8
決断した私は速かった。
自分で言うのもなんだけど速かった。
まずは腹ごしらえと立ち上がったけれど、食料が見当たらない。
ならば買いに行けばいいじゃないと町を目指そうとしたが、道が分からない。
と、そこで手を挙げたのがライだ。
ライはよくここに来ていたらしく、町までの道は分かるそうだ。
そういえば、ここを歩いていた時も町までの時間を把握していた。
「前のご主人様に何度も置き去りにされたので…」というほの暗いエピソードには華麗にスルーを決め込み、ライを先頭に町へと足を進める。
そうじゃないと私の脆い心は砕け散ることだろう。
出発したのが早朝ということもあり、日が高くなった頃には町に辿り着いた。
今までこんなに歩いたことがあっただろうか。
体力の大半を使いきった気がする。
しかも、最早お腹はすいていない。痛い。
横腹がそこはかとなくえぐれている気さえする。
私は横腹を抱えつつも町の通りを歩く。
店のどれもが屋台のような造りで、料理を作っている行程がよく見える。
匂いだけでも釣られそうなのに、作ってるとこなんて見せられたら………お金があれば直ぐさま買っているところだ。
ダメだ、手が勝手にあのジューシーな肉の刺さっている串にのびて……危ない。食い逃げはよくないよね、うん。
自分の腕を掴んで葛藤している私に向けるライの、不審者を見る目が心に突き刺さったからとかじゃない。断じてない。
気を取り直して更に進んで行くと、物の販売をしているお店が増えてきた。
目的のものを探して左右をひっきりなしに見ていたら、後ろで「観光客かな?」という声が聞こえた。
うん、はい。間違ってない。でも、ちょっぴり恥ずかしい18の昼。
恥ずかしい思いをした甲斐もあり、私達は「買い取り屋」に辿り着いた。
私とライは、あの長い移動の間にお金について話し合っていた。
食料をどうやって手に入れる?
盗むなんて論外。
それならば、やはりお金が必要になる。
お金をどうやって稼ぐかという難問に突き当たり、暫く悩んでいると口を開けたり閉めたりしているライに気が付いた。
何かいい案があるのかと、しつこく問い詰めると、びくびくしながら「ご、ご主人様、の、服を、売ればよいの、では、ないでしょう、か」とフェイドアウトしながらも言い切った。
なるほど、その手があったか。
私の服は言わずもがな魔の、とはいえ王国で身に付けていたものだ。
低価なものなど着せるはずもない。
だけど、私はキラキラした服が恥ずかしくて黒いローブにすっぽり身を包んでいた。
いや、『お前ほどその可憐な服が似合う女性はいないな』とか『君のために作らせた甲斐があったよ!ああ、なんて可愛らしい。僕はずっと見ていたいけど、他の男には一瞥たりとも見せたくないね』とか何か寒々しいセリフを言われたので、嫌になったのが大半かもしれない。
ライには別に見せても問題ないし、お風呂から出たときはローブは着ないから、その時気が付いたのだろう。
こいつ、相当高い物着てる、と。
そうと決まれば目的は1つ。
この高価な服を売り捌く!
無料で貰った物だけど、あんな恐ろしい茶番の代償だと思えば軽いもんでしょ。
「お兄さん、この服売りたいんだけど」
机の上にずしりと重たそうな音が響いたことに驚いたお兄さんはそれが服であることに更に目を丸くした。
さっきまで暇そうにしていたのが嘘みたいに目を輝かせている。
「あ、あんた、どこでそんな、」
お兄さんは服に着いた宝石という宝石を眺め回している。
この宝石重いんだよ。着る身にもなって。
そんな私は今ローブ一丁です。
羞恥心なんてさっき自分のローブふんずけて顔から突っ込んだ時に捨ててきた。
お兄さんは宝石全ての位置を確認したのか、今度は1つ1つを手にとって覗きこんでいた。
早くしてくれー。
待ちきれなくなった私が違う店で売ろうかとお兄さんから服を取り戻そうとしたその手をガッと掴まれる。
「百万デニールだ!」
デニールとは、おおよそ日本円の10分の1。
つまり、…………………ん?一千万…………?
ちょっと意識が飛びながらも「じゃあ、それで」「あいよ!」というやり取りをしたらしい。
私の手の中にはジャラジャラどころか札束のバサバサした音が聞こえてくる。
スリにあわないうちに、大工を呼び大至急リフォームしてもらい、生活用品、食料、衣服を買いまくった。
いや、ほんと、人間、本気になると何でも出来るもんだね。
一月程で済ませようとしていたことがほぼ1日で出来たよ。
お金の威力って凄い。
ちなみに、ライは怒濤の展開についてこれず、唖然としたまま夜を明かしていた。ごめん。
というか、大工さん移動するときに獣とか魔法とか使ってるの見て思い出した。
私、そういえば魔力めっちゃあるわ。
あんなに歩くことなかったよね?きっと自分でリフォーム出来たよね?
これぞ時間とお金の無駄遣い。
泣いてなんかないやい。
その日は、食料を買ったにも関わらず、屋台で料理を満足するまで食べきった私達はリフォームされた家で2度目の眠りについた。
これまで静かだったライは、自分の部屋、自分のベッドがあることに泣いて喜ぶ通り越して恐怖に懺悔していた。
うん、素直に喜んで欲しかったな。
そんなことを考えながら目を閉じるも、緩む頬はおさまりそうになかった。
この時私は気付けば良かった。
いや、せめて不思議に思うべきだった。
お兄さんは何故宝石を覗いた途端、買う気になったのか。
お兄さんが何故身元も分からない私を怪しみもせずに大金を叩いて買ったのか。
そうすれば、あんなことはならなかったはずなのに。