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咲けない華 椿鬼  作者: 明渡雅夢
プロローグ
1/27

漆黒の少女 1 

 少年2人は山を駆け抜けていた。

 かつてない、命の危機に襲われて。

 地面は今朝降った雨でぬかるみ、前に進もうとする足をたやすく絡め取る。

 何度も何度も足を取られそうになりながら、それでもなお彼らは走っていた。

 逃げなければ


 ――どこへ?

 ――わからない!


 頭の中には自身の危機を知らせるベルが鳴り響き、その騒がしさに脳は周囲の音を一切受け付けない。

 ただ聞こえるのは、着実に近づいてくる殺意のこもった足音と、焦りと恐怖で間隔が狭まっていく己の呼吸のみ。


 ぱん、ぱんと乾いた音を立てては彼らを取り巻く石や葉や枝が破裂していく。

 ただ濡れているだけの草木は火薬が仕掛けられているようには見えず、まるで突然ひとりでに爆発しているようだった。

 破裂した物は原型なく砕けており、小規模ながらその爆発がいかに強烈かを示していた。


 もしもその爆発で生まれた破片が刺されば怪我をしてしまう。

 いやそれよりも、もしその爆発そのものに巻き込まれれば一体どうなってしまうのか――恐ろしくて彼らは本能でその先を考えることをやめた。


 前だけを見て走り続けていた彼らだったが、不意に足元にあった石が弾け飛んで右側を走っていた赤毛の幼い少年がよろけた。

 それに気がついた黒髪の少年が倒れる赤毛の少年の体を受け止めようとするも、ぬかるみに足を取られ2人で転んでしまう。

 2人が倒れた衝撃で濡れた土がびちゃりと鳴った。

 

 途端にツンと鼻をつく雨上がりの土の臭い。

 腐った落ち葉と水分をたっぷりと含んだ泥が転んでしまった少年たちの身体にまとわりついた。普段ならば泥の感触の気持ち悪さに即座に拭い取るところなのだが、生憎彼らにそんな余裕はない。

 すぐそこまで命の危機が迫っているのだ。


 二人は再び走り出そうとするものの、靴裏に張り付いた重くぬとりとした泥が踏みだそうとする足を絡めとる。

 なんとか立ち上がり逃げ出すも、進むにつれ足元の土の状態も悪くなっていく。

 少年たちが数メートル進んでは足を取られることを繰り返すうちにその殺意の影はとうとう彼らに追いついた。


 声も出せず怯える2人の反応を楽しんでいるのか、ゆっくりとその影は歩み近づいてくる。

 何度も転び、足を捻ってしまっていた赤毛の少年は足首を抑えながら抵抗できない悔しさに下唇を噛んだ。

 そして影の手が少年へと伸び――



 ぱんと乾いた破裂音が響いた。



「ぎゃっあああああッ!」


 叫びを上げたのは――影だった。


 突然響き渡った悲鳴に目を開けた少年たちの前にいたのは、腕から大量の血を流し悶え苦しんでいる黒衣の男だった。

 ドサリと倒れこんだ男のその表情は苦悶に染まりきっている。

 その男に少年たちは見覚えがなかったが、状況からして自分たちを追ってきていた男なのだろうと判断した。


 しかし一体何が起こったのか。この男は自分達を殺しに来たのではなかったのか。

 まさか自分で自分を撃ったのか。目の前で起きた事態を処理しきれず、困惑のまま少年たちはそこに座り込んだ。


 腕を押さえ痛みに呻き苦しむ男は苦痛を紛らわせるために濡れた大地をのたうち回った。

 男がのたうち回るたびに周囲に血が飛び散る。

 そのしずくの一つが少年の頬にびちゃりと付いた。

 そのしずくが放つ強烈な鉄臭さにそれは確かに血液なのだと思い知らされる。


「だっ誰だァッ!」


 必死に絞り出した、という声で男が暗闇を威嚇した。

 明らかに第三者を意識した襲撃者の言葉に、再び少年たちは身を固くする。


 ――まさか、まさかもう1人こんなわけのわからない奴が増えるのか。

 まさか、その人間も敵なのか?膨れ上がる不安に少年の大きな瞳が揺れた。

 見つめる先にある闇からは何の気配も感じられない。

 しかし何かが来るという予感が彼らにはあった。



「柊、って名前わかる?」


 闇から聞こえたのは少女の声だった。

 低く、それでいながら周囲のざわめきに飲まれない確かな存在を感じさせる声。

 まっすぐに届く声は少年の前に倒れこむ男にも届いたのか、男はピクリとその体を震わせた。


「柊……?」


 一音一音確かめるように、男が呟く。

 眼窩からぽろりと地に落としてしまいそうなほど驚愕に開かれたその目の前に、唐突にそれは現れた。


「チンタラ悪趣味な狩りを楽しんでるからこんな事になるんだ。まあ、私はそれに助けられたわけだけど」


 そこに立っていたのは光を通さない、漆黒の髪を持つ少女だった。

 その髪は闇に負けないほどに黒かったが、やや剛毛気味なのか肩までの長さの髪は重力には向かいあちらこちらにはねていた。

 はねた髪からは活動的というよりも攻撃性を強く感じさせる。

 近寄ればその漆黒の髪で貫かれてしまうのではないか――そんな馬鹿げた妄想を抱かせてしまうほどに少女は苦しみ悶える男に対して敵意を強く放っていた。


「何故、何故ここにお前が……!あの男の側で暮らしているのではなかったのか!」

「リサーチ不足だな。この子達はずっと前から私達が目をつけていた。良くない奴がうろついてるって言うから来てたんだよ――取り敢えず、お前からは腕と脚をもらう。安心しろ、死にはしない」


 少女が背中に回していた腕を前へと動かした。その手には、剣が握りられている。

 その形は特定できない。花の蕾が根本に添えられたレイピアにも、乱暴者が使うバットのような形にも見える。

 瞬く度に瞬時に形を変えるその剣はクリスタルのように透き通っており、とても人を切るという目的に耐えられるような代物には見えない。

 子供騙しの玩具か、よくて美術品にしか見えない。

 

 ぐにゃぐにゃと形を変えていた剣はやがて変化を止めた。

 硝子細工の剣がとった形は――幅広の刃を持つ少女には不釣り合いなグレートソード。

 少女はそれを難なく持ち上げ構える。迫る危機に、傷つき怯える男は不思議と動かない。

 抵抗を忘れてしまったかのようにその場にじっとしていた。

 そして断罪を待つようにその場に留まる男の手足を少女は音もなく切り落とした。


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