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主題[ディアボロの真実について]
内容[今まで行っていたことについて再度検討し、改める必要がある。そして、これからどうするべきか話し合う機会を設ける。更に、王からは真実を公表していただきたく願う]
【考察】
私たちは、新しく始めるべきだ。今までの聖女の償いとして、そして、今生きている聖女の為にも。
どうか、王よ。私たちに真実を話しては頂けませんか。私たちが何をして、何をしようとしていたのか。
貴方には、話す義務があるのだから。
男の手には、そんな内容の紙が握られている。
だが、紙は男の手から離れ、独りでに宙を浮いた。
ゆらりと揺らめいたかと思うと、誰も触っていないそれが、びりびりと破れていく。
人間の手では千切ることは出来ないくらいの細かくなった最早只の藻屑を、男は横目で見た。
ゆっくりと目線を前に戻し、綺麗な円を描く月を見て、男は口角を上げた。
「所詮、あやつらも只の人間か。やはりお前だけだな、私に着いてきてくれるのは」
そう言うと、隣に立っていた人影は、そうじゃな、と小さく呟いた。
「そうだ。化け物は化け物らしく、私の言うことを聞いていればいい」
その言葉に、反応が返ってくることはなかった。
「王から集合がかかった。恐らく、明日行われる」
朝食を終えた私たちは私の部屋へ行き、私は仮定の真実を、アラン、サーヴェン、マークスに話した。
静まり返った部屋で、サーヴェンはそう、ぽつりと溢した。
「…そう。まるでタイミングを見計らったかのようだね」
あと、1日。
まあ、猶予があっただけマシだろう。
そのおかげで、少しでも抗える機会を得たのだから。
「…俺たちは、お前を逃がす」
唐突に、サーヴェンが肩を掴んでそんなことを言ってきた。
驚いて固まっている私に、サーヴェンは更に前にのりだす。
「城には兵士が山ほどいるが、1つだけ、誰にも知られていない、警護していない場所があるんだ」
「洞窟だよ」
ぺいっと私の肩を掴んでいたサーヴェンの手を払いのけてマークスは答えた。
「ごめんね、本当はその縛りをとってあげれたら一番いいんだけど、自分でかけておきながら強力にしすぎて、僕の魔力量じゃ解除出来なくなってしまったんだ。本当にごめん」
謝りながらも肩を回してきたので反射でつねってしまい、マークスを喜ばせてしまった。もうやだ、こいつ。
「…ずっと進んでいくと、本当に出口があるのです。私たちが王を引き留めますから、その間に逃げてください」
喜びに悶えているマークスを置いてアランが解説してくれた。
そう、でも。
「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくよ」
さりげなく腰に手を伸ばしてきたアランの手を避けつつ、私は答えた。
何故だ?!と憤るサーヴェンに仕方ないなあと溜め息を吐く。
分からないかなあ?
「言っておくけど、君たちを信用しているなんて、誰が言ったの?」
私の信じるものは、ここにはもう1つしかないのだから。
傷付いたような顔をした3人を追い出し、1人呟いた。
「ごめん、君たちは、死ぬわけにはいかないよね」
私の偽善。
3人にだって、此処にはきっと家族がいる。私とは違って。
無駄な死は、増やしたくないと思ってしまうから。
弱い私には、出来ることは少ない。
ならば、出来ることをすればいい。
こんなことしか、出来ないけれど。
「最後に、挨拶くらいしないとね」
ライに、会いに行かなければ。
コンコン、と扉をノックすると、頭を抑えたライが出てきた。
「どうしたの?頭が痛いの?」
「…はい、少しだけ。ですが、大丈夫です。どうぞ、入ってください」
少し無理をしている様子のライは心配ではあったが、今日だけは無理をしてもらった。
明日からは、ゆっくり休んでいいから。
私の部屋とは違い、最低限に留められた簡素な造りの部屋だ。
部屋の大半を占めているベッドに二人並んで座り、私は「明日」ときり出した。
「終わるよ、きっと」
「それは、サラさんの終わりをも意味していますか」
「…たぶんね」
笑うことしか出来ない私に、ライは泣きそうな顔をして「逃げましょう、今すぐに」と私の手を掴んだ。
皆、同じこと言うんだなあ。
思わず笑ってしまいながら、私は答える。
「いいんだよ。私が死なずに他の誰かが死ぬ方がよっぽど嫌だからね。きっと、私だけ死ねば、他の人は犠牲にならない」
「嫌です!」
怒ったように叫んだライは、強くぎゅっと掴んだ手に力を入れた。
「サラさんは、何故戦わないのです!魔力が使えないなら、私が戦います!サラさんの盾になります!ここで無駄に過ごしていた訳ではありません!少しは役に立てるはずです!サラさんは、魔王を倒して自分の世界へ帰るのでしょう?!ですから、どうか、生きるのを諦めないでください……!!」
私にすがるライは、ボロボロと涙を流しながら訴える。
私は握られた手に自分の手を重ねて、誰にも言っていないことを告げた。
「私にはね、もう、帰る場所がないんだよ」
目を伏せる私に、ライは、え、と呟いた。
「夢をね、見たんだよ。自分のいた世界で、普通に起きて、普通に挨拶をして、普通に家族と会話をする夢を。でもね、私にはそれが、今の私の世界で起きていることだっていうのが、分かったんだよ」
つまりね、
「もうすでに、私ではない私が存在する世界として、時間が廻っていたんだよ」
あの世界に私の居場所は、もうないんだよ。だから。
ライの手を掴み返した私は、そのまま額へと手を当てた。
「ライ、君だけは、どうか生きていてほしい」
私のライ。
ゆっくりと腕を下げた私を、ライは強く抱き締めた。
私も腕を回して抱き締め返す。
「今までありがとう。君は、自由だ」
パキ、と音がした後、ベッドの上に何かが落ちた。
私から離れたライは、ベッドの上に落ちた首輪を呆然と見て、「なんで」と呟いた。
「ライ、嘘はいけないな。戸籍がなくなるなんて、そんな事実、どこにもありはしなかった」
私は密かに調べていた。
ライを疑う訳ではないけれど、ライを自由にしてあげる方法はないかと。
すると、奴隷に堕ちて戸籍がなくなるなんて事実自体、存在しないことがわかったのだ。
「だって、そう言わなければ、サラさんは本当の意味で自分を信用しなかったでしょう?」
うん、優しい君のことだから、そんなことだろうと思ったよ。
唇を噛み締めるライに、私はもう一度「ありがとう」と言った。
ライは、やっぱりボロボロ泣き出して、私を困らせた。
自分の手に落ちる水滴を感じ、頬に触れる。
あーあ。君が泣くから、移っちゃった。
私たちは、泣き疲れて眠ってしまうまで、雛鳥のように寄り添った。