五.
夕刻、今日最後の太陽の輝きを背に受けながら、俺と綾奈は並んで下校していた。
本当は、午後からのレポート提出もすんなりと済ますことができたので、もっと早い時間に帰ることもできた。
下校がいつも通りの時間になっているのは、綾奈の授業が終わるのを待っていたためだ。
「ねぇねぇ、総真」
「ん?」
下校時間を合わせたことがよかったのか、綾奈の機嫌はよかった。俺の前を歩いたり、少し立ち止まってわざわざ後ろからついて来たり、なんだか子犬と散歩しているみたいだ。
「明日は休みでしょ?」
「そうだな」
明日は日曜日、基本的には休日だ。ちなみに澪月院は、土曜日もフルで授業がある。陰陽師の授業だけでなく、一般科目も少しは存在するからだ。学生にとっては少し厳しい日程である。だからこそ日曜日にはみんななにかしらの予定を入れる。となると綾奈ももしかしたら、
「私と一緒に買い物行こうよー」
「…………」
「どうしたの?」
俺の予感は的中した。予想通り買い物の誘いだ。しかし明日は俺にも予定があった。
ふいに立ち止まった俺の顔を綾奈が覗き込むようにして見る。
「明日はちょっと予定が……」
「えー! 予定ってなに?」
「……予定は予定だ」
「それじゃあ分かんないでしょ!」
俺の制服をぐいぐいと綾奈が引っ張る。
……まいったな。
明日は前々から明華と買い物に行く約束をしている。
明華とは付き合ってはいるものの、今までなかなか時間が取れずあまり遊びに行くことができなかった。
だから明日は明華と二人きりで遊びたい。
綾奈には悪いが、ここは断るしかないな。
「すまん。明日はどうしても優先したいことがあるんだ。買い物は来週な」
俺が言うと、綾奈は俺の顔をジッと見つめ返してきた。そして無言のままだ。
なにか言い返してくると思っていたが……無言の方がなんか気まずい。
「えっと……」
沈黙に耐え切れなくなってきた。それくらい綾奈の無言の圧力は強い。そして目も逸らさない。なにか話さない話題を振った方がよさそうだ。
「…………分かったわよ」
そう思った時、綾奈が呟いた。
「えっ?」
「分かったって言ったの。買い物は来週でいいわ」
「ホントか? ありがとう、綾奈!」
「…………怪しい」
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ、なにも言ってないわよ」
なにか聞こえた気がしたが、空耳だったらしい。にしても綾奈の聞き分けが予想以上に良くて助かった。下校時間を合わせた甲斐があったというものだ。
これにて一件落着だ。
明日への障害がなくなって俺が安堵していると、綾奈がスタスタと先を歩いて行く。
……おいおい、俺を置いていくなよ。
俺はその後を追った。
小走りで近づいたため、俺と綾奈の距離はすぐに縮まる。
綾奈に近づくと、なにやらブツブツと聞こえてくる。どうやら綾奈がなにかを呟いているようだ。
「……絶対あやし…………なにか隠して…………尾行…………つきとめ……」
なにを言ってるんだ? よく聞こえないが、なにやら不穏な単語があった気がする。
近づく俺の足跡に気づいたのか、綾奈の呟きはピタッと止まった。
「あ、綾奈?」
俺に背を向けている綾奈の名前を恐る恐る呼ぶ。
「……なに?」
そう言って振り返った綾奈の顔は――笑顔だった
「どうしたの?」
「い、いや……」
背中から漂っていた雰囲気と全然違う表情だったので、俺は少し戸惑ってしまう。
「変な総真。……ふふふ」
なんだ、俺の考えすぎか。やっぱり綾奈の機嫌はいいじゃないか。
今日はいろいろと振り回されたから、俺が勝手になにかあると考えてしまったみたいだな。……まったくどうかしてるぞ、俺は。
変に疑ってしまった綾奈に悪いなと思い、俺は拳で自分の頭をコツンと叩いた。
空に目を向けると、そこはすでに夜の色に染まりつつある。
消えゆく太陽の代わりに、大きな満月がその姿を主張し始めていた。




