4
そこは大きな空洞だった。
私の目線の先には、王様、デイル、アラン、マークス、サーヴェン、エヴィがいた。
バタン、と後ろの扉が閉まる音が部屋中に響いた。
「…驚かないのだな」
王様は静かに私に話しかけ始めた。
「考えてみればそなたはこちらへ来たときから淡白だったな。さっさと訓練を始めろ等と言った聖女は今まで居なかったというのに」
そうだったのか。こいつらはそれで驚いていたのか。成る程。
返事を期待していないのか王様は話を続ける。
「それにここにいる4人にも惹かれぬようだしな。折角今までの聖女からプログラミングした、そちらの好む状況を作ってやったというのに、何と無駄なことか。こやつらのアプローチに一片たりとも靡かぬとは、聖女は小悪魔というやつか?周りの奴等も優しかっただろう?情が湧いただろう?先程もメイドに連れられてやって来ただろう。お前は裏切られたのだよ。悲しいだろう?辛いだろう?こやつらもお前のことなんか好いていないんだ。泣け。泣き叫べ!恨め!ここにはお前の味方なんぞ1人もいないのだ!」
静かに語りかけていた王様は、だんだんと感情が剥き出しになってきて、最後には叫ぶように私に言い放った。
笑いながら叫ばないで。怖いから。
………てか、あれってアプローチされてたんだ。
やたらとボディタッチという名のセクハラとか、壁に追い詰められたりとかされるなって思ってたけど、あれってアプローチだったんだ。世界が違うとアプローチの仕方も変わるのだろうか。
思考が徐々に逸れていく私に王様は訝しげに聞いてくる。
「……何故、闇の念が出ないのだ」
何だ、闇の念って。
こちらの世界じゃなかったら中学生が引き起こす病気にでもかかったと思ったわ。
「お前は騙されて、裏切られたんだぞ?何故、恨みの感情がないのだ」
あー、うん、そりゃ大分混乱はしたけど、まあ、お世話になったし。
それに、
「…想定内のことだし」
この言葉に空気がピリッとはりつめた気がした。
思考が鈍る魔法がかかっているっていうなら、思考を戻す魔法をかけ直せばいい。
私はハーネといる間、頭を抑えた時、思考を鮮明にする魔法をかけた。
それから、物凄いぐるぐる考えてちょっと気持ち悪くなるくらい考えたら、答えが見えてきた。
全員がこの異常事態に慣れすぎている。
まるで、1つの作業のようにスムーズに進んでいく事態に、私は1つの仮説をたてた。
1人1人に役割があるとしたら。
自ずと、アラン、マークス、サーヴェン、エヴィ、ハーネ、メイドたちの役が見えてくる。
アラン、マークス、サーヴェン、エヴィは私を惚れさせて盲目になるように。
メイドたちは、親切に接したり小言を言ったりして親近感を抱かせるように。
ハーネはきっと、私に懐疑心を抱かせる役割なのだろう。真実を告げたと見せかけて信頼させておいて裏切る。
なんて損な役回り。そこまで思考が辿り着けば、彼女を責めるなんてことは出来なかった。
最後に名前を告げたのは同情心から。
どうかこの先も頑張ってという私なりの励ましだった。
裏切った相手に変なことするなって自分でも思うけど、うん、後悔はない。
1人で納得していると、前方から「チッ」という音が聞こえた。
……舌打ちされた。
「お前は今までの聖女より賢いらしいな。まあいい、魔力だけは随分あるようだから、それを食わせればいいだろう」
魔力だけは随分ある、というところでマークスがにやりと笑ったのが見えた。
……喜んでたのはこの為か。
それより、何か不穏な言葉が聞こえた気がする。食われる、って。
私が嫌な予感をひしひしと感じていると、エヴィが前に進み出た。
「サーラ。わしが何と呼ばれているか教えたろう?そう、聖獣じゃ。この国を守る聖なる獣、エヴィ。わしにはの、それともう1つの別の名があるのじゃ」
ざわざわと、風なんて通るはずのない地下で空気が揺れている。
エヴィの身体が陽炎のように揺れたと思ったら次の瞬間、真っ黒い大きな影となる。
「強大な魔力を纏い暴れまわる獣、魔獣ケルベロス」
耳をつんざくような雄叫びに尻餅をつく。
3つの犬の頭を持つ、獣。
何だ、こいつ、デカいし、涎汚い!
「はははは!何だ、エヴィも珍しく乗り気じゃないか!魔の国の王、ハーゲストの命により、聖女サーラを取り込み、力を手に入れろ!」
王様は狂ったような笑い声を上げながら私を指差す。
王様って、魔王かよおおおおお!!
ケルベロスが唸り声をあげると、周りにいた3人もそれぞれ位置につくように動いた。
そっちに加勢するよねー!敵だもんねー!
「聖女サーラ!1つだけ本当のことをお前に伝えたぞ!魔王を倒せば、元の世界に帰れるとな!まあ、ケルベロスに食べられればそれも叶わんがな!はははは!」
くぅっそ、黙れ!狸じじい!
私の魔力は桁違いらしく、使い方を覚えた私はある意味無敵だ。しかも、手を翳すだけで力は行使される。
私は目の前の振りかぶるケルベロスの攻撃を防ごうと手を翳そうとした。
その瞬間、
「真名の縛りを遂行!聖女サーラの一切の動きを封じる!」
「っ」
アランのいきなりの鋭い言葉に肩を竦めた。
動きを封じる……?!
その言葉を聞いて、私の身体は動………くね、普通に。
そのまま手を翳した私はケルベロスの攻撃を跳ね返した。
ぎゃん!と犬の悲鳴のように叫んだケルベロスはたたらを踏んだ。
「なっ!真名の縛りは絶対のはずだ!もしやお前、名を偽ったな!」
サーヴェンはこちらを一生の仇相手のように睨んでくる。
君つり目だから怖いのよ、やめて。
しかも、間違えたのはそっちだし。訂正しなかったのは私だけど。
私はハーネの言葉を思い出した。
『これから、本当の名前は信頼出来る者にしか告げてはダメですよ 』
……こういうことね、もっとちゃんと伝えてくれ。
だけど、そのおかげで一番の謎がとけた。
魔力を多く持つ聖女が何故今まで誰も助からなかったのか。
そりゃ、動き封じられたら敵わんわ。
しかも、5対1っていう最悪の劣勢状況。
「何をもたもたしている!このまま叩き潰せ!こちらが有利なのに変わりはない!」
痺れを切らした王様が3人と1匹に命令する。
そう、私は今不利な状況にある。
ならば。
私は自分自身に手を翳した。
私の周りが仄かに光を帯びていく。
「?! あれは!ちっ、逃がすな!」
慌ててこちらに攻撃を仕掛けてくるが、遅い。
「じゃあね」
私はその場から姿を消した。