2
赤髪の男が扉を閉めると、4人はそれぞれの位置につくかのように扉の前に陣取り、私を見下ろした。
これは普通の人がやったら怖いだろうよ。
イケメンだからか、今は恐怖を感じなかったが。イケメンは得だな。
「さて、まずは自己紹介といこうじゃねえか」
扉を閉めた赤髪がにやりと笑って肩を触ってきた。やめろ。
私は肩に置かれた手をやんわりとどけつつ、「……さ、ら」と自分の名前を告げた。
すると、一番端の金髪が「サーラですか?良い名前ですね」とにっこり笑った。私は訂正するのが面倒くさくて放っておいた。
「私はこの国の第一王子、アランです」
金髪慧眼って初めて見たなあと思いながら姿勢の良いスラリとした身体に感心していた。
アランは鼻筋もスッとしていて、全体的にシャープなイメージだ。眼を細めた時の笑顔は女性陣をくらりとさせるのではないだろうか。
「僕はこの国の一等魔術師、マークス。よろしくね」
次に紹介してきたのは、茶髪のチャラチャラした男だ。ピアスやらブレスレットやら指輪やらとにかく身に付ける装飾品が多い。
少し頼りなさげな雰囲気だが、下がった目尻は柔らかい印象をも受ける。この中で言うと、一番取っつきやすいのではないか。
言わずもがな、イケメンである。
「俺はこの国の一等騎士、サーヴェンだ」
自己紹介をしようと名乗り出た、態度のデカい男だ。
吊り目ぎみの眼は下手をすると怖い印象になるはずなのに、こいつは顔のパーツがいいのか配置がいいのか、端正な顔立ちに留まっている。
身体つきも王子のアランや魔術師のマークスとは違い筋肉質なことが服の上からでもわかる。
これがワイルドってやつか。
「わしは、この国の聖獣、エヴィ」
「せいじゅう?」
流石にこれはストップをかけた。
白い髪のこの中では小柄な男だ。
先程からにやにやと馬鹿にした笑いをしていてせっかくの綺麗な顔立ちがもったいないことになっている。
「この国を守る聖なる獣のこと。この国の象徴ってとこかな」
つまり、聖獣か。やっと漢字変換できた。
エヴィの代わりにマークスが答えると、エヴィは胸を張ってどやっとこちらを見下ろした。いや、どや顔されても。
特に反応のない私に痺れを切らしたのか、サーヴェンが喋り出す。
「自己紹介も終わったところでサラの今後の予定だな。サーラは俺達の元で訓練を受けてもらう。アランからは勉学を。マークスからは魔術を。俺からは剣術を。エヴィからは騎獣についてを。騎獣っつーのは、戦える訓練された獣のことだ。サーラにはそれに乗って戦ってもらうことになると思うからな」
そうか。私は戦わなくちゃいけないんだな。
じっと自分を見つめる私に何を思ったのか、サーヴェンは「心配すんなって。サーラなら立派な聖女になれる」と励ましてきた。いや、何も言ってないけど。
「その4つともをきちんと学べば、旅に出れる。旅の間は俺達がしっかり守ってやるからな。安心しろ。そんで、魔王の住み処まで行き、魔王を倒すって訳。理解出来たか?」
私が頷くと、サーヴェンはにやりと笑って「流石俺の女だ」と納得した。いやいや、いつから貴方の女になりましたか。
それは流石に訂正をいれようとすると、「何を言っているのですか、サーラは私のものです」「何いってんの。サーラは僕のものでしょ」「そなたらは何を戯れ言を言っておる。わしのサーラだというに」はい、全部ダウトー。
4人の言い争いが収集がつかなくなってきたところで、私は「そろそろ休みたいのですが」と無理やり終了のお知らせをした。
4人は頷き、メイドに私の世話をするように言付け、出ていった。
入れ替わりのように入ってきたメイドに最低限の説明やお世話をされ、寝台についた。
理解はした。なのに、どこかもやもやとしたものが胸を燻っている。
次の日から、アラン、マークス、サーヴェン、エヴィにより訓練が行われた。
訓練というよりも、常識を養うといった方が正しいかもしれない。
それくらい、私にはこちらの「普通」が分からない。
アランに教えを受けることで、ここは私が元いた世界ではなく、「テラ」という科学ではなく魔法が発展した世界であることを知った。
マークスに教えを受けることで、トイレに行くときですら魔力を使わないと満足に始末が出来ないことを知った。
サーヴェンに教えを受けることで、物を切るときはハサミなどなく、剣を使わなくてはならないことを知った。
エヴィに教えを受けることで、移動手段は徒歩か獣を使うかのどちらかしかないことを知った。
あまりにも私のいた世界とは違いすぎて驚いた。
あと、私には膨大な魔力があるらしい。
マークスは、「今までにない…最高値の魔力だ。本当に君は素晴らしいね」と喜んでいた。何故お前が喜ぶ。
長く人と関わるとそれだけ人の中身が見えてくる。
私の教師をしてくれている4人のことも少しは分かってきた。
のだが、何故か4人ともが根深い鬱のような部分を持っていたことも分かってきた。
私は、鬱の人に鬱と言ってはいけないことを思いだし、極力そこには触れないようにした。
時々、あちらから「実は…」と仕掛けてくる時は冷や汗ものだが。勿論マッハで逃げるとも。面倒くさいことは嫌いなのだ。
そんなこんなで、一月は経った頃だろうか。
こちらの生活にも慣れ、もう少しで旅に出れると先日アランからもお言葉を頂戴したばかりだ。
1日の終わりの楽しみとして、寝台で大分使い慣れた文字を駆使しながら小説を読んでいると、扉がノックされ、訪問者が来たことを知らせた。
大抵この時間に訪問する者は、小説に読み耽る私にもう寝るようにという小言を言いに来るメイドだ。活字中毒なめんな。
「はい」と返事をすると、「失礼します」という声と共にやはりメイドが入ってきた。
だけど、いつもとは違うメイドだ。
いつものメイドはとうとう私を見限って違うメイドを寄越したのだろうか。
そうかもしれないと1人で納得していると、目の前まで来たメイドは真剣な顔をして言った。
「サーラ様、大切なお話があります」
とうとうメイドたちは、言うことを聞かない聖女に説教をしに来たらしい。




