2-69.J.B.(44)Deep Cover.(ディープなかくしごと)
昼過ぎになり、後続の部隊がモロシタテムへとやってくる。
ハコブ達に狩人、クルス家の面々とボーマ城塞兵に囚人部隊。そして本隊とも言えるニコラウス・コンティーニ率いる対魔人“悪たれ”部隊。
総勢200人は超える「山賊討伐としてみればなかなかの大所帯」だが、その相手がクトリアで悪名高い魔人率いる賊連中と考えればやや心許ない数。
とは言え、元剣闘奴隷の“狂乱の”グイド・フォルクス以外はほぼ間に合わせ数合わせで戦力にならない囚人部隊を除けば、それぞれに一癖も二癖もある者ばかり。
そこに俺達シャーイダールの探索者と、マヌサアルバ会という、言うなれば「魔法部隊」が加わるわけだ。
“血の髑髏事件”からの邪術士討伐以降の事としても、クトリアでこれだけの兵力がまとまって動くというのは滅多にないだろう。
モロシタテムへの襲撃を全て撃退しおわった翌日の昼過ぎてからの到着に対して、町の住人達には「今更なにしに来た?」とでも言うような反感があった。
そりゃまあそうだろう。俺やマヌサアルバ会の助力も大きかったとは言え、実質ネフィルの手下たちは自力で撃退したんだからな。
元より王国駐屯軍への反発の強いクトリア人だし、多くの仲間を失い気も立っている。そこに突然デカい面して現れりゃあ衝突必至だ。
が。
やっぱあのニコラウスの奴は一筋縄じゃあいかねえ。
プレイゼスの“気取り屋”パコ曰く、「元々は軍人より政治家向きの資質」とか言うだけあるわ。
先ずは到着早々に、大仰なまでに亡くなった町人たちへの衷意を表す礼を述べて、それから本格的な魔人の為の討伐軍を編成したことを大々的に発表。
その上で、モロシタテムにその補給拠点を築くと言った。
普通ならここで、「今更やってきて、徴収までするのか!?」となる。
普通はそうだ。遠征軍が現地で物資を「調達」するのに町や村々から「徴収」、ぶっちゃければ「略奪」するのはこの世界の常識だ。
だがニコラウスがやったのはその逆。
野営のために、町へと対価を支払った。それも結構な額の、だ。
ラミンに対して、「町の復興に使ってくれ」との言葉と共に。
「なあ、ホルスト。
確かコンティーニ家ってのは叩き上げの軍人家系で、リッカルド将軍の代から貴族になった、所謂“新貴族”ってやつだよな?」
こっそりと隅の方で、ボーマ隊を率いてきた金色の鬣ホルストへ耳打ちして聞く。
「ああ、確かそうだ」
「ニコラウスの奴、その割にはかなり色々と金を使ってるみてーだが、奴は一体どこでそんな財を築いたんだ?」
「さあな、分からん。だが……知らん方が良かろう」
本国にいた頃は、周辺の叛乱や山賊討伐に駆り出されて居たらしいが、その時期に何かやってたのかも知れねえし、だとしたら確かに「知らない方が良い」だろうなあ。
何にせよ、ニコラウスのその行動によって町の連中は半ば不承不承ではあるもののかなり協力的になり、モロシタテムの町の北側に即座に野営陣地が築かれる。
とは言えこれは敵拠点へ攻めいる為の中継地点にすぎない。
そして拠点の正確な位置もまもなく判明する筈だ。捕虜にしたネフィルの手下どもから得た情報を斥候たちが確認している。
拠点を確認し、その地形を考慮した策を元に包囲、叉は急襲。大筋としてはそういうことらしい……が。
「正直、きな臭いな」
俺たち用の天幕で、折り畳み椅子に座りながらハコブがそう言う。
「あー? 何がだよ?
今回だってJBとスティッフィとオッサンとで“鉄塊の”ネフィルを討ち取ってやったんだろ?
まあ俺が居りゃあもっと楽勝だったろーけどよ。
すげー調子良いんじゃねえの、今」
相変わらずの楽天思考で、折りたたみの簡易ベッドに寝転がりながらアダンが言う。スティッフィは既に昼飯食って昼寝で、ニキはクロスボウの手入れに余念が無い。
「だからだ。ネフィル討伐は結局のところ俺達とマヌサアルバ会、モロシタテム住人とで成し遂げた。
“悪たれ”部隊は何もやっちゃあいない。
だが、昨日の夜中にイベンダーから報告を受けて、ニコラウスは即座に動いた。速すぎる。
まだ、敵の全容も分からないというのにな」
言われてみれば、確かに早い。
「俺たちの知らない情報を握ってる……とか?」
「或いは……俺達を捨て駒にして敵情を探っての長期戦に持ち込む気か……」
ハコブのその言葉に、マーランが天幕の隅でビクリと反応する。
ネフィルの撃破は、実際アダンがそうであるようにかなり討伐への士気を上げた。
狩人にもボーマ隊にも、勿論“悪たれ”部隊の中にすら、対魔人の戦いへの恐れはある。
元より、魔法魔術に慣れ親しんでる者は多くない。限定的とは言え驚異的な魔法能力を持つ魔人への、ひいてはそれらを生み出した邪術士への恐れは未だ根強い。
その中で、俺やマヌサアルバ会も加わった上で魔人の手勢を撃退、頭目のネフィルを討伐したことは、一気に討伐軍全体の士気を上げまくっている。
マヌサアルバ会なんかは表に出ない上、貴族街三大ファミリーで最も謎めいているということもあり、取引のある一部の狩人達以外からは遠巻きにされているが、俺たちの方はかなりのもてはやされぶりだ。
今も天幕の外には結構な人数が様子見をしようとたむろしているし、何故か知らんがグレントの奴がハリウッドスターのボディーガードみたいにそれらをう追い返している。何やってんだお前。
要するに今の俺たちは、クトリア人達をまとめて士気を上げるのに、かなり便利な旗頭になっている。
それが本来の目的である魔人討伐の役に立つ、というのなら問題無いとも言えるが、その場合の勝利条件をニコラウスがどう見ているのか……だ。
「ボーマや狩人達との取引のこともあるが、俺たちの一番の目的は遺跡の探索だ。
魔人との殺し合いそのものに命を懸ける必要はない。ニコラウスの腹積もりがどうであれ……な」
ハコブの言い分ももっともではある。
ただボーマ城塞が魔人の手に渡れば酒の取引のみならず、例の新しい遺跡の発掘物の回収もままならなくなり、今魔人達が占拠しているであろう遺跡の発掘探索も出来なくなる。
どっちにしても、連中をどーにかしなきゃ進展が無いのには代わりがない。
と、そう言うと、
「俺達にとっての勝利条件を段階的に捉える、ということだ。
最上は魔人を全滅させて遺跡の優先的な探索権を得ることなのは確かだがな。
それは俺達にとっちゃ絶対的な条件じゃない。奴らを追い出して、暫く遺跡に近寄らせないだけでもある程度の目標は達成できる。
そして最低限の条件は、連中の戦力を落として、ボーマ城塞への攻撃を諦めさせること、だ。
そうすれば、少なくともまた新たな戦力を整えられるまで時間稼ぎが出来る」
それは……確かにそうだ。が───。
「いや、分かるけどよ、それは。
けどそれじゃなんつーか……根本的な解決にゃならねえだろ?
魔人連中がどんな理由でボーマ城塞を襲うのかはっきりしねえけど、 暫くしたらまた攻めてくるかもしんねえしよ」
「ああ。だが少なくともあそこの発掘物を全て運び出す為の時間は稼げる」
今回の遺跡での発掘物は武器防具装飾品と、かなりの量になる。先日運び出しただけでも二割にも満たない。
勿論、アダンの盾やスティッフィの“雷神の戦鎚”みたいな特上品は最優先で運び出しているが、もし隠し部屋でも見つかればさらに増える可能性もある。
「お、おいおい、ちょっと待ってくれよ!
それじゃ、もし今回決着付かなくて、またあいつらがボーマ城塞を襲おうとしたら、もう関わらねーってことかよ!?」
寝転がっていたアダンが、ガバッと上体を起こして食ってかかる。
「そうじゃない。今や俺達とボーマ城塞、ヴォルタス家は言わば同盟関係だ。
俺達がクトリア城外の一大勢力と、貴族街三大ファミリーとをそれぞれに繋ぐハブとして機能してる今の状況はかなりデカいし旨味がある。
下手すりゃ、遺物の発掘よりも将来性があるからな」
ハコブはやや改まって椅子に座り直して周りを見渡しながらに言う。
「その点───色んな偶然が重なったとは言え、JBの先見性は見事だった」
おおっと。急に改まってそうふられて、やや面食らう。
「いや、偶然が重なったっつーか、ほぼ全て偶然だろ」
謙遜とかしてるワケじゃなく、実際マジでそうだ。
狩りに出かけてアデリアとアルヴァーロを助けたのも偶然。ボーマ城塞が以前借金のカタとしてイゾッタ婦人から手に入れた“未発見の遺跡の地図”にあった遺跡のすぐ近くだったのも偶然。そこから酒の取引の仲介を任され、クトリアに戻ったら馴染みの孤児たちの一人メズーラが誘拐されていて、それを助ける経緯で結果的に三大ファミリーと大きな伝手が出来たのも偶然。
その偶然のつながりの中で、俺は俺に出来ることをやっただけだ。
「だがな。その偶然の流れの中で、仮にお前の位置に別の誰かが居たのなら、恐らく結果は全く違っていた。
俺でも、アダンでもスティッフィでも、な」
それはまあ……ううむ。
「JB。運不運、偶然の流れってのは誰にも操ることは出来ん。そいつは神の領域だ。
だがそのままならぬ運命の中、その流れを自分のものに出来るかどうかが、勝つ者と負ける者、成功する者としない者とを分ける。
良い流れに巡り合えても、それを“モノ”に出来なきゃ意味がない」
言われれば、それは確かにそうかもしれねえ。
前世のスラムじゃ、どうにかしてここを抜け出したい、スラム以外でマシな生活がしたい。そのことだけを考えて生きていた。
それも叶わぬままギャング抗争の巻き添えで殺されて、気がつきゃ砂漠の貧村のガキ。物心ついたら犬獣人の奴隷。
そこから抜け出しクトリア城壁内のこれまたスラム暮らしに地下暮らし。
けど気がつきゃどうだ、ここ最近?
新しい商売、新しい人脈、新しい遺跡の遺物と、とんとん拍子にことが運んでる。
この世界に生まれ落ちて以降、初めての上り調子。
きっかけは……ああ、そうか、このオッサンか。
俺は横目にイベンダーのオッサンをちらり。このオッサン。つまり、俺と同じ“異世界での前世の記憶”を持つオッサンとの出会い。
今この状況は、そこから起きた流れでもある。
てことはアレか? このオッサンこそが在る意味“幸運の女神”……いや、“幸運のひげオッサン”なのか?
「うぅ~ん、まあ……それは良いとしてよ。
結局、時間を引き伸ばしたとして、その後どうすんだよ?」
話を元に戻そうと、俺はハコブへとそう返す。
「ああ。
とにかく時間さえ稼げれば、新たな遺物を高く売り払い資金も増やせる。
その資金で、ボーマ城塞の防衛力増強や俺達の配下を増やして訓練することも出来る。
ボーマ城塞との取引にしても、今の人数で行き来するのはまだ危ういし、直接の配下で無くても傭兵護衛を雇うなり、交易商を利用するなりの手もある。
同じだけの時間があっても、城壁内に基盤があり資金にも余裕の出来てきた俺たちと、不毛の荒野で略奪働きをするしかない奴等では、出来る下準備がまるで違う。
つまり、時間は明らかに俺たちにとって格段に有利に働く」
「確かになあ~、手下はもっと必要だわな~。
この間だって、脱走囚人に襲われ、魔蠍の群れに襲われ、だろ?
一往復する度にそれじゃあやってらんねえよな。探索者見習いのダミオン達だけじゃなく、もっと手勢は必要だわ」
まあ毎度そんな目に遭うとは考え難いが、アダンの言うのももっともだし、ハコブの言うことも分かる。
分かるが……と考えて、そうだしまった! とそのことに気づく。
いや、忘れてたワケじゃねえ。忘れてたワケじゃねえぜ?
ハコブにはまだ、あの二つの重要な問題を明かしてねえ、ってーことに、だ。
一つは例の“ハンマー”ガーディアンの暴走が、何者かによって仕組まれたものかもしれないというカストの証言。
これはただ単に、色々とゴタゴタが続いていて話すタイミングがなかったからだ。
しかしもう一つ……こっちはある種の爆弾問題。
俺とオッサン、ブル、マルクレイだけの秘密となってる例のアレ。「俺達がずっとシャーイダールだと思っていた奴の正体は、“呪われたシャーイダールの仮面”を被ったコボルトだった件」についてだ。
前者は良い。今回の対魔人問題のゴタゴタがあって……と、まあ言い訳も立つ。実際その通りだしな。
問題は後者の“爆弾”。
これは実際、状況が落ち着けば真っ先にハコブに話しておくべきことだった。
タイミングの悪いことに、“ハンマー”ガーディアンの暴走と、それに伴うシャーイダールの正体の露見の起きたとき、ハコブは長めの休暇を取って数日アジトを留守にしていた。
なのでガーディアンの暴走を止めることも出来なかったし、その直後にナップルのことについて相談するタイミングも無かった。
その後ボーマ城塞での化け物蟹退治に遺跡探索と、これまたタイミング悪くハコブと俺とはすれ違いが多かった。
落ち着いて話をする機会も無く、俺自身もメズーラのことや拠点の強化、“敵”の正体を探すための情報集め……と、あっちこっち走り回っててばかり。
全てはタイミングの悪さ……と言ってしまうと言い訳がすぎるか。
多分本音を言えば、そのことを知ったハコブに見限られたりしないか……という事が怖かったんだろう。
何せハコブは俺達シャーイダールの探索者の支柱みたいな存在だ。
マーラン達三人を見出し、俺やアダンを鍛え上げた。
けど今。
今回のことにケリが付き、しかもそれがハコブの言う「最上の結果」にまで行かずとも、長期的に「巧く行く流れ」を掴めれば……?
少なくともアダンはその流れなら出て行く事はないだろう。
ニキは……うーんむ、まだ分からん。分からんけど、ジョスのチームの生き残りとしてやってかなきゃ、と言うようなある種の妙な責任感みたいなものを感じてる気配がある。アリックの動向にもよるだろうが……そう悪くはないかもしれねえ。
そしてマーラン、スティッフィ、ダフネの三人は同じ結論を出すだろうし、そこには間違い無くハコブの意志が反映される。
ぶっちゃければ、ハコブの判断に従うだろう。
つまりやっぱり……支柱はハコブだ。
「どうした? JB」
急にむっつり黙りだした俺に、そうハコブが訝しんで聞いてくる。
「あ、いや、スマン。ちょっとな」
俺はちらりとイベンダーのオッサンを見るが、オッサンは俺より新参者で、客観的意見はもらえるが内部の人間関係なんかには詳しくはない。
そのオッサンはというと、魔人との戦いに入ってからこちら、どーもひとりで考えごとをしてるかのような事が増えていて、今もちょうどそんな感じだ。
「……まあ、とにかくだ。
ニコラウスは大きな軍事行動に出た以上、何かしらデカい手柄を欲しがるだろう。
だが俺らはそうじゃない。奴の思惑にそのまま乗って命を危険に晒すよりは、ほどほどの成果を確実に上げて、次に……つまり、俺達の本業に繋げるよう動くべきだ」
ニコラウスに特攻をけしかけられても、それに乗っかるな、と。
まあそういうことだな。
その言葉に、マーランはコクコクと小刻みに頷き、アダンはアダンのくせに腕組みしてふーむと思案顔。ニキは真剣な面持ちで僅かに頷き、イベンダーのオッサンは……うん、やっぱあんまり反応が無い。あ、スティッフィはまだ寝てる。
俺は俺で……あー、まあ俺一人では決められねえけど、少なくとも“ハンマー”ガーディアンの件については早めに話しておくべきだよな。
「ちょっと良いか、ハコブ」
全体の話が一段落付いたところで、俺はそう声をかける。
「色々あってタイミングも合わないもんで、話す機会がなかったんだけどよ。
ちょっと話しときたいことがあるんだ」
「何だ? 改まって」
切り出しはしたものの、さてどう話したらいいもんかな、と一旦頭を掻きつつ思案する。
「んー。まあ色々複雑でよ。
一応、大元は例のお前が居なかった日の“ハンマー”ガーディアンの暴走に繋がった話なんだが……」
言いかけて、そこで丁度天幕の入り口が急に開いた。
グレントの奴が大声で、
「おい、JB! 呼ばれてんぞ!」
とがなりだす。
声でけえし、何だよまたそのタイミングはよ!
「何だよ、まだお休み中だぜ、俺らはよ」
「お休みじゃねーよ! お前と、えっと……背が高くて臭ェねーちゃんと、鎧のちっこいオッサン!」
スティッフィとイベンダーのオッサンか。つまり、ネフィルにとどめを刺した三人、だ。
「ニコラウス隊長が呼んでるぜ!」
グレントの後ろにいるのは“悪たれ”部隊の屈強な精鋭突撃兵。凶暴なならず者を集めて鍛えた小隊の連中。
ハコブは鋭い目つきで俺を見ている。
ああ、そうだな。奴さんの腹の内を、確かめてやらねーとなんねえわな。
正直、あーんまり進んでないのですが、キリの良いところとして四話分ほど更新します。
まだ前準備段階まで。




