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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-58.J.B.(34)Unsung guy.(目立たぬ男)


 

 まず結論から言うとこの岩山の裂け目の奥はハズレだった。

 裂け目から奥へ行くと、岩肌をそのまま削りだしたような小部屋がいくつかある。

 魔法によるものか、地道につるはしで削りだしたのかは分からないが、古代ドワーフ特有の建築様式は一切見られない。

 古代ドワーフ文明研究家のドゥカム風に言うならば、「ハンロンド様式もドゥアグラス様式もまるでない! こんなものはただの洞穴だ!」てなとこか。

 いつ頃、何者によって作られたのかは定かじゃないが、生活設備はそこそこ整っていて、水場は無いが隠れ家とするには持って来い。

 今度トムヨイ達に教えてやって良いかもしれない。

 

 ホルストはそこで、デレルやフォルクス等と一緒に連中と食事をしながら話を聞いている。

 連中は連中でまた色々とあったようで、デレル、フォルクス等と別れた後に、さらに分裂して、一部は再び魔人(ディモニウム)達に合流しようとして出て行ったらしい。

 不毛の荒野(ウエイストランド)をさまようのも、王国駐屯軍へ戻り労役を続けるのも嫌だ。ならばやっぱり魔人(ディモニウム)の手下になって好き放題やってやろう、と。

 まあ元々程度の差はあれ犯罪者の集団なので、そういう奴らが含まれててもおかしくはない。

 

 数日後に、そいつらと入れ替わりのようにして数人がここへやってきた。

 ここから出て行った連中が魔人(ディモニウム)と合流し、そいつらからこの場所を聞いたのだと言う。

 たどり着いたときは半死半生の形相で、そいつらの逃げてきた理由もすこぶるイカれてた。

 

「あのクークって奴はよ。

 ヒトを食うんだよ……」

 

 “炎の料理人”フランマ・クーク。その能力は「魔法の炎を自在に操る」こと。

 その能力で人間バーベキューを作り出すことでついたその二つ名だと言うが、まさか実際にその丸焼きを食うとは……。

 

 逃げてきた連中が言うには、クークが出戻って来た数人の「新入り達を宴会でもてなす」と宣言した途端、クークの手下達が歓声と共にそいつらを皆殺しにした。

 そしてその死体を丁寧に下処理をして串刺しにすると、くるくると回しながら火で炙り、ご丁寧に特性ソースで味付けして切り分けて全員に振る舞ったのだという。

 聞くだにおぞましい話だが、クーク達の集団では度々行われる「宴会」なのだそうだ。

 

「うえぇぇぇ……」

 部屋の隅っこでデレルが嗚咽してる。

「吐くなよ、臭ぇから」

「いや、だって……想像したら……うぐぇぇぇ……」

 

 いや、まあそりゃあ気持ち悪いよ、俺も。

 けど先にそう反応されるとちとそっちに鼻白むわ。

 

 何にせよ、こんな連中と一緒にいたらいつかは自分も奴らのディナーだ、と、そう考えた数人は夜中にコッソリ逃げ出した。

 宴会の後は連中もやや気が緩み見張りも甘くなっていたらしく、なんとか無事にアジトを抜け出し、休みも取らずここまで必死で走ってきたという。

 

「なあ、ホルスト……」

 飯を食いながら(なんとこいつら、岩蟹を一体しとめて薫製を作って保存していた)、ひとりがそう聞いてくる。

「あ、あんたの強さは、よく知ってるし、疑ったりしねえよ。

 しかもそのあんたが、フォルクスまで従えるってんなら、確かにすげえ事になるだろうさ」

 ちらりと横目にフォルクスを伺う。

 

 このフォルクスの存在は、デレル達とここに残った連中とで別れた原因の一つでもあり、「フォルクスはここの誰よりも強いから、一緒に居た方が良い」という派と、「強いかもしれないが、フォルクスは信用できない、危険だ」という派で対立したらしい。

 つまり今ここに居た奴らは、デレル達よりも闘技場で悪役を演じていた“狂乱の”フォルクスを恐れ警戒している。

 ホルストとフォルクスを共に連れてきたのには、そのフォルクスへの恐れ、警戒心を、「けれどもあのホルストが手綱を握っているなら大丈夫じゃないか?」という意識で上書きする目的もある。

 

「けどよ。それでも、俺たちだけで……その……魔人(ディモニウム)が倒せるのか?」

「分からんが、戦力はまだまだ居る。

 まずはクトリアの狩人達が参戦する。

 この不毛の荒野(ウエイストランド)で大角羊や岩蟹、鰐男なんかを獲物にしてる凄腕達だ」

 ま、ここもやや誇張がある。

 そんな大物を常に狩れてる凄腕はトムヨイ達他数名で、多くの狩人はそれらより穏当な中型の草食動物のガゼルやレイヨウに似た黒紋鹿や赤背鹿、数が多く臆病な穴掘りねずみ、肉食だが中型犬並みのマダラミミグロなどなど、さほど脅威じゃない獲物が主だし、そもそもクトリアでの「狩人」の定義は「城壁外の不毛の荒野(ウエイストランド)で採集、狩猟をする者」なので、薬草や食べられる野草、食えるサボテンやサボテンフルーツ等の果物を取ってくるだけでも「狩人」と呼ばれる。

 勿論それだけ城壁外の不毛の荒野(ウエイストランド)は危険だと言うことではあるが、誰もが凄腕の狩猟者ではないのも確かだ。

 

「加えて、ニコラウス・コンティーニが全体の指揮を執り、彼率いる対魔人(ディモニウム)部隊が主力として前面に立つ」

 本当に前面に立つかは分からんがな。

 

「そして、ここい居る彼……」

 で、駄目押しがこの俺だ。

 

 合図を受け、俺は入れ墨の魔力を“シジュメルの翼”へと巡らせて、風の膜を展開させる。

 ふわりと、周囲の空気をかき回すようにして、少し浮き上がる。

 

 おお、とざわめく脱走囚人達。

 それを受けてさらに魔力を通すと、一気に浮き上がって奥へと飛翔し、くるり転回して戻り着地。

 狭い場所でも速度を抑えれば、かなりのコントロールが出来るようになっている。

 

 どよめきざわめく脱走囚人達に、ホルストが続けて説明する。

「彼はクトリア市街地では名高い邪術士シャーイダールの配下の1人だ。

 彼らは人数は多くないが、それぞれに魔術や魔導具で武装し、その威力効果は御覧の通り。

 魔人(ディモニウム)達の魔法への十分な対抗手段になりうる」

 

 ざわめきがさざ波のように広がり、次第に控え目ながらも歓声に近い響きを帯びてくる。

「勿論、勝算は十分にあると思っているが、それでも命がけの任務なのは間違いない。

 王国駐屯軍の元に戻れば少なくとも逃亡の罪には問われないし、何より魔人(ディモニウム)達の情報を提供してくれるだけでも十分有り難い。

 一晩ゆっくり考えて、マクオラン遺跡駐屯基地へと戻るまでに決めてくれ」

 

 今日はもう遅い。ここで一晩夜営をして、朝にマクオラン遺跡駐屯基地へ向かう。

 

 ◆ ◇ ◆

 

 夜は交代で見張りをする事になっているが、俺は一番目の見張りを申し出て、交代後すぐに休まず“シジュメルの翼”で偵察に出る。

 だいたいの位置はデレル達に聞いていて、そこにトムヨイ達狩人の地理情報を加え見当はつけてある。

 それに“シジュメルの翼”で風の動きを探知すると、パッと見にはよく分からない洞窟や裂け目もある程度分かるようになってきている。

 まあ、ちょっとしたソナーみたいなもんとでも言うかな。

 

 で、クトリア南方のノルドバにやや近い小高い岩山の近辺で、探った洞穴、裂け目の四つ目にアタリがあった。

 アタリ……というか、半分アタリ、半分ハズレ、とでも言うべきかな。

 

 岩山の麓に開いたその裂け目の奥は、やはりやや広い空間になっていた。

 近くには真新しい焼け焦げと血の後。

 クトリア周辺不毛の荒野(ウエイストランド)に棲息する“三大厄介魔虫”の一つ、火焔蟻の放った炎のブレスによるものだろう。

 血の跡は殺された囚人達で、何かが引きずられたような痕跡があるから、死体は巣穴へと運ばれたのかもしれない。

 ま、とにかくその奥だ。

 

 洞窟の奥にあるのは、古く崩壊しかけているが、様式を見れば明らかに古代ドワーフのもの。

 基本は直線を用いた重厚な石造りで、精密なレリーフがカーブを描いている。

 古代ドワーフ建築はどの様式であっても、これらレリーフが細部に至るまで緻密なのが共通している。

 問題は、その状態だ。

 保護の魔術が切れたのか巧く行ってなかったのか。

 入り口とおぼしき石扉は半壊し、さらには隙間から覗く奥の様子もひどい有様。

 重機並みの力でもあれば、瓦礫を掘り起こしその奥へと通じる場所を探り当てることも可能かもしれないが、どれだけ掘り進めば出来るのかは見当もつかない。

 その上この周辺が火焔蟻の餌場だってのも厄介だ。

 手間暇労力のかかる発掘作業をしつつ、常に火焔蟻の襲撃を警戒しなきゃならないとなると───こりゃ、ダメだな。

 かなり大規模な発掘隊でも編成しなきゃ無理だろうし、そこまでしてのリターンがあるのか、予測できない。

 

 となるとやはり、さっき聞いた新たな情報───魔人(ディモニウム)にそのアジトまで連れて行かれてから、フランマ・クークの「おもてなし料理」に肝をつぶして逃げ出して来た奴らからの、「クークより上の立場らしい魔人(ディモニウム)、“黄金頭”のアウレウムのアジトが、どうやら古代ドワーフ遺跡らしく、様々なドワーフ遺物を占有している」という件を手繰っていくしかなさそうだ。 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 翌朝、早めに起きてから脱走囚人達を引き連れて再びマクオラン遺跡駐屯基地まで移動だ。

 先行してトムヨイ達が狩人の代表達、ハコブ達が最初にとっつかまえた囚人達を連れて既に行っている手筈になっている。

 それぞれの力量や魔法、魔導具を含めた戦力分析を交えつつ、戦略を練る……と言えば聞こえは良いが、ハコブなんかは特に、ニコラウスに対する主導権争いを仕掛ける気が満々だ。

 少なくとも、俺達を「巧いこと捨て駒に利用しよう」という考えを持たせないように、てなところ。

 

 俺は“シジュメルの翼”があるから簡単にひとっ飛び……と行きたいところだが、そうすると囚人達を見張るのがホルスト1人になっちまう。

 連中の“金色の鬣(こんじきのたてがみ)”ホルストへの憧れ乙女ぶりをみれば、今更前言をひっくり返して逃亡するてなことはありえそうにないが、何事にも念の為だ。

 ホルストと俺は借りてきたラクダに乗り、他は当然徒歩。

 デレルとフォルクスを含めた15人程の脱走囚人達は、分け与えた塩と水を舐めつつ黙々と歩く。

 途中でトムヨイ達の使う狩猟小屋で一休みして、洞窟で蓄えていた岩蟹の薫製をかじって空腹を紛らわし、昼過ぎ辺りには到着する。

 

 マクオラン遺跡駐屯基地には既にトムヨイ達狩人もハコブ達も来ていて、訓練場でニコラウスとその指揮下にある“悪たれ”部隊相手に、狩人達の投擲、射撃能力を披露した後だった。


「よう、度肝抜かしてやったか?」

「おお、遅ェじゃねーかよJB!

 トムヨイがもう、すっげーの何のってよ!

 あそこに立てかけた帝国式の長盾三枚を投げ槍でぶち抜いたんだぜ!?」

 興奮気味……あー、いや、完全な興奮状態でまくし立てるのはグレントだ。

 まあそれはそうだ。

 あそこ、つまりトムヨイが投げ槍で射抜いた長盾までの距離は、目算でも6~7アクト(180~200メートル)以上はある。

 ここまでの飛距離、ここまでの威力はトムヨイならではだろうけども、グレントや他の狩人でも5アクト(150メートル)前後は投げられる。

 

 投げ槍器による戦術はかつての帝国でもよく使われていたものだと言うが、前提としてクトリア人への侮りがある王国兵達には結構な衝撃を与えただろう。

 ……と、そこではそう思ったのだ、が。

 

「成る程、見事なもんだな。

 これならまあまあの戦力になる」

 

 折り畳み椅子に腰掛けて鷹揚にそう言い放つのは誰あろう“悪たれ”部隊長ニコラウス・コンティーニ。

 それを取り囲む兵達にも特に感情の変化は見られない。

 

「アモーロ、やれ」

 くいくい、と右手の先を動かし呼び出されたのは、周りの屈強な男どもより一回り、いや、二回りほど小柄で猫背の男。

 男は他の兵達と異なり、ほぼ全身黒ずくめの服と皮鎧を身に付け、その動きもそう軍人らしくない。なんというかこう……ひっそりとしてる。

 顔立ちも凡庸で、全体的に四角いフォルムにやぶにらみの目つき。黒髪は眉の上で横一直線に切りそろえられているのを除けば、町中ですれ違っても気がつかないだろう程に目立たない。

 

 その小男が背負っているのは、これまた簡素な長弓。シンプルだが大きい。しかし目に見えて強弓という雰囲気も無い。

 す、と、又も何気ない所作で弓を構え矢をつがえる。

 背の低さも相まって長弓が益々大きく見え、まるで子どもが弓の練習をしているかのような滑稽ささえ感じられる。

 

 ぐぐぐ、と引き絞る。

 引き絞るとそれまで何の特徴も無いかに見えていた男の背が、肩が、腕が異様なまでの威を放ちだし、纏う気配ががらりと変わる。

 最大限にまで弦を引いて、ピタリ止まる。

 弓を引くという動作の中で、この状態を維持するのが最も精神的肉体的に負担がかかり疲れるもんだ。俺はそれが苦手なのでいつまでも弓が巧くなれない。

 

 一呼吸、二呼吸……。

 俺も、トムヨイ達も、他の誰もがこの小男の射に注目し、息を飲む。

 十……二十……三十……。

 

 

 

 撃たねえのかよ!

 ……と、あまりの長さに心の中でじれて突っ込みを入れた瞬間。

 

 矢が消えていた。

 

 実際に消えてなくなったわけじゃあねえ。

 限界まで引き絞られていたその弓から放たれた矢は、既に遠く先の的へと吸い込まれていた。

 その的とは───先程立て掛けられていた帝国式の長盾を射抜いていたトムヨイの槍。

 その石突き部分へと寸分違わず突き立てられている。

 

 当初はその矢の行方が分からなかった俺達も、一人また一人とその所在に気付くと、ざわめきどよめきが広がり始める。

 ───狙撃手、だ。

 威力で言うなら、多分トムヨイの投げ槍の方が上だ。しかし正確さなら間違いなくこの小男が上。

 これが、途轍もないハードな訓練でふるいにかけ、あぶれ者はみ出し者、奇才に異能を集めた“悪たれ”部隊の実力か。

 

「アモーロの弓の腕は見ての通りだ。

 こいつに、狩人含めた射撃隊の指揮を任す」

 小男のアモーロは、相変わらずのやぶにらみでむっつりと押し黙ったまま、すうっと他の兵達の後ろへと隠れるように引っ込む……かにしたとたん、

「引っ込むな、バカ。

 前に出て連中に名乗れ」

 呼び戻される。

 

 おずおずと再び前に出てきた小男アモーロは、何やら脂汗をかきながら小声でぶつぶつ何かを言い、再びニコラウスにどやしつけられて、ようやく聞き取れるかどうかぎりぎりの声で、

「ア、ア、アモーロ、だ。わ、若い、が、俺は、一番の、射手だ、から、な……」

 と、言うような事を呟いている。


「いいか、狩人ども。

 こいつは弓は随一だ。それと弓兵射撃兵の運用もな。

 だがそれ以外は全てダメだ。赤ん坊以下のゴミ野郎だ。

 だからもし、敵に囲まれ白兵戦になるようなことがあったら、お前ら死ぬ気でコイツを守れ」

 

 あぶれ者はみ出し者……。

 確かにこいつは、普通の軍じゃどうしようもなくあぶれちまうだろうな……。

 

 

「おい、それとそこのけったいな鎧着た南方人(ラハイシュ)

 けったいな小男に呆然としていたところ、急に俺へと水を向けられる。

「へ、あ?」

 不意をつかれて思わずすげえ間抜けな声を出してしまうが、ニコラウスはそれには一切構わず、

「お前を待ってた。

 次はお前ら穴蔵鼠どもの“魔術”とやらを見せてみろ。くだらん手品なんぞを見せたらただじゃおかんぞ」

 

 …… Oops!

 これか。この調子で、か。

 ここに着てからハコブを始め、ニキもスティフィも、いつもなら喧しいくらいに陽気なアダンまでもが、妙にむっつりと押し黙ったままなのは。

 


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