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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-91.J.B.(60)Yum Yum.(美味ちぃ!)


 

「み、みなっ……様、ようこ…そ、おいでくだっ……つぁいましたっ!!」

 噛み噛みのたどたどしい口上でのお出迎えは、マヌサアルバ会会頭のアルバ。

 まだ日の出ている午後だからか、本人曰く「闇の魔力が不足してる」が故に、性格も内気な人見知りで、体格も小さく子供みたいな状態だ。

 これが完全に日が暮れて闇の魔力が高まると、態度も体つきも変わってくるんだからおかしなもんだ。

 

 見た感じ、モロシタテムで“鉄塊の”ネフィルとの戦いで負ったダメージは回復しているようだ。

 ほんの一週ちょい。普通なら脇腹に開いた穴を塞ぎ回復するにはとうてい足りない期間だが、魔法薬やマヌサアルバ会の秘術やらを駆使したか、少なくとも見た目には大事無いようだ。

 

 地下にある大食堂とでも言うか、石造りの日の当たらぬ地下広間に、豪奢で落ち着いた絨毯と長テーブル。

 卓上には人数分のディナーセットとグラス。そして部屋の隅にはすでに数人の楽隊がスタンバイしている。

 クトリア様式でも帝国式でもない変わった晩餐の席だ。

 帝国式はソファに寝そべりながら座卓の料理を小皿に取り分けて歓談しつつ飲み食いをする。

 クトリア式ではある程度椅子、特に長椅子で卓を囲む風習もあるが、基本的にはテーブルは正方形で、帝国式と俺の前世で知ってる一般的なそれとの中間くらい。俺達のアジトの食堂も、正方形のテーブルを数卓置いてある。

 

 このマヌサアルバ会の地下広間でのそれは、分かり易いくらいに前世知識で言うところの「貴族の晩餐」に似たところがある。言っても、ゲームや映画でしか見たこと無いけどな。

 というかぶっちゃけ、ゴス趣味臭がする。

 

「このような特別な試食会にお招きいただき感謝致します」

 グレイティアがそつなく丁寧な謝辞を述べ、カリーナがこちらも緊張気味に礼を返す。

 カリーナが緊張してるのは、場の空気にだけではない。

 アルバの服装。それがまた見事にゴスってる。色だけは白基調だが、全体的にゴチック趣味なフリフリ、ごてごて。

 さっき、「この世界にはおとぎ話のお姫様みたいなふわっとしたドレスはまだ無い」なんて言ったが───いや、あったよ、ここに。

 まあちょっと違うが、これは十分に「お姫様なドレス」している。

 ひだが丁寧に折り込まれ、また至る所に細やかな刺繍。

 いつもの仮面も被っているが、それもまたミステリアスな雰囲気で全体を損ねていない。

 

「ああー……、お久し振り……です。そのー……お身体の具合はいかがで?」

 俺も俺で空気に呑まれ、アルバの格好に呑まれ、妙にぎこちなくなってる。

「あ、はい。おかげさまで、だいたい、なんとか、はい」

 うーむ、この状態のアルバは、痛いゴス女感丸出しだった“闇の魔力に満ち溢れた”アルバとは別の意味でやりにくい。まさか記憶まで無くなっちゃいねえだろうな? あのモロシタテムでのホットでハードな一夜のこと、人格とともに忘れられてたらちと寂しいぜ。

 

「さて、まずは今回の試食会に参加してくださった皆様方に御礼を申し上げます」

 先程出迎えをしてくれた総料理長からの口上。

「皆様方にはお席に着いていただき、既に料理人達の手により作られた様々な試作品をご賞味頂きます」

 着席して運ばれる料理を待つ。今居るのは俺の他はグレイティア、ターシャ、カリーナ達だけで、アティックは既に調理場に向かっているし、ガンボンとオッサンは「ちょいと色々持ってくるもんがある」と一旦アジトへと戻っている。

 

「今回は立食、叉は遊興の際に手軽に摘まめるメニューを、というテーマですので、いくつか小さなものを用意しております」

 と、運ばれてきたのは……おいおいおい、マジか。

 

 一つ目。どー見てもピザだ。サクサクのクリスピー生地の上に緑色の香草ソースにたっぷりの溶けたチーズ。

 それを片手で摘まめるくらいに切り分けてある。


 促されてつまんでみるが、やっぱりこれはバジルソースのクリスピーピザにそっくりだ。見た目だけでなく味も。

「ふわ、何これ!?」

「これ、あれか? チーズか? へー」

 俺以外も驚いているが、驚きの理由は「始めて見る」からだろう。

 

 クトリアにも所謂パンの類はある。

 一般的なのはインドのナンに似た薄焼きのもの。

 長い棒に生地を巻いて焼くタイプのものや、粘り気のある芋の粉をメインにした揚げパンもある。

 ただ、オーブンが普及してないこともあって、前世では一般的だった酵母発酵させて焼くバゲットみたいなのはあまりない。

 また、王国辺りでは軍隊の保存食として長期保存のためビスケットやクッキーのようにカリカリに堅く焼いたものもあるし、俺達のアジトにもいくらか保存してあるものの、普段は口にすることもあまりない。

 

 何より、クトリア近郊は麦の生産にあまり向いてないため、小麦粉自体がそこそこ貴重。多くは王国からの輸入品だ。なので貧民の食卓に小麦製のパンが上ることはまず無い。

 小麦粉よりは豆粉や芋粉の方が庶民にはポピュラー。それらを薄く鉄板で焼いたものや、保存用に固めに焼いたものなんかもあるが、これも市街地ではそんなに安く流通してるとは言えない。

 

 つまりまず、小麦粉を薄く焼いた生地がけっこう贅沢。チーズもそれなりに貴重だし、バジルに似た香草ソースはさらに貴重。 

 なのでカリーナもターシャもグレイティアも驚き、感心している。

 

 次に来たのは……んん? これは……チャイナか?

 いや、あれだ、たしかワンタンとかギョーザ……とか言うヤツ……か?

 ラビオリ……よりかはチャイナのギョーザだな。

 一口サイズの滑らかな陶器製の匙の上にちょこんと乗ってるそれは、黄金色のスープに浸っている乳白色のつるんとした半月状。

 

「三種類ありますので、お好きな順にお食べ下さい」

 見ると、それぞれ緑色のものと赤いものも並んでる。つまり三色。

 

「うわ、つるんて! つるんてしてる!」

 滑らかな生地のそれを、半ば丸呑みするみたいに小さな口で頬張るカリーナ。汁が口から垂れている。

「おおー、肉汁すげーな! 何だこりゃ、くせーの入ってるぞ、くっせーの!」

「……ニンニクでしょう。細かく叩いた肉と、ニンニクと、幾つかの香草を混ぜ合わせたものですね」

 グレイティアの言うとおり、ターシャ曰く「くっせーの」はニンニクその他香草だろう。味も食感も匂いも、前世での記憶にあるチャイナに似てる。

「こちらの緑のは……生地そのものに別の葉物野菜……スピナ草を練り込んでますね?」

 スピナ草はクトリアでは昔はよく栽培されていた葉物野菜らしい。

 滅びの7日間以降の気候変動もあり、クトリア周辺は小麦以外も作物が育ちにくい。

 なのでやはりこれも今やなかなか貴重な食材だ。

 

「うおぁ!? お、こっちの赤いの、すげーぞ! お前、食え食え、食って見ろ!」

 いきなりそう言って俺の分の「赤い生地のギョーザ」の匙を手にして俺の口へと突っ込んでくるターシャ。

 何すんだ……と声を出せる余裕もなく痛み……いや、辛みが口の中に広がる。

「くあっ! くぅあーーーらッ!!??」

 辛い! しかし旨い!!!

 赤辛子を練り込んだだろう生地のそれは、確かに辛いが辛すぎるほどでなく、絶妙な案配で口の中を刺激する。

 その辛さが肉の脂のくどさを押し流し、新たな刺激となって口咥内をリフレッシュさせる。今までの白と緑、二つの一口ギョーザの旨味と食感に加えて、絶妙な辛さの刺激がむしろ心地良い。

 

 

 それからも次々現れる試食メニュー。どれもこれも、クトリアで普段食べられることのない食材を使い、その上クトリアでは見たこともない斬新な……そして俺的にはやや見覚えのあるようなものばかりで、当然のように美味い。

 美味いは美味いが───何だよこの既視感。

 俺たちはもとより、アルバもハフハフ言いながら嬉しそうに食べている。会頭としての威厳とか微塵もない。ただの食いしん坊か。


 こうしてマヌサアルバ会の料理人達による試食メニューが一通り終わった頃に、今度はガチャガチャやかましく音を立てながら、金属製のカートに料理を載せてアティックが現れた。

 これまた鮮烈な肉の匂いをさせながら。

 

 ■ □ ■

 

「ホッホーイ! 待たせたなーう、皆の衆!」

 マヌサアルバ会が用意したであろう数人の助手に押させ運ばせているカートには、数枚の皿と野菜類に小さな壺。そして何より目立つのは、これまた木製の四角い縦長の筒のようなもの。高さは3ペスタ(約1メートル)ほどくらいか? 結構な大きさだ。

 

「ふわー、良い匂い~」

 普段アティックの料理を食べ慣れてるだろうカリーナだが、それでもうっとりとしたような声を漏らす。

「また随分と複雑な……」

 複雑。グレイティアの評は確かにそうだ。

 ただ肉が焼けてるだけの匂いじゃない。香草やスパイスの混ざり合った複雑だがそそられる匂い。

 今さっき何種類もの料理を少量ずつとはいえ食べていた俺ですら、思わずよだれが垂れそうになる。

 

 が、肝心の肉の姿がない。

「おい、ネコ! もったいぶるなよ! さっさと肉を見せろ、肉を! ていうか喰わせろ!」

 ターシャが大声でがなり出すが、心情としてはよく分かる。俺も叫びたい。

「ふんふん、仕上げはこれから。ほんのちょいの間待つと良いぞ」

 言いつつ、助手達がカートの内側から一回り小さいカートを分離させ横に並べる。

 そこにあるのは……パンか?

 

 ナンのような鉄板で焼くパンに似てる。モロシタテムでの晩餐に出たのと近い。ただそれよりもやや厚みがあり膨らんでいて、大きさは5ウニカ(約15センチ)程度の円形。

 それを助手達がまな板の上で半分にカットし、その切り口側から中を開いてちょうど半月形の袋状にする。

 

 続けてそこへ助手達が野菜類を定量ずつ入れる。レタス、極細に切った黄色人参にスライスオニオン……あとは発酵させた野菜、つまりザワークラウトみたいなもんか? 叉は刻んだピクルスかもしれない。

 で、さらに……


「ホイホイのホイ!」

 

 アティックがやや長めで薄刃のナイフを使いスライスした肉……いや、重ねてスライスした肉? それをひとつかみ程度の分量に分けている。アティックは調理用に手袋をはめているが、相変わらず刃物使いの手先の技は器用だ。

 切り分けられた肉は身が幾分赤い。牛肉のレア? いやレアじゃないのか? 

 

「おー? 生肉かー? ネコは生肉も食うって言うからなー」

「ふふーん、違うのよーん、あれは!

 熾火焼きして、さらに余熱でじーっくり火を入れてるから、内側は赤色のままだけどちゃーんと火が通ってるの!」

 つまりは余熱調理をするローストビーフみたいなものか? まるで自分の手柄みたいに得意気なカリーナ。

 

 助手達は切り分けられた肉をさらにその袋状にしたパンに詰め、最後に壷の中のソースをかける。

 それを小皿に乗せ、こちらへと運ぶ。

 

「アティック特製ロースト肉のはさみパンだなーう」

 

 一言で言えば、ケバブだ。

 薄切りにした肉を幾重にも重ねて串に刺し、それらにタレを塗って丁寧に回しながらじっくりとロースト。

 その肉をナイフで削るようにして切り落とし、野菜とともにパンに挟んで食べる。

 屋台料理でも似たようなものは幾つかある。ただアティックのこれは、一つ一つの素材、工程に一手間二手間をかけているようだ。

 

「待たれよ」

 俺たちが手を伸ばし食らいつかんとしたその手前で、例の総料理長のストップがかかる。

「会頭、そして来賓の皆様方に胡乱なものを召し上がっていただくわけには参りませぬ故、まずは責任を持ってわたくしから」

 おいおい、ここでおあずけかよ、と思わず文句を言いそうになる。カリーナも不満顔でターシャは実際に文句を言いグレイティアにまた窘められるが、一番不満げなのは会頭のアルバ本人だ。露骨に頬を膨らませ口を尖らせてる。

 

「相変わらずおぬしはうるさいなう。いいからさっさと食うと良いぞ」

 自信たっぷり、というか、どうでも良さげ、というか、胸を張ってそう言い放つアティック。

「では、いざ」

 仰々しくもそう言いながら、薄手の白手袋をしたまま手に取るとそのまま食らいつく。

 

 ……無言。

 いや、何かリアクションしろよ。

 無言で、仮面の上からも分かるくらいに眉根を寄せながらひたすら咀嚼する総料理長。

 いやだから何かリアクションしろよ。

 

 その沈黙にターシャが耐えられず、「おい、問題ねえな? 食うからな!」

 と言うが早いか素早くパクリ。つられてカリーナ、アルバ、そして俺もかぶりつく。

 

「んん!」


 ……無言。

 いやこれは無言になる。勿論口いっぱいにほおばってるから、ってのもある。あるが、それだけじゃない。

「おー、ネコ! てべやるびゃん、うべーだこべ!」

 いや口に入れたまま騒ぐなよターシャ。気持ちは分かるが。

 

「……ふむ」

 ようやく総料理長が一口飲み込んで言葉を発する。

「……良いでしょう、確かに及第点には達してますな」

 及第点? いやいやいや、それ以上だ。

 

 まず鼻腔をくすぐる肉の豊かな香りは、肉そのものだけでなく、幾重にも重なったハーブとスパイス、調味料のものもある。勿論香りのみならず味わいの方もだ。

 塩味、辛み、甘味……それと酸味か? それらの複合的な味わい。ソースもそうだ。やや乳白色のソースはさらに酸味が際だち、野菜類と肉との間を取り持っている。

 

 そして何より、その柔らかさ。

 多分これは牛肉なんだが、そもそも前世のそれと違って、食肉用に特化して育成された牛なんてのはこの辺にゃ居ない。荷牛、農耕牛、または乳牛。それらが怪我や何かで死んだときに解体して食べる。なので多くの牛肉は筋肉質で硬い。

 だがこのアティックのローストした肉は、かなり柔らかくて食べやすい。

 

「ふふん、どうだ!

 アティックは肉を特製の調味液に漬け込んでいるからね!」

 またも自慢気なカリーナ。自慢するか食べるかどっちかにしろ。

 

「お酒、ハーブ、香辛料……だけでは無いですね」

 俺たちに遅れて口を付けたグレイティアが、相変わらず落ち着いた口調でそう分析。ドゥカムの代わりに来たと言うが、何気に味にはうるさいのか?

 肉を柔らかくするために酒につけ込む、てのはよくある下拵えだ。そこに幾種類ものハーブとスパイスで香り付けをし、より臭みをとる。そこまでは俺にも分かる。

 

「……フルーツの香りがします」

 独特の甘い香り。強すぎずほんのりと感じる……南国の匂いだ。

「……そうか、ボーマの果物か!」

 グレイティアのその言を受けて、総料理長が思わず大声を出す。

 

「ふんふん、その通りよなう。ボーマで育てていた南海諸島の果物を擦って調味液に混ぜているのよな。

 これまたボーマのヤシ酒をベースにして、塩、香辛料、ハーブその他諸々と、そして擦ったパパイヤを混ぜて、1日寝かせておいたものよ」

 パパイヤ! うろ覚えだが、たしかパパイヤとかパイナップルとかにはタンパク質を分解する成分があったはず。いや、前世での知識ではあるが、こっちの世界でもその辺は変わらないらしい。

 だがそれだけだと、香りや甘味の説明は付くが、爽やかな酸味の源が分からない。

 いや、この酸味、ちっとばかり記憶にはあるんだよな。

 

「それと……ヨーグルト」

 ぼそりとそう付け加えるのはアルバ。口調がややはっきりとし始めたのは、例の“闇の魔力”による変化なのか。

「酒、パパイヤ、ヨーグルトの三種で、臭み取りと風味付け、そして肉の柔らかさを重層的に重ねていったという事か……!」

 ヨーグルトは肉質と風味だけでなく、味わいにも良い効果を発揮している。

 いや待て、これは……

「ああ、そうか、このソースもか!」

 乳白色に近い酸味のあるソース。いや、ソースというより前世知識で言うとシーザーサラダドレッシングにちょっと近い。

 肉の方の味付けはやや甘みと辛みの方が強い。そこにより酸味ベースのスパイシーなソースが合わさることで、さらに重層的な味わいになっている。

 なるほど、道理で野菜類との相性も良いワケだ。

 

「素晴らしいです。今まで以上に、様々な素材、手間暇をかけての深み。

 そしてパン生地に挟み込むことで『立食や遊興の際の片手間に気軽に食べられる』という目的にも叶っていますね」

 アルバの会頭としての総評はかなりのものだ。

 

「ふふふーん! 今回は特にな、ボーマと取り引きして手に入れたものや新たな技法も使っているからなう」

 ヤシ酒、パパイヤにスパイス。これらは普通にクトリア市街地ではそうそう手には入らない。いや、ヤシ酒は俺達がマランダの『牛追い酒場』にも卸しているからまあ金さえあれば買える。だがトムヨイ達が取り引きし始めたとはいえ、パパイヤもスパイスも旧商業地区の露天にゃ置かれるわけもない。ヨーグルトに関しては、確か郊外の牧場やノルドバ辺りでも作られてるらしいが、それだってそう簡単に手に入るもんでもない。

 

「調味液とソースの工夫だけでは無いですね。あの調理器具にも工夫があるのでしょう?」

 調理器具、つまりカートに乗せられた長方形の木製の筒のようなもの。

「───その様ですな。この木製の筒の内側は金属製です。その中には長い鉄串に刺した肉を何十枚も重ねております。

 スライスした肉を重ねることで再び一塊の肉として串での炙り焼きとしつつ……ふうむ。

 この金属が放射熱を発し、筒状にすることで内側に対流熱をも保たせて、じっくりと熱を行き渡らせる。

 強い熱で一気に加熱すると肉は固くなり味も抜けますが、外側をきちんと焼いた上で時間をかけて低温調理するため、肉の旨味を逃していない」

 いつの間にか立ち上がりカートの調理器具を観察していた総料理長。

 確かに、諸々たいした工夫っぷりだ。グレントとカリーナ曰わく「完璧主義」のアティックならでは、というところか。

 

「味、食べやすさ、触感の変化に見た目の面白さもそれぞれに素晴らしいですが───」

 んん? まだ何かあるのか?

 

「幾らかかっておりますかな?」

 お、おおっと。それは───確かに気になる。

 

「ボーマのヤシ酒、果物、ハーブにスパイス、ヨーグルト……。牛肉自体もそうです。挟んでるパンも小麦のパンですね。

 その調理器具も、かなり試行錯誤の末作られたのでしょう」

 

「ふふん、かなりかかったぞい! そうよな、今回のこれだけで旧商業地区なら半年は食っていけるのよな」

 ……いやちょっと待て!?

「え!? うそ、そんなにかかったの!? ちょっと待ってよアティック!? それ、ティエジやカーラも知ってるの!?」

「ふふん、問題ないのよな。半分はわしの貯めた金よな」

「残り半分は!?」

「…………」

 うーわ、見事にそらっとぼけてやがる。

 

「うははは! すげーなおいネコ! お前伝説級のバカだな!?」

「こ……これだけで……半年分……?」

 ターシャはゲラゲラと大笑いをし、善意の寄付中心で貧民救済を細々続けている『黎明の使途』代表のグレイティアは呆然とする。

 俺も……いやもう言葉が出ない。

 前世じゃケバブなんてのはまあジャンクフードだ。たいして高いもんじゃねえ。

 だがそれと同じ……いや、それ以上のものをここクトリアで、高級素材と手間暇かけて作るんなら、確かにとんでもない金額にもなるだろう。


「ふふん。完璧を求めれば安いものよ」

「安くない!!」

 カリーナのお怒り、ごもっとも。

 

「それでは……採用は出来ませんな、会頭」

 総料理長がやや勝ち誇ったかのようにそう告げる。

「なんと!?」

「我々の試食メニューもそれなりに高価な素材を手間暇かけて作っておりますが、あくまで店に出す為のもの。利益を度外視したものではありません」

 ま、そらそうだ。

「な、なん、なーーん……!!??」

 アティックは「なーん」から先の言葉が出ない。

 

「───このままでは、ね」

 口を開けっ放しにしてたアティックに、アルバがそう続ける。

「あなたの試食メニューは仮採用としておきます。こちらで店に出せるレベルのものに改良出来たときに、本採用として報酬をお支払いする───というのでどう?」

 ぐむむ、と喉を鳴らして唸るアティック。

「それとその調理器具の設計図を別途に買い上げさせてもらおうかしら? 金100……そのくらいで」

 クトリア金貨で100。これはけっこうな大金だ。旧帝国領からは「小粒金貨」なんぞと呼ばれて価値が低いと見なされてるが、クトリア内でなら贅沢せず一年は暮らせる。

 つまりこれだけで、今回分のために費やした金額は余裕でカバー出来る。

 

「おお! 良い良い、良いのーう! それは実に良い考えじゃぞ!」

 一転して両手を叩き踊るようにくるりと回るアティック。その後ろから軽く蹴りを入れるカリーナ。

「もう! お調子乗り! 全部カーラに報告するからね!」

 小躍りしたのも束の間、瞬く間にしおれてしまう。

 

 

「さて、一旦休憩とする。私はお色直しだ。この後はもう一人───オークのガンボンによる試食メニューがあるぞ。

 どんなものを作るのか……楽しみだ」

 口調に体格も変わり始めてきたアルバがそう宣言をし、数人の準会員を連れて席を立つ。

 あー、そうだ、忘れてた。

 ガンボン……ねえ?

 奴は一体どんな料理を作るンだ?

 ───心配しかねェ!!


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