13
グラッジョの一番大きな通りは、メルカート通りと呼ばれている。
メルカート通りは、日が昇ると共に活動を始める。
料理屋台は料理の下ごしらえ、販売屋台は品物の導入、宿は掃除等の支度を。
これ等を何故私が知っているかというと、私の隣の敷地で店を出している、カリーナさんのおかげだ。
「お互い様だよ!」が口癖の、とても気前のいい男前な1児の母だ。
篭一杯のレバネーロをシートの上に置いて、ふぃーと一息吐く。
これ、大根そのものだから、持ってるだけでも体力使うんだよ。
一緒に瞬間移動してきたライも、正常の形のウナパタタとトマトに似たポモドーロを置いていく。
日に日に体つきが良くなっていくライは、前は篭一個分を持つのもやっとだったのに、余裕で片手ずつ運ぶようになっていた。
男の子の成長は早いねえ。
近所のおばさんのような台詞を思い浮かべながら結界を張っていく。
盗まれちゃ敵わんからね。
そうこうしているうちに、お隣のカリーナさんが荷車を引いて歩いてきた。
「おはよう、サーラ!ライ!今日も生きのいい野菜たちだねえ!」
「おはようございます、カリーナさん。カリーナさんの魚たちだって、捕れたてピチピチじゃないですか」
そう、カリーナさんは魚屋さんだ。
気前のいいカリーナさんは、時たま「いつもお世話になってるからね!これ持っていきな!」とピチピチの魚をお裾分けしてくれる。
最初は遠慮していたのだが、結局受けとることになるし、何回もそんなやり取りがあったので、潔くうちの野菜たちと交換で落ち着いている。
「野菜が一辺に取れるなんて、ほんとにどうやって育ててるんだい?」
「キギョウヒミツってやつですよ」
こんなやり取りも慣れたものだ。
初めてこの質問をされた時は、どう答えようかおろおろするばかりだったのだが、何回も言われるものだから、慣れてしまった。
慣れって凄いなって沁々思った。
カリーナさんと世間話をしている間、ライはどうしてるのかというと……………私の後ろに隠れている。
ライは、最初の怯えは私にだけじゃなくて、人間怖いみたいな状態だったらしく、今は私以外の人間全てに適応されている。
きっと本人は然り気無いつもりなのだろうが、いいのか悪いのか、私よりも大きくなってしまったせいで、とても不自然だ。
カリーナさんは、それが見えているだろうに、あえて気付いていないフリをしてくれている。
本当にカリーナさんは良い人だ。
ちなみに、ライが奴隷だということは、周りには伏せてある。
首輪にはスカーフを巻き付けて、見えないようにすれば簡単に隠せるのだ。
その方が何かと都合がいい。
首輪については、一度ライに「首輪なんかしたくないよね?外そうか?」と聞いたことがある。
すると、「一度奴隷に落ちると、戸籍がなくなります。首輪を外すということは、死者が生き返るようなものですから、このままでいいんですよ」と、おかしそうに笑いながらそう言って、私を黙らせた。
無邪気な笑いがここまで怖いと思ったことはないよ。
実は私も、魔法使いであるということは、周りには言っていない。
野菜の運びも誰よりも一番に来てやるし、帰る時にも、人通りのない場所へ来て瞬間移動することにしている。
確かに、最低限の生活で必要な魔力は各々持っているが、それ以上の魔力保持者となると、話は変わってくる。
それは、強制的に王宮に仕える存在となる、ということだ。
大臣然り、警察官然り、魔術師然り。
本来ならば、名誉あることで誰も隠したりはしないのだが、逃亡中の身としては、敵国であるからこそバレては困るのだ。
定期的に魔力測定があると知った日には、グラッジョからも出ようかと思ったものだ。
したがらない者が出ないということで強制にはされていないことが幸いだった。
私はその日限定で病弱になる設定を貫き通している。
その度にカリーナさんは、「なあに!お互い様だよ!」と言っていつもより大きな魚をくれるので、次の日は良心の呵責に苛まれることになるのだが。
数日後には、また魔力測定があるとカリーナさんが嬉々として報告してくれたので、数日後にはまた病弱にならなければならない。
はあ、と若干気持ちが沈んでいたら、目の前に影が出来た。
いかんいかん、と気を引き締めて笑顔で顔を上げる。
「げ」
「げ、とはまた個性的な歓迎の仕方ですね」
金髪慧眼のイケメンが、首を傾げてにこりと笑う。
ええ、そうでしょうとも。君限定でやってるからね。
あの襲撃から、何故かアランは毎日この店にやって来るようになった。お客として野菜を買っていくこともあるので、邪険には出来ないのが悲しい。
つい昨日何故ここへ来るのか気になって質問してみたのだが、「貴女が居るからですよ」とまともな回答が返ってこなかった時点でそれは諦めた。
そして、ここにもう1人アランを歓迎していない者がいる。
「世間話だけをしに来たのならば、仕事の妨げになるので帰って下さい」
「そうですか?微力ながらも私はお役に立っていると思っていたのですがね」
そのアランの言葉に、ライは文句が言えず、次の言葉を呑み込んでいた。
そうなのだ。こいつは、老若男女全ての人種を惹き付けて販売に貢献しているため、邪魔になっているとは言えないのだ。
殺しに来る(副声音は聞き間違いではなかった)と言っておきながら、なにもしてこないアランに、私でさえ、害にならないのならいっか、と放っておくようにしている。
しかし、ライはアランの存在そのものがそこにいるのが許せないようで、いつもアランを睨み付けている。
まあ、確かに、背中ばっさり斬られたしね。
こればかりは本人たちで解決するしかないだろう。
………面倒くさいとかじゃないよ、決して。ええ。
お客さんに話しかけられ、最近板についた営業スマイルをそちらに向けた。
「今日も良い売れっぷりだったねえ!いつもいる兄ちゃんのおかげでこっちも儲かってるよ!よろしく伝えといてね!」
「はい、伝えておきますね」
アランが通う前は夕方前くらいに売りきっていた野菜が、ここ最近は昼過ぎには売り切れるようになっていた。
これだからアランを追い出せないんだよなあ。
ライもカリーナさんが言った最後の言葉に変な顔をしている。
ちょっと面白いからやめて。
どうせ「アランは気に入らないけど、早く売れることは嬉しいからなにも言えないのが悔しい」とでも思っているのだろう。
人間全般が怖いはずなのに、アランに関しては恐怖よりも敵対心が勝っているらしい。
見ていてとても面白い。
帰ったら何でそんなに目の敵にしているのか聞いてみよう。
にやにやとしながら帰って聞いた答えが「サラさんって鈍いんですね」という達観したもので、更にライのその目が生暖かいものだったというダブルパンチが私を襲うことになるとは、この時の私は予想もしていなかったのである。