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「あああああああ!むっかつく!!」
なんだあれ!なんだあれ!
なんでライがあんなこと言われなくちゃいけないんだ!
今日は、ガリガリから痩せてるくらいに昇格したライのお祝いの服を買いに来ていた。
まあ、ただ単にキツくて入らなくなったから新しい服を買いに来ただけなんだけど。
そこに現れたのが、ライの元ご主人様だという、豪華とは言い難い服を纏ったニヤニヤと気味の悪い面をする男だ。
男は私を見ると、よお、と肩を掴んできた。触るな。汚い。
だが、男の顔を見ると何か見覚えがあるようなないような。
「あの指輪、どこでパチったんだよ。すげえ値がはったぞ」
指輪?………………ああ。あの、森で会った男か。
ライしか見てなさすぎて忘れてた。
ということは、ライの前の主人か?
奴隷は、平民には少し手が出しにくい値で売られているはずなのだが、明らかに男は貴族ではない。
男が意外と金を持っているか、ライが安すぎたのか。
目の前の男はニヤニヤと笑っていたが、ライを見つけると、驚いた顔をして親の仇でも見るように睨み付けた。
「こっちは博打で大敗けしてひもじい思いしてんのによぉ。お前は新しいご主人に贅沢させてもらってんのか?ああ?」
いや、ただの自業自得だろ。
しかも、せっかくの大金、全部博打に使ったのか?
………アホすぎて逆に可哀想に思ってきたわ。
心の中で呆れていると、男はとんでもない言葉をライに言った。
「いつも言ってんだろぉ?お前は蹴られることでしか生きる価値がないんだよ。だから、お前が贅沢なんかしちゃ」
邪魔。
気づいたら、男が壁に埋まってた。
いつの間にか魔法を使っていたみたいだ。
無意識って怖いわあ。
私は男に近付いて、耳を引っ張って、よぉく聞こえるように、耳の近くで、声をはって、言った。
「人の価値を、あんたが、決めるな!この」
はい、大きく息を吸って。
「っカス!」
投げ捨てるように手を離して目的地を目指して歩く。
ライが慌てて後ろを着いてくる。
「さ、サラさんっ、待って、下さい」
「あああああああ!むっかつく!!」
このイライラはショッピングで晴らすに限る!
「ライ!今日はライの要望聞いて決めようと思ってたけど、私の独断と偏見で決めてくから!」
どんどん決めてく私に、ライは両手一杯に荷物を持って苦笑いしていた。
「買い物終了!」
その言葉にほっとした様子のライは、夕陽に赤く染まっている。
日が高くなってから町に来たから、半日くらいかけて買い物したことになる。
ライは両手に持ちきれず、前と後ろにも荷物をくくりつけて、私も足を使いたいところだ。
これだけ買い物すれば、流石に私もスッキリした。
あんな男に言われたからって、怒る方が恥ずかしいよね、うん。
私は1人で納得して、瞬間移動で家へと帰った。
最初はビビりまくりだったこの技も、使い慣れたら便利すぎてこれなしでは生きていけないね。
物の便利化が進んでいた日本を思い出すよ。
ボタン1つで動く洗濯機も、昔は全部手洗いだったっていうんだから、昔の人は凄い。
家に帰って荷物をライの部屋へ運ぶ。
「さ、サラさん。ぜ、全部、自分の部屋で宜しいのですか?」
ライは、最初「わたくし」と言っていた一人称をいつの間にか「自分」と言うようになっていた。
こっちの方が素なのかもしれない。
私は何で確認されるのか分からず、ライの部屋に荷物を置いて答える。
「そりゃ、本人の荷物は本人の部屋に置かないと。私はいらないし」
すると、ライはぎょっとして荷物を見渡す。
「こ、これ、全部ですか?!」
「そうだけど」
だって、まずは服でしょ。私のはあるから、ライ用の新しいタオルとかシーツとか生活用品でしょ。ライの部屋はこざっぱりしすぎてるから、アンティークでしょ。壁紙もちょうど新しくしたかったから後で貼るでしょ。あ、冷房器具とか暖房器具とかもないよね。今度買いに……と今日買ったものを上げていったら、多すぎます!とライにしては珍しく怒った口調で咎められた。
「ど、奴隷にこんなに優遇するなんて、王宮の方々じゃないんですから、あり得ませんよ。それに、貰っても自分は何も返せないのに…」
「いーのいーの!ライには家事全般やってもらってるんだから」
ライは、奴隷だから当たり前なのに…とブツブツ言っているが、家事全般って凄い重労働でしょーが!
私の女子力のなさに磨きがかかるから、本当は手伝いたいんだけどなあ。やったらライが怒るんだよなあ。
最初は料理だけだったのに、気付いたら私の仕事なくなってました。なんで。
だから今は野菜を魔法でぽんぽん作るだけの怠惰生活を送っておりますよ、ええ。
「今日はあれがいいー。お肉ののったパスタみたいなのー」
「またですか?サラさんは、それが好きですねえ」
「だって、ライが作るとすんごい美味しいんだもん!」
ライは屋台で食べた料理を私のリクエストに応じて作ってくれるようになった。
今まで録なものを食べてきていないと言っていたライは、その辺の知識を貪欲に吸収している。
そして、それは私の楽しみとなって活用されている。
実にいいことだ。もっと吸収していいぞ。
るんるん、と部屋を出ていこうとしたら、ふとライの机の上にノートがあることに気付いた。
初めて買い物に行った時に、ライは何がほしいか訊ねると、服でも靴でもなく、ペンとノートが欲しいと言った。
その時に買ったものだろうが、何が書いてあるのだろうか。
いけないとは分かっていつつも、チラリと適当なページをめくる。
……ん?なんて書いてあるんだ?
私が解読をしようとノートに顔を近付けようとしたら、突然ノートが閉じた。
「あ」
しまった。
ノートの上には、最近肉つきの良くなった手がノートを机に押し付けるように広げてある。
「サラさん……」
「ごめんごめんごめんって!もう見ないから!お詫びに文字教えてあげるよ!あれってよく見えなかったけど、ライは文章書くの苦手なんじゃない?」
ライのただならぬオーラを感じて慌てて謝る。
ノートには、単語のようなものだけがずらりと書いてあり、とても文章にはなっていなかった気がする。
おそらく日記のようなものなのだろうが、あれでは日記とは呼べないだろう。
私が提案すると、ライはきょとんとした顔になって、「い、いいんですか?」と顔色を伺うように聞いてきた。なんとか、さっきの怒りは消えたようだった。
「勿論!」
よかった、お詫びになった!
怒ってこのまま、あの美味しいご飯が食べれなくなるかと思ったよかったああああ。
ほっと胸を撫で下ろした私に神のお裁きが下る。
「最近野菜が少ないですから、サラさんの嫌いな緑野菜も入れておきますね」
「げ」
最近、ライが私に容赦しなくなったのは、自分から滲み出る親しみのおかげなのかもしれないと、ライに泣きつく私の頭に浮かんだ。