り、弾数で勝負するこの機体の【魔法の矢】では致命傷にはならないだろう。
が、鈍足ながらもじわじわ近付く“魔導”ガーディアンは、その弾幕を途切れさせることなく距離を詰めてくる。
太股、右脇の下、左肩……と、近付くにつれその威力が増して、狙いも的確になってくる。ケツに当たったときにはせいぜい大リーガーの豪速球を受けた程度の痛みだったのに、今じゃがっつりと血肉をえぐり削っていく。
くっそ、ちょっとヤベェぞこりゃ。体勢的にもすぐにかわして動けない。無理して飛ぼうとすればその隙にかなり撃ち込まれてダメージを負う。この距離でこの威力、当たりどころが悪けりゃ致命傷だ。
しかも……近づき過ぎになられるのはかなりマズい。
「おいコラ! あんまりこっちに来すぎるンじゃねェよ! 位置が合わなくなるだろ!」
俺のその無意味な叫びに呼応するかに、雄叫びと共にその“魔導”ガーディアンを飛び越えて現れるのは、巨地豚に跨がる騎兵隊ならぬガンボンだ。
「捕まっ……て!」
下半身、短い足の踏ん張りだけで豚のぶっとい胴回りをホールドしつつ、上体ごと下に向けて伸ばされるばかデカい棍棒。それをすかさず握ってそのまま引っ張り上げられ、俺は宙へと舞う。
その眼下、下方から聞こえる衝突音は、俺を追いつめたつもりでいた“魔導”ガーディアンの背中から突っ込み、十分な威力の長槍で胴を串刺しにしてしまった“騎兵”ガーディアンのたてたもの。
俺は棍棒から手を離し、“シジュメルの翼”に魔力を通してふわりと浮く。
「助かったぜ、ガンボン。予定とはちょっと違ったが、ま、結果オーライだ」
打ち合わせじゃ横合いから“魔導”ガーディアンに対して、壁を目隠しとして“騎兵”ガーディアンの接近を気付かせず、速度はあるが急制動の効かない“騎兵”ガーディアンを突っ込ませるハズだったが、ガンボンが誘導にやや手間取ったのもあり、“魔導”ガーディアンの位置が想定していたちょうど良い壁と壁の間を超えてしまった。
それでガンボンは急遽方向を横からではなく背後からにしたンだろう。
背後からなら絶対に避けられることはない。ただし“騎兵”ガーディアンの方が“魔導”ガーディアンを察知したら成功しない。
そのため、ガンボンは巨地豚の上で立ち上がるような格好になって“騎兵”ガーディアンの視界を塞いだ……らしい。
その程度でなんとかなるのか? と言う疑問は結果が証明している。
ある種の一か八かだが、“騎兵”ガーディアンは止まることもかわすことも出来ずに“魔導”ガーディアンを背後から串刺しに貫いてしまった。
「なあ、ガンボン。その棍棒で、あの顔の部分潰せるか?」
モノは試しにそう聞くと、うんうんと頷き巨地豚に騎乗したまままだ身動きとれない“騎兵”ガーディアンへ近付く。それから飛びつくようにして背後からもっさりのっさりよじ登ると、振りかぶった棍棒でガーディアンの顔面をフルスウィング。すると、べっこりとでも言うかに破壊音が響く。
それを何度か繰り返すと、顔を模されたドワーフ合金のパーツがボコボコの金属塊へとかわっていく。
「うぉっ、マジかよ、すげぇなおい、それ」
「ダークエルフの、付呪で、壊れにくいし、補強の金属は、オーカリコス銅」
オオウ。見た目悪ィけどめちゃ高性能じゃねえかよ。
オーカリコス胴はエルフのミスリル銀、ドワーフのドワーフ合金と並ぶ特定種族限定で製法が秘匿されているスーパー金属の一つ。
青銅をベースにしてると言われるオーカリコス銅は、「超重くて超硬い」で有名。ミスリル銀やドワーフ合金と違い美しさは欠片もない為人間社会では装飾用にも使われずめったに見ることはないが、硬度だけならずば抜けてる。けどやはりめちゃ重いから武器防具としてもオークぐらいしか使わない。
ま、確かにそれならドワーフ合金製のからくりゴーレムも壊せるわな。
視覚聴覚を壊されて、“騎兵”ガーディアンの察知能力は魔力感知のみになる。しかし今はドゥカムの使った土魔法の他にも様々な魔力の痕跡がある。魔力感知のみでは正確に俺たちを特定するのは難しい。
俺はまだ“魔導”ガーディアンに突き刺さった長槍を抜けず手間取っている“騎兵”ガーディアンの背後に周り、核がある位置を確認。だいたいは胴の中心にあるんだが、個体により差異があったり装甲がしてあったりとぱっと見じゃあよく分からねえ。
「……おーし、あったあった、ここだここだ。この胴の装甲を……そうそう、引っ剥がして……これだ!」
ガンボンの馬鹿力と棍棒と手持ちのドワーフ合金の手斧を使い装甲を剥がし、露出させた核を外すと“騎兵”ガーディアンの動きも止まる。
これにて二体の処理が完了。上出来の成果だ。
うん、こりゃいけるな。後は何だかんだで力業でガーディアンの動きを拘束できる巨人が二人に、部位破壊出来るガンボンと、核を探し出して取り外せる俺、というこの組み合わせ。残り一体のガーディアンならもう楽勝だ。
そう安心したら、“魔導”ガーディアンに受けたけっこうエグめの傷の痛みがぶり返してきた。
ヤベェ。忘れてたけど血まみれじゃねーかよ、俺。
腰のポーチに入れてある偽シャーイダールこと間抜けなコボルトのナップル作の魔法薬を飲んで応急処置。しばらくすれば血は止まるはず。
それから、二人そろってドゥカムが支配権を得たという魔力中継点の方へと戻ろうとすると───遠くから別の声と大勢の気配。
入り口、第二エリアへの門があったホールの方で“闇の巨人”と戦っていた、ニルダムやキーンダール達だ。
■ □ ■
「つまり、ドゥカム殿がこの魔力中継点の支配権を奪ったことで、“敵”の魔力による支配が緩んだ……と?」
「ま、そうだろう。というかそのつもりでやったことだ」
ニルダムの父……であるらしい“闇の巨人”ダドゥビザ他十数名の巨人達。
彼らとの肉弾戦で疲弊しきったニルダム他の巨人達であったが、途中から“闇の巨人”達は動きが緩慢に、意識も朦朧となり、仕舞いには倒れたり茫然自失状態になってしまったらしい。
その隙にニルダム達は彼らを縛り上げ、怪我をした数人を中心にその場へ何人かを残し、俺たちの後を追ってきた。
「……あれは……何だ!? 何なのだ、いったい……!?」
忌々しげに、或いは憎々しげに吐き捨て問うのはキーンダール。リリブローマを除く“夜の者達”の代表者でもあるキーンダールは、今まで以上に不機嫌で苦痛に歪んだ顔をしている。
それを受け、まだ疲労の色を残しているドゥカムは改めて作り直した魔力中継点周りのちょっとした砦のような建造物の岩壁にもたれながら、やや間を置いてから答える。
「……分からん。分からんと言うことしか分からん……が」
息を飲む一堂。続けてさらにドゥカムは、
「あくまで推論───と断った上で言うのなら、その力の源こそが“苔岩の巨人”の言っていた“悪しき者”なのであろう。
そしてその“悪しき者”は、君らが死んだ、或いは居なくなったと認識していた一部の“夜の者達”、つまりは“闇の術式”を植え込まれた巨人達を洗脳支配し、操り人形としていた。
ただしその強い支配力が及ぶのは魔力中継点により“悪しき者”の魔力が伝わる範囲のみ。
なので、この魔力中継点を私に奪われたことで、影響範囲から外れたあの連中への支配力が失われた───」
何故か妙に力強くうんうん頷いてるガンボン。
「何だ?」
と小声で聞くと、
「ダンジョンバトルと、同じ」
と返してくる。ああ、例のダークエルフの魔術師か……と、いやまて?
「……おい! まさかそいつがこの“悪しき者”とか言うんじゃねーだろうな!?」
ダークエルフと言えば「闇の炎により堕落したエルフ」だ。闇の術式とやらに干渉して“夜の者達”を支配する……有り得ない話じゃねーよな?
「いやーー、そーれはなかろう」
と、割りこんで来るのはドゥカム。
「この魔力中継点は古い。そして汚い。ダークエルフとは言えエルフの作るものとは言えんし、あー、確か……数ヶ月程度か? その位前にこちらへ来たと言うなら、まあ……別口だろう」
汚い、というのはよく意味が分からんが、何にせよドゥカムはそう否定する。
「けど、あんたにも結局は分からねーんだろ?」
「はっきりとはな。だが順当なところで言えば、ザルコディナス三世が死に、クトリア王朝が滅びるより以前からの邪術士の生き残り───そんなところだろう。
例えばシャーイダール……とかな」
「は? ンなワケねえだろ。今だってクトリアの地下街に居るってーの……」
「はははっ! 冗談だ、ばか者」
洒落の通じんヤツだ、もっと頭を柔軟にしろ、等と文句を言うドゥカムだが、そのとき俺はふと気がついて青ざめる。
そうだ……! 地下街のアジトに居るのはあくまで偽のシャーイダールで、その正体はシャーイダールの仮面を被った間抜けなコボルト。
そして俺達は一度も本物のシャーイダールと会ったこともないし、本物がどこに居るかも、そもそも生きているのか死んでいるのかも知らない。
五年前、発掘された転送門を使いティフツデイル王国軍が邪術士討伐に動き、多くは殺され、また逃げ出した。
その逃げ出した中に本物のシャーイダールが居て、或いは兼ねてから知っていたこの“巨神の骨盤”の遺跡へと逃れていたとしたら───?
何の確証もないが、かと言って全く荒唐無稽な妄想とも言い切れねえ。
ただの思いつきでしかねえが、むしろこれこそ「有り得ない話じゃねー」わ。
「その“悪しき者”が何者かは分からなくとも、それを知っている者なら明白だ」
そこで不意にそう断言し言い切るキーンダールに、俺を含め一堂の注目が集まる。
「誰だと言うのだ?」
やや食い気味に食ってかかるニルダムを片手で制し、変わらず頭を押さえるようにしながらキーンダールが続ける。
「二番目の扉を開け、“苔岩の巨人”が啓示を我々に与え、ダドゥビザ達が乱入して来たとき、俺を含めた“夜の者達”は皆苦しみだした。
頭の中に汚らわしい指を突き込まれ、掻き回されかのような不快感と痛み───。
あれこそがそこのエルフの言う闇の魔力による支配力だったのだろうな。ダドゥビザ達が支配状態を逃れ、崩折れたのと同時にそれは去って行った」
確かに、あのときにキーンダール達は苦しげに頭を押さえていた。普段なら率先して戦いそうなものなのに、だ。
「───だが、同じ“夜の者達”でありながら、全くその闇の魔力による支配を感じていないかに振る舞う者が一人だけ居た。
リリブローマ……貴様だ!」
右腕に装着した例の血まみれの死の爪をリリブローマに突きつけつつ、キーンダールが叫ぶ。
驚きつつも、確かにキーンダールの言うとおり、“夜の者達”の中で唯一普段通りに暴れていたリリブローマを俺たちは見ている。そして何故そうなのかは全く分からない。
「ふん? 何を訳の分からない事を言ってるんだい!? お前達がぎゃあぎゃあわめくから、デジーちゃんが見つからないじゃないか!」
「またか! いい加減うんざりだこの愚か者め!
それに……ああ、そうだ、まさにそれこそが証拠だ!
我々の誰も知らぬ、“狼の口”への入り方をリリブローマは知っていた! デジーとかいうクトリア人、ザルコディナス三世の手下と共に中に入ったともな!
そして……そうだ。不思議なことにダドゥビザ達は俺達より前にこの中に居た。つまり、行方知れずとなった戦争の時期からずっと、この中に居たのだ! 30年もの長きに渡って!
我らに闇魔法の術式を埋め込んだのもザルコディナス三世。この“狼の口”から遺跡内部への入り方を調べ、知っていたのもザルコディナス三世の手下! ならば闇魔法の術式を埋め込まれたダドゥビザ達をこの中に誘い入れたのも、当然ザルコディナス三世の命令であろう!
それが誰か? 当然そこの裏切り者のリリブローマと、デジーとかいうクトリア人だ!
そしてだからリリブローマだけは、その闇の魔力の干渉を受けないのだ! 元から我らを裏切っていたのだからな!」
それは……確かに筋の通る理屈ではあった。
俺も他の巨人達も、瞬時に反論は出来ない程度には。
ガンボンは相変わらずぽかんとしてる。俺は何も言えずに黙るしかない。ドゥカムは眉根を寄せつつ何かを考え続けていて、グイドの表情はやはり感情を読みとらせてはくれない。
当然口火を切るのはリリブローマだが……。
「何を言ってるんだい、バカだねえ。竜どもはとっくの昔に南に逃げてるっていうのにさ!」
まるで話がかみ合っていない。
「とぼけるのはやめろ! それも芝居か!?」
「……リリブローマにとっての戦争とは、クトリアとティフツデイル帝国とのものではなく、我々と竜との間に起きたそれ……と言うことなのだ」
激昂するキーンダールに、補足して付け加えるニルダム。
記憶の混濁。確かにクトリア、ティフツデイル帝国戦争以前の記憶で今を生きているのならそうかもしれない。だがキーンダールの言うようにそれも裏切り者の演技だというのなら───。
「あー、待て待て。
まず一つ聞くが、デジーとかいうそのクトリア人は、どのような者だったのだ?」
間に割って入るドゥカムがそう聞く。
確かに、言われて見りゃあ俺たちはそのデジーとやらの人となり人物像をまるで知らない。
グイド、ニルダム、キーンダール他数人の巨人達は顔を見合わせて首を振る。
「我々はまだ若造で、クトリア使節と直接対面する立場でもなかった。殆ど覚えていない」
「はっは! デジーちゃんはね、とっても優しくて小さくて、可愛らしい親切な子だったんだよ!」
リリブローマによる証言は、まあ予想通りと言えば予想通りだ。
「俺は見た」
不意にそう言うのはズルトロム。“苔岩の巨人”の眷族で、居並ぶ巨人達の中でも最も巨躯の、無口な巨人だ。
「あの者は使節の中では極力目立たぬように振る舞っていた。体格も小柄で、我らが触れば潰れてしまいかねない程であったが───恐らく使節の中でも最も強く、賢く、素早い者であった」
意外な人物からの意外な人物評だ。
「一度、使節団が強奪鳥の群れに襲われたことがある。
俺は先触れとして彼等を出迎えに行き、そこに居合わせた。
クトリアの兵士達すら手間取り慌てふためく中、あの者は落ち着き払った、優美とも言える動作で容易く強奪鳥をかわし、最小限の動きで切り払っていた。
───それは、美しかった」
この“美しい”は、多分容貌見た目を指してのものじゃない。動き、戦い方、所作。おそらくそういったものを指してのものだろう。巨人族に人間と同じ様な尺度での顔の美醜判断があるとは思えない。
「そのデジーは魔術の使い手であったか?」
「それは分からぬ。しかし呪術師に言わせれば、高い魔力を持っていたらしい」
使節団に紛れ、目立たぬように振る舞いつつも、護衛の兵士より強く、魔力にも長け、そして他の巨人族に気付かれぬようリリブローマを伴い、あるいは利用して遺跡への進入を試み成し遂げていた。
謎。かなりの謎めいた人物だ。
「リリブローマ」
今度は突然、ドゥカムがリリブローマへと話の矛先を向ける。
「何だい、ひょろひょろちゃん?」
「ひょっ……!?
……うぅむ。あー、その麦わら帽子」
と、そう指差す先にはリリブローマのトレードマークとも言える古い麦わら帽子。
「それはデジーからの贈り物、だな?」
「ああ、そうだよ! デジーちゃんとあたしの、友情の証なのさ!」
「ふふん。なるほどなるほどな!」
またもやひとりで納得してご満悦だが、俺達にはさっぱり分からない。
「あー、そんで、それがどう関係してくるんだ?」
「そうだ! まるで関係無い!」
それなりに付き合いのある俺としては、ドゥカムのこれらの質問や言動にはちゃんと意味があることが分かってる。だがキーンダール始め他の巨人族からすれば、無意味な問答にしか聞こえないだろう。
「結論から言えば、キーンダール。お前の推理は半分当たりだ。
おそらくリリブローマは行方不明の“夜の者達”をこの遺跡内部に引き入れることには一役買っている。だが……まあ利用されただけ……ううむ。或いは想定外の結果……だったのだろうな」
「想定外だと?」
噛みつかんばかりのキーンダールに、やはり怯みもせず平然とした態度。
「あー……そこはまあ……確証はないな。判断保留だ。
だが、明白なところから言えば、あの麦わら帽子は魔装具だ。光魔法による守りと、【不懐】の不呪がされている。
つまり、リリブローマだけ闇の魔力による支配の干渉を受けていなかったのは、あの麦わら帽子のおかげだ」
おいおいおい、そりゃまた……なんというかすげえな。ガンボンのあの不細工な棍棒以上に、見た目じゃ分からん高級品だ。
「デジーとやらが遺跡への進入方法を探っていたのがザルコディナス三世の密命によるのか、或いは別の目論見か……それは分からん。
が、いずれにせよそのためにリリブローマを利用し、同時にリリブローマをきちんと気遣ってもいた。だから闇魔法への強い抵抗力を付呪した麦わら帽子を与えたのだろう。ご丁寧に長年使い続けても壊れぬような付呪までしてな。
おかしいと思っていたのだよ。麦を育てぬ巨人族が、何故麦わら帽子を被っているのか……とな!」
言われてみればその通りか。全く気付いてなかったぜ。
「そしてその密命通りにか、或いは別の目論見が露見するか失敗するかしてここへの進入方法だけがザルコディナス三世に伝わったのか……。
どちらにせよザルコディナス三世かその配下の指示で、“夜の者達”の一部はここへ連れて来られ閉じ込められた。
魔力中継点を利用した特殊な方法で完全な洗脳支配状態にし、外部からの侵入者を排除するため……といったところかな」
そして、30年間もの間忘れ去られていた───。
勿論そうなったのは、その後ザルコディナス三世が殺され、ここにそうやって閉じ込められた巨人族が居ることを知るもの達が居なくなったからだ。
いや、リリブローマは知っていたのかもしれない。しかしその記憶を失ってしまった。
「ドゥカム殿、リリブローマが何故支配を受け付けなかったかについては分かった。
だが、結局我らはこの後どうすればよい?
“苔岩の巨人”が警告した悪しき者の正体も分からず、しかもその者は“夜の者達”への支配の魔法を使ってくるのであろう?」
ニルダムが悩ましげに眉根を寄せつつそう言う。実際現状をもっとも正確に理解しているのはドゥカムだろうし、プランを立ててもらうならこいつしか居ないが……なんというか微妙に煮え切らないというか、まだ何かを隠しているように思えるのは気のせいか?
いや……隠しているというか、確信の持てない推論……か?
「まあ……考えはある」
なんだかニコラウスが乗り移ったみたいな嫌そうな顔をしつつドゥカムが言う。
「だがな、言っておくが私は研究家であって戦術家でも軍師でもない。
戦争だの抗争だの争いごとだのめんどうで詰まらんことは専門ではないし、まぁ~~~ったく興味もなければやりたくもない。
だから……」
言いつつつかつかと歩き出して俺の後ろに。
「実際の指揮はこやつがする! 私は後ろで口を出すだけだ!」
ばん! と、俺の両肩を叩いてそう言った。
……おい、ちょっと待てよ!
ちょっと休んで、続けてガンボンちゃんパートを更新します。




