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重い重い瞼を上げながら、朝か、と気付く。
うんうん唸った状態からやっとこさ起きたのはいいものの、足元が覚束ない。あいた。指先打った。
ふあ、と欠伸が出るのを抑えきれず、大きく口をあけて伸びをする。
階段を下るにつれていい匂いが漂ってきていて、少しだけ足が速まる。2歩くらい。
私がリビングに来たことに気付いたライは、釜戸に向けていた顔を此方に向け、少し微笑む。
「お、おはようございます、サラさん」
「おはよう、ライ」
よくぞここまで進歩した。私は嬉しいぞ。
時間の流れとは早いもので、あの怒濤の1日から1週間が過ぎた。
この1週間で、大まかに自分の立場を理解した。
私、追われてるかも。
いや、もう、何かね、逃げ切れたって思いっきってたから、こうね、絶望感?虚しさ?沸き上がるよね。
幸いなことに、ここは私がいた通称魔の国と呼ばれる「ディアボロ」ではなく、「グラッジョ」という隣国らしい。
地理の勉強もしたが、確かにそのような国があった気がする。
本当のことなのか疑わしいが、ライの話を聞くに勉強の面で嘘偽りはないようだ。
グラッジョとは、代々、勇者を生み出す神聖な国である、とかそんな感じだったような?
そういえばその時、勇者がいるなら私いらなくね?的なことを聞いた気がする。
そうしたら、あの王子は、『勇者は有能であっても万能ではありませんから』とか意味深な言葉を返してきたな。
私も馬鹿ではない。つまり、聖女は万能なのだ。
だけどディアボロは、それだけ利用価値のある聖女をみすみす殺していた。
それが不思議なのだ。
ライ曰く、ここ数年でグラッジョと対等な力関係にあったはずのディアボロは、何故かぐんぐんと力をつけていっていたらしい。
一月前の私だったならば、聖女を喚んで戦力としていたと答えるだろう。
それが間違っているとすると、ディアボロの真意は何なのかさっぱり分からない。
グラッジョもディアボロの突然の変貌に真実を知りたがっている。
しかし、それは私の真実とは少し異なる。
何故なら、グラッジョは、聖女を召喚していることを知らないからだ。
グラッジョは、云わば勇者を生産している国。
この秘密が知れたら、グラッジョは何かしら対策をし、ディアボロは今までの優勢を保てなくなることは目に見えている。
そこで私という異常事態がグラッジョに逃亡した。
ディアボロはどうにかして私を消しにかかるだろう。
というのが、ライと私の間での結論だ。
ええ、そうです。
今までのことは全てまるっとライに言いましたとも。
後悔はしていない。反省はしてる。ごめん。
だって、話していくにつれて顔から色が無くなっていくんだもん。
相当ヤバい立場にいることは自覚してる。ていうか、しました。はい。
一応、グラッジョとディアボロの間では不可侵条約のようなものを結んでいるらしく、戦争以外で両国は関わりを持たないという決まりがあるらしい。
関わりを持つときは、全面戦争というわけだ。怖すぎる。
なので、当分の間は平和に過ごせるだろうと考えているが、それが続くことはないだろう。
なんせ私は歩く国家機密だから。
ほんとやだ。そんな称号いらない。
何度目かの絶望感に色とりどりの朝食を前にうちひしがれる。
私のその様子に心配したのか、ライが「お、お口に合いませんでしたか?!」………心配してよ。
いや、お口には合います。
もぐもぐと朝食を再開すると、ライはあからさまにほっとした様子で自分も食べ始めた。
こうやって二人で同じ食卓につくのも一苦労だった。
ライはどうしても床で食べるといって聞かず、椅子に座ろうとしなかったからだ。
「ご、ご主人様、と同じ、机でた、食べるなんて、そ、そんな、おこがましい……」とか言っていたが問答無用で椅子に座らせて食べさせた。
遠慮がちに、だが、言えば食卓につけれるまで3日かかった。
子どもか!
過去を振り返りながらも口は動いていたようでライの「お皿下げますね」の言葉で我に帰った。
「私が洗うよ」「いえいえ、サラさんは座っていて下さい」いつものやり取りを交わし、それじゃあとソファに座る。
呼び方は次の日に変えるように伝えた。
どうしてもご主人様だけは譲れないと頑なだったライに、3日3晩「ライ様」と言い続けた。
4日目の朝、「すみませんでした。どうかその呼び方をやめてください、サラさん」と降参してきた。
うむ、分かればよいのよ。
一番問題だったのは、お金を稼ぐ方法だ。
私がアルバイトのようなことをしてもよかったのだが、それはライの、身元を明かさなければならないという助言により儚く砕け散った。
逃亡者が身元明かしてどうする。
ライも頑張って探してきてくれたのだが、どうもライは理不尽なことに見た目で落ちるらしく、二人ともニートという結果に。
売って作ったお金も始めに遣いすぎたため、もう残り僅かしかない。
うーんと悩んでいるときに、ふっと顔を上げると窓から見える延びっぱなしの草たち。
あれ、食べれないかな。
良い感じに料理したら食べれると思うんだよね。
二十日大根みたいに食べれて尚且つ量産出来るものだったら、
「あ」
育てりゃいいんじゃん。
ということで、つい二日前、畑を耕した。
今日から農園1日目だ。
少ないお金で買っていた種を撒き、常識はずれにも魔力で野菜たちを急成長させた。
魔力の使い方ならお手のものよ。
ぽんぽん出来上がる野菜たちに、二人でほくほくと売りにいく。
予め敷地を借りる手筈を整えておいた場所にシートをひき、野菜の入った篭を置いていく。
新参者には厳しいのではと、ドキドキしながら手始めに野菜を破格の値段で売りに出すと、ものの数時間で売れた。あの時の衝撃は凄まじかった。
日本じゃないのに、大阪のおばちゃんを見た気がした。
まあ、とりあえず、食い扶持に困らなくなったことはいいことだ。
苦笑いをしていたライに「手、挙げて」と呼び掛ける。
首を傾げながらも手を挙げたライの手のひらを、勢いよく叩いた。
「やりぃ!」
にしし、と笑うとライの満面の笑みが返ってきた。
ちょっとだけ泣きそうになったのは、ここだけの話。