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「お久しぶりです、サラ」
「うん、久しぶり。ハーネ。あの後、大丈夫だった?私にあんなこと言って」
私が心配してそう言うと、ハーネはクスクスと笑った。
「そんなこと言ったの、サラくらいですよ。大丈夫でした。ありがとうございます」
微笑むハーネに笑みを返した。
でも、余り真名を言いふらさないでね。
そう言うとハーネは、あら、と口を手で押さえた。
「もしかしたら、もう他の人に言ってるかもしれませんのに?」
「それはないね。だって、君が教えてくれたんだもの。真名を本当に信頼した者にしか明かしてはならないって。これから密告するのに、わざわざ本人にそれを教えるなんて、そんな無駄なこと君はしないでしょう?」
ハーネは、そう言ってにこりと笑った私をちらりと見て、ライを見た。
そして、また私を見て、微笑んだ。
「信頼出来る者を、見付けたのですね」
「まあ、何とか。誰かさんたちのお蔭でトラウマになりそうだったけどね」
他人事の如く問いかけるハーネに嫌味っぽく答えると、ハーネは眉尻を下げた。
それに少しだけ溜飲を下げて私は本題に移る。
「で、何か用事があったんじゃないの?私か図書館か知らないけど」
本を元の場所へ納める私に、ハーネはにこりと笑う。
「ええ、調べものをしている貴女に、少しだけヒントを」
「…へえ、君は、何を知っているんだい?」
「全てを」
口角を上げて睨み付ける私に、ハーネはますます笑みを深くする。
「醜い物語の全てを」
ひゅっと誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
私は、離れていた距離を詰め、目の前までくるとぴたりと止まった。
「何が目的?」
「何も。強いて言うならば、この物語を終わらせたいから、でしょうか?」
笑みを崩さないハーネに、私はふっと息を吐いて近くの椅子へと腰掛けた。
ライを手招きすると、「ライも一緒に聞いておいて」と伝え、ライが頷いたのを確認すると、ハーネの方を向いた。
「何があったのか知らないけど、私にとってのヒントなんだよね?」
「ええ、きっと貴女はこれを望んでいるだろうというヒントを2つ」
ハーネは、ぴっと人差し指を伸ばして「1つ目」と話し始めた。
「この国には、魔法がかけられています。強い強い魔法が。ある記憶の封印と国を維持するための盲目の魔法。それをかけたのは、私の友人。遥か昔に聖女と呼ばれた女性です」
「その女性は、何故そんな魔法を?」
「……2つ目」
答えたくなかったのか、ヒント外だったのか、私の質問には答えず人差し指に続いて中指を立てるハーネ。
「この国には、ある有名なお伽噺があります。魔王と娘のお話です」
これは、先程何かが引っ掛かると、思い出したお伽噺ではないか。
「そのお伽噺が、なに?」と催促すると、ハーネは一旦目を閉じてゆっくりと開いた。
「あれは、本当にあった、紛れもない事実です。そして、その娘は貴女たちが探している、茶髪黒目の娘、私の友人です」
え?それでは、矛盾が起きる。
カリーナさんは、自分が生まれる前からある、と言っていた。
カリーナさんは最低でも30歳にはなるだろう。
30年以上前のその時には、娘はある程度歳があったはずだ。成人するくらいの、そう、私の歳くらいは。
それならば、ハーネは今、幾つなのだろう?
まじまじと見つめる私に、ハーネは「おまけにもう1つ、ヒントを」と目を細めた。
「私ともう1人には、特別に別の呪いがかけられています」
そうですね、私はもう、百歳は越えたでしょうか。
哀しそうに笑顔でそう告げたハーネに、ただただ私は絶句するしかなかった。
それでは、頑張って下さい。
そう言って去ったハーネが居なくなってから、どれくらい経っただろうか。
ライと別れ、自分の部屋としてあてがわれた場所へ赴き、ひたすら頭を回転させ、気付けばとっぷり夜になっていた。
だけど確実に、穴だらけだった真実に、ハーネがくれた言葉が、嵌まり始めていた。
それと、もう1つの言葉。
『あたしの祖母はね、ずっと昔から一途に思い続けている人がいたんだよ。羨ましいよ。サーラも、そんな人が早く見つかるといいね』
そんな、他愛もない話。
その時は、凄いですね、なんて他人事だったけれど。
こんなところで、繋がるなんて。
多くの言葉と私の憶測が入り交じった、1つの仮定。
これが真実であるとするならば、何て悲しい話だろう。
けれど、私たちを巻き込んでいいなんて、誰が決めたの。
あいつに反省する心があるか分からないけれど、どうにかして私がこのつまらない物語を終わらせなければ。
私は布団へ潜り目を閉じながら、そう思った。
捕まった「私」に、貴方は「愛してる」と叫んだ。
「私」は、笑みを象ったままだった口を開き、静かに息を吸った。
「嘘つき」
目を開けた私のこめかみを流れていく涙が、私のものだったのか彼女のものだったのか、涙を止めるのに必死だった私には、分からなかった。