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咲けない華 椿鬼  作者: 明渡雅夢
1 夏休み
6/27

夏休みの始まり 2

「さて、じゃあ一つ話を切り出そう。私の相棒――光琉は今何をしているかな」


 

 ピッと指を一本立て、謎々でも出すかのように椿鬼が言った。

 ここには居ない光流が何をしているか。もしもその質問に何の謎掛けも無いのであれば、ロードもほたるもその答えを知っている。


「皿洗いじゃないの?」


 そう、皿洗いをしているのである。

 最も遅く目覚め、文句たらたらにそうめんを啜り年下のほたるの一言にブチ切れ喧嘩を売ったあの光流が意外にも皿洗いを率先して行っているのである。

 押し付けられることも、指示されることもなく自分の仕事をこなすように水場に立った。


 今朝のやり取りで光流が義妹に世話を焼かせるダメ人間であるという印象を受けた二人にとってそれは意外な行動だった。



「当たり。水回りは光流の担当だからね」

「あいつ家事するんだね。何でもかんでも妹に任す駄目人間かと思ってたよ」

「私たちはこれ以外にもある事情のために役割分担をしているんだ。……まずはそっちから説明しようか」


 そういうと椿鬼は相変わらずぴっちりとしたズボンからライターを取り出した。

 半透明で蛍光カラーなそれはごくごく普通に流通している品だ。椿鬼は火の出る口の部分に左手の人差し指を添える。ほたるがあ、と声をかける前に火は着けられた。

 カチ、と何かが押し込まれる音がして一瞬後、ぼっと小さな火が点いた。火は舐めるように添えられた人差し指を飲み込んでいく。


「危ない!」


 咄嗟にほたるは椿鬼の手にあるライターを叩き落とした。かしゃん、と軽い音を立ててライターは床に落ちる。

 ライターを叩き落とされた椿鬼は、焼いていた己の人差し指よりも叩かれた右手の方が気になるらしくそっちを摩っている。ほたるは左手を掴むと焼けていた人差し指を確認した。――無傷。


「あれ……火傷は?」

「基本的に私は火傷したりしない」

「?」


 椿鬼の人差し指はつるりとしていた。火傷の跡など微塵も無い。

 人差し指では無かったのかとほたるはすべての指を確認したが、多少の傷が付いているのみで火傷の跡は見られない。

 それどころか焼かれていたその箇所はむしろ他の場所よりも少し肌の状態が良い。混乱するほたるは椿鬼の指を掴んだまま固まる。


「これは『異能』の効能だ」


 異能――魔術、魔法、不可視のものを操る術、科学では説明しきれない技術が歴史の闇に消えた結果生まれた、すべての力が混ざりきった混沌の力。

 神力、超能力、魔力、人の可能性を極めた結果生まれていたはずの力は今や『異能』のひと言でひとくくりにされ、それぞれが保っていた秩序は失われてしまっている。


「いのう?」

「異能。異質な力、の方だ。私達はいわゆる能力者と呼ばれる存在なんだ。――そこにいるロードもね。特にロードは特別だ」

「どう特別なんだ?」

「それは後回しだ。力について説明を続けるよ。異能というのは文字どおり異質な力を指す。言ってしまえばそれだけだ。でもそれだけじゃ乱暴だからもう少し説明を加えよう」



 異能――例えば魔法が使える。例えばスプーンを曲げられる。例えば人を操れる。例えば病気にならない。例えば作曲がとても上手。

 異能とは、いわば人と違う力を指す。定義を徹底するならば平凡な少年のささやかな特技すら異能であるとすることができる。それくらいに異能とは定義が広くあやふやだ。


「でも私たちが言う『異能』は超能力の類だと思ってくれて構わない。念力が使えるとか、空を飛べるとか」

「うん」

「で、大切な話がここからなんだけど、能力者には二種類あるんだ。一つは先天的、後天的を問わず個人で力を得てしまった人。そしてもう一つは血筋による力を持つ人だね。私と光琉とそこのロードは血統による能力者だ」



 ほぼ全人類が異能を持ちうる可能性を持っている。しかし、それはあくまで可能性だ。実際に力を芽生えさせ定着させるには様々な条件が必要となる。


 一つ、能力者が発する力の飛沫のようなものを浴び続け影響を受ける。二つ、浴びた飛沫を力として形にできるような願い、思いを持つ。三つ、能力を自覚するきっかけを得る。もしくは無意識でも常用する環境を得る。



 以上の条件を満たさなければ能力者にはならない。それぞれの条件を単独、或いは二つ満たす人間も時に力を得ることがある。

 しかしそれは往々にして一時的なもので、一定期間後失われるか眠ってしまうかしてしまう。

 一部条件を満たし一時的な能力者になる例でいえば火事場の馬鹿力がある。危機的状況になった人間が驚異的な力を発することがあると言われるそれだ。全ての人間が能力者になれる可能性を持つとはそういうことなのである。


「ただし、この三つの条件を必要としない人間がいる。それが遺伝により力を与えられた人間たちのことだ。能力者が多くいる血筋に生まれた人は生まれつき能力者であることが多いんだよ。私の場合、代々能力者が生まれる家系だね」

「じゃあ、椿鬼のお母さんも能力者なのか?」

「私の親は能力者じゃないけど実兄と祖父は能力者だな。……それでね、役割の話に戻るんだけど、生まれながらにしての能力者って言うのは何かと体質が偏ることが多いんだ」



 能力者は、力を得た時から力に影響されるようになる。

 例えば火を操ることができるならば熱に強くなり、氷を操れるならば冷気に強くなる。

 その影響は時と共に強くなりやがては肉体を全く別のものへと変質させてしまう。


 その変貌は願いや思いの暴走であり一種の自己暗示だ。一般的に力が強ければ強いほど、肉体は力の影響を受ける。

 力をコントロールできるようになれば力を抑えることによって肉体への影響も抑えられるが――それはなかなかに難しい。



「普通は少し気になる程度の影響なんだけどね。私の場合生まれた時から力を持っていたってのと力そのものがすごく強いから。冷気や水分が苦手なんだ。雨が降ったり水に濡れたりするだけで体調を悪くしてしまう」

「だから光琉に皿洗いをさせてるんだな」


 ロードの言い草に、困ったような顔で椿鬼がくすりと笑う。


「二人が思ってるほど悪い奴じゃないんだよ光琉もね。私のことを思って水回りをしてくれてるんだ」

「……ねえ、力が体に影響が出るってことはさ、ロードが成長しないのもそういうことなの?」

「その通りだ。詳細はわかってないけど、ロードは時を操る力を持っている。この力の強さと影響の大きさを考えると私以上に格の高い能力者の家柄だと思う」

「おお……」


 椿鬼の言葉にほたるは瞳に星をきらめかせてロードに振り向いた。その目は何かを求めるようにロードを見つめている。ロードは困ったように溜息を吐いた。


「そんなふうに期待されても困るんだけど……椿鬼に言われていろいろやってみたけど時間なんて操れない。出たのは火だけだ」


 ロードが手のひらを上に向けて精神集中をするように目を閉じる。

 ほたると椿鬼が息をのんでそれを見守っているとややあってパチパチと小さな火花が彼の掌の中で生まれた。小さいながら鮮やかな橙色の火の種が断続的に生まれては消えていく。

 それをぎゅっと握りしめて火を消すと疲れたようにロードは再び溜息を吐いた。その額には熱のせいではなく疲れのための汗が滲んでいる。


「すごい……本当に火が出てる。あの時の火は見間違いじゃなかったんだ」

「時を操る力があなたの種……核だとするならその火はそこから伸びた枝葉のようなものだ。こういうのは本人の性質や力の属性に影響されるから……そうだな、怒りっぽいから火が出たんじゃない?」


 感動しているほたるの横で椿鬼は適当なことでもいうようにそう言った。そしていつのまにか手に持っていた何かをロードに投げ渡す。

 予告無く投げ渡されたそれを難無くロードは受け取った。ズシリとした重さが小さな手におさまる。


「なんだこれ……時計?」


 ロードの手にあったのは懐中時計のようなデザインの時計だった。ロードの手よりも若干大きいそれは身につけるには少し大きく重い。しかし置時計として使うにはやや小さいと中途半端な大きさだ。

 大きな懐中時計というよりも壁掛け時計を縮めて鎖を付けたと表現した方が正しいのだろうか。

 じゃらりとした鎖を手に取って遊びながらロードはそれを見つめる。


「僕には少し大きい」

「わざとだ。それだけ大きいと失くさないでしょう。……力を操るのに一番大切なのはイメージを明確にすることだ。それを時間の象徴だと思って練習してみるといい」

「この時計を……時間に?」

「そう。時間というイメージをそれに込めるんだ。時間というものは目には見えないからね。まずは目に見えるものにしてそれを使って間接的に操れるように練習してみるのが良いと思う。まずはその時計の針を戻したり進めたりを目指してみよう」



 時計を様々な角度から確認していたロードだったが、その時計には針を操作するためのネジがないことに気が付いた。

 ぜんまいも電池を入れられるような場所も見当たらない時計。どうやら時間を確認するために製造されたものではないらしい、とロードは得心した。


「これ、このままじゃただの文鎮だ」

「それはあなたが放出する力の飛沫――そうだな、魔力とでもいえばいいか?ともかく力を注ぎ浴びせることによって動き出す。あなたの力が動力源。これは訓練だ。時を操ることと、力そのものを操ることのね。重いだけの文鎮にしたくないなら早いとこ使い物になるように努力するんだな」


 煽れば動く。ロードはそうであると椿鬼は学習したらしい。

 わざとらしくロードの心を煽るような言動を取る椿鬼に馬鹿馬鹿しいと感じながらも馬鹿にすんなと心が動くのだから我ながら情けない――とロードは一人心で呟いた。

 しかしそれでも椿鬼の驚く顔を想像するだけでやる気が沸いてくるのだから仕方がない。こう言う性質なのだ。


「わかった。やってやるよ」

「よろしい。……で、これからどうする?」


 どうする?と聞きながら二人の顔を覗きこむ椿鬼の顔は先ほどまでの先輩然としたものから年相応の、それこそ夏休み真っ最中でうきうきしている少女のものになる。抑えきれない何かが彼女の内からあふれ出していた。


「どうするって何が?」

「初日だしここでロードの練習に付き合うのも構わないけど天気もいいから遊びに行かない?」


 要するに近所を案内してあげるよ、と告げた椿鬼にほたるは間髪入れず元気にお願いしますと返事をした。


「この旅行の主役は僕なんだぞほたる……」


 勝手に返答され、高まっていたやる気の置き所を失ったロードは三度溜息を吐いた。

 


 

 地下から一階へと戻った三人はそのまま外へと出た。皿洗いを終えた光琉は出かけたのか自室へ戻ったのか、その姿はなかった。


 外は夏らしく晴れていた。焼けたアスファルトが発した熱は世界を歪ませ、生き急ぐように四方八方で鳴く蝉は方向感覚を狂わせる。

 刺すような太陽の光は涼しい地方で育ったロードとほたるにとって未知のものだった。感じたことのない蒸し暑さにほたるは興奮し声を上げていたが、ロードは外に出てのその数舜だけで体力を削がれたらしくふっくらとした頬にどこか陰を感じさせる。


「それじゃまずはそこの駄菓子屋に」

「駄菓子屋!」


 生きる希望を見つけたりとロードの瞳に光が宿る。途端に現金にも背を伸ばすロードに椿鬼とほたるの二人は顔を見合わせて笑った。

 

 家からその駄菓子屋は近かった。歩いて数分、最寄りのコンビニよりも近い場所にその店はあった。

 近くに公園があるため、夏休みのこの時期は繁忙期らしく色褪せ古ぼけた店の様子からは考えられないほど若々しく幼い声がカタカタと鳴る戸から漏れてきていた。


 その声の持ち主たちが元気に駄菓子屋から走り去っていくのを見届けてから椿鬼はその戸を開けた。立て付けが悪いのか時とともに歪んだのかギィギィと耳障りな音をたてながら白く汚れて中が見にくいガラス戸を開く。


「うわぁあ!」


 テレビの画面の中でしか見たことが無いような風景にほたるは声を上げた。

 蛍光灯が切れているのか薄暗い店内、他の店ではめったに見ないような何処かレトロなレトルト食品。

 ここは最早何屋なのかと聞きたくなるような野菜の山と、冷たい水の中におかれているでこぼこの手作り豆腐。そして――隙間なく並べられた、色鮮やかな駄菓子の数々。それはほたるとロードにとって夢のような光景だった。


「いらっしゃい」


 とてもとても小さく穏やかで優しい声が店の奥から彼らに届いた。

 その声に椿鬼が慣れた足つきで狭い店内を進んでいく。ほたるとロードもそれに続くように積み上げられた商品の山を崩さないようにして進む。

 迷路のような店の最も奥にいたのはちょんと小さく丸く座った年老いた女性――店主だった。先ほどの声の印象の通り、その顔は優しげに微笑んでいる。


「おばあちゃん、こんにちは」

「こんにちは、つばきちゃん。新しいお友達?」


 店主の言葉に慌ててロードとほたるが自己紹介をする。

 軽く会釈をする二人に店主はほがらかに笑うとキャラメルの箱を二つ彼らに差し出した。その細さと小ささに見合わない強引さでキャラメルを断ろうとする二人の手に無理やりそれを掴ませると小さな店主は満足そうに笑った。


「つばきちゃんよかったねぇ……新しいお友達ができて」

「あはは、夏休みの間だけ面倒見るだけだよ。友達なんかじゃないよ」


 椿鬼の言い捨てるようなその言葉に、店主は少し寂しそうにそうなの?と聞き返す。あまりにその声が寂しそうで衝動にかられたほたるは慌てて言い返した。


「いっいや、俺たち友達でしょ?」

「えっ?」


 驚いた椿鬼を放って、店主はやっぱりそうなのね、と嬉しそうに笑う。

 それに相槌を打つほたるを置いてロードが駄菓子を漁りだした。店主との会話から抜けられずほたるは椿鬼に目線で助けを求めるも、何に戸惑っているのか椿鬼も口をもごもごとさせて困ったように立ちつくす。


「二人とも、早く菓子選びなよ。もう僕暑いから帰りたいんだけど」


 本人にその意図はあったのか、ロードの一言が助け舟となり二人は店主の前から解放された。

 慌てるようにジュースやスナック菓子を探す二人に怪訝な顔を向けながらも、ロードも好みの物を探そうと視線を戻した。


 それから数分後、それぞれジュースや菓子を選び終えた三人は店主の前に並んで清算を終えると店から出た。菓子の入った白く薄いビニール袋をくるくると回しながら器用に椿鬼は中身を二人に渡した。



 受け取った赤い袋をほたるが開けると、中に入っていたのは丸みを帯びた柔らかいペットボトルのような容器で、さらにその中に入れられた飲み物は毒々しい色だった。その弾力にジュースが限界まで詰め込まれているのが分かり、どう飲んだものかとほたるはくるくると回しながらそれを眺めた。

 ここから飲みなさいと言わんばかりに先端が作られてはいるのだが、ハサミで切ろうものなら飛び散ってしまう気がした。早々にアイスに口を付けたロードと違いジュースに口を付けないほたるに椿鬼がつんつんとジュースを指さした。


「私はいつも後ろから飲むけど」

「えっ後ろから?」


 瓶の口のように細められた方ではなく大きく膨らんだ尻の方に口を付けろ。そう言う椿鬼の言う通りに意気込んで容器の尻の側にほたるは歯を立てた。

 途端何とも言えない、例えるならば炭酸の抜けた炭酸飲料のような味が口いっぱいに広がる。歯で千切り開けた小さな穴から勢い良く飛び込んでくるジュースを何とか飲み下す。


「おいしい?」

「味わうどころじゃなかった。よく分かんない」

「馬鹿、そんな風に飲むからだ」


 そもそも駄菓子なんて体に悪くてしかもおいしくない。そう言いながらロードは食べ終わったアイスの棒を袋に入れ次の菓子に手を伸ばす。

 ばり、と音を立てて袋を開けると中から小さなチョコレートを取り出して口に放り込んだ。途端、暑さを忘れたような幸せそうな顔をロードは二人に晒す。


「あのお菓子と俺の食べてたお菓子って何か違うのかな?」

「ロード様が選んだロード印ってことなんじゃない?」


 二人は仲良く新しく開けたスナック菓子に手を伸ばした。

 ぱりっと乾いた音の後に広がる香ばしい油の風味。チープながらも癖になる味に、二人は話すことも忘れて我先にとつまんでいく。

 そんなゆったりとした夏の昼が過ぎていく。

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