12.『罠』
京也は布団に寝転びながら、自らの霊具を右手にもち眺めていた。
(何故、斬れなかった…)
あそこは京也にとって、攻撃を外すはずのない間合いだった。何度も修行した、火車を滅ぼすための一太刀。なのに、剣は目標の手前で止まり、外れていった。
(覚悟を決めたはずだったのに)
ぐっと剣を握る手に力が篭もる。
斬りかかった瞬間、舞と同じ顔が恐怖で歪んでいくのが見えた。
(あれは舞じゃない。火車だ。俺たちの敵なんだ)
必死にそう心に言い聞かせる。しかし、感じた嫌な鼓動が治まることはなかった。
京也にとって火車は両親の仇だった。
まだ幼いころの記憶だったが、両親が殺された日のことは鮮明に覚えている。自分たちを逃がすため、火車たちの前に立ちはだかり殺された父親。自分を連れ必死に逃げたが逃げ切れず、自らが囮になって京也を逃がした母親。
京也は両親の敵を討つために、幼いころから必死で修行を重ねた。
毎日、木の棒を何千と振り、険しい山道を走り、そして獣相手に戦いを挑み、自らを鍛えていった。
いつか自分の手で両親を殺した化物たちを、一匹残らず滅ぼしてみせる。それだけを目標に。
それが、いつ頃からだろう…。
両親の仇をとるためではなく、隣にいるひとりの少女を守るために剣を振るようになっていたのは…。
自分よりもどうしようもなく弱く、それでも必死に辛いこの時代を生きようとしている少女。
自分のことを一途に信じてくれて、あどけない微笑を向けてくれる少女を。
京也の振り下ろした刀に、目に涙を浮かべ表情を固まらせて、恐怖の悲鳴を上げたあの火車の表情。舞と同じ顔に浮かんだ恐怖の顔。
舞も死ぬ瞬間、同じ表情を浮かべたのだろうか。
そう考えると、胸が掻き毟られるような痛みを覚えた。
舞の胸につけられた大きな袈裟の傷痕。人が死に至るのには十分すぎる傷。
若くしても、何度も戦いを重ねてきた京也にはわかる。
あれを受けたとき、舞は確実に死んだのだ。
もう帰ってくることはない。なのに…。
「あれは火車だ。あれは舞じゃない。舞と同じ声でしゃべろうとも、舞と同じ表情で話そうとも、舞じゃない…」
そう口に出す京也の声は苦しみと迷いにゆがんでいた。
***
京也が暗く思考に沈むころ、掃火たちは会議に明け暮れていた。
地位の高い、年かさのものたちが膝をつき合わし話をしている。
「また新たに四つの村が焼き殺されたという報告があった…。もはや、一刻の猶予も許されない。琳世どのの帰還を待たずに、我々の手で決着をつけよう」
新たに出現した火楽は、討伐隊を壊滅させた火楽だと考えられていた。
強力な火楽の出現に、掃火たちもさすがに迷いを覚えていた。恐ろしい敵だ、できうる限り早く倒したい。だが、相手が強力であればあるほど、無駄に手をだし戦力をすり減らすわけにはいかない。琳世の帰還を待ってから総力でかかるべしという意見がいままでは大多数だった。
しかし、そうして手をこまねいている間に、滅ぼされた村は二十を優に越していた。
これ以上被害が広がる前になんとしてでも倒すべしという意見が、皆の間で広がり始めていた。
「そもそも、あの火楽は討伐隊を滅ぼした火楽と同一なのか?」
疑問を呈するものもいる。
ツワモノの掃火を15人も殺し、いまもいくつもの村を全滅させていっている恐ろしい火楽。だが、実際に掃火たちと接触した火楽は、一切こちらを攻撃してこないという。
この行動の不一致が説明がつかない。
「それについては確認が取れてない。しかし、どちらにせよ倒さねばならぬことには変わりあるまい」
恐ろしい力をもった火楽が、一体だろうと二体だろうと、最終的に掃火がすべきことはひとつ。火楽の殲滅。それに尽きるのだ。
「だが、どうする。相手は瞬時に移動術を組み上げるというぞ。いくら敵を追い込んでも、逃げられては決着がつかん」
現状、手出しは控えているが、先の戦闘での掃火たちの報告によって、相手が移動術を使うことは確認されている。琳世のいない今、数で押し切りたい掃火たちには不利な情報だった。
「罠をしかけよう」
ひとりの掃火が言った。
「罠?」
疑問の声が返ってくる。
「奴の連れている火車だ」
「ああ、掃火が火車になってしまったという」
その言葉が出たときの、まわりの反応はそれぞれだった。不快そうに顔を歪めるもの、同情的な表情をするもの。しかし誰も、あえて何かを口に出すことはなかった。
「あの火車は、京也に執着しているという。そしてあの火楽は、火車を大層大切に扱っているらしい。それを利用すれば、おびき出せるかもしれん」
ある種、卑怯とすらいえる作戦。
「手段を選んでいる場合ではないな…」
「うむ…」
しかし、掃火たちにとっては、何より火楽を倒すことが至上の使命。
その提案は満場一致で受け入れられることになった。




