20
「ところで、ここってどこ?」
気合いを入れて4人を向かい合わせたはいいが、ライに抱き着いてからの記憶がなかったことに気付き首を傾げた。
4人が4人共呆れた顔をし、溜め息を吐いた。
変なところで息を合わせるんじゃない。
「ここは、お前が向かっていた、下働きが住む棟だ」
「御主人様は、あのまま眠られてしまわれたので、仕方なくこちらへお運び致しました」
ただただ呆れた声で告げるサーヴェンに、足りないところを補うようにライの言葉が後を追った。
朝のうちに事情を話し、ライには本名は他人の前では明かすことのないよう頼んでおいた。
そんなことより、え、なに、つまり、泣き疲れて眠ってしまったと、そういうことだろうか。
こどもか……!
恥ずかしさに静かに悶えながら「ごめん、ライ」と謝ると、ライは嬉しそうに「いいえ、もっと我が儘を言って下さってもよいのですよ」とにこにこと答えていた。それは断る。
そのやり取りを見ていたサーヴェンは、ふんっと鼻を鳴らして私に忠告した。
「奴隷がここに住むことも例外だが、一応神聖なる聖女がここで寝泊まりするなどもっての他だ。今回は目を瞑ってやるが、次はないぞ」
一応ってなんだ、一応って。
そして、私は神聖なる扱いを受けた覚えはないぞ。
そう言うと、「なっ…」と何かを言いかけていたサーヴェンを押し退けてマークスが答えた。
「僕たちがあーんなに尽くしてあげたのに、それはないんじゃないの?」
尽く、された、のか?
不思議そうな顔をしたのに気付いたアランは、ああ、と納得したような声をあげた。
「貴女は、もしかして、自分へ向けられる感情に疎いのでしょうか」
アランのその言葉に3人は、なるほど、と唸った。
今、とてもライが遠く感じるよ。
遠い目をした私にアランは、それに、と続けて私を見つめる。
「貴女が自分から欲しいものを告げた記憶が私にはありません。つまり、誰にも頼ったことがない。それは、その時から私たちを信じていなかったからですか?」
その質問に、私は目を見開いて答えた。
「そうだよ?逆にどうして信じていると思ったの?」
会ったばかりの他人なのに。
確かに、周りに信じられるものがいない状況なんて普通は耐えられない。
けれど、そのときは感情に蓋がされていて良くも悪くも激しい孤独感には襲われなかった。
そう言うと、サーヴェンとマークスは表情を歪ませた。
アランは二人のように歪ませることはなかったけれど、表情がなくなった。いつもにこにこしているアランにしては珍しい。
この時、私の頭の片隅で、もしかして、と思っていた疑念が確信に変わった。
「今まで聖女を分析してきたとかいってたけれど、それは本当のことかな?」
私は訴える。今までの聖女の代わりに。
君たちは、きっとこんなこと考えなかったのだろうから。
「きっと、その状況を楽しんでいた人達も確かにいるんだろうね。だけど、全員が全員、そうだとは限らない」
皆が皆、君たちを信じたのだとしたら、それは。
「この孤独に、耐えられなかったからだよ」
そう、例えば、死んでしまいたいくらいの、ね。
ふっと私が笑うと、ぶるりとサーヴェンとマークスが震えた。
アランは無表情のままだ。もしかしたら、こいつだけは気付いていたのかもしれないな。
「君たちがそんな状況に陥ったら、どうする?」
戦う?蹴散らす?逆に貶める?
そのどれも、弱い彼女たちには出来なかった。
彼女たちがとった行動は、つまり。
「君たちの妄想に、合わせることだった」
いや、それしか出来なかった。
そうして、死んでいくことしか。
顔を青くした君たちに、教えてあげよう。
「君たちは、罰を犯した」
どういう神経をしているのか分からないけれど、君たちは知らなかったのだろう?
だけど、そんなこと理由にならない。
君たちは、事実を知るべきだ。
「弱い者をなぶっていたぶって踏み潰した!そうして、殺した!君たちが!殺したんだよ!何にも罪のない、ただの一般市民を!」
何にも罪のない、と言ったその言葉に初めてアランが顔を歪めた。
最後に私は告げる。
「君たちは、立派な化け物だ!」
青を通り越して顔を真っ白にした目の前の3人と対照的に、今の私はきっと、今までに見せたことのないくらいの清々しい笑顔をしているだろう。
立ち上がって腕を広げる私に、隣のライが震えているのがわかった。
ごめんね、でも、今私は、とっても楽しい。
「一生、その罪を背負って生きていくといいよ」
だって、細やかでも仕返し が出来たのだから。
でも、終わってないよ。言ったでしょう?君たちには協力してもらわなくちゃ。
魔王がまだ、残っているのだから。
私は、真実を知らなければならない。勿論、君たちも。
この醜い物語には、どんな結末が待っているんだろうね?
私の静かに這うような笑い声が、部屋にこだました。