1
私は、本を読むことが小学生の頃から好きだった。
本を読むことで、自分の知らない知識を取り入れていくことは勿論、摩訶不思議な世界へと誘ってくれるからだ。
まあ、それは喩えというもので空想上のありもしないことが起こるということが面白いのであり、本当に起こってほしいかというとそうではない。
私はそう思っていたし、今も思っている。
つまり、違う世界にとばされて聖女だ聖女だって祭り上げられる状況は、ほんっとうに望んでませんので元いた図書館に帰してはもらえませんかね。いや、ほんと。
ほんの2週間程前に、私は女子大生という貴重なブランドを手に入れた。
それまで真っ黒だった髪を明るすぎないブラウンに染め、高校では禁止されていた化粧をケバすぎないように施し、少し大人っぽさを意識したファッションをし、垢抜けた印象になるよう努めた。
その甲斐あって、高校では1週間たっても出来にくかった友達が3日で自由時間を共有する仲にまでなった。
元々大人しい性格故に、常にリードしてくれる友人とは相性がいいのではないかと密かに考えている。
いつもは友人と買い物にでもと連れ回されている時間なのだが、友人には断りをいれ、今日はどうしても一度は行っておきたかった図書館にいた。
つい先日に授業で学内案内をされ、その際紹介された図書館の本の多さに感動してしまったのである。
何て言ったって本を読むことは小学生から好きなのである。
立派な活字中毒といって良い。
どんな本があるのだろうと一度手にとっては読み始め、はっと気付くと30分程経っているということを繰り返し、気付けば明るかった室内が夕焼けに染まっていた。
いくら1人暮らしだろうとそろそろ帰らなくてはと、今持っていた本を仕切りのある机に既に4冊ほど重ねてある本の上に積み、まとめて本を持ち上げた。
目標は1週間以内に読みきることだ。
歩き始めようと通路を渡ろうとして右を向き、違和感を感じて振り返った。
そちらには壁しかなかったはずなのに、いつの間にか扉があった。
元からあっただろうかと首を傾げながら、一旦本を置いて扉に近付く。
こういうとき、人は好奇心で扉のノブを回してしまう生き物だと私は思っている。
例に漏れず私もドアノブを回した。
それも大抵の場合は扉が開かないというオチが待っているから出来ることで、油断していたのだ。
その扉はすんなりと開き、驚きながらも扉の中を見てしまった。
そう、見てしまったのだ。
扉の少し先にはコンクリートの上にレッドカーペットが敷かれ、それを目で追っていくと階段があり更にその先には、何て言うのだろう、確か、玉座?に人が座っている。
それはまるで王様といった風貌のその人はこちらを凝視している。
え、凝視している?私を?
思わず振り返った私は更に驚いた。
さっきまで只の通路だった道がなくなり、コンクリートの床が広がっていた。
その先には見たこともないくらいの大きな扉がある。
え、え?と再び前を向くとそこには今まで触っていたドアノブさえもなく、更に言うなら扉がなかった。
「は?」
と自然に出た言葉に静かだった辺りがざわめきだす。
周りを見渡すと中世の時代の人達が着るような服を纏ったおじさんおじいさんが何やらこちらの様子を伺うように見ている。
その人たちの前には4人の若い男の人が並んでおり、私と目が合った途端目を輝かせ笑顔で歩いてきた。
「ああ、聖女」
「この時をいつから待ち望んだことか」
「僕の可愛い聖女」
「やっと会えたのぅ」
4人は思い思いの言葉を述べ、私を囲むような配置につく。
いきなりのイケメンたちの襲来に目を白黒させた。
「お前たちは下がれ。聖女が困っているだろう。まずは、現状を把握してもらおう。デイル」
玉座に座っている王様らしき人が4人に向けて指示を出すと、4人ともピタリと動きを止め、元の位置に戻っていった。
代わりに前に出てきたのは青白い顔色の壮年の男性だった。
「貴女は聖女です」
そう始まり、聖女は魔王を倒す存在であること。魔王とは世界を脅かす悪であるということ。魔王を倒す為には旅に出なければならないこと。旅に出る前には魔力を高める為に訓練を受けなければならないことを説明された。
魔力とか魔王とか自分が聖女とかってのも何となく意味は分かったけれど、それより一番聞きたいのは。
「私は元の場所に帰れるのでしょうか」
元の図書館のことやここが何処かなんて説明は一切なかったけれど、とりあえず図書館でなく、どこか遠い場所に来てしまったのだと考えていた。
そしてそれは残念ながら当たっていたようだ。
「はい。魔王を倒すことが出来たならばすぐにでも」
デイルという骸骨みたいな人の言うことはいちいち薄っぺらくて信用ならなかったけれど、自分の都合のいいように考えておくことにする。つまり、帰れるのだ、と。
私は一度息を大きく吸い、吐き出した。
「分かりました。それでは訓練を始めてください」
そう言うと、周りの人たちや王様、4人のイケメンやデイルまでもが驚いた表情をする。
自分達が吹っ掛けておいて、すぐに信じた私に驚いたようだ。
王様は、咳払いをするとまたも4人に指示を出す。
「…アラン、マークス、サーヴェン、エヴィ、聖女を部屋へ案内して差し上げろ」
はっ、と短い応答をし、私を案内し出す4人。
いや、その腰の手はいらないから。
無言で手を払いのけたら4人の中の金髪が固まった。犯人はお前か。
幾らかのセクハラを回避しつつ歩き進めると、頭を下げたメイドとすれ違った。
綺麗な礼だなあと感心して見ていたら、メイドが4人に気付かれないようチラリと顔を上げ、目があった。
私は首を傾げながら4人に促されるまま辿り着いた部屋へ入る。
何故か、メイドの顔は哀しそうにこちらを見ていた気がした。