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不機嫌に歪んだ表情をここ最近よく見ている気がする。
「あんた、僕の指輪売ったでしょ」
そう言いながら目を細めるマークスは、止めていた手を再び動かしていた。
そうだけど、と座っているマークスの手元を覗きながら答える。
「あれ、僕の最高傑作だったんだけど」
心なしか先程よりも声色が険しくなったような気がする。
最高傑作って、
「あれ、君が作ったの?」
びっくりだ。いや、本当に。
丸い何かを書いているマークスの手元から思わず顔を上げるくらい驚いた。
この、チャラ男が。いや、元チャラ男か?
信じられなくてじっと見ていると、「なに、文句あんの」と横目でこちらを見返された。
「マークスはこの国で一番魔力の使い方に長けているからな」
今まで黙っていたサーヴェンが、横から話しかけてきた。
一等魔術師っていうのは、嘘ではなかったのだろうか?
「一等魔術師などというふざけた位はないが、魔術師ならばマークスの名前を知らない者はいないという程にはこいつは有名だ」
あ、やっぱり嘘だったのか。
最早嘘であると言われても納得しかしなくなった。
「ふざけた、って、何でそんな名前にしたの」
「聖女たち曰く分かりやすいからだ」
なるほど。
まあ、確かに一番凄そうって感じではある。
「サーヴェンも、一等騎士なんて変な称号じゃなくて、王宮騎士二番隊隊長っていう立派な肩書きがあるんだよ」と、ひたすらカリカリと机に何かを書いているマークスは付け加えた。
改めてしっかりと手元を見ると、丸い何かは魔方陣のようなものに近付いていた。
私はこんなもの教わらなかった。
私が首を傾げていると、マークスは苛立たし気に「あんたには教えてない」と吐き出した。
「この"陣"は、足りない魔力を補う為の媒介に過ぎない。あんたは魔力量が規格外だから、陣なんて必要ないんだよ。ほんと、ムカつく」
ちっと舌打ちを頂戴した私は、何か、ごめん、と謝った。
いや、私のせいではないと分かってはいるけど。
何で謝るんだよ!こっちがみじめになるだろ!と目をカッ!!と見開いてこちらを向いた。
戦く私の手元を見て、マークスが今の状況に気付いたらしい。
「ああ、何できたのかと思ったら、縛りをかけるため?」
「そうだ」
二人で納得したと思ったら、マークスが「ちょっと待ってて」と先程の比ではないくらいの速さで陣を書き始めた。
カリカリではなくガリガリ!って感じだ。
暫くすると、白い紙にびっしり書いた陣が五枚出来上がり、「あんたにはこれくらいないとな」と私を睨みながらそれらを私の目の前の床に並べた。
マークスが何かぶつぶつと唱え始めたと思ったら、白い紙がカサカサ音を立て、文字が浮き上がった。
文字は生きているかのように螺旋を描き、私の方へ向かってきた。
その幻想的な光景に釘つけになっていると、文字は私の手に巻かれている包帯をすり抜けて入ってきた。
文字はするすると気持ちよく入っていき、最後の文字が入りきると、マークスは「この者の両の手が開ききることのないよう」と私の手に両手を翳した。
「もういいよ」
その言葉にはあっと息を吐き出した。
どうやら私は息を止めていたみたいだ。
サーヴェンがするすると包帯を取り去って、自分の両手を見た私はぎょっとした。
私の掌に文字がびっしり埋まっている。
どこまで侵食しているのか見ようと手を広げようとしたが、出来ない。
それ以上やったら痛いとか、痺れているという訳ではないのに、何故か開けない。
その不思議な感覚にただただ開かない掌を見つめる私。
はっ、と上から鼻で笑うような声が聞こえて我に返った。
上を見上げると、マークスが「嘲笑」という言葉がこれ程似合う表情もないだろうという顔をして、私に言った。
「これであんたは、ただの魔力の塊だな。せいぜい王様の役に立つ前に死なないようにしなよ」
その言葉にムカッと来た私は、拳を思いっきり振りかぶって綺麗な顔立ちに降り下ろした。
今は平手打ち出来ないからね。うん。
それにしても、骨が痛い。ごりっといったのは、たぶん骨だと思うんだ。やっぱり平手打ちがよかった。
手をぷらぷらとさせながらも、どしゃあっと倒れたマークスに上から見下ろす角度をつけて、言ってやった。
「あんたを這いつくばらせるには魔法使わなくても出来るから、問題ない」
自分的にいい捨て台詞だと思う。うん。
俯いていたマークスがぷるぷると震えだした。
なんだ。キレるか?
「これは、ヤバイ」と隣から聞こえるが、やってしまったのか、私は。
まだライに会っていないから死ねないぞ。
啖呵切っておきながら、じりじりと確実に後ろへ下がっていく私は、顔を上げたマークスの表情を見て動きを止めた。
隣で「じゃあ、俺は忙しいから、これで」とさっさと逃げようとしていたサーヴェンの動きさえも止まった。
何故なら、マークスの表情は、怒りで顔を真っ赤にして………おらず、まさに恍惚とした表情で私を見ていたからだ。
え、と二人分の声が重なった。
今、きっとサーヴェンと私の気持ちは一緒だと思う。
青ざめる私に、追い討ちをかけるようにマークスが呟く。
「やっぱり。あんたが冷めた目でこっちを見ていた時から何だか落ち着かない気持ちだったんだ。初めはイライラしているからだと思ったけど、今確信したよ。この気持ちって」
気持ちいいってことなんだね。
その言葉を聞いた瞬間、ぞわあっと全身の鳥肌が総立ちした。
隣でサーヴェンが腕を擦っているのを見るに、こちらも同様だったみたいだ。
ゆらりと立ち上がったマークスに、いつのまにか真後ろに来ていた扉のドアノブに手をかける。
おい、サーヴェン、どうして遠くにいく。
腕を広げたマークスは、ゆっくりとこちらに近付く。
「さあ、もっと僕を罵ってよ、聖女」
断固お断りします!と私は部屋を飛び出した。
あんた、そんなMじゃなかったでしょおおおおお?!
予想の斜め90度くらいの展開に私は、ライに会いたいなあと遠い目をするのだった。