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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第二章 予兆と予想
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五.

 それから、俺、明華、綾奈の三人は、到着した下級陰陽師たちにショッピングモールの裏方に連れて行かれて、事情聴取を受けることになった。

 これはしかたのないことだ。この件の渦中にいたのは俺たちだし、それを収束したのもまた俺たちだからだ。

 それに『陰陽師職務規約(おんみょうじしょくむきやく)』のこともある。今回のように緊急性がある場合は、規約の違反とはならないだろうが、それもきちんと証言しておかないと、あとで面倒になることが多い。

 結局、長い事情聴取を終えて俺たちが解放されたのは、すでに太陽が山の向こうに姿を消してからになってしまった。

 残念ながら俺と明華の買い物もあえなく終了となる。

 まぁ、あんなことがあった後で、また呑気に買い物を再開するほど、俺も明華も図太い神経はしていないが。

「うぅー……あの陰陽師たちムカつく!」

 ショッピングモールからの帰路をまとまって歩く俺たちの最前で綾奈が呻いていた。よほどさっき事情聴取を受けた時に対応した下級陰陽師たちのことが頭にきたようだ。

 ……ちょっと分からなくはないけどな。

 最初から威張ったような姿勢を見せてはいたが、特に事情聴取をしている相手が学生だと分かってからは、その態度の変化は顕著だった。

 俺たちが一角を二匹も倒したことがよほど信じられなかったのか、何度も俺に倒した時の証言を求めてきた。

 あまりにしつこく聞くので、最後の方は目の前にいる下級陰陽師の一人で再演してやりろうかと考えたくらいだ。

 俺ですらこんな状態なんだから、綾奈の方は推して知るべしと言ったところか。

 ただ、綾奈の方も陰陽師たちが何度聞いても自分の名前を「綾奈」としか言わなかったことに問題はある。聴取が始まった時からそんな態度なのだから空気も悪くなるのは当然だったのかもしれない

 とはいえ、綾奈の気持ちも分からなくはない。もし名字を言っていたら……想像するのは簡単だ。相手の態度は一気に軟化し、もしかしたら「お茶でもいかがですか?」と聞かれでもしたかもしれない。

 この関東地方では、それほどの影響力が「月神」という名にはある。

 綾奈はそんな風に態度を変える大人をたくさん見てきた。そしてそういう大人を嫌っている。薄っぺらい称賛と表面上だけの笑顔にはうんざりしているのは俺もよく知っていた。だから俺には、この綾奈の態度を怒ることができない。

「あいつらこれ見よがしに名刺を渡してきて……あーもう! 帰ったら父さんに言ってどこかにとばしてもらおうかな!」

「……さすがにそれはあの人たちが可哀そうだからやめとけ」

「冗談よ。分かってるってー」

 たしかに本人は冗談のつもりなのだろう。だがもし、本当にちょっとでも、ほんの少しでも今日のことが綾奈の父親、つまり俺の育ての親で、現在の月神家当主である(つき)(がみ)(せい)()さんの耳に入れば、どこかにどころか即刻首がとびかねない。

 ……おじさんは綾奈に甘々だからなぁ。いまだに「綾奈を嫁にしたいなら私を倒せるだけの実力を備えてからこい!」とかわけの分からんことを俺に言ってくるし……。

 現役の月神家当主を倒せるのは、この日本にもほとんどいないだろうに。

 普段の立ち振る舞いは完璧なだけにその落差が半端じゃない。『親バカ・オブ・親バカ』とは間違いなく誠司おじさんのことだと言える。

 三人の下級陰陽師が誠司おじさんの一息で吹き飛んでいく。縦社会を象徴するような悲しい妄想を消しながら、俺は最後尾を歩く明華に目を向けた。

 目を伏せたまま無言で歩く明華の姿は、どこか痛々しさすら感じられる。いきなり『鬼』に襲われたのだからショックを受けるのも当然と言えるのかもしれないが、それ以外にもなにか理由があるような気がしてならない。

「明華」

 俺が名前を呼ぶと、明華は伏せていた目線を上げて俺を見た。

「大丈夫か?」

「うん……大丈夫だよ」

 明華は取り繕うような笑顔を浮かべる。しかしとても大丈夫には見えない。

「あ、そういえばさ」

「ん?」

「あの時……あの『鬼火』が現れる直前のことなんだけどさ。なんで謝ったんだ?」

 ……本当は、「なにを言おうとしてたんだ?」と聞こうとした。けどそれを聞けば明華を追い詰めてしまうだろう。だから少しだけ言葉を濁して、なんで謝ったのかを聞いた。もしかしたらそれでもなにかヒントのようなものが見つかるかもしれない。

「あ、あぁ……あれね。あれは……その、総真君にせっかくプレゼントを貰ったのに、きちんとお礼を言えずに、しかもいきなり泣いて迷惑をかけてしまったから……だよ」

「そうか……ははは、そんなことで謝らなくてもいいのに」

 だけど、そういった俺の思惑は叶わなかった。

 明華の口から出るのは、いかにもありそうな理由だけだった。

 あの時の明華は、間違いなくそのことで謝ったわけじゃないだろう。だが、それ以上追及する術を俺は持っていない。歯軋りしそうなほどもどかしい気分だ。

「ちょっと二人とも! なに立ち止まってるのよ」

 その時、先頭を歩いていた綾奈が反転して戻ってきた。俺たち二人が自分に着いてきていないことを気づいたようだ。

「あ、悪い。ちょっと明華に聞きたいことがあったから」

「ふーん……それってさっき聴取されてる時にも言ってた話のこと?」

 綾奈が体の前で腕を組むと聞いてきた。

「いや、その話じゃないよ」

「あ、そう……それはそうと、総真はあの話、本気でしてたわけ?」

 綾奈がいう「あの話」とは、俺が事情聴取の際に下級陰陽師たちに主張したことだ。

 俺は、下級陰陽師たちに「一角は明華を狙っていた」と話した。言葉だけを見れば、別段におかしなことはない。実際にその通りなのだから。

 だが、俺はもっと踏み込んだものの言い方をした。「一角たちは明華個人(、、、、)を狙っていた」と。俺のこの主張を聞いた瞬間、下級陰陽師たちのみならず、一緒にいた綾奈や明華まで目を見開いて俺を見た。特に下級陰陽師たちは、「こいつ正気か?」とでも言いたげな目をしていた。――それもそのはずだ。

 古来よりの通説として、『鬼』は意志を持たず、明確な知能を持たず、ただ人を襲うだけの存在とされていた。だからこそ共存が不可能であり、陰陽師たちがその生命をかけて戦っているのだ。

 俺の主張はそれを根本から覆すものであり、例えるなら俺だけが夜を昼と呼んでいるようなものだ。簡単に言うと、ありえないということだった。

「……本気だよ」

 だが、俺にはある種の確信があった。

 あの一角の澱んだ瞳の奥には、なにかしらの明確な意思が存在していた。それは一角と対峙した俺だけにしか分からないかもしれない。

 俺がさっきから明華がなにか知っていることがあるんじゃないかという疑問を持っているのもこの主張からきている。

「だけど……もうずっと昔から『鬼』は意志をもたないものって言い続けられてるのよ?」

「それは……そうなんだけど。でも、今日のあの場所ではありえないことがすでに一つ起こっただろ? 白昼の、それもショッピングモールの中で一角が二体同時に現れるなんて普通考えられるか?」

「たしかにあの出現は不可解なものがあるけど……でも絶対にないなんて言えないわよ? 『鬼』の出現パターンはそれこそ千差万別なんだから」

「そこなんだよ。……絶対にないなんて言えないんだ。出現パターンに千差万別あるなら、個体差なんてそれこそ億通りある。……中には知能がある『鬼』が現れたって不思議じゃないはずだ」

「でも、今回現れたのは最弱の一角よ。言っちゃ悪いけどあの一角には知能があるなんて思わなかったけど?」

 綾奈が俺の目を覗き込んでくる。あくまで否定的な意見を言ってはいるが、俺の主張に興味津々なのは分かる。

「……そこが逆に怖いんだ。一角が知能を持つ程度なら本職の陰陽師になら対処できるだろう。けど、もし『鬼を使役する鬼』がいたとしたら……」

「『鬼を使役する鬼』? そんなの聞いたことないわよ」

 さすがの綾奈も呆れたような口調で言った。

 しかしその時、俺の頭の中ではある場面が映し出されていた。それは実際見たわけではない。先日見た夢の場面だ。燃え上がる神社を背景に立つ――、

「『人型の鬼』……」

 俺がそう呟いた瞬間だった。

 後ろを歩いていた明華が足を止めた。

 振り返って見た明華の顔は目が大きく見開かれ、驚愕の表情が張りついていた。なにか怖いものでも見るように俺を見て、唇を震わせている。

「あす、か……?」

「……ご、ごめん。わ、私……ここからは一人で帰るね」

 明華の様子が大きく変化したことに驚いた俺が声をかけると、明華は絞り出すような声でそう言うと、さっと駆け出そうとする。しかし、その華奢な腕を俺は掴んで、明華を押し止めた。

「ちょ、ちょっと待てって! あんなことがあった後だし、家まで送っていくよ!」

「いい! やめて!」

 だが、明華は拒絶の言葉を叫びながら、俺の腕を振り払った。

「……ごめんなさい。でも、私は大丈夫だから……それと、今日は楽しかったよ。ホントに楽しかった。……あとプレゼントありがとう……大切に、するから」

 そしてそのまま俺に目を合わせることなく、一方的にそう言うと走り去ってしまった。遠ざかっていく後姿を見ながら、俺の頭は激しく混乱していた。

 ……なんでこうなる。明華とただ楽しく買い物をするだけのはずだったのに……プレゼントを渡して、笑顔で過ごせるはずだったのに……。どうなってるんだ……明華、お前はなにを知ってるんだ?

 しかしその疑問に対する答えが返ってくるはずもない。俺は立ちつくすほかなかった。

「ふん……なにあの女。私と総真が守ってあげたのに態度悪いったら」

「…………」

「……ねぇ、総真」

「……なんだよ」

 隣にいる綾奈が、俺を見つめている。だが俺は綾奈を見ずに聞いた。

「あの女……明華と付き合ってるの?」

「…………」

 綾奈の問いにすぐに答えられなかった。というより答えたくなかった。綾奈には、今の一連の醜態を目の前で見られた。その上で今の質問だ。正直、バカにされているようにしか思えない。

「ねぇ、どうなの?」

 綾奈が、俺の袖を引っ張って再度問うてくる。今度は俺が、綾奈の手を振り払う番だった。

「――っ! うるさいな! 尾行してたんだろ? だったら見てて分かんないのかよ!」

 思わず声を荒げてしまう。こんな言い方はしたくない。してどうにかなるものじゃない。けど……今の俺には、感情を抑えられなかった。

 綾奈は、俺の怒声に驚いて、目を見開く。その瞳が揺れている。しかし綾奈はなにかを堪えるように目を細めると、俺に言い返してきた。

「分かんないわよ! そんな言い方されても! はっきりしてよ!」

 ……なにがはっきりしろ、だ。そんなに俺を惨めに落としたいかよ。だったら――、

「だったら言ってやるよ! あぁ、俺は明華と付き合ってる! これで満足か!?」

 激情に任せて言いきる。すると、綾奈の動きがピタッと止まった。

「……本当なの?」

「あぁ、本当だよ! 嘘をつく理由がどこにある!」

「本当なんだ……本当にあの子と、明華と付き合ってるんだ」

 顔を伏せたために綾奈の表情は見えない。ただひとり言のように、俺が言ったことを繰り返している。そのことが逆に俺をイラつかせた。

「……だからなんだよ」

「え?」

「だからなんだって言ったんだ! 俺と明華が付き合ってるってことにお前がなんの関係があるだ! 尾行までして……あぁ、そうか、俺の失敗するところが見たかったのか? 俺が失敗して惨めな姿を見せるのをおもしろがってたのか? そうだろうな、所詮お前は、俺のことを家来としてしか見ていないからな! ……だったら満足だろ? 今の俺は最高に惨めだ。……だからもういいだろ? 俺たちのことにお前はまったく関係な――――」

 バシッ! という音と共に俺の左頬に鋭い痛みが走った。その一撃は予想だにしていなかったことで、綾奈に頬を叩かれたのだと認識した時には、俺は背後のブロック塀に背中を打ちつけ、地面に座り込んでいた。

「関係なくなんかない!!」

 綾奈が叫ぶように言った。その顔は、今まで見たことないほど怒っていた。そして同時に瞳から大粒の涙が止めどなく溢れていた。

「――っ! 総真の大バカ! もう知らない!!」

 綾奈は涙を両手で拭うと、俺を置いたまま駆け出して行った。俺は動けなかった。

 ブロック塀に背中をあずけ、座り込んだまま茫然と綾奈が立っていた場所を見ている。綾奈がどいたため、今は空が見える。今日も満月がその姿を現していた。

 綾奈が泣いていた……。俺が泣かしたのか?

 満月を見ながら考える。さっきまで最高に惨めだと喚いていた自分が実に滑稽に思えた。

 なんだ……さらに惨めな展開があるじゃないか。

 大切な彼女には、信頼されず拒絶され……大切な家族には、俺から罵った挙句に頬を叩かれ…………なにやってんだ、俺は。

「……ホント、なにやってんだよ」

 そう呟くと、途端に抑えられなくなった思いが体の奥から湧いてきた。それは実体をなし、目から雫となって零れ落ちた。

 そんな俺の姿は、空の満月さえも見るのに忍びないと思ったのか、いつの間にかその姿を雲間にひっそりと隠していた。


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