19
「朝よ!起きなさい!」
気持ちよい微睡みの中のいたというのに、その言葉で起きざる負えなくなる。
少しくらいこのまま布団にくるまっていても遅刻などしないというのに、母はこの言葉のあと暫くしても降りてこないと、強行手段にでるものだから渋々着替えを済まし階段を降りる。
パンの焼けるいい匂いを嗅ぎながら、「おはよう」と家族に挨拶をする。
すると、少しだけ忙しない「おはよう」と、ぶっきらぼうな「おはよう」が返ってくる。
そこから、いつもの会話が始まる。
「今日は晴れるんだって。よかったねお母さん」
「髭まだ剃ってないでしょ。ますます老けてみえるよ、お父さん」
「ほんとよう。昨日は雨だったからがんがん干すわよ!」という明るい声に「なんだと。これでもお前の父さんは精一杯生きてるんだぞ」という必死な声。
ああ、いつものことなのに、何だが懐かしいなあ。
じんわりと余韻に浸っている私に、両親は声をかける。
「早く食べなさい、佑樹」
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ、佑樹」
佑樹だなんて、何言ってるの。
私は、紗良でしょう?
そう言いたかったけれど、私は唐突に理解した。
ああ、そうか。
君は、佑樹って云うんだね。
いつか聞いた、「男の子だったら、佑樹ってつけるつもりだったのよ」という母の言葉が頭のなかに浮かんだ。
そうして、両親が勧めるままにご飯へ目を向けると、そこには石が鎮座していた。
「………またかあ」
ライの抱き付き加減は石の固さと私の中では決まっているようだ。
だけど、前の固さとは少し違うような気がする。
こう、ゴツゴツからがっちりになったっていうのかな。これは、筋肉だろうか?
ペタペタとライの身体を触りながら、溜め息を吐く。
昨日のことがまだ引き摺られている。
だから、あんな夢を見たのだろうか。
違う、違う違う違う違う違う!そうじゃない。そうじゃない!!
分かっている。認めたくない、それだけだ。
分かっているから、だから、あと少しだけ、甘えさせて。
起きたら、ちゃんと。ちゃんとするから。
心に吹いているすきま風を埋めるように、ライの胸板に顔をうずめた。
「……愛していたよ」
今まで、ありがとう。
ぽつりと呟いた言葉は、誰にも届くことなく頬を伝って消えていった。
ライは私と寝ていると落ち着くようで、昼頃になるまで起きなかった。
恥ずかしいのか「いや、寝れなかっただけですよ」と否定していたが、私には分かる。照れ隠しだな。よし、これからも一緒に寝てあげよう。
いい笑顔で言ったのに、ライの顔は真っ青だった。何でだ。
更に、そもそもサラさんは危機感がないだの、鈍感だの、心が広すぎるだの、叱られているのか褒められているのか分からない説教が始まった。
私はそれに、はいはいはい。と適当に返して、聞いていますか!サラさん!そんなんだからあの暗殺者にも、とうだうだ再び説教がはじまるということを繰り返していた。
そんな感じで二人でモタモタしていたら、突然何かが爆発したのかというくらいの勢いで扉が開いた。
そこには昨日要らんことを言ってくれたサーヴェンが荒い息のまま、こちらを睨み付けていた。
「お、お前たち、純粋な主従関係かと、思ったら、そ、そんな、爛れ、爛れた、関係だったとは、」
ちょっと何いってるか分かんない。
更に、まだ何かを言っているサーヴェンを押し退けて入ってきたのは、怒りで顔を凄ませたマークスだ。
「ちょっと!僕が居ない間に何プレイしてたの?!僕はいつでも準備万端にして待ってるってうのに!むしろ迎えに行ったのに!」
ぎゃんぎゃんと覚えのない理不尽な怒りをぶつけられ、遠い目になっていくのが自分でも分かった。
流石にこれには、ライもドン引きしているようだった。そりゃそうだ。たぶんこれは、人間への恐怖より勝るな。
そういや、恐怖に打ち勝ってたやつがもう1人いるな。
そう思っていたら、正に噂をすればなんとやら。
金髪のいい笑顔の王子顔が入ってきた。あ、ライが隣で威嚇している。
そんなことも気にせず、アランは私の目の前に来ると、膝をついてこちらを見上げた。
「あなたは私を拒んでおきながら、その奴隷には情けを与えるのですね。なんとつれないお方か」
お前にもあげただろ、情け。
眉を下げる美形に心の中でツッコミながら、周りを見渡す。
部屋の片隅で瞳孔を開いてぶつぶつと呟く美形1と、部屋の真ん中で痛みを与える特殊な機具について語る美形2と、隣で奴隷と火花を散らす美形3。
なんだこれと思ったが、唐突に閃いた。
手に少し魔法で勢いをつけ、両手を叩く。
パアン!!とそれはもういい音がしたが、私の手もいい感じに痛かった。
その音に、それぞれの主張を続けていた彼等はぴたりと動きを止めた。
私は深く深呼吸をすると、にぃっと彼等の前で初めて笑顔を見せた。
ごくり、と喉を鳴らしたのは誰だったか。
さあ、理不尽な世界に抗ってやろうじゃないか。
「君たち、私に協力しなさい」
せめて、私の命が尽きる、その時までは。