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私は呆然としていた。
メイドに滔々と説教され、放心しているのではない。
まだそちらの方が良かった。
今日訪問してきたメイドは説教をするためではないし、ただ小言を言いに来たのとも違った。
良く見ると目の前のメイドは、初めてこの部屋に入る前に私を哀しげに見ていた、あのメイドだった。
そのメイドは、二言目にはこう言ったのだ。
「貴女は騙されています」
と。
私は呆然としていたのだが、常日頃からポーカーフェイスならしい私はそんな様子には見えなかったようで、「聞いておられますか?」と確認された。聞いてます。
私が頷くと安心したようで話を再開した。
「まず、聖女様がこちらに来たとき、違和感を感じませんでしたか?」
私は首を傾げる。
メイドはそれも予想内だというように続けた。
「どうして私が?ここはどこか? どうやってここへ来たのか?何故聖女という存在があるのか?どうして自分は聖女という存在でなければいけないのか?そう思ったはずです。いえ、そう思わなければならないのです」
そう思ったか?答えはノー。
黙っている私にメイドは痛ましいものを見るような顔をした。
「すみません、私は貴女に否と言わせるためにわざと質問をしました。貴女はそう思わなかった。そうですね?」
「はい」と私は答えた。
メイドはぐっと歯を噛み締めた。「そして、それを誰も説明しようとはしなかった」と小さく吐き出した。
「それは、こちらに来た瞬間に貴女に魔法がかけられているからです。疑問をもたないように。恐怖を感じないように。……簡単に信じこませ、使い勝手のよい駒に出来るように。……今までに、沢山の聖女が喚ばれました。美しい者、天真爛漫な者、慎重な者、奥ゆかしい者、破天荒な者。それぞれ聖女たちは、皆彼らの言葉を信じ、感動し、戦った。……そして、誰も、帰っては来ませんでした」
意味は、理解出来る。
何か、私の命の危機に関わる話をしていることは。
ああ、今までの胸のもやもやはこれだったのか。
理解は出来る。
でも、納得はしていなかったのだ。
それは、もしかしたら人間の本能の部分だったのかもしれない。
……本能?なんだ、それは。
私は聖女だから戦わなくちゃいけなくて、だから訓練してて、でも騙されてて…?
ダメだ。うまく、頭が回らない。
頭を振って思考を鮮明にしようとする私を見てメイドは言った。
「きっと、思考も儘ならないと思います。そういう、魔法ですから」
哀しげに私を見るメイド。
私は、頭を抑えてしゃがみこんだ。
メイドが私を追うようにゆっくりと屈んだことが気配で分かった。暫くすると私を労るように背中を擦った。
「1つだけ、聞かせて」
「はい」
「どうして君は、私にこのことを教えてくれたの?」
メイドが息を呑んだ気配がした。
少しの沈黙のあと、呟いた。
「かつて、友と呼びあった、聖女……彼女に対する、罪滅ぼしなのかもしれません」
メイドの声は、震えていたように感じた。
私達は、人気のない廊下を走っていた。
メイド……ハーネは、私が今まで来たことのない道を通り、地下のような場所へ導いた。
彼女は、私を逃がしてくれるという。
ハーネは大丈夫なのかと問うと、「……ええ、大丈夫です」と少し驚いた後に微笑んだ。
「…ここを真っ直ぐ行けば、扉があります。そこを開ければ外に繋がっているはずです」
トンネルのような場所を少し歩くと、ハーネは立ち止まり、そう説明した。
私は頷いて、「ありがとう」とお礼を言った。
ハーネは、やっぱり少し驚いた様子で、「…はい」と遠慮がちに答えた。
暫く向かい合った体制で、沈黙が流れた。
どうしても、これだけは言いたかった。
「…私、サーラじゃない。本当の名前はサラって言うの」
これにはハーネは目を見開いて絶句していた。
まあ、特に訂正もしなかった私も悪いんだけどね。
私はくるりと向きを変えて扉を目指して歩き始めた。
すると、ハーネが離れた私に届くように少し大きな声で注意する。
「これから、本当の名前は信頼出来る者にしか告げてはダメですよ」
もう一度振り向いて、首を傾げながらも頷いた。
私はそのあと一度も振り返らず歩いた。
だから、彼女がどんな表情をしていたかなんて知らなかった。
ましてや、「ごめんなさい、サラ」と呟いていたなんてことも。
真っ直ぐ進むと、扉が見えてきた。
私の納得した考えが正しければ、ここからが正念場だ。
扉からは微かな光が漏れている。
その光は私の希望となるか、否か。
私は扉の前に立つと、息を大きく吸い込み、吐いた。
さあ、新しい門出だ。気合い入れていこう。
ドアノブを回し、扉を開いた。
「待っていたよ。聖女」
外へと続く道は、どこにもなかった。