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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第二章 予兆と予想
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四.

 突然、明華の背後に赤黒い円が現れたのだ。それの大きさは直径二メートルくらいで、円の縁には炎が揺れている。円の中心部は、黒雲に覆われた空のようになっていて、中まで見通すことはできない。

 俺は、澪月院の授業で流された映像の中で、これを見たことがあった。赤黒い円の名前は『鬼火(おにび)』、その能力は――。

 俺はその能力を思い出した瞬間、叫んでいた。

「危ない!」

 それと同時に明華に跳びかかると、そのまま明華をかばうように俺の体を上にして床へと倒れ込む。

 その直後、明華が座っていたイスが『鬼火』から出てきたものに斬り裂かれた。

 俺は倒れたままそれを見た。もし反応が遅れていたら、そこに座っていた明華がどうなっていたかを想像するのは簡単だ。

 『鬼火』の能力、それは『鬼』をこの世界に生み出すというものだ。生み出すという表現が正しいのかは分からない。なにせ今になっても『鬼』がどこで生まれているのか、そしてその目的がなんなのかすらも分かっていないのだから。

 けど、今はそんなことはどうでもいい。

 今必要なのは、その『鬼』が俺の目の前に現れたということ、そしてその『鬼』が明華を襲ったという事実だけだ。

 斬り裂いたイスを踏みつけながら、倒れている俺たちの方へ、その醜悪な顔を向けるのは、先日戦ったばかりの「一角(いっかく)」だ。

 逃した獲物を見定めるように、俺たちを見る。

 その時、周囲で悲鳴が爆発した。時が止まったように停止していた一般人たちもやっとなにが起きたのか理解したのだろう。突如現れた異形のものから逃げようと、我先にと散っていく。

 だが、俺は逃げるわけにはいかない。その理由は、陰陽師としての使命とかそんな大層なもんじゃない。ただ、自分の横に倒れている明華を守らなければならないからだ。

「くっ……!」

 俺は反射的に立ち上がり、左手首に手を添える。その左手首には呪符が巻いてあった。

 これは非番時の陰陽師たちがよくやる手だ。どうしても軽装になってしまう非番時の対策として、最低限の装備をしこんでいる。その代表的なものが、俺のしているような手首に巻くという方法だ。

 呪符用に使われている特別な紙は、大した違和感もなく手に馴染んでくれる。そして手首という場所は、あらゆる面で使いがってのいい場所だった。

 俺は手に巻いた呪符をなぞり叫んだ。

「『封物(ふうぶつ)』!」

 すると、言霊に反応し、呪符が光る。

 その光は、一瞬、俺の体を包むほどに大きく輝いたが、すぐに収束を始め、俺の右手の中で形を成していく。

 そしてその光が消えた時、俺の右手の中には、いつも使っている刀が握られていた。

 『封物』は、呪符の中に道具を収めることができる符術だ。生きたものは収めることができないが、それ以外なら一つに限り収めることが可能だ。その使い勝手の良さから、多くの場面で重宝する符術である。

 俺は、こうして得た刀を鞘から抜く。

 その鞘を投げ捨てたのが合図になったかのように、一角が動いた。

 先日と違って、今日は距離が近い。相手の動きをゆっくりと見極めている時間はなかった。

 襲いくる一角の右腕を刀身でガードする。近々距離ともいえるこの間合いでは、刀は取り回しにくい。逆に、相手の武器は、肉体の一部である爪だ。小回りという点では俺の方が劣っている。

 一角はその利点を突いて、止められた右腕をそのままに、今度は左腕を振るってくる。

 俺はまだ学生だ。一流の陰陽師ではないし、一度も死線というものをくぐったこともない。月神の家で鍛錬は積んだものの、それをくぐるか、くぐらないかでは大きな違いがあるといえるだろう。

 だからその時、明確な殺意を持って振られた左腕に、俺は恐怖した。

 一瞬、その左腕が俺の体を斬り裂く場面が脳裏に描かれる。腹から鮮やかな血をまき散らしながら、崩れ落ちる俺の目は生気を失って虚ろだった。

 その幻影と目が合ったような気がして、俺は思わず声を上げていた。

「う、うおおおお!」

 ただ幸運だったのは、俺の体はその恐怖に対して硬直するのではなく、逆にそれを振り払うために素早く反応してくれたということだ。

 一角の左腕が俺に到達するよりも速く、俺の右膝がその胸部にめり込んでいた。

「カッ……!」

 予想外の衝撃だったのだろう。息が詰まったような声を出して一角が後退した。そうしてできた隙間を逃すわけにはいかない。そこは俺の武器が生きる距離、刀の距離だ。

 俺は振り上げた刀を渾身の力を込めて一閃した。

 一角は、自身の左上から来る刃に対して、とっさに左腕を上げてガードをしようとしたようだ。しかし、俺の全体重をかけた刃は、その左腕をやすやすと両断し、そのまま一角の体を袈裟に斬り落とした。

 一拍後、一角が膝から崩れ落ちるようにして前のめりに倒れた。俺の渾身の一撃は、その命を刈り取ったのだ。

 ……勝った。まさにギリギリだったが、なんとか勝てた。

 これで一息つけ――、

「総真! 後ろ!」

 その声に俺はハッとなって振り向く。そして目に入った光景に、吐きだしかけた息をもう一度飲み込んだ。

 まだ倒れたままの明華のすぐ横で、『鬼火』が発生し、そこからすでに新たな一角が出現していた。

 しかもその一角は、今俺が倒した個体と同じく明華に狙いを定めている。

 ――ヤバい!

 すでに振り上げられた右腕の爪が、ギラリと輝く。あとはその腕を下ろすだけで、明華の体は簡単に引き裂かれてしまう。

 俺は明華を守ろうと、足を動かす。しかし、それはあまりにも遅い動き出しだ。さっきの自分の死に様よりも絶望的なイメージが俺の頭に広がる。

 ま、間に合わな……!

「『疾風(はやて)』!」

 明華に駆け寄ろうとした俺の横を、薄い緑色の矢の形をしたものが文字通り風を纏って疾走した。

 そしてそれは、今にも腕を振り下ろそうとした一角の眉間に命中した。一角はその衝撃で首を一度後ろにガクンと曲げた。曲げた首が戻って来た時には、その醜悪な顔にはなにが起こったのか分からない、という感じの驚いた表情が浮かんでいるように見えた。

 しかしそれも一瞬のことで、脳髄まで達したであろう薄緑の矢のダメージが伝わり、体をビクンと大きく痙攣させた後、背中から大の字に倒れた。

 俺はその一部始終を目の前で見ていた。そしてすべてが終わった後に、薄緑の矢が飛んできた方向を振り返る。そこには中に込められた呪力を使い切り、ぼろぼろと崩れていく呪符を持ったままの少女がいた。

「あ、綾奈……」

 そう、さっきの術を放ったのは綾奈だったのだ。そして、たぶんその前に俺の名前を呼んで警告してくれたのも。

 グレーのパーカーを羽織り、その中にネイビーとホワイトのボーダーデザインのカットソー、カーキのショートパンツをはいた綾奈が近づいてきた。

「……ふんっ!」

 そして不満そうに鼻を鳴らすと、俺の前に仁王立ちになった。

「綾奈! 助かったよ! ありがとう!」

 俺は間髪入れずに礼を言った。思わず綾奈を抱きしめたい衝動に駆られる。

 もし、綾奈がいなかったら……とんでもないことになっていた。

「……無事なの?」

「あ、あぁ、俺はだいじょ――」

「あんたじゃない! ……そっち!」

 噛みつくような勢いで綾奈が俺の言葉を遮ると、俺の後方を指さした。

「そ、そうだった! 明華! 無事か? なんともないか?」

 綾奈の指摘に、俺は急いで振り返る。そこには、まだ床に座り込んだままの明華がいた。襲われたことのショックからか、放心状態だ。

「明華! 明華!」

「え……あ、総真君」

 数回名前を呼ぶと、明華はやっと自分が呼ばれていることに気づいたようで、俺の方に視線を向けてきた。

「無事か?」

「……うん、なんともないよ」

「よかった……」

 明華の無事が分かって、俺が大きく息を吐きだしたのと、周囲の人垣から通報を受けた陰陽師たちが登場したのはほぼ同時だった。


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