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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第四章 守るべきもの
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三.

 俺は、明華への想いを大切に心にしまい込むと、智也へ鋭く目を向ける。

「……明華は約束を守った。次はお前の番だ、智也」

「分かったよ」

 智也は、意外なほど素直に応じる。ただ、油断はできない。

「まず、綾奈を地面に寝かせろ。そして距離を取れ」

「りょーかい」

 俺の言う通りに、綾奈を地面に寝かせて、離れていく。俺との距離はさほど変わっていないから、俺を中心に円を描くように動いているようだ。

「次は――」

「ちょっと待った」

 俺の指示を遮って智也が話し出す。

「一つ、提案がある」

 右手の人差し指を立てて智也が言う。

「……なんだ?」

「俺と一対一で戦わないか?」

「なんだと……?」

 智也の提案は、また俺を驚かせる。一対一、つまりタイマンを申し込んできたのだ。

「そんなことをして、俺になんのメリットがある?」

「メリットはあるぜ。明華のことだ」

「なに?」

「明華の裏切り行為について、知っているのは俺だけだ。あいつは『鬼ヶ島』に帰りはしたが、今はただ帰還したということしか他のやつには分からない。この作戦失敗の責は追うかもしれないが、裏切り行為よりは遥かにマシだろう。……つまり、ここで俺を倒せば、お前は明華を守ることができるんだよ。プレゼントのペンダントに誓ったんだろう? 絶対に守るって」

 智也は今日一番の笑みを見せた。こんなに面白いことはない、という様子の満面の笑みだ。

 こいつ、俺たちのあの約束を……大切なあの約束をバカにしてやがる。

 体の内から怒りが込み上げてくる。奥歯がギリリと鳴った。

「もう一つ、お前に有利は条件をやるよ。俺との戦いで、お前が勝とうが負けようが、お嬢様の命は助けよう。どうだ? いい条件だろ」

「…………」

「あれ? 反応が薄いな」

 智也が意外そうな顔をして首をかしげた。俺は心の怒気を抑えながら問いかける。

「……一つ、聞いていいか?」

「なんだ?」

「なんで俺なんかと戦いたがる? 俺より強いやつなんて世の中にはゴロゴロいるのに」

 その問いに、智也は初めて言葉に詰まった。ニヤついた笑みが消え、真剣な表情に戻る。

「なんでだろうな。俺にも分からない。だが、初めてお前を見た時に、お前とは戦わなければならないと直感した。そして今日まで、ずっとその感情があった」

「そうか」

 そう返しながら、俺は目を閉じた。そして、明華に心の中で謝る。

 ――ごめん、明華。少しだけ無茶する。けど、きっと勝つからな。そして、お前を守るよ。

「分かった。その提案、受ける」

 俺が目を開いて言うと、智也はまた、心底嬉しそうな表情になる。ここまで俺も抑えていた怒りを解放した。

 明華をずっと操っていたこと、俺と綾奈を騙していたこと、そして俺と明華の約束を嘲り笑ったこと。怒る理由なんていくらでもある。

 俺は、半身になり、刀を智也に向けた。そして、

「お前はここで倒す」

「ははは! そうこなくっちゃな! やってみろ! この太刀『童子切(どうじぎり)』の切れ味を見せてやるよ」

「『童子切』……?」

 その名前に、俺はピクリと反応した。聞いたことがあったからだ。

 たしか、『天下五剣(てんかごけん)』といわれる刀の一つだ。どんな敵も、まるで(わらし)を斬るかのごとく、簡単に斬り伏せるためにそう呼ばれた、と伝えられていたはずだが……なんでそんなものが智也の手の中にある? たしか実物は、遥か昔に失われたと澪月院にあった資料には書いてあったのに。

 しかし、ただ一つ分かることは、あの太刀から発せられていた威圧感の正体だ。『天下五剣』とまでいわれる名刀なら、それにも納得がいく。

「こいつはな、もともと俺たち『鬼人』のものだ。それを俺が十七年前に人間から返してもらったんだよ」

「十七年前、だと?」

 『天下五剣』が『鬼人』のものだというのも驚きだが、それ以上に俺は、「十七年前」という単語に反応した。十七年前といえば、俺は赤ん坊だ。なぜそんな時に智也が『童子切』を人間から奪い返せる。智也も同い年じゃないのか。

「あぁ、これもお前に話したことはなかったな」

 真実など、なに一つ語っていなかったというのに、智也はわざとらしく手をポンと打つ。

「『鬼人』はお前たち人間と違って、肉体年齢が若い期間が長い。肉体が二十歳前後まで成長すると一度成長が止まるんだよ。俺も、実際の年齢はお前より上だ。こっちの世界の女性が聞くと、羨ましがりそうだろう」

 サバを読むってレベルじゃないくらいの年齢詐称だったってわけか。だが、見た目はどう見ても十代後半だ。たしかに世の女性は羨ましがるだろうな。

「へぇ、年齢が上にしては、お前の高校生の演技は板についていたぜ」

「それはありがとう」

 智也が少し頭を下げた。

 今の情報は、戦う前に聞けてよかった。戦闘というのは、己が持つものがすべて試される。なにも剣や陰陽術の実力がすべてというわけではない。そこに長年の経験から蓄えられた知識が絡んでくる。この知識だけは自分が頑張れば手に入るというわけにはいかない。だから、相手が同い年と思ってかかるのと、そうでないのとでは大きな差があるのだ。

 俺は、最大限の警戒を智也へ払う。その時、一抹の不安が頭の中を過ぎった。

 ……ん? だとすれば明華は?

「ははは、心配するなよ。明華は正真正銘の十七歳だ」

「なっ!?」

「お前も明華のことになると顔に出過ぎなんだよ。俺じゃなくても分かるぜ」

 智也にズバリと指摘される。しかも的確に考えていることに答えられてしまった。……だが、今回ばかりは安心した。よかった、十七歳で。

「さて、もういいか? 始めようぜ」

 智也がそう言うと、『童子切』を構える。構えは意外にも型にはまったもので、体の正面に刀を置いて体勢を整える。

 俺は、依然として半身のまま、左手で刀を持ち、智也に相対する。

 戦いをあまり長引かせるわけにはいかない。悔しいが実力は智也の方が上だろう。それに智也はまだあの『人体(じんたい)鬼化(きか)』を使っていない。『鬼』になると、さらにパワーが上がるのだ。それを踏まえると、短期で、それもほぼ一撃で仕留めないと厳しい。長引かせてもジリ貧になるだけだ。

 左手に持った刀の感覚を改めて確かめる。ここからのミスは許されない。気を引き締めて、智也と睨み合った。

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