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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第三章 真実
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六.

「……その力……その眼さえなければ」

 綾奈の瞳を見た明華が呟く。どうやら明華も『月の眼』のことは知っているようだ。月神家の家系である綾奈をターゲットとしていたなら、調べていて当然と言えるのかもしれないが……。

「――かかれ!」

 明華が叫ぶ。すると、その言葉に反応した五体の一角が、一斉に綾奈に襲いかかった。だが、それより遥かに速く、綾奈は動き出していた。『月の眼』によって精細さを増した視覚情報は、明華の唇の動きさえも捉え、次の行動を綾奈に伝える。

 それによって次に起きる行動を把握した綾奈は、すでに両の手首に巻いた呪符を同時に外し、構える。

「『瞬炎(しゅんえん)』!」

 綾奈が両手に持った呪符から、炎でできた矢が飛びだす。『瞬炎』という術は、それほど難易度が高い術ではない。しかし、呪符の複数同時発現となると話は別だ。

 呪符からの術の発現は、通常一度につき一枚ずつだ。つまり同じ術でも複数発現させるためには、複数回その名前を呼ばなければならない。だが、実力を兼ね備えた陰陽師は、それを一度に行う。それが『(せい)(げん)』といわれる技だ。

 この技が難しいのは、発現させる呪符へ、均等に意識を集中させなければいけないからだ。もし、どちらかに意識が集中しすぎると、片方のみ発現し、もう一方は空撃ちになってしまう。しかも、中途半端に意識されているため、空撃ちだった呪符も消費してしまうという最悪の結果が引き起こされる。この技を習得するためには、まず符術の基礎の習得と、各術の知識、高い集中力が要求される。そのためこの術を鍛錬し出すのは、澪月院では四年生以上になってからだ。入学の時点で使えている綾奈のセンスは驚異的の一言だろう。

 その『斉現』にとって現れた合計二本の炎の矢は、綾奈を襲撃しようと動き出した五体の一角のうち、二体と出会いがしらに衝突した。炎の矢が深々と胴体に突き刺さった二体は、そのまま二、三歩前に進んだ後で、がっくりと膝をつく。そこに追い打ちをかけるように炎の矢が爆ぜた。一瞬、耳を塞ぎたくなるような音が響く。そして、爆発の閃光がやんだところには、黒い焦げ跡が残るばかりで、二体の一角の姿は四散していた。

 だが、これで終わったわけではない。残る三体の一角は、爆発に怯むことなく綾奈へと迫る。

 さっき綾奈が使った『瞬炎』の呪符は緊急用のものだ。たぶん綾奈の呪符は今の二枚で尽きたはず……。あとは詠唱の必要になる通常の術しか使えない。――しかし、それは綾奈が普通の陰陽師だったらの話だ。

「『四式(よんしき)結界(けっかい)』!」

 手を三体の一角のうち一体に向けて、呪符を持たずに綾奈が叫ぶ。

 すると、綾奈が手を向けた先にいた一角を、正方形の結晶体が取り囲む。それはガラスのように透明で、それでいて白く淡く光を放っていた。

 ――護術『四式結界』。

 正方形の光る障壁を発生させ、敵を封じたり、自らの身を守ることのできる結界の術だ。その応用性の高さから、護術としてはかなり使用頻度の高い術でもある。

 その『四式結界』自体も澪月院の一年生が簡単に使える術ではないことは確かだが、それもよりも驚くべきは、綾奈が、呪符を持たずに『四式結界』を発現させたことだ。呪符がなければ、呪文詠唱をしなければ術は使用できない。それが陰陽術の(ことわり)だ。

 だが、その理さえもやすやすと超える力がある。それこそが『(つき)()』の真の力、「術の詠唱破棄」だ。

 『八神』には、それぞれの血筋に適応する系統の術がある。月神家では、結界の術や幻覚の術などがそれに該当する。『八神』は、瞳の力を発動中に限り、その該当する術すべてにおいて、詠唱の破棄が可能なのだ。

 つまり通常の術のように詠唱の手間が必要なく、符術のように呪符の残数を気にする必要がない。陰陽術のデメリットを一切廃して、メリットだけを集めた力、それが『八神』の瞳の力なのだ。

 俺も久しぶりに見たが、改めて反則だと思う。多くの陰陽師たちが頭を悩ます問題を一蹴し、あざ笑うかのごとき力だからだ。

 そんな『月の眼』の使用者である綾奈は、その力を存分に見せつける。

 一角の一体を結界に封じると、くるりと体を素早く回転させて、他の一体に手を向ける。そして、

「『四式結界』!」

 さっきと同じくもう一体も光る障壁の中に封じてしまう。――これで四体。

 しかし、さすがにあと一体の一角まで封じる時間はない。綾奈のすぐ近くまで肉薄した一体が鋭い爪を綾奈に向ける。

「『一式(いっしき)結界(けっかい)』!」

 だが、それより速く綾奈が術を唱える。

 すると、綾奈と一角を仕切るように一枚の光る壁が現れた。『一式結界』は、『四式結界』のように四方を囲む術ではなく、一枚の壁を発現させる術だ。複数の方向からの攻撃には対応できないが、その代わり発現速度は速い。

 発現した壁に一角の爪が衝突する。しかし、壁には傷一つ付いていない。

「甘いわね――『四式結界』」

 綾奈が、間髪入れずに唱えた術で、『一式結界』の壁に阻まれ、動きを止めていた一角の最後の一体も、結界の中に封じられた。

「グオオオオ!」

 封じられた三体の一角は、結界を破壊しようと、唸り声を上げながら、爪でむちゃくちゃに壁を斬りつけるが、壁はびくともしない。

 綾奈はその様子を一瞥し、今度は立ち尽くす明華の方へ視線を向けた。

「……『結界変化――千本(せんぼん)()(しん)』」

 そしてゆっくりとそう唱えた。

 その次の瞬間、綾奈と明華の間にあった三つの結界が、強く光った。結界が自ら発するその光で、中にいる一角の姿は覆い隠される。

「グアッ……!」

 そしてその光の中から、一角の潰れたような声が聞こえたかと思うと、先ほどまであれだけ上げていた唸り声が止んだ。

「――――!?」

 光が消えた後の結界を見て、明華が息を呑んだのが聞こえた。残された結界の中には、見るも無残な一角の姿があったからだ。

 結界の壁から、無数の針が伸び、内側にいる一角を串刺しにしていたのだ。体中を刺し抜かれた一角は、すでに絶命しているようで、三体ともその動きを止めている。例え生きていたとしても、体中を固定された状態で動くことはできないだろう。

 その一角の有様は、中世のヨーロッパで使用された拷問器具「鉄の処女(アイアンメイデン)」を想像させる。

「これで五体……次はあんたよ」

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