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咲けない華 椿鬼  作者: 明渡雅夢
プロローグ
4/27

漆黒の少女 4



 数分少女の腕の中で暴れていたロードだったが、見た目以上に屈強なのか少女はビクともしなかった。

 揺れ一つ起こさない少女を前に先に力尽きたロードは無理やり握手を決められ降ろされた。

 疲労困憊でも睨むことをやめないロードを少女はおかしそうに鼻で笑う。その明らかに自分を舐めている態度に三度怒りが湧きあがるものの、相手にぶつけても勝ち目がないと理解させられていたロードは怒りの矛先を味方たる父に向ける。


「親父、どうしてこいつに肩入れするんだ!いい加減懲りろよ!今まで何回騙されてきたんだよ!」


 過去を思い出せと財産を奪われた時や取材クルーに追いかけまわされた日々を大声で語るロードに大吾は体を小さくして謝っていた。それをしばらくお茶を啜って眺めていた少女だったが、いい加減に痺れを切らせたのか手を叩く。


「いい加減名乗らせてもらってもいい?これじゃいつまで経っても名無しのままだ。身分を証明することもできない」

「あ?詐欺師は黙ってろクソ女」

「負けて吠えることしかできないおちびちゃんは黙ってまちょうね」


 まさに売り言葉に買い言葉。

 相性が悪いのか似ているのかロードと少女の二人の会話は悪口と罵倒が大盛りの酷いものだった。数々の口汚い言葉を本人たちは皮肉の効いたいいセリフだと自負しているのだがいかんせん語彙力が低すぎて幼稚な悪口合戦になってしまっている。

 馬鹿、チビ、ブス、豚、あまりにも低レベルな罵倒を互いにぶつけあい疲弊したころ、ふと冷静になったロードの心にある疑念が生まれた。


(……こいつ、もしかして悪い奴じゃないのか?)


 今までに自分たちを狙ってきた悪人たちは大体が自分たちの下心を隠すために下手に出るか、逆に屈服させるために高圧的に脅迫してくるかのどちらかであった。

 中には本気で自分の行為を善行だと信じ切りそのどちらにも当てはまらない態度で来る者たちもいたが、どうも目の前の少女はそんな連中とは種類が違うように見える。

 

 そもそも目の前の少女は妙な男からロード達を一度救っているのである。

 その後も暴言を吐き攻撃してくるロードから自分の身を守りこそすれど反撃はしてこない。態度も時折吐かれる暴言以外は丁寧そのものであり、偶の本性を現したかのような口汚い罵りからは高圧的というよりは同じ高さからクソのような泥を投げあっているような距離を感じる。

 つまり対等に対話をしている感覚なのだ。

 


 ロードは自分がヒートアップしてしまっていたことを認めた。

 「魔法使い」という非現実的な言葉に条件反射的に怒りをぶちまけてしまったことを短絡的だったと認めた。自分が常に正しいと考える傾向があるロードにとってその事実は屈辱的だったが、それを認めないことこそなにより愚か者である。


「……」

「あれ、どうしたのロードくん。もう言うことなくなったの?」

「ねえ、魔法使いってどういう意味。何かの比喩?」


 突然怒りを収めたロードに面食らったのか少女は新たな罵倒を紡ぎだそうとしていた口をもごもごと濁らせた。


「いきなり怒ったり冷静になったり情緒不安定だな」

「それは悪かったよ。いままで暴力で追い返さないといけないような連中ばっかりだったもんだから」

「まあそこはお察しする……というか何があったかはよく知ってるけどね。――わかった。話を聞いてくれる気になったのならそれで構わない。もう一度言うけど、私は嘘を言わない。これは事実なんだ。直接証明できる証拠はないけど、これから話すおかしなファンタジーがこの世に存在するということの証明はできる。だからまずは話を聴いてほしい」


 少女はそう前置きをするとこほんと一つ咳払いをした。


「では改めて名乗らせていただきます。私の名前は柊椿鬼。知っているかわからないけど来夢学園の理事長――柊牛蒡の孫です。これがその学生証ね。学校のパンフレットにも私写りこんでるからまあその辺を見てとりあえず怪しい人間じゃないってことを知ってね」


 そう言うと少女――柊椿鬼はフルカラーのつやつやとした「来夢学園初等部」「来夢学園中等部」「来夢学園高等部」と表紙に書かれたパンフレットを差し出してきた。

 ロードが勧められるがままにパラパラと捲ると中等部のパンフレットに椿鬼の姿を見つけた。体操服を着て七段の跳び箱を軽々と飛んでいる。

 

学園の紹介資料として丁寧に作られているパンフレットに怪しい部分を見つけられず、ロードは椿鬼がその学園に通う中学生であることに対し首を縦にこくんと動かした。


「で、さっきの魔法使いの話になるんだけど。細かいことを話すと長くなるから簡単にいうけどあなたの体にはある不思議な力が宿っているの」


 いきなり話がファンタジーへと飛躍し突っ込みを入れたくなったロードだったが、ひとまずはそれを堪えた。出そうになる手と暴言を歪んだ愛想笑いで抑え込む。


「単刀直入にいうと、あなたは時を操ることができるんだ。その力があなたの肉体に悪影響を――さてはその顔、話を信じてないな?」

「信じられるわけないだろ……」


 ロードの冷めきった言葉に椿鬼は腕を組んで唸り出した。唸りたいのはこっちだと思いながらも、ロードは椿鬼のファンタジー極まる話に意識を傾ける。

 魔法に時を操る力。二流のゲームだってなかなか見ない使い古されたコッテコテの設定だ。もしもこんな話で自分たちを騙そうとしているのであればあまりのお粗末さに哀れみすら感じてしまう。

 

 アニメやゲームに夢見る子供じゃあるまいし、そんな夢物語に目をキラキラさせてときめくことができるほどロードは純粋ではない。むしろ魔法だ剣だとそんな幼稚なものはとっくの昔に卒業している。いや、憧れたことすらないと断言できるだろう。

 

 確かに「明日魔法みたいに背が大きくなっていないだろうか」と夢想したことはある。しかしそれはあくまで夢は夢だと分かったうえでの自嘲交じりの戯言でしかない。

 

 そんなロードにとって目の前で魔法だ呪いだと馬鹿真面目に話す少女はさながら思春期にフィクションにのめり込み過ぎて現実が分からなくなった哀れな子供にしか見えなかった。

 ――そう、哀れな子供にしか見えないというのに、だがしかし妙な説得力がある。

 目覚めて時間が経ち、精神的にも落ち着きを取り戻してきたロードは意識を失う前の記憶を取り戻しつつあった。その記憶はあくまで断片的ではあったが、しかし断片的であるがゆえに象徴的だ。


「これから僕がいうものを出せたらその話信じてやってもいい」


 唐突な提案に椿鬼はにやりと口元をゆがめた。

 何をしろと言われるのか、わかっているような風だ。事実、わかっているのだろう。ファンタジーが存在するということを証明できると少女は言っていた。


「剣を出せ。出してみろ。僕たちを襲ってきた奴を切った剣だ」


 剣。そう、意識を失う直前に目撃したクリスタルの剣。美術品のように美しくありながら、音もなく男の両手両足を切断したおぞましい剣。

 音も血も無く手足が吹き飛んだ光景をロードはまるで現実だと思えなかった。だからこそ、二重の証明をさせるためにロードは出せといった。


 一つ、あの光景は現実だったのか。二つ、魔法なんて本当にあるのか。


 問う形を取っていたが、二人の間にある答えはすでに固まりきっている。

 椿鬼はロードの出した条件に目を細める。苛立ちを掻きたてるような笑みのまま、椿鬼は両腕を上から背中に持っていった。

 まるで儀式でも執り行うように丁寧かつ優美な動きで体を大きく逸らせゆっくりとそれをそこから引き抜いた。


 脊椎のあたりから抜き出されるようにゆっくりと現れたそれは美しかった。

 肉体を支える骨のように穢れなく、それでいて濡れた輝きを放つ色のない剣。ピンとまっすぐに伸びるレイピアの形を取ったそれは折れてしまいそうなほど細く、まるで飴細工のようだった。

 舐めれば懐かしい味がするんじゃないか――そんな風に呆れた考えを持たせてしまうほどに当たり前にその不思議はそこに存在していた。


「剣の形、直す?」


 まさしくドヤ顔。

 椿鬼は得意気にレイピアを構えていた。

 その剣に釘付けになっているロードに気を良くしたのか次々と剣の形を変えていく。


 レイピアはどろりと溶けるとフリスビーの形を取った。それをふざけるように投げる構えを取っては再びその透明の代物の形を変える。

 今度形どったのはフォークだった。フォークは続いて犬の形を取り、大きなキャンディの形を取りそしてようやく男の腕を切り落とした大きな剣の形を取った。

 確かにそれは、男の腕を切り落とした大剣だった。幅の広い刃の向こうに、にやりと笑う椿鬼の姿があった。


「剣出したけど信じて話を聞いてくれるかな?」

「まだだ。僕たちを襲った男はどこいった。まさか病院か?というかお前は何であんなことして警察に捕まってないんだ。正当防衛でも成立したのか?」


 記憶が蘇りそれを駆け引きのネタに使うにつれ疑問が泉から湧き出るように浮かんでいく。あまりにおかしなことが改めて起こりすぎている。明らかに普通の事態じゃない。

 ロードは口では疑いながらも少女が名に偽りなく事実を放しているのだということを肌で理解し始めていた。

 魔法という表現が正しいのかはわからないが、数々の怪現象を説明するためには確かに科学物理以外の何かが必要だ。


「ああ、その辺は心配しなくていい。あなたを襲った男は死んではないけど動けない状態にしたうえで拘束している。まあじきに然るべき場所に運ばれる。あとこの事件は警察には多分どうにもできないし、私たちも奴らにある程度口が聞くから心配しなくていいよ」


 当然のように警察に隠ぺいを頼めますと豪語する椿鬼にいよいよ碌でもない人間とかかわりを持たなければならない予感にロードは頭を抱えた。


「親父。さっきから黙ってるけどこいつのこと知ってたんだよな?」

「ああ……初めてあの人たちと会ったのは結構前でな……」


 大吾はそれきりどう言葉を紡げばいいのかわからないのか、噤んでしまう。口下手な性質なのだ。答えなくなった大吾の代わりに答えたのは椿鬼だった。まるで答えを用意していたかのようにすらすらとその口からは言葉が吐き出される。


「初めてこっちがあなたたちと接触を持ったのは五年くらい前らしい。あなたのお父さんに理事長――つまり私の祖父が接触したんだな。成長しない、しかも犯罪のカモにされている少年がいるらしいって聞いてね。まあ不憫だと思ったんだろう。うちの理事長は割とかなり性格が悪いけどそういう子に対しては慈悲深いところあるっちゃあるから。

それであなたを見てはっきりわかったんだ。あなたが稀代の能力者であると」

「能力者?魔法使いじゃなかったのか」


 怪訝な顔で聞くロードに椿鬼は大きく笑う。


「今時そんなの些細な違いだよ。もうこの世に純粋な魔術師も魔法使いも祈祷師もいない。そんな文化途絶えてしまっているからね。だからさっきはわかりやすさ重視で魔法使いだなんていったけど正しく言うならあなたは『能力者』だ。力を持っているだけの原石、能力者。正しく磨けば魔術師にでもなんだってなれるさ。正しく磨くことができれば、だけど」


 椿鬼は簡単に能力者について解説を始めた。かつては魔法使いや魔術師、魔女、呪術師、祈祷師――各地の文化に沿って独自の発展をしていた異能者たちが歴史の荒波に揉まれ闇へと消えてしまったことを。そして、時代を超えてその異能者たちの遺伝子が目覚めつつあるということを。


「遺伝子……?」

「一応、人類のほとんどがその因子を持っていて理論的には全員能力者になれるらしい。まああくまで理論的にはだけどね。現実には若年層を中心に能力者が増加しているね」


 椿鬼による説明は続いた。


 技術を持たぬ能力者は身を守る術を知らない格好のカモであり、力目当てに命を奪われることすら珍しくはない。


 闇に生きる能力者たちは一人でもライバルを潰すことに余念がなく、そのうえ研究の為に死んだ肉体であっても欲しいとブローカーに大金を積む者も多いためだ。


 そんな需要と供給が一致し一つのマーケットが社会の影に出来上がってしまっており、日々世界のどこかで能力者――特に身を隠す術も闘う方法も知らない能力者の子供――の命や自由が奪われている。幸い、日本は狭く人の目が常にあるため他国に比べると圧倒的に被害は少ない。しかし相対的に事件が少ないとはいえ、それでも危機がそこにあるのが現実だ。


 また、異能を持つ故に能力者は社会的にも孤立してしまうことも多く、能力者目当てである者たち以外にも犯罪のターゲットにされることが多々あるという。



「あなたを襲いに来たあの男も、ブローカーに雇われた能力者だと思う。とうとうあなたのことがそう言う輩に嗅ぎつかれたということだね。今までは田舎にいたから襲われなかったけどこれからは次々襲ってくると見た方が良い」

「あんな奴が……次々?」


 妙な力を使い、襲ってきた男。

 わけのわからない爆発でこちらを嬲っては追いかけまわして狩りを楽しんでいた、悪趣味な輩。その最後は両腕両足を奪われるという哀れなものだったが、そう毎回椿鬼のような窮地を救ってくれるヒーローが現れるわけはない。次、襲われれば間違いなく負けてしまうだろう。


「そこでだ。私たちは昔約束したとおりに保護をしに来たんだ」

「保護?」

「さっき五年前に理事長が大吾さんと接触したといったでしょう。その時の約束。『もしもその力が抑えられないとき、或いは狙われたときその身柄を来夢学園に預かりに来る』という内容なんだけど。きな臭いうわさが増えてきたからそろそろかなと思って私はあなたを迎えに来たんだ」

「身柄を、預かり――?」


 身柄を預かる。それはつまりどういうことなのか。

 ロードの脳裏に浮かぶのは軟禁の二文字である。狭い部屋に閉じ込められ、鎖で繋がれる。誰もいなくて、寂しくて、苦しい。

 ロードはそんな風に自由を奪われ生気を失っていく自分を想像して身震いをした。冗談ではない。

 

詳しい話も聞かずに勝手に悲観的になり想像を広がらせるロードにはあとわざとらしく椿鬼は溜息を吐いた。

 意識を引くという意図のあったそれは功を成しロードは悲劇的な想像の世界から現実へと帰ってくる。



「悲観的になる前に話を聞く。ほら、これが入学するのに必要な書類だ」

 

 ばさりと広げられたのは初等部から高等部までの入学手続きの書類だった。その中にはいつ誰に申請したのか推薦書なども混じっている。

 その推薦書には「柊椿鬼」と署名がなされていた。頼んだ覚えのない推薦書にロードが目を白黒させる。推薦書によればロードは類い稀なる資質を備えているようだった。当然、ロードにそんな覚えはない。


「うちの学園は本来才能を認められて推薦を受けるか、寄付をするか受験を突破しなければ入学できない。まあ、普通の私立と同じだね。でも世の中には裏口入学という手があってだね。幸いかなり融通が利く『孫娘枠』が今年できたのさ。まあ簡単にいえばスカウトも兼ねている私の推薦枠なんだけど。どう、入学しない?初等部から高等部まで選び放題だよ」

「それがどう僕の身を守ることに繋がるんだ。お前らの学校に通って何かいいことでもあるのか」


 よく中身が見えるようにぶちまけられた書類の数々に目を通しながらロードはそれを整えていた。ちらちらと文字を読むもその内容はいたって普通の書類だ。ロードは中等部と高等部の書類を手に取った。


「うちの家系は代々――というほど歴史があるのかは正直分からないんだが能力者の家系なんだ。理事長も私も、一部の親類も能力者だよ。学園に通う生徒の中にも能力者やその卵が何人もいる。一種の保護機関なんだ。学園にいれば襲われてもすぐに私たちが助けに行けるし、力の制御の方法も教えてあげることができる。あなたほどの力の強さだと難しいけど失わせることだって可能なんだ。どう、うちの学園に来ない?」


 誇らしげに胸を張ってそう淀みなく答える椿鬼は嘘をついているようには見えなかった。ロードの心が揺れる。

 自分たちを厄介者だと遠ざけた人々の陰、本当は拒絶したくはなかった学生生活。自分だって本当は友達を作って馬鹿のような一日を過ごしたかった。

 

 こんな風に、時を持て余すような日々を、送りたいだなんて微塵も思っていなかった。こっちが孤独に死にそうになってる間自分を拒絶し陰口を叩いていた連中が今も楽しく高校生活を謳歌しているなど考えたくもない事実だった。

 できることなら今までに自分たちを傷つけた者達を一人残らず叩きのめし潰し、受けた傷の倍を刻み込み再起不能にしてやりたいと願うほど孤独が募っていた。

 そんなことを願っても意味がないと分かっていても、それしかすることができなくて涙も流せなかった。


 そんな、日々が変えられる――?



「……嘘だ」


 裏切られ拗れ固まりきった心はそう簡単に是と言わない。そこに求めるものがあるのだと本能が叫べども、認められない。少年は哀れな天邪鬼だ。

 いつだって素直になれない心のせいで幸福を逃してきた。


 椿鬼は、苦しそうに声を絞り出したロードを哀れな生き物でも眺めるように見ていた。しばらく答えを待っていたが、嘘だ、の次はないらしいと分かると荷物をまとめ始める。


「……まあ、今手続きをしたとしても入学は来年ですし――そう急いで決めなくてもいいですよ。護衛も今年一年は付けておくから。……ああ、後ろの子も目覚めたね、おはよう。これだけ騒いで今起きるなんて肝が据わってるな」

「ほたる……」


 いつ目を覚ましたのかほたるが眠たそうに目を擦っていた。

 ごしごしと擦られている目は戸惑うように椿鬼とロードを交互にちらちらと見る。どうやらまだ事態を理解できていないようだった。

 

 先ほどまで親友と正体不明の少女が飛ぶわ跳ねるわの乱闘をこの六畳程度の広さの部屋で繰り広げていたというのにまるでそんなことはなかったと言わんばかりに呑気な欠伸までやっている。ロードは毒気を抜かれて何度目かわからないため息を吐いた。


「じゃあじっくり考えてねロード。期限は今年の末までだ。もしあなたがこちらに来ない場合、何があっても保証することはできない。状況が変わればこちらがあなたの身柄を狙うことになるかもしれないことも伝えておこう」

「……脅しか」

「そうじゃない。れっきとした事実だ。私たちは確かに力に目覚めてしまった無防備な子供たちを守ることを第一としている。しかしそれはあくまで相手の合意あってこそだ。もし相手がそれに合意せず、そしてその身その力が良くない輩に悪用されるというのならば――排除も辞さない。これもまた守られている子供たちを守るための手段だ。自らの立場を理解せず、受け入れないリスクもそれなりに理解しておくようにね」


 それでは。

 椿鬼は縮こまっていた大吾に軽く挨拶をすると再び暖簾をくぐり帰って行った。その姿が見えなくなったころ、忘れていた本来の静寂が部屋に満ちる。

 まるで狐かあるいはそれこそ魔女にでも騙されたかのような感覚。不愉快の塊のようなものがロードの意に残されていた。


 状況が見えず困惑していたほたるがロードに聞いた。



「今の女の子、誰?可愛かったね」

「趣味が相変わらず広いなお前……よくもまああんなゴリラを可愛いと……」


 ほたるとの会話でようやく、危機が去ったのだと体が理解したのかロードの四肢から力が抜けていく。ほたるはふにゃりとしていくロードをハテナを浮かべて眺めていた。


 ロードの手の中にあるのは一つの可能性だった。選べ、と低い少女の声が入学申込書から聞こえてくる気がしてロードはケッと吐き捨てる。


 そんな彼らが交錯するのは夏――空高く胸躍るさわやかな季節のことだった。




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