25
私の威勢の良い声は、木霊して自分に返ってきただけだった。
薄暗い洞窟は、奥が闇になっていて少し不気味だ。
前は、見える範囲に人が並んでいたからか気にならなかった暗さも、人が1人もいない今は、より濃く見える。
何故、誰もいないのだろう。
ここにハーネが連れてきたということは、そういうことなのではないのか?
周りを目を凝らしてみていると、ぼんやりと人の姿が浮かび上がってきた。
あの金髪は。
「アラン!」
私が声をかけると、アランだけではなく、サーヴェン、マークスまで次々と現れた。
皆、演技をしていた時のように微笑みを浮かべ、私を見ている。
その様子に、何故かぶるりと悪寒が走り気付くと私は後退りしていた。
だが、3人は一歩も動く様子は見られない。
この不気味さは、何だ?
私は危険だと分かりながらも、3人に近付き手を伸ばした時だ。
「聖女、サーラ!いや、真名は違うな。まあいい。久しいな、聖女よ!この時を待ちわびたぞ!」
どこから話しているのか、洞窟に魔王らしき声が木霊した。
洞窟だからなのか、二重に聞こえ、誰の声なのか一瞬分からなかった。
私は辺りを見渡すが、魔王の姿は見えない。
「どこに隠れているんだい?出てきたらどう?今から答え合わせをしようじゃないか」
挑発するように語りかけた私に、魔王は鼻で笑った。
「答え合わせ?何を考えているのか分からぬが、私はクイズを出した覚えはないな。だが、何、最後に思い残しのないように言いたいことは言わせてやろうではないか」
上から目線すぎるその物言いに腹は立ったが、私は気持ちを落ち着かせて話を始めた。
君に、少しでも与えられるものがあればいいけれど。
私は息を吸って、あるお伽噺を思い出す。
「あるところに、魔王がいました。魔王は、とある人間の国と約束をしました。それは、自分達の国を守ることと引き換えに、自分達の国に突然現れた人間の娘を差し出すというものでした」
黙って聞いている魔王に、私は続ける。
「この続きの娘の名称は、誰も分からないと聞いたよ。だけど、きっと娘はこう呼ばれていたのだろう?」
そう、きっと私たちの原点。
「"聖女"と」
魔王は未だだんまりだ。
「その初めの聖女は、暗い茶色の髪に黒い瞳をしていたんだろう?そう、まさしく私の見た目のように。そして、今までの聖女もきっとそんな見た目なんだろうね。どうしてそんな見た目の女ばかりを喚ぶのか?恐らく君は、その初めの聖女を探しているんだ。だけどおかしい。そのお伽噺は確実に30年は語り継がれている。なのに、聖女を喚びはじめたのはここ最近だ。それは何故か。それはこの国に、ある恐ろしい魔法がかけられていたからだ」
私は見ているかも分からない魔王に示すように人差し指を立て、ゆっくりと告げた。
「記憶を封印されていたんだろう?聖女に関する記憶全てを。そして思い出した。だけど、どうして今になって思い出したのか?恐らく、魔法が解けたからだ。それは私の憶測でしかないけれど、こう考えると後々の疑問が解決する。魔力源である聖女が、ここ2、3年の間に死んだのだ、と」
「ほざけ!そんなの只の戯言だ!あいつは生きている!だから探しておるのだ!」
ここで初めて魔王は話を遮った。
しかし、私は続ける。
「本当にそうかな?それならば何故、抵抗出来なくなった聖女たちを殺すまで魔力を奪い取る必要があったのかな?君は魔力を集めている。それこそ、人を生き返らせるくらいの有り得ないことを成し遂げる程の魔力を」
私は一度息を吸い、呼吸を整えた。
焦るな。確実に、魔王にダメージを与えるのだから。
「君は知っていたんだろう?君が求める聖女が死んでいることも。この国が崩壊していることも。知っていて見て見ぬふりをしているんだ。君は彼女を求める余り、現実が見えなくなったんだ!君は、聖女召喚をすることで、自分を保つしかない、只のクソ野郎だ!」
ハーネの言った、盲目の魔法。
彼女がどういった意図でそれをかけたのかは分からなかったけれど、きっと自分から気付こうとしなければ、解かれない厄介な魔法なのだろう。
実際に、アラン、サーヴェン、マークス、エヴィは、私が指摘すれば間違いに気付いた。
だが、君はまだだ。
「どんな恨みがるのかは知らないけれど、もしグラッジョを滅ぼそうとしているのなら、やめた方がいい。あそこには、聖女の孫がいる」
恐らく、君の孫でもあるだろう。
『この紺の髪色はじいさん譲りだって、ばあちゃんが喜んでたからねえ』
カリーナさん、貴女は魔王の血族だったんだ。
さあ、私のターンは終わった。君は、どうする?
私が話を終え、魔王の反応を窺っていると、静かな笑い声が洞窟に響いた。
そして、魔王は言った。
「ああ、知っておった。聖女が、まりあが死んでいることも、ディアボロがもうもたぬことも、誰も私を疑わぬことも。マリアに子どもがいることもな」
知っていた?
それじゃあ、魔王は現実逃避なんかじゃなくて、あえてそうしていたっていうこと?
「だが」
魔王は、私が一番聞きたくなかった言葉を告げた。
「そんなこと、私には関係ないだろう?」
私は魔王の言葉に違和感を持ったが、指摘することは出来なかった。
ガシャン!という鉄の音に意識を持っていかれてしまった。
そちらに振り向くと、牢屋に入ったアラン、サーヴェン、マークスが声は聞こえないが、何かを叫ぶようにこちらに呼び掛けていた。
え?と先程までいた3人に目を向けた私は、思わず口を手で抑えた。
そこにいたのは、アランでもサーヴェンでもマークスでもなかった。
どうして、君が、ここに。
痛々しく残る首輪の跡をなぞりながら、それは笑った。
「ああ、その表情。少ない魔力を出しきった甲斐があったというものだ」
この洞窟で初めて聞いたとき、魔王ではなく、聞き覚えのある声だと思ったのだ。
ああ、君だけは、どうか君だけは巻き込みたくなかったのに。
私は目の前が絶望に染まる。
「こやつは、ライ、と言ったか?まあ、どうでもよいか。さあ、可愛がってもらおうか、ご主人?」
魔王、いや、ライは、そう言って今まで見たことのないにやりとした表情で、笑った。