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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-84.ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー(11)「……めちゃめちゃうるさい」


 

 挿絵(By みてみん)

 

 でへへ~、てな感じで起き抜けに目に入るのはだらしのないにやけ面。

 誰の? ガンボン……ではない。勿論。ガンボンは“土の迷宮”で別れ別れになっている。今は側に居ない。

「あー、お目覚めやんねー、レイちゃ~ん♪」

 アデリア。ジャンヌと二人、突発的トラブルで“土の迷宮”からここ“風の迷宮”へと転移する際に、ガンボンの代わりに一緒に来ることになってしまった二人の少女。曰く、クトリアでは名の知れた邪術士シャーイダールの配下である探索者───見習い。

 

 その一人、丸顔でそばかすのある、あまり探索者っぽくない感じのお下げの少女アデリアなんだけど、も。

 この娘、ぶっちゃけ“変”だ。

 いや、まあ“変”と言うかなんというか、うん。

 緊張感が無い、しまりがない、けどやたらにニヤニヤしてて変に愛想が良い。

 もう一人の痩せぎすで目つきの悪いジャンヌなんかは逆に全く愛想の欠片もないんだけど、この方が普通の反応な気がする。

 まあ“普通”の基準となるこの世界の一般的な人間の思考や常識を全く知らないのでその確証もないけどさ。ただ何にせよアデリアはとにかく何というか……“変”だ。

 

 作業の合間に僕の片言の帝国語でそれとなく聞き出してみたところ、基本的には彼女のこの妙な態度は生家であるヴォルタス家の人達の語っていた“歴史”と関係しているらしいのだ。

 歴史、と言うと大仰だけど、元々彼女の家系はクトリア周辺で水運業を営んでいるそこそこの有力者。

 王朝期には東方から火山島のダークエルフ、南方の密林に住む獣人達とも取り引きしていた交易商でもあるのだけど、やはり“滅びの七日間”とその後のクトリア暗黒の時代にその勢力は大きく減退した。

 今はクトリアの廃城塞と幾つかの港町に南方諸島の隠れ家、そして僅かに火山島とをつなぐ航路を維持しているくらいで、それでも最近になってようやくクトリア城壁内との取引を再開できるようになったのだとか。

 

 まあこの辺の話は、彼女の妙な態度とはそんなに関係ない。

 話はその彼女の生家であり水運業であり交易商のヴォルタス家が、王朝期にクトリアで勢力を伸ばし始めた頃に遡る。

 まだ僕が生まれるより少し前の話。

 ヴォルタス家が水運業者としてはまだ弱小だった当時、南方諸島近海は海賊達の巣窟で、海路交易をするもの達は連中に金を払いなんとか事業を成り立たせていた。

 クトリア王朝は当時“退廃王”ザルコディナス三世による粛清の嵐まっただ中で、海賊の相手なんかしている余力もなければその気もない。元々交易の中継点として栄えたクトリア王朝だが、その頃は交易よりも魔力溜まり(マナプール)から採れる魔晶石や幾つかのドワーフ遺物といったものの取引に主軸を移していて、その辺りも海賊勢力の跋扈に繋がっていたらしい。

 

 なんというかややこしい政治的な話でもあるんだけど、普通に考えて魔晶石やドワーフ遺物なんかよりも交易の拡大の方がトータルで見た国全体の利益には適っている。

 ただ王家とその親しい貴族達の独占的利権という点では魔晶石とドワーフ遺物の方が上で、政敵達を牽制しつつその勢力を削ぐ、という思惑や何かもあったらしい。

 

 何にせよそういうお偉い方々の思惑はさておき、水運業のヴォルタス家としては海賊勢力の問題は捨ててはおけない。元より国王なんぞを頼る気はないが、なんとか他の水運業者や漁師達と連合を組みつつ対抗するための武装船団を立ち上げたりはしたものの、なかなか足並みもそろわないし兵力も資金も足りてない。

 で、そんな所に現れた数人の“助っ人”の中に、“ダークエルフの弓使い”が居たらしい。

 助っ人集団の中にまだ駆け出しも良いところのアデリアの父アニチェトとその師匠格の魔術師も居て、後にアニチェトはアデリアの母ロジータと結ばれるのだが、その辺はまた別な話として、だ。

 そのダークエルフの弓使いと言うのがまあとにかく凄腕で、火山島のダークエルフ達と話を付けてヴォルタス家と火山島との交易を取り付けた上、そちらの水軍をも動かして海賊勢力を一掃させるのに一役も二役も買ったのだという。

 それによりヴォルタス家はクトリア随一の水運業兼交易商となり、その後の繁栄へと繋がっていったのだとか。

 

 何にせよかつてそんなことがあった事から、ヴォルタス家ではそのダークエルフの事を一族の救い主と言わんばかりに敬い語り継ぎ、それらの“素晴らしき英雄譚”を父アニチェト等から寝物語として聞いて育ったアデリアは、なんというかエルフや妖精やらというものに物凄く幻想的なまでの憧れを抱くようになった……と。

 まあそういう事のようなのだ。

 今まとめたようなことを、アデリア自身が理路整然と話してくれた訳ではない。

 取り留めもなく話しまくるアデリアの妄想混じりトークとヴォルタス家の歴史。そこに僕自身の今まで得た知識諸々を総合しての推察によると、そう言うことになる。

 

 そして今ナウ現在進行形でそのアデリアのア↑コガレの視線が僕へと注がれ続けていたりするわけなのよ、これがさ。

 

「あんなー、最初シャーイダールんとこ行く言う話になったときなー、超期待してたんよー。

 これでほんまもんのダークエルフに会える! ……ってなー。

 せやけど本物のシャーイダールは、なんてかこー……全然期待はずれやってんな」

 訛りの強いクトリア語も結構聞き取れるようになってきたが、言ってる内容は結構辛辣。

 

「なーんかちっこいし、変な仮面被ってて賢そーにも思えんしなー。 

 目の前におるとな。何か背筋ぶるるっ! ってなってゾクゾク~、言うて、めっちゃ怖いんやけどな。

 側におらんときは何がそんなに怖かったんか分からんよーなってまうんねや。

 けど魔法薬とかはほんまに凄いんよ。凄いとこは凄いけど、思い返すと全然凄ないんよ。

 よー分からんのよね、シャーイダールって」

 

 確かに「よー分からん」けど、「側にいると怖い」のは、魔法による【威圧】の効果じゃなかろーか、とは思う。

 所謂幻惑系魔法とされるものは、聴覚や視覚等の感覚器に影響を与えたり、精神に影響を与える魔法を指す分類。

 【威圧】は精神に影響を与える幻惑系統魔法の中では比較的高度ではないものだけど、常時となればなかなか難儀だ。

 となるとその仮面……それに【威圧】の魔法効果が付呪されている、てのがありそうなパターン。

 それだけの付呪が出来るのなら、彼女等の印象は悪くともやはり腕は確かなんだろう。

 僕が攻撃系統の魔法が苦手なように、属性とはまた別に術士による系統の向き不向きはあるから、これも一概には言えないが。

 それでもとは言え、幻惑系統に付呪、錬金薬が得意分野としたら、組織の長としてはかなり有能なんじゃないかな。

 

「けどな……」

 と、ここでまたでへでへとだらしのない、というか、にやけた、というか、まああの顔になって、

「レイちゃんはほんま、想像してた通りの! や、むしろそれ以上のダークエルフ感あんねん!

 めっちゃカッコエエし、賢こそーやし、クールで凄腕魔法使いやし、こう……とにかくめっちゃええねん!」

 と、こう来る。

 

 ……いやいや。いやいやいやいや。それはまた、それはそれでまた、幻想見過ぎですよ。

 寝物語に聞いていた一族の救い主たるダークエルフのイメージを、僕に投影してしまっている。

 僕は僕だし、その人はその人。僕は弓も不得手だし魔法だってさほどじゃない。火山島のダークエルフ達と交渉して間を取り持つ? なーんて当然全くデキッコナイスよ。

 例え種族が同じであっても、全然違う。

 

「私は、そのダークエルフとは、違う。そんなに、凄い、力は無いです」

 謙虚とか謙遜とかではなくシンプルな事実として、ね。そう帝国語で伝えるのだけども、

「や、それはアタシかて分かってるって!

 けどレイちゃんはやっぱほんま凄いええねんて~」

 でへりすぎな締まりのない顔でくねくねしてる。うーんむ……。

 

「その昔のダークエルフのことは知んねえけど、実際お前の方がシャーイダールよりかは強そうだけどな」

 対照的に不機嫌そうな顔で横からそう言うのはジャンヌだ。

 ジャンヌは一見するとまるで世の中への恨み辛みを煮染めたひねくれた性格をしてそうに見えるタイプなんだけど(ん、言いすぎか?)、なんというか根っこのところが素直、というか正直というか……率直? そう言うところがあるように思える。

 腹の内をあかしてくれる、という意味ではなく、所謂腹芸というか駆け引きというか、例えば「お世辞や媚びへつらいで相手の機嫌をとる」とか、「自分の周りを大きく強く見せて相手の優位に立とう」みたいな事をあまりしない感じだ。

 シャーイダールの配下、てことがクトリア内でどれくらいの看板になるか分からないけど、少なくともそれを掲げるなら「シャーイダール様は本当に凄い術士だぞ!」と言う方が、配下である自分も相対的に優位に立てるのは間違いない。

 ま、「虎の威を借る」なんとやら、というヤツだ。

 つまり彼女は他者の権威を借りようとかそういう意識がなくて、依って立つのは己の力のみ、という生き方をしてきたんじゃないかと思わさせられる。


 けどだからと言って独立独歩で誰とも連まねーぜ! と一匹狼を気取ってる……という風でもない。

 態度も口も悪いけど、何気にアデリアへの面倒見も悪くなく、変なところで世話焼きな感じもある。

 キャラ的にはお姉さんキャラ……というよりかは、姉貴叉は姉御キャラとでも言うか。しかもヤンキー系の。

 僕に対してきちんと警戒心を持って接しているところもちゃんとしてる。

 

 まあアデリアがアレ過ぎるのが一番の問題だけど、こんな会って間もない得体の知れないダークエルフの魔術師なんてのを即座に信用しちゃ駄目だよね、うん。いやおまえが言うな感あるけどさ、実際問題そうでしょうよ!

 警戒しつつも露骨な敵意を見せるような振る舞いをしない辺りも、粗野粗暴に見えて決して地頭が悪い訳じゃないことの現れだとも思う。

 豊富な魔力適正のことといい、色々と興味深い。

 

 とかなんとか言ってる僕のほうはじゃあどうなんだ、と言うと、少なくとも立場的状況的にはそうそう警戒する必要はないんだよね。

 何せ“生ける石イアン”の力もあって、この領域一帯はある意味僕のテリトリーで、例えば彼女たちが僕に対して強い敵対心を持てば、その事が僕に通知される事になっている。それに猫熊インプのみならず大蜘蛛アラリンやら精霊獣の水馬ケルッピさんやらの使い魔、白骨兵等の従属魔獣なんかが居るので、今の所守りに関してはほぼ万全。

 まあだからこそジャンヌは警戒心を途切れさせてないわけだし、アデリアに関してはむしろもっと警戒心持つべきだろう、とも思う訳だけどもさ。

 

 勿論、別に彼女たちを警戒させ怯えさせたいわけじゃないよ。させたい訳じゃないけど、アデリアは無警戒過ぎる。僕に対してというだけでなく、こう、この現状全般に対してもね。

 僕としては、ガンボンと居たときよりも何倍も慎重かつ安全に配慮して進めて行くつもりだし、その上で彼女たち自身にもここでの振る舞い方や必要な技術を学んで貰いたい。何より彼女たち自身の為に。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 で、まずは柔軟。

 筋肉をほぐし、伸縮力を高め、血流と代謝を向上させる。

 筋肉の柔軟性というのは怪我のしにくさ、疲労回復や疲れにくさにも関係してくるが、実は魔力循環にも関係している。

 え? 魔力って物質なの? と疑問にも思われるが、そこのところはハッキリとは分からない。諸説あり、というところ。

 古代ギリシア哲学やパラケルススの唱えた地水火風の四元素がこの世界での魔術、魔術理論の中でも存在しているが、何故前世でのそれらとこの世界での魔術理論とにそういう共通項があるのかもよくは分からない。

 何れにせよこの世界において魔力というのは普遍的にあらゆる場所に遍在している力、叉は存在の源であるとされ、それらを循環させるというのが魔術修行の第一になる。

 

 魔力を循環させるとは何か、となるとこれもまた諸説諸流派があるんだけど、僕らダークエルフの間では血の巡りと似たものとして考えられている。つまり筋肉の柔軟性を高めるのは、体内での魔力循環を高めることに繋がる。

 

「いったたたたたたた、痛ったぁ~~~~~!!!

 待って、待ってぇな! 股が、股が裂けよるてェ~~~~~!!!」

「ふにゃふにゃした見た目に反して、結構身体硬いねえ、アデリア」

「へ? 何? 何て言うたん!?」

「アデリア、身体、硬い、ですね」

 まあでも分かるよー。僕もどっちかというと普段運動不足でそんなに柔らかくない方だったし、特に例の死にかけ後のリハビリのときはこんな感じだったし。

 母のナナイは家族を溺愛するタイプなんだけど、こういうところで甘やかす方でもないので、みっちりじっくりとストレッチを仕込まれた。

 

 アデリアとジャンヌは共に今“訓練室”として作られた区画で開脚して座ったままでの前屈、所謂股割りをやっている。

 アデリアの背中を押すのは僕で、ジャンヌの方は精霊獣のケルッピさん。

 見学している大蜘蛛アラリンさんは悲鳴を上げるアデリアを見てご満悦だ。このヒト……じゃない、この蜘蛛、結構ドSな性格してるんだよね。

 

 ジャンヌはというと……意外にもアデリアよりもさらに硬い。硬いが、アデリアと違い悲鳴は上げない。脂汗を額ににじませつつもひたすらに耐えている。

 詳細は話してはくれないが、話の端々から察するにジャンヌは長患いから回復したばかりで、身体的にもかなり本調子とは言えないらしい。その長患い自体、どうも魔力瘤の悪化だったらしく、彼女の潜在的魔力量の高さが仇になった形。

 体内での魔力循環は本能的にか本人なりの何らかの試行錯誤か、少しではあるが出来ていたようなんだけど、それを体外の魔力と循環させるところまでは行ってなかった。

 なのでジャンヌの課題はまず魔力の体内循環をきちんと学び、そこから体外の魔力とつなげて循環させる方法をマスターすること。

 それが出来たら次は魔術理論を学んで、その魔力で術式を構築出来るようになれば、取り合えずは魔術師の仲間入り。

 

 ジャンヌが魔術師としての修行を積むかどうかは本人次第だけども、体内魔力循環と体外魔力循環まではマスター出来ないと、いずれそう遠くない内に再び魔力瘤の症状が再発するだろう。

 まあこの地下迷宮内にいる間にそうなることも無いだろうし数年か十数年かは先の話になるだろうけど、目下の問題への対処としても必要にはなる。

 体内魔力循環がスムーズにいけば、魔力瘤によって衰えていた身体能力もかなり回復するはずだからだ。

 

「おい……」

 まるで地の底から響くかのドスの利いた声でジャンヌが問い詰めてくる。

「本当に……こんなんで……ま、力、循環……とか言うのが、出来るように……なるんだ、ろうな……?」

 親の仇かってなくらいの睨み付けっぷりで心臓に悪い。

「ダークエルフ流、なので、人間にどれほど効果があるか、詳しくは分かりません。けれど私は、これ以外やり方を知らないし、一応、闇の主も、効果的だと、言ってました」

 

 嘘ではないけどまあやや誇張もある。“闇の主”トゥエン・ディンもそうだし、その弟子でグレイシアス郷に住む帝国人魔術師、“獄炎”のキャメロンもそうだけど、エルフより遥かに寿命が短く生来の魔力に乏しい人間のガチな魔術師は、こんな悠長な魔力循環訓練はあまりやらない。やっても本当に初期の初期。彼らはもっと過酷でハードなやり方をする。

 勿論ハードなやり方は負担も危険も大きい。なので多くのエルフはやらないし、今彼女たちにやらせるつもりもない。

 ただその辺の細かい事情を巧く伝えられるかも分からないし、今伝えなきゃならんことでもないから、適当に濁す。

 元々魔力適性が高いジャンヌなら、ダークエルフ流でも結構な効果が得られるだろうしね。

 

「ア、アタシも、これで、パパみたいに魔術師になれるんかな?」

 ジャンヌより遥かに息を切らせながらちょいと嬉しそうに言うアデリアだが……正直多分無理だなあ。

 この娘、魔力適性ほぼゼロだもの。それに魔力循環出来ても魔術理論を学ばないと魔術は使えない。

 それでも最低限の魔力循環が出来る身体になれば、体力や健康、美容面でも良い効果は得られるし、何よりある程度の魔力耐性が出来るから魔獣肉を食べても魔力中りを起こし難くなる。少なくとも今学んで損はない。

 やる気を削いでしまうのも何なので、その辺りは曖昧にしておこう。「多分、凄く、難しい」くらいで。

 

 と、午前中にその他全身様々な箇所の柔軟と、加えて呼吸法等々。それぞれに体内魔力循環を調整する基礎訓練を一通り。

 それ以外、つまり魔力循環とは直接関係のない身体を動かす訓練もしている。

 

 とは言えそっちは現状適切な教官役が居ないのでそんなに効率的でもないけど、白骨兵相手の模擬戦なんかも出来る。

 ジャンヌはスタミナには問題があるけども、模擬戦での動きは凄く良い。

 天性なのか環境なのか、もっと経験と訓練を積めば優れた剣士になれるんじゃないかな。まあそちらは専門じゃないから分からんけどね。

 

 そしてこちらの方もアデリアはこう……かなりひどい。鈍臭いというか、センスが無いというか、要するに「運動神経がない」。

 ケルアディード郷でもかなりワースト運動出来ない若手ランキングで上位だった僕の方がまだまだマシなくらい。

 この娘これで何故探索者見習いになろうとしたんだろうなあ。ダークエルフに会えると思ったから? ……有り得るな。

 

 僕は僕で、義足での歩行をもっと練習した方が良いんだけど、まーサボりっぱなし。このダンジョンでの例の卵形のエアチェアーがめっちゃ具合が良いもんで、ついつい、ね。

 その合間にダンジョンの補強と防衛設備の設置やらなにやらを済ませ、さらには食事や風呂の準備。

 食事……は、ちょっと悩ましいところ。何せ魔造チキンを食べられるのは僕とジャンヌだけで、アデリアはお腹を下してしまう。

 一応僕の手持ちの保存食で何とかして貰っているが、どーにかせんといけんのよね。

 で、夕方にはマッサージと入浴。

 

 マッサージは、ストレッチと訓練等で疲労した身体の回復と調整、というのもあるけど、一番の目的は違う。

 僕の魔力とジャンヌの魔力を繋げることで、体外魔力循環をする感覚を覚えてもらい、かつそれらをスムーズに行えるようにするためだ。

 これは人間の魔術師も訓練として行うやり方。ただガチ勢の人間の魔術師はここでも結構な無茶をする。なので訓練中の魔術師には魔力中りや魔力瘤の悪化が起きることが多い。

 何にせよこちらもアデリアにはそんなに関係ないんだけど……本人がめちゃやってもらいたそうに目を輝かせているので無碍にも出来ない。

 

 浴室に設えたマッサージ台は、前世であったものと同じ様にして作ったので、顔の部分に丸く穴をあけてうつ伏せに寝てもらっている。

 帝国風の公衆浴場での入浴では薄い布の湯浴み着というのを着る習慣があり、大蜘蛛のアラリンに作らせていた魔糸の布で似たようなものを作って着て貰っているけど、アデリアはともかくジャンヌは入浴の習慣それ自体がなかったようで「面倒くせえ」と着てくれない。逆にこっちがヤヤコシイわ!

 

「ひゃ~~~、何これほんま、超気持ちええやん~~~!」

 ……うるさい。半ば慣れたけど、反応が一々大袈裟。

 アデリアには魔力を繋げて循環を試す必要は無いのだけど、一応弱い魔力を流すことで魔力耐性を少しでも得られるようにやる。

 慣れてないと微弱な魔力でもややむず痒いようなくすぐったくような感覚を覚えるのでそのせいでもあるんだろうけど……。

「ひゃ、いや、そこアカンて! うひゃっ! ひゃ、ヒィ!! フヒ、ムヒ、ムフヒヒヒ!」

 ……めちゃめちゃうるさい。

 

 僕らダークエルフの平均的な体型に比べるとアデリアはかなり肉付きが良い。僕の前世の人間時代の感覚からすればややむっちりしてるけど、この世界の貴族や富裕層的にはごく平均的な体型だと思う。で、おそらく知識として知るこの世界の人間、帝国人の価値観からはかなーり「イイ女になるだろう」と言われるような体型だと思う。

 まだ年が若いから、「後数年もすれば……」みたいに言われる感じかな?

 んで、実際触ってみるとやっぱ筋肉があまり無いんだよね。少なくとも積極的に体を鍛えてきたりはしてこなかっただろう。

 帝国人達の文化圏でも、戦団に居たリタやカイーラみたいに所謂「女戦士」と言われるような人達が少なからず居るので、この世界では女性が何かしら戦いの場へと赴くことはそれほど希有ではない。でもアデリアはそうではないようだ。

 

 比べて、やはりジャンヌは真逆。パッと見は貧相でガリガリとも言えるのに、筋肉は結構鍛えられている。少なくとも僕よりは遥かに。

 その筋肉が柔軟性に欠けているのも、魔力瘤で寝込みがちだったことや、適切なケア、トレーニングが出来ていなかった事によるようなので、今後はこれらのメニューをこなしていけば魔力循環と共に向上していくだろう。

 

 それにしても、だ。

 魔力を「繋げる」と、その相手の魔力適正やその質なんかもある程度分かるものだけど……僕の少ない知見の中から見ても、彼女の“素質”は凄い。人間で、今まできちんとした魔術の訓練をしていなかった者でこれほどというのは驚きだ。

 魔術師としての適正まではなんとも言えないが、魔力そのものはかなり質も良く適正も多い。

 属性にも偏りは少なく、ちょっとしたオールラウンダー。極端に秀でた属性も無い代わりに、著しく不向きな属性もなく、それぞれに良好な適正を示してる。

 

 その上で……んー、なんというかかなり特殊な系統適性を持っているみたいだ。

 具体的に何なのかは今の僕にははっきり分からない。

 僕が攻撃系統を苦手としていたり、ガヤン叔母が召喚系統に秀でてるように、属性とは異なる、系統の向き不向きが性格気質その他の要因によりあるのだけど、その系統適正というのも魔力の質に現れる。

 ジャンヌのそれは召喚向きの魔力に近いけど、何か微妙に違う気もするんだよね。

 今まであんまり見たこと無いタイプだ。

 

 最初は「何する気だよ……?」とめっちゃ怖い目で睨みつけて警戒していたジャンヌに、「えー、せやたらアタシ先にして貰う~!」とアデリアが割り込み、その有り様を見て一応の警戒心をときはしたものの、まだやや気持ちが強張っている。

 魔力を繋げるのにはお互いに心を開く、緊張や警戒心を取り払う必要があり、なので本来は信頼関係の築けた師弟同士や親子親類等で行われるし、ダークエルフ流で……あー、いや違うか? 母のナナイ流で運動後の入浴とマッサージを併用してるのも、そういう緊張感を解すという意味合いもある。

 なので実はもっと直接的なやり方も流派によってはあったりはするそうだけど、その話は今は関係ない。

 一応はマッサージも受けつつ、ある程度魔力を繋げて循環の真似事、みたいなところまでは出来はするものの、やっぱあくまで表面上。ジャンヌの中には明らかに強固な壁があるようだ。

 ま、時間はかかるだろうねえ。

 

 

 そんな感じで数日。ストレッチ、訓練、マッサージとで魔力循環と身体能力の向上及び調整。

 僕は僕でダンジョン区画の整備に、召喚や様々な装備品の製作などなどの日々。

 

 なんだけども、だ。

「イアン───この“査定”には間違いない?」

『無い』

 査定、まあ|知性ある魔術工芸品 《 インテリジェンス・アーティファクト 》である“生ける石イアン”による支配区域内の様々な物品、魔物や魔獣、仲間や敵への“評価値”。

 アデリアの方は、正直さほどの変化はない。相変わらず身体能力も魔力も見事に低水準。

 けれどもジャンヌだ。

 ほんの数日簡単な手解きをしただけで、魔力循環の練度が格段に上がっている。

 環境ときっかけ───。確かにそういうもので潜在能力が開花しとんでもない変化をする例というのはあるだろうけど、にしてもこれは───。

「一年分の修行───ぐらいの成長率、だよねェ……」

 それだけ素質に恵まれていたのか、或いは……。

『逆かもしれんぞ、キーパーよ』

 逆……つまり、

「元々はこのくらいの魔力循環が出来ていたのが、何らかの理由で阻害され魔力瘤になりさらに魔力循環に支障を来すようになっていた……か」

 本人は自分のことをあまり話さない。ジャンヌについても多くはアデリアからの話しかなく、曰わく「クトリアの孤児グループのリーダー」という程度。

 今14、5歳ということだから、クトリア王都の解放時は9歳か10歳の子供だ。

 それ以前にもクトリア城壁内に居たのなら、邪術士たちに何かされた可能性もある。

 聞いているだけでも、当時のクトリアではおぞましくも残酷な魔術実験が多々行われていたというし。

 いずれにせよ多分かなり過酷な幼少期を送っているのは間違いなさそうだから、下手にほじくり返したりはしないけどさ。

 


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