望まぬ再会 6
「ヤマトさんの変身能力と椿鬼の転移能力の同時使用?」
「そうだよ。簡単でしょ」
男の耳に耳栓をはめて、目隠しをさせながら椿鬼は答えた。
「空で頬り投げられたときも思ったけど、いきなり違う場所に吹っ飛ばす前に一言言えよ。死ぬほど驚くから」
空からほたるの上へと落ちてきた時のこともついでに文句を言うロードに椿鬼は笑って聞き流す。
椿鬼が言うには――男が飛び道具を持っていることを確認した時点でロードを遠くの場所へと飛ばしてしまったという話だった。
そしてほぼ同時にヤマトを近くに呼び出し、呼び出されたヤマトはその意図を捉えロードの姿を取ったのだという。
椿鬼とヤマトの考えではそのまま二人で決着を付けるつもりだったのだが――争いの場へと戻ってきた ロードがほたるを狙った男を殴りつけたという事態だった。
「かなり遠くまで飛ばしたんだけどな。出たがり根性すごい」
きゅっと目隠しの布を引っ張り後頭部に結び目を作る。椿鬼は出来栄えに満足したのか、身動きできない男をそっと横たえさせた。
「僕がいなかったらほたるが怪我してただろ!」
「タイミング見てほたるも飛ばしてたから安心してよ」
「できない」
じっとりとロードは椿鬼を睨みつける。
まだ信用されてないのか、とごちる椿鬼に再びできない!とロードは叫ぶ。
「ロードについてはわかったけど、……こっちは何?」
ほたるが指を指していたのは――うごうごと蠢く、まとめられた腕と足合わせて四本。
一言に言っておぞましい光景だった。
バラバラに放置されているよりもなお、冷静な人の手によってそうされたのだということが強調されて恐ろしい。
「腕と足ですよ」
ヤマトののんびりした声にそんなことはわかっています、と答える声は震えている。
男は――四肢と意識を失った状態で道に置かれていた。
目には目隠しをされ、耳には栓をされている。何も聞こえず、何も見えず触れられない。
この状態で長期間放置すれば生命、そして人としての人格すら失われてしまうだろう。
そして男から少し離れた場所にそれはあった。
腕と足だ。合わせて四本、まとめて縄で結ばれて置いてあった。
血などは出ておらず、また巻かれている衣服に以前からあると思われる痛みが見られるだけで傷も負っていないように思われた。
そして何より奇妙で気味が悪いのは、時折切り落とされているそれがうごうごと蠢いていることだった。
ほたるの脳裏に浮かぶのは、体を刻まれ捌かれ盛り付けられてもなお生きてひくひくと生を求める鯛の姿だ。
消えゆく命に見つめられるおぞましさが背筋を走る。
「実はね、これ切れてないんだよ」
「え?」
「切れているように見せかけているだけで、実際は部分ワープなんだ。切断面を見て、真っ黒でしょ。ちゃんと元の体とつながっているんだよ」
気軽に断面を見せてくる椿鬼にほたるはぎゃっと悲鳴を上げた。
時間をかけてゆっくりと薄目で断面を確認する。
確かに断面は、渦巻く闇のようなもので覆われていた。
グロテスクなものがそこにないと分かって安心したのか、ほたるはまじまじと改めてそれを見る。
「どういう意味?」
「私にも何が起こっているのかよくわかんないんだけど……隔離しているという感覚が一番近いかもね。肉を切っているのではなく空間を切っている。切れているのは空間で、肉は切っていないから血も出ない。実際は普通の状態と変わりがない」
「普通の状態と変わりない……?じゃあ何の意味があるのこれ」
ううんと椿鬼は唸る。
「本来ある位置から離すだけで切られたと思うから思うように動かせなくなるし、別々に拘束すればそれだけで無力化できる。無傷の状態でね」
ただ実際は繋がっているから無意識的な動きは本体と連動するのさ、と椿鬼は男の本体と腕を交互に指を指す。
ほたるはわかったのか、わかっていないのか微妙な顔で頷いた。
「これからどうするわけ?」
「もうこいつは放置できない。武器の類を全部奪ったら学園に移動だ。連れて帰って……なんだ?」
「ほたる?」
「……」
「どうした、ほた――ッ?」
ほたるの探るような態度に椿鬼の顔が険しくなる。
ほたるが何かを感じたのだと察したヤマトが小走りでロードのそばに駆け寄り守るように立った。
ロードは何かが起こっている予感がありながらもそれが何かわからずに戸惑いながら周囲を見回す。
椿鬼が抑え付けていた男から離れてほたるの傍によった。
ほたるが首を向ける方へ同じように首を向ける。
その先は、ビルの隙間から見える青い空。
男の攻撃で少し欠けてしまったビルの隙間から覗く青空に不自然な影が映った。
鳥では無い。何なのか下からでは逆光で判断がつかない。
しかし、妙な胸騒ぎを椿鬼は覚えていた。胸に迫ってきたのは確信だった。
「まずい、ヤマト!」
「全員伏せてください!」
椿鬼の号令に素早く動いたのはヤマトだった。ロードとほたるの首を掴んでそこから逃げるように離れた位置にあるビルの影へ飛び込んだ。
ヤマトに首を掴まれながら、ほたるはそれが落ちてくるのを見ていた。
青くてきれいな空に不釣り合いの鈍い闇の色。丸くて少し縦に長いそれは、映画に時々出てくるアレに似ていた。
「壁出して!」
「はいっ!」
昼を凝縮したものが落ちてきたような衝撃と音と光がそこにいた者を襲った。
ほたるが気が付いたのはどれほど時間が経ってからだろうか。
辺りは真っ暗だった。手探りで周囲を探ると、柔らかく温かいものに触れる。
繊細な指使いでそれに触れて、それがロードの腕だと悟った。
「ここはどこだ……」
「起きましたか?」
天からヤマトの声が響いた。
すると、夜が明けていくかのように地平線から明るい日が覗いていく。
ほたるはしばらくして気が付いたのだが、それは壁だった。
包み込むようにほたるとロードを囲っていた壁が少しづつ開け外界へ二人を解放していく。
ドーム状のそれが半分ほど開けたころ、突然ドームは消え去った。
人の気配にほたるが振り向くと、そこにはこめかみのあたりを抑えて少しつらそうな顔をしているヤマトがいた。
「お怪我は?」
「無いです……ロード、起きて」
ひとまずは聞かれたことに答える。
どうやら彼はドームのように姿を変えて自分たちを庇ってくれたのだ、とほたるは理解した。
鳥に変身できるのだ、無機物に姿を変えられてもおかしくないのではないだろうか。
彼らの非常識に染まりかけてきていたほたるはそれを疑問なく受け入れた。
ほたるはそんな些細なことよりも重要な気を失っている親友に声をかける。
眠りは浅かったのか、二、三度声をかけるとロードは起きた。
「いったい何が……」
気分が悪そうに頭を押さえるロードをヤマトが支えた。
「手榴弾か何かですよ。複数空から落ちてきました。お嬢様がある程度は抑えたみたいですが――失敗しましたね」
「は?」
およそ日本では起こりそうもない出来事にロードが変な声を上げる。
それに改めてヤマトは言いなおした。
「手榴弾を落とされたのです。あの場所から何者かに」
ヤマトが指さしたのは斜め上、ちょうど先ほどまでいた場所の真上だった。
そこで慌てたようにほたるが叫ぶ。
「椿鬼は!」
「こっちだ!安心しろ、私は無事だ!」
太い柱のような声が飛んでくる。
椿鬼だった。安心しきった顔でほたるが駆け寄っていく。しかしそれを椿鬼は静止した。
「来るな!酷いことになってる!」
「酷い……?」
「血みどろなんだ!トラウマになるぞ!」
その言葉にほぼ反射的にほたるは駆け出した。ヤマトが止める前にその体は獣のようにしなやかに、制止する全てを避けていく。
「……ぁ」
ああ、止めたのに。そんな言葉がほたるには聞こえた気がした。
そこはひたすら赤赤赤だった。




