2-74.J.B.(49)Guerrillas In Tha Sawege.(下水のゲリラ)
突然の襲撃にも関わらず、思いの外被害は少なかった。
少ないとは言え、囚人部隊の一人が死亡し二人がシャーイダールの魔法薬を使う必要のある大怪我。ドゥカムの護衛班も二人程怪我を負ったが、幸いにも応急手当てで済む程度。作戦遂行にはさほどの支障はない。
何気にハーフエルフだけあって魔法の使い手のドゥカムだが、元々戦闘はしない契約で来ているとかで、五人の護衛兵だけで戦っていたところに俺達が助勢して撃退した格好だ。
意外なのはマヌサアルバ会の面々がこの三者の中で最も手間取っていたことだ。
曰わく、彼等の魔法には直接的な攻撃系統の魔法が少ないが、その中でも火属性は光属性の次に苦手とすると言うことと、昼間は特に闇魔法の効力が落ちることが原因だという。
昼間の作戦に参戦するというのはその意味でマヌサアルバ会としてはかなりリスキーらしいが、日の当たらない地下遺跡ではまだマシなのだそうで、今回も遺跡内中心での作戦を行う予定だそうだ。
作戦中でもあり死んだ囚人を埋葬するような暇はないが、遺品と装備だけを回収し沼地の脇に寝かせておく。とは言え背骨がへし折られた状態では、きれいに整えてというわけにもいかない。
俺はそいつの目を閉じさせて苦悶の表情を整える。こいつは俺が魔蠍の毒にやられていたところを助けた囚人の1人だ。救われたことにえらく感謝して、だからってのもあって作戦に参加した。せっかく拾った命だが、すぐに手放すことになっちまったな。
それにしても厄介なのは、吸盤粘体の死体の方だ。
これは死んだハナからぐずぐずと溶けるように崩れてゆき、終いには物凄く悪臭を発する粘液状の塊になる。
その中には以前に餌食となった人間や動物、魔獣の骨や装備品なんかが溶けきれずに残っていたりもするんだが、このどろどろのヘドロ溜まりみてえなところに入り込んでまで回収したいとも思えない。
「強ェーわ臭ェーわ汚ェーわ、本当ロクなことがねえな、こいつ!」
悪臭に顔をしかめながらアダンが毒づく。
これがよくあるゲームなんかなら、強い魔物からは高価な素材が取れたり経験値がガバッと入ったりと、倒す労力に見合ったリターンがあるんだろうけど、世の中そうそう都合良くは出来てない。数も多くなく生息域も広くないからマシではあるが、とにかく厄介なだけの魔獣だ。
とは言え、処理さえうまくやれれば食肉としての価値もある鰐男や岩蟹、毒腺が錬金素材になる魔蠍みたいに、倒すに見合った何らかの見返りのある魔獣の方が少ないらしい。シビアだねえ、ほんと。てかあいつらにしても「倒すのに見合った」見返りかっつーと微妙だよなあ。そもそも普通は狙って狩ろうとする対象ですらねえし。
「俺はコイツを“魔獣版スティッフィ”と名付けるぜ」
アダンがいかにも「面白いことを思いついただろぅ?」とでもいうかの顔で言う。
ま、確かに「強い、臭い、汚い」と言えば、俺らの中じゃあスティッフィだ。
「おいおい、言いすぎだろそりゃあ」
反論は難しいが、とは付け加えず軽く窘めると、急にマーランが上擦ったような声で、
「ス、スティッフィは、び、美人だ!」
と反論をする。
言われた本人のスティッフィすら気にもせずにいたアダンのくだらん軽口へのこの反応に、むしろスティッフィ本人含めた周りが何事かと驚き視線をやるが、
「それに、スティッフィは……結構、優しいんだ……」
と、うつむき加減になり尻すぼみに消え入りそうな声。
あーあ、こりゃまたまあ……。
言われたスティッフィ自身は、「なんの話してんだおめーら?」みてーな面してる。前途多難だな、おい。
■ □ ■
とにかく、そうやって後始末に治療にとバタバタしていると、少し離れたところでドゥカムの甲高い奇声……いや、叫び声がする。
「はー! はははのはー! ここだここだ! 間違いない!
やはりこの天才に間違いはなーーーーいのだ!」
口調も声音もすっ飛んでるが、どうやら例の“裏口”とやらを見つけ出したらしい。
曰わく、建築様式を下地にした推論と、魔法を使った探索がどーので、それらに諸々に魔力コストを割く必要があるため、戦闘では魔法を使わないのだとか。
「よーし、諸君、離れていたまえ。巻き込まれても知らんぞ?」
言いつつ、肩掛けにしたカバンから幾つかの魔術具らしきものを取り出し地面に配置する。
壺やら小さな像やら宝石類。それぞれに異なる用途のある物品。
「……あれは、土魔法と水魔法の補助具……かな?」
語尾がやや自信なさげながらもマーランが推察。
周りから人払いをしたドゥカムは、長々とした複雑な呪文を詠唱しつつ術式を汲み上げていく。
この「術式」とかいうやつは、自分の中の魔力と外側の魔力を繋げて循環させる際の設計図みたいなもの……というのはマーランやらイベンダーのオッサンから聞いた話。
俺の入れ墨魔法はその「術式の構築」という過程を身体に入れた入れ墨で行うため、この段階を自動で行えるから、俺自身には出来ないしやり方も分からない。
複雑で高度な術式を組み立てるのには相応の時間と魔力が必要で、それらを軽減させたり補助したりするのに使うのが魔術具だとか結界だとか言うモノになるのだそうな。
暫くすると、ドゥカム自身と配置されたそれぞれの魔術具が、まるで共鳴するかにほんのりと輝きだし、全体を包み出す。
そこそこ大掛かりな魔術のようだが、俺にはさっぱり分からない。
淡い光の粒子が纏まりだして膨らむと、それが沼地の一部へと伸びて不意に大きく飛沫をあげて爆発する。
おお、というようなどよめきがする。幾らかは跳ね飛んだヘドロの掛かった者もいるらしい。
見ると、瀑布の起きた水面に、ぬらりとしたバカでかい泥の塊が浮かび上がっていた。
そしてその泥の塊は、まるで固められたコンクリートのように凝固し、壁となっているようだ。
「……ハーフエルフだと言うことだが、驚きだな」
ハコブがそう声を漏らす。
俺からすると、さっきの吸盤粘体との戦いでハコブが使った【炎の壁】の方がすげえ魔法に思えるが、ハコブやマーラン等、魔術の使い手からすると違うらしい。
「何か汚ったねェ泥の山作ったみてーにしか見えねえけど、アレの何が凄いんだ?」
アダンも俺と同じ感想だったようで、そう口に出して聞いてくる。
「あれは土属性、変質系統の魔法【石の壁】の応用なんだけど、魔術での変質化は、より近い状態のものの方がやりやすいんだ。
つまり、今僕らが立っている乾いた地面。ここから【石の壁】を作り出すのと、あのどろどろの沼地の底から【石の壁】を作り出すのでは、後者の方がはるかに難易度が高い」
「しかも沼地には水属性の魔力がある程度あるから、それらが術を阻害しないように水属性の魔力と土属性の魔力を同時に操らないとならない。
そうだな……右手で剣を操りつつ、左手で槍を振るう……とでも言うか?
とにかく繊細で複雑な魔力操作と術式が必要なんだ」
マーランとハコブの解説で、一応なんとなくは理解できた……気がする。
ハコブの使った【炎の壁】は、確かに攻撃と防御双方を同時に出来るたいした術ではあるが、沼地の底から【石の壁】を作り出すのに比べれば作業としては単純……ということなんだろう。
「あのさ」
説明を聞きつつ妙に黙りこくってたニキが不意にそう小声で言う。
「沼地の泥を【石の壁】にするのは、乾いた地面から造り出すのより難しいって言ったじゃん?」
マーランとハコブの説明によるとそうらしい。
「あ、うん。そうだけど?」
やや戸惑い気味にそう返すマーラン。
「だったらさ。
陸地側の乾いた地面から【石の壁】を作って、沼地側に伸ばしてってぐるっと囲めば、もっと簡単だったんじゃないの?」
……確かにそうだ。
ドゥカムの魔術の凄さを得々と語っていたハコブにマーランは少しの間黙りこくる。
「……まあ、エルフ魔術師というのはたいていは、魔力が豊富故に無駄も気にしない者が多いというからな……」
「僕らとは感覚が違うんだよ、僕らとは……」
その魔法理論に詳しい面子の中で唯一イベンダーのオッサンだけが、
「おう、そうだそうだ! ニキ、目の付け所が良いぞ!
ありゃな、自慢しとるんだろ。
『どうだい? こんな凄い魔術の使い方が出来るんだぜい?』ってな。
全く、いけ好かない野郎だ!」
んーむ。かもしれねえけど、単に何も考えてないだけ、っつーのが一番あり得る気がするわ。
そうこうしていると、次にはそのヘドロの塊で造られた【石の壁】で囲んだ区域の水が渦を巻き、そのまま竜巻に巻き上げられるかのように空中へと昇ってぐるぐるとうねると、空中で弾けて辺りに降り注ぐ。さっきのときよりかなり広範囲だ。
「おわ! 汚ねェ!!」
アダンの悲鳴のような叫びよりも早く、俺は【シジュメルの翼】で風の防護膜を張り巡らせて飛沫を防ぐが、とっさに隠れたり出来なかった他の多くの連中は、けっこうな沼の汚水を浴びてしまう。
「盾使えば良かったじゃん」
ニキがそうアダンに突っ込むと、
「ばかおめー、愛しの盾ちゃんをこんな汚ェ沼の水にさらせるかっつーの!」
本末転倒だ。
自分が盾の盾になってどーするよ。
「アダン、こっから先も愛しの盾ちゃんを汚れ水から守り続けるのは、なかなか大変そうだぜ」
そう言って俺は、今し方水の抜かれた沼の岸を指し示す。
岩の窪みの様になったその奥には、明らかに人工的な造りの金属の格子。汚れてくすんではいるが、鈍い金色はドワーフ合金のものだろう。
「下水口の跡か……」
ハコブが唸るようにそう呟く。
古代ドワーフの都市の多くは、地下都市ながら上下水道が完備されていた。
川の水を浄化して都市の中を張り巡らせ巡回させ、汚水排水は再び浄化処理され川へと流される。
たいしたインフラ整備っぷりだが、その後遺跡のあった地へと住み着いたクトリア人達もそれを再利用して使っている。
勿論俺達も、だ。
クトリア城壁内のそれのすげえところは、未だにその浄水施設が現役で稼働していることだが、どうやらそのメンテナンスは“ジャックの息子”によるものらしい。
ボーマ城塞にも設備自体は残っていて、下水は使用できていたが上水道の浄水機能は使えなくなっていた。
離れたカロド川から用水路がひかれ、城塞周りの水堀と水路にもなっていたので水源そのものには困らない。
なので生活する上では特に大きな不便はなかったらしい。
で、なら同様の古代ドワーフ遺跡を改修して造られたというセンティドゥ廃城塞にも上下水施設があってもおかしくない。いや、というかあって当然だ。使える状態かどうかは別にして、だがな。
この位置をドゥカムが割り出したのは、周辺の地形や位置関係からだろう。
古代ドワーフ遺跡の構造を研究していたドゥカムには、逆算して地形からそれらを導き出すのも難しく無いという事か。
で、この汚い沼地は、下水そのものは使えるモノの汚水処理の設備が使えなくなっていたことで出来たものなんだろう。
「おいおい待てよ、じゃあこの沼の水って……」
「魔人どもの糞尿混じりの汚水だな」
アダンが今更になって身体に浴びた沼の水を拭い落とそうとするが、全く無意味だろうよ。
「くそーー、魔人ども絶対許さねーーー!」
「いや、そりゃ関係ねーだろ」
「お前がアホなだけだ」
俺とオッサンの二人で立て続けに突っ込む。
つうかアダンの奴だってスティッフィに比べりゃ清潔にしてる方だけど、言うほどきれい好きってワケじゃあねえだろうにな。
ドゥカムは【石の壁】をさらに魔術で加工し、ドーム状にして下水口の周りを隠すように覆う。遠目にはただの大きな岩。万が一魔人の手下共に見られても、詳しく近寄って調べなければ分からなさそうだ。
下水口の格子をドゥカムの護衛兵達が壊して外す。ドワーフ合金自体は硬く腐食しないが、それをはめ込んでいる石はそうでもない。
入り口……厳密には出口か?
そこから進んだ下水路は1パーカ(3メートル)くらいの直径の円状で、二人並んで歩けるくらいの余裕はある。
しかし中はぬるぬるとしたヘドロ汚れや水藻に覆われ、滑りやすく歩きにくいことこの上ない。
ドゥカム達を先頭に、その次に荷物運びの囚人部隊、マヌサアルバ会、そして殿が俺達。
運んでる荷物はいくつもの箱で、重さもかなりあるようだ。
さっきの吸盤粘体との戦いで大怪我を負った囚人数人は荷運びの役には立ちそうにもない。
特に一番大きな箱は3、4ペスタ(約1メートル)前後の大きさで、ここに来るまでは四人掛かりで運んでいたが、それを今はグイドひとりで背に担いでいる。
さすがの怪力とは言え、足場の悪さに視界の悪さ。端から見ていても危なっかしい。
で、案の定ある程度進んだ緩い上り坂でグイドは足を滑らせ体勢を崩す。紐に結わえて背負っていた箱の重さで踏みとどまれず倒れそうになったところを、俺とイベンダーのオッサンが二人で素早く飛び出して支える。
「すまない……」
会った当初からかなり無口な男だったが、その野太く嗄れた声は、ガキなら聞いただけで小便ちびりそうだ。
「足場が悪い。
後ろから支えとくぜ」
また足を滑らせないとも限らねえし、そのたびに飛び出すのも面倒臭い。
俺とオッサンはそのままグイドの後ろに着く。
近くで改めてまじまじと見ると、やはりさっきの 吸盤粘体との戦いの際に何故か普段より大きく見えたのは錯覚だったか。別段前と変わっているようなところはない。
勿論、後ろから見ても相変わらずに分厚くデカいし、相変わらずに威圧感はハンパねえ。
けれどもさっきのそれは……うーん。ま、やっぱ錯覚だな。
臭くて汚い下水道の中を結構な距離進んで行く。
最初の頃はぎゃーぎゃーうるさかったアダンなんかも次第に大人しくなる。
口を開けば開くだけ、ただ臭い思いをするだけだし、何よりこの下水道はただ居るだけでも滅入ってくる。
地下遺跡暮らしで下水道にも慣れている探索者の俺達ですらそうなんだから、ドゥカムの護衛や囚人部隊、マヌサアルバ会なんかは尚更だろう。
唯一、妙にテンションが高いままなのは案内役のドゥカムのみ。
「フフフ、見ろ! たかが下水道と侮るなよ。この優美なアーチは、ドゥアグラス様式の特徴であるが、柱の重厚さはハンロンド様式のものだ。
クトリアの古代ドワーフ文明は後期に繁栄したもので、各地にある多種多様な様式が様々に習合している!」
たいした喜びようだ。
そういや、と思い、
「なァ、オッサン。
オッサンもドワーフだけどよ。奴の言うナンタラ様式とかってのは分かるのか?」
と、横に並ぶドワーフ合金鎧姿のイベンダーのオッサンへと聞いてみる。
「まあ、な。
ハンロンドもドゥアグラスも氏族の名だ。
一般的にはハンロンドが丘ドワーフ、ドゥアグラスが山ドワーフとして知られてる。
奴の言う様式なんてのも、要は『丘ドワーフっぽい』とか『山ドワーフっぽい』程度の意味あいしかない。
それぞれの様式と、古代ドワーフでの類似様式との関連性も、明確には分かっちゃ居ないからな」
ふーん、と、自分で聞いといてなんだが、分かるような分からんような、と思いつつ聞いている。
「そういや、エルフもそうだけど、古代ドワーフ文明ってのも、何で滅びたんだかなあ」
当のドワーフやエルフ達の間じゃどうだかは知らないが、俺達人間の間じゃあそれらの文明が滅びた理由ってのはサッパリ伝わってない。
いや、まあ「一般的には」程度の意味で、だけどな。
ざっくり言えば、クトリアにしろ帝国にしろ、俺達人間の「文明」と呼べそうなモンが成立してからは、確か四、五百年だかその程度、だったかな?
実際にはそれらの国以前のものを入れりゃもっと古くからもあったかもしんねえけど、多分千年はまだいってない……気がする。
けどその文明が成立しだしたときには、古代ドワーフ文明もトゥルーエルフ文明も無くなっていた。確かそんな話だったと思う。
学者とかにきちんと習ったワケじゃ無く、色んなところから聞いた話をざっくり纏めると、てなところだけどな。
何の気無しに口にした疑問だが、イベンダーのオッサンはと言うと妙に神妙なツラで押し黙る。
うーん? ドワーフ的にはあまり話題にされたく無い事なんかな。
そう思い、
「いや、まあ別に嫌な話題なら続ける気はねえけどよ……」
と、言いかけて片手でそれを制される。
「来てるな……。
小さいが……こりゃ厄介だぞ……。
おい! 警戒しろ!」
ざわめき、蠢き。
個々には小さなそれらの音、振動が、集まり集合しながら、徐々に津波のように押し寄せてくる。
暗い下水の向こうから来る、黒い絨毯の蠢き。
とてつもない数のオオネズミの群れだ。
■ □ ■
「うおぉぉぉぁぁぁぁぁっっっっ!!! 寄るな! 触るな! 汚らわしい!」
ハイテンションのまま騒ぎまくるのはドゥカムその人。
皆それぞれ一様に嫌悪感や恐怖に耐えては居るが、こいつ一人騒ぎすぎだ。子供か。
ドゥカムは元より、マヌサアルバ会にウチのマーランと、魔術の使い手の多い少数精鋭だけあり、オオネズミの大群に対しても素早く結界を張って対応。オオネズミ達は俺達の近くを避けて走る。
しかし……多い。数百とかでは済まない数だろう。この数のオオネズミに襲われでもしたら、瞬く間に骨を残して食い散らかされてもおかしくはない。
子犬くらいの大きさのオオネズミは、クトリア市街地でも下水や地下街等にも住み着いているポピュラーな生き物で、旧商業地区では“ネズミ屋”と呼ばれる連中が狩ったり、貴族街から捨てられるゴミの中から拾ったりして食料として貧民のすきっ腹へと収まる。
魔獣じゃないので残留魔力はないが糞不味いし不潔な為に病気の元ではあるので、きちんと処理しないと腹を下すどころか下手すりゃ死ぬ。それでも飢えるよりかはマシと言うのが現状。
そんでついでに言えば、シャーイダールの仮面を被ったコボルトのナップルの好物でもある。
個々にはそう手強い相手ではないが、数が増えれば話は別。習性としても、相手が弱いと見れば集団で襲いかかってもくる。
怪我や病気で弱っていた孤児や宿無しが、オオネズミの集団に生きたまま食い散らかされ骨になって発見される、なんてことは少なくない。狂暴さで言えば実は郊外の荒れ地に住む穴掘りネズミよりも上だろう。
その大量のオオネズミの群れが通り過ぎ、俺達はようやく一息つく。
まるでありゃあ……、
「何かから逃げ出して来たみたいだな」
話に聞く、「沈没船から集団脱走するネズミの群れ」。そんな感じだ。
「“猛獣”ヴィオレトは、以前より力が上がってますな。
まったくもって実に厄介」
マヌサアルバ会の正会員の一人がそう言う。
「“鉄塊の”ネフィルもそうでしたが、どうやら魔人どもは最近になって力を増したようです。
ネフィルも以前はあれだけの量の鉄製武具を用意する程の魔力はなかったハズ。
ヴィオレトも、最初の威力偵察の際に使役していた魔獣の数も種類も、以前よりかなり多い。
何があったか分かりませんが、力を増したことが連中を今の行動に走らせたのやもしれません」
「今のネズミの大脱走も、ヴィオレトの仕業か?」
「恐らく……ですが、ヴィオレトがまた新たに強力な魔獣を集めたか動かしたか……。
その影響で逃げ出してきたのでしょう」
「潜入直前に聞けて良かったんだか悪かったんだかな」
ニコラウスの計画では、そういう魔獣等の兵力は、自身を餌として引き付け、廃城塞からは引き剥がすというもの。
その手薄になった内部へと侵入し混乱させるのがこちらの任務だが、魔獣の数が増してるとなるとやや事情も変わる。
「ヴィオレトがどれほどの魔獣を使役していようと、我らにとってはさしたる脅威ではありませぬ。
昼間で効力が落ちてるとはいえ、所詮魔獣は獣。獣には獣の対処方があります」
しかしマヌサアルバ会の正会員は何やら自信満々。クトリア周辺は様々な魔獣が闊歩する不毛の荒野だが、その魔獣を「所詮は」などと言える奴らはそうはいない。
下水道には幾つかの分岐があったが、ドゥカムがその都度方向を確認して迷うことなく進む。
そして広めのホール状の場所に着くと、「ま、この辺りだろうな」と言い進行を止める。
「さてさて、ここからが第二段階。
まあニコラウスの奴からの合図があれば、次に進む事になるが……とりあえずは休憩だな」
いい加減悪臭にも鼻が慣れてはきているが、この場所で休憩ってのは……いやこりゃ、想定とは別の形で「しんどい」潜入任務じゃねえのかよ。




