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8.『氷煉』

 城から逃げおおせた舞は、氷煉に微かながら思い出したことを告げた。

「何か、京ちゃんに伝えなきゃいけないことがあったはずなんです」

 思い出せないけど、大切なことだったことだけは覚えている。

 無理にでも思い出そうとしたけど、舞はあの時と同じ恐怖に襲われることになった。どうしても思い出せない。

 氷煉は舞の話を静かに聞いたあと言った。

「それなら、やはりここに留まる必要があるみたいだね」

「危なくないですか?」

 砦からは少し距離は離れたものの、ここらへんも変わらず掃火たちの手の届く範囲内だ。

 自分の事情のために、親切にしてくれる氷煉の身まで危険に晒すのは忍びなかった。氷煉は心配そうに見上げてくる舞を安心させるように微笑む。

「気にすることはないよ。危なくなったらまた逃げればいいさ。それより、もうこれといって手がかりが無くなってしまったのが痛いね」

「そうですね…。どうしましょう」

 一通りやれることはしてしまった。氷煉の言うように、何をすべきかは手詰まりだった。

「そうだねー。ふーむ」

 氷煉は何かを考えるそぶりを見せると、こういった。

「茶屋にいってみようか」

「茶屋に何か手がかりになりそうなものがあるのですか?」

 この数日氷煉への信頼を厚くしていた舞は、素でそうたずね返す。

 純真そうにそう聞く舞に、氷煉は笑顔で答えた。

「舞はお団子たべたくないかい?」

「お団子…?それって…」

(も、もしかして食べにいくってだけ…)

 そしてようやく氷煉の提案の意図を理解する。

「お団子は嫌いかい?」

「い、いえ…。……わからないです。食べたことないですから」

 孤児出身の舞にとって茶屋のお団子なんて高級品で食べたこと無かった。その答えに、氷煉はショックを受けたように目を見開く。いつも舞に対しては、基本穏やかな笑顔を浮かべている氷煉にしては珍しくはっきりと感情が表に表れた表情だった。

「そうか…。そうだね。よし、食べに行こう」

 そして何か固い決心をしたように顔を真剣な表情に変え、舞の手を取りひっぱって歩き始める。舞は氷煉の珍しく強引な態度に目を白黒させた。

 よく考えると普段も十分強引な振る舞いだったりするのだが、それとなく舞をエスコートしてしまうためか、舞は気づいていなかったりする。

「ひょ、氷煉さま、お金は持ってるのですか…?」

 優しい人だけど、氷煉はあくまで火楽である。もしかしてお店で、法に引っかかることをしてしまうのではないか。思わず不安になって舞はたずねる。

 そんな舞に氷煉が懐から取り出して見せたのは、しゃらしゃらと音を立てるやたら大きな麻袋。おそらく中には、お金が入ってるのだろうけど。

「ほら、大丈夫だよ。だから好きなだけ食べなさい」

 火楽なのに怖いことをしたりせず、自分を火車としてよみがえらせてくれ、とても親切にしてくれる。そればかりか火楽なのに人間のお金まで持ち合わせてている。

(いったいこの人は、どういう方なのだろう…)

 舞は不思議な気持ちを抱くしかなかった。


***


 そして結果、舞の目の前にはたくさんのお団子が並んでいた。

「さあ、たんとお食べ」

「は、はぁ…」

 氷煉は店員から聞いたお勧めをすべて注文してしまった。

 そういえば、どう見ても外見からして火楽な氷煉だが、店に入っても特に問題にならなかった。目立たなかったわけではない。むしろ氷煉の容姿は、人間としてもとにかく目を引くものだった。

 通りかかった人たちは、思わず氷煉の顔に引き寄せられるように目を向けてしまい。それから、皆一様に顔を真っ赤にしてあわてて逸らす。女性も、男性もである…。

 しかしあまりに氷煉が大人しく、それでいて堂々と振舞っているせいなのか、それ以上騒ぎになる気配もない。注文を聞きにきた店員も、氷煉に言葉をかけられ真っ赤な顔になっていたものの、氷煉の質問にはどもりながらも答え、こうして品も運んできてくれた。

 そして舞の前に並べられたお団子の山。氷煉はどこかきらきらした目で舞を見つめてくる。

 舞はそれに施されるように、遠慮がちにひと串とった後、ふと疑問に襲われた。

「あの…、私たべられるのでしょうか…」

 実は、この数日、舞は特に食事をとっていない。とくにお腹が減ることもなかった。

 その間氷煉から、その偽りの命の源である生気を注ぎ込まれていた。それこそが今の舞の体を維持する力の源である。今の舞は食事を取る必要のない存在だ。だから、逆に食事を取ろうとして取ることはできるのかという疑問が浮かんでくる。

「生きている前に持ってた機能は、できうる限り再現した。だから、大丈夫だよ」

 その言葉に舞は恐る恐ると、お団子をひとつ口にいれる。

 口に甘い味が広がった。

 舞は思わず目を見開く。

 こんなに甘い物がこの世にあるとは知らなかった。

 死してから初めて味わった菓子の味。舞にとっては不思議な体験だった。

「おいしいかい?」

「はい、こんなに甘いものはじめて食べました」

 舞の頬が思わず緩む。それに氷煉が、いつもよりどこかうれしげに微笑んだ。

「いくらでも食べていいんだよ。まだたくさんあるから。足りなかったら追加しようか?」

 そういわれて、舞は目の前にどんと置かれた団子の山を思い出す。

 いくら美味しいからって、この数は食べれるものだろうか…。舞の頬から汗が流れた。


***


 結局、あの量はさすがに舞のおなかには収まりきらず、氷煉にも手伝ってもらって注文した分だけはなんとか食べきることができた。

 火楽も物を食べるのだというのも、舞にとって地味な驚きだった。

 今は人通りの少ない田舎道を、氷煉は自分に合わせて歩調を落として歩いてくれる。氷煉といると、まるでまだ自分も生きているような錯覚におちいる。何かを食べれることも、こうして日のもとを歩けることも、再び幼なじみの顔をみることができたのも、氷煉が舞を火車にすると共に与えてくれたものだった。

「氷煉さまは、なんでこんなに私に親切にしてくださるんですか…?」

 しえなだからだろうか…。でも、そうだとしてもわからなかった。

 何故、私みたいな弱くて役に立たない人間を、そんな大切な火車にしたのだろう。

 結局、氷煉の答えは、要領を得ないものだった。

「ふふっ、あまり大した理由ではないんだけどね。いずれ君に話すときがくるかもしれないね」

 そういってごまかしてしまった氷煉に、もとから控えめな性格の舞も追求はしなかった。そうして、舞と氷煉が穏やかな雰囲気で言葉を交わしていたとき、氷煉の表情が少し真剣なものに変わった。

「氷煉さま…?」

 氷煉の変化に気づいた舞は、どうしたのかたずねかける。氷煉は舞に聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぼそりと呟いた。

「ようやく追いついて来たみたいだね」

「え…?」

 首をかしげる舞に、氷煉は表情を戻し微笑みかける。

「僕は少し用事ができてしまったよ。ここで待っててくれるかい?」

「は、はい」

 突然の氷煉の変化に戸惑いながらも、舞は首を縦にうなずく。

「大丈夫。必ず迎えに来るから。悪い男には気をつけるんだよ」

 舞を安心さえるようにその頭をひと撫でした次の瞬間、氷煉の姿は掻き消えていた。


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