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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Rapunzel

Rapunzel Ⅲ

作者: 智郷樹華

あらすじにも記しましたが、Rapunzel(1・2)の続編的な物語です。

なお、全面的ではございませんが百合要素が比較的多め(?)です。

申し訳程度ですが、一応「ガールズラブ」タグを付けさせていただきました。

※少しですが、編集させていただきました。(11,8,1)

渇きを潤す――水でも愛でもない存在が。

眩いほどの煌めき。

凍てつく心を溶かす眼差し。

真綿のように柔らかな胸。

緩やかに包み込む腕。

全てを震わす聲。

その存在は人の形を取った慈悲だ。



其処は、おかしな造りをした病院だった。

総合病院の名の通り、いくつもの診療科と診察室。

それに大きな入院病棟を有した白い建物と、広い駐車場に緑豊かな庭。

庭園と小さな林を挟んだ向こうには、レンガ造りの教会と墓地が在った。

古びたその教会には、陽光を取り込むステンドグラスと、同じく古びたオルガンが置かれていた。

人が寄り付かないその場所は埃っぽいだけの場所だったけれど、あの夏の日、特別な場所になった。


彼女と出逢った、彼女の息衝く場所。

至高の舞台。

紛れもなく最高の場所だった――。



「――ホマレっ」

「んぁ?」

唐突に名を呼ばれて、気の抜けた返事が口をついた。

「人を呼び出しておいて居眠りとは、イイ度胸じゃない譽? だいたい、人の本を日傘代わりにするのは止めてって、何度言ったら覚えるのよ、アナタの頭は」

不機嫌そうに言い連ねて、顔に乗せていた本を取り上げると音を立てて本を閉じた。

「…いつもより早いじゃないか、リョウ…」

「こっちに来る用事があったの。アナタに会うためだけだったら、こんな格好はしてないわ」

「…確かに…」

重い瞼を開いて見上げると、振袖姿のリョウと目が合った。

陽に当たると色を変える髪を左側にまとめて花簪をあしらい、黒い半襟と水色地の襟元に掛けている。

そうすると元から白い首筋が一層儚げに見えて、口調と姿を結びつかなくさせる。

それだけでなく、こういう時の強い物言いでさえいじらしく感じさせる雰囲気が、彼女にはあった。

だから、休息を邪魔されたことも水に流してやりたくなって、普段なら出直させる場合でも彼女に合わせてやる。

「相変わらずだな。呼び捨てにしてくるのはお前くらいだ…」

「それならアナタだって相変わらずだわ。私を“お前”呼ばわりするのはアナタくらいよ」

「ふぅ…。それは失礼、お嬢さん」

身を起こして、長椅子に座り直しながら呟くと、居丈高な口調で返された。

仕方なく呼び方を替えると、小さな笑いがその口から零れる。

「それで、一体何の用なの?」

「あぁ。お前に渡しておくように頼まれた物があるんだ」

「私に? 誰から?」

「見れば判る。ほら」

「……。何、これ」

差し出した封筒から写真を取り出して目にした途端、リョウは吐き捨てるように言った。

予想通りの反応に、思わず笑いそうになる。

「結婚式のお礼だそうだ」

「コレが?」

「あぁ。今はふたりで暮らしているんだ。近況報告ってヤツだろ」

「ははっ。なぁに、自分たちは幸せです、って自慢でもしたいの? つくづく厭なヒトね」

「写真だけじゃないさ。享ちゃんの手作りブラウニーも一緒だ」

「結構よ。そっちで処分して」

紙袋を示すと、目も向けずに突き放された。

「そう言うと思った」

笑いを殺して返事をすると、リョウは何も言わずに踵を返して扉の方に向かい始める。

自分の用件は終わったのだと思ったのだろうか。

それともこれ以上の時間は必要ないと踏んだのだろうか。

おそらく後者だろうが、それならば何を言っても引き止めることはできない。

そういう奴だ。

案の定、リョウは無言のまま扉を押し開けて外へ出て行く。

「…お前もつくづく不器用な奴…」

差し込んだ陽光に引き込まれるように、その言葉はするりと口から零れた。

ステンドグラスを通じて降り注ぐ陽光は、虹色よりももっと清浄な煌きを放ちながら床板に辿り着く。

まるで、リョウの立っていた場所を浄化するかのように。



志渡 伶――これが奴の名前。

“シドウ”も“リョウ”も奴の外見に似つかない名前だが、そのギャップとインパクトで覚えられるのも早い。ただし、“レイ”と呼んでも笑顔で応えるクセがある。伶はそういう奴だ。

尋木ひさき しおり――これは後輩の名前。

大学の研究室で知り合った、長身の外見に義理堅い性格を持った、憎めない子だ。

シオリという名を本人もあまり口にしないが、特定の人物には名で呼ばれることに抵抗しないことを最近知った。しかも、その相手のために身を投げ出すんだから、相当だろう。

賀鳥かとり 享――愛すべきトオルちゃん。

伶に突き返されたブラウニーを作った、潮の友人である新妻。うん、イイ響きだ。

幼妻でも似合うと言ったら、尋木 潮に笑顔で締め出されそうになったのは、いつだったか……。

このふたりは、高校時代に伶と会っていたらしいが、その関係は不明。

享ちゃんの微笑みは清らかで柔らかく、彼女を彷彿させる。

その彼女――シレーヌの声を持つ女神。

名前も年齢も知らない、なつめ総合病院の教会で出逢った、一人の女神。

唯一知っていることといえば、その歌声の美しさだけ。

大気を震わせて心臓を真綿でくるむように入り込んできたその歌声は、一度耳にしただけで思考も意識も奪い尽くした。

甘いようでいて冷ややか。清廉なようでいて艶やか。か細いようでいて印象強い。

全身を貫くような高音域は、まるで蝶が翅をひろげるように鮮やかな情景を描き出し、脳内に甘い陶酔を残した。

そして今でもはっきりと覚えているのは、その歌声を披露した後にいつも彼女が見せる笑顔。

花弁が開くように微笑むその様は、目にした者の心をも奪った。

歌声だけでなくその容姿もまた、シレーヌのように思えたものだ。

長い黒髪に、白い肌。小さな鼻も紅い唇も、人形のよう。

丸い瞳はビスクドールように愛らしく、時折艶めいた光を放つのがとても印象的で美しく、妖しさを備えた視線が魅力的だった。

目を閉じても瞼の裏にその姿を浮かべることができるほどに、この心は彼女に惹かれていた。

――否、惹かれている。


「――譽ちゃん」

突然声を掛けられて目を向けると、先刻の伶と同じ和装をした人物が立っていた。

違う人物の筈なのに、まどろんでいたせいだけでなく、面影が重なる。

陽光を浴びて亜麻色に靡く髪。象牙色の肌に、猫のようなアーモンド形の目。

違うのは林檎色の唇から流れる声くらい。

そう、この声音はどこか彼女を思い起こさせる。

「いい加減に妄想世界から帰って来てくれないかな、譽ちゃん?」

「…人を変態みたく言うな…」

「まぁ、それは失礼」

「それに、安眠妨害しておいて詫びのひとつも無いのか」

「安眠妨害? それは私に対して失礼だわ」

向き直りながら応えた言葉に片眉を動かし、声音が変わる。

「私が何度呼んだと思う? それこそ貴重な時間を割いてアナタの所へ来たというのに、呼び出した当の本人は暢気にお昼寝。だけど、お疲れ気味の身を案じてやさ~しく声を掛けて起こしてあげようと、十数回もその名前を呼んだというのに、そのお返しに苦情を突き付けられるなんて、ねぇ?」

「…それは…大変失礼致しました」

「あら、そんな言葉なんて必要ないわ。アナタがどう考えているのか知らないけど、いつも言っているでしょう。私は口先の言葉ゴトキで満足はしない」

口調まで似始めて、厭き厭きとした溜め息が知らずに零れる。

敏くもそれを捉えた眼が、スッと細められた。

「言いたいことがあるのなら、早く言いなさい」

威圧的な空気が語調に含められ、仕方なく口を開く。

このヒトには逆らわない方が良いと、本能的な何かが囁くのだ。

「…相変わらず、アイツに似ていると思っただけだ」

「アイツって…伶のこと?」

「そう。今日も似たような格好だった志渡 伶のコト」

正直に答えると、その眼は少しだけ丸くなる。

こういうトコロは伶には無い部分だと思う。

幼さの香る、少女のような愛らしさは彼女の面影だ。

「ふぅん…。あのコも元気そうで何よりだわ」

「向こうはどう思っているか、解らないケド」

「あら。そんなの決まってるじゃない――」

「「ウザッタイ」」

「…フフ。間違いないわ」

「そうだろうね」

一息で雰囲気を丸くした人物の口から出たものとは思えないほど、その言葉は冷たく響いた。

上手くハモったことに笑っているのか、それとも脳裏に浮かんだ伶の姿――嫌気を前面に押し出す伶の顔が面白いのか、同じ唇からは陽気な声が上がる。

それがあまりにも彼女の面影に重なっていることは、胸の内に隠した。

この人にはきっと見えてしまうのだろうけど。


鏑城 拓舞――これがこの人の名前。

“カブラキ”という姓も“タクマ”という名も、このヒトにはどこかミスマッチに思える。

漢字で書くと可愛い、と言ったら、少し哀しげに笑ったのを覚えている。

その表情に何も寄せ付けない冷たさが見えたから、理由を聞こうとは思わなかった。


人には何かしらの秘め事があるもの。

それを詮索するのは面倒と隣り合わせ。

追求するには覚悟を要する。


その三箇条を教えてくれたのもこの人――拓舞さんだった。


「――で、用事は何だったの?」

「誰の?」

「勿論あの子のよ。自分の用事を聞くほどボケてないわよ、まだ」

「……。この前の礼」

「それって…もしかしなくても、ココに置かれている紙袋?」

黙ったまま頷くと、軽い溜め息が聞こえた。

「無知って酷なことをするのね……。彼女達って、どんな関係なの? そんなに深い関係っぽくないから聞くけど」

「さぁ、よく解らない。結婚式に呼ぶくらいだから余程の仲かと思っていたけど、後輩にとっては随分と深い溝を挟んだ関係っぽいし」

「ふぅん。相変わらずオカシナ関係の子達ね」

「…その“子”ってのには――」

「勿論、アナタも含まれてるわよ。譽ちゃん」

にっこりと微笑み返されて、顔を顰める。きっと、“苦虫を噛み潰したような顔”とやらの表情だろう。

それが面白かったのか、拓舞さんは声を上げて笑い出した。

「アハハ…っ。私と関係を持っている時点で、オカシナ人間関係を結んでいる証拠でしょう」

心底愉しそうに笑う姿は、さすがにムッとくる。

「その言い様だと、拓舞さんもオカシナヒトの部類に入るんだけど、解かっているのか?」

「私のことを気に掛けるなんて、随分と成長したのね。お姉さん、嬉しいわ」

「話を変えるな」

「フフ…だって嬉しいんだもの。ようやく前を見られるようになったのが」

「前……?」

「そう。以前の譽ちゃんだったら、伶の人間関係をそんな風に話せていなかったでしょ? まるで他人事のように話せているのは、アノ関係から一歩下がったからでしょ? そうじゃなかったら、そんな冷静にしていられない」



拓舞さんは、やっぱりどこか伶に似ていると思う。

人の内面を見透かすように、鋭く、氷のような視線なんか特に。

冷たいのに澄んでいるから憎みきれない。

印象が強過ぎて、忘れることのできない眼差し。

でも拓舞さんの方が、少し甘いか……。

「ねぇ、そんなにじっと見詰められると、やりづらいんだけど」

ほら。この声とかなんて、シレーヌの柔らかさがあって真綿のようだ。

「聞いてるの、譽ちゃん?」

「……ん」

小首を傾げて顔を寄せてくる。

ほんの少し怒った様子で、膨らませた桃色の頬があんまりにも可愛くて、唇を寄せた。

拓舞さんは驚いてはいたけれど、半眼になってデコピンを返してきた。

「…痛い…」

「これで目が覚めたでしょ」

尖った口調で言いながら、視線を逸らした顔はほんのりと赤い。

ネクタイを結ぶ指先も、少し力が入っている。

こういう部分は、享ちゃんみたいで可愛い。

もしかすると、伶もこんな顔をする時があるのかもしれないが、見たことは無い。

むしろ、【彼女】の方がこういう顔をしそうだ。

そんなことを考えている内に、仕上がったとばかりに拓舞さんが両肩を叩いた。

「…面倒くさい…」

「長時間掛けてお着物を着た私を前にそんなことを言うのは、それなりの理由があるのよね?」

笑顔を向けられて、渋々言葉を呑み込む。

招待者はこちらの身内だというのに、拓舞さんの先導で会場に向かった。



宝飾デザイナーでもある姉、さかえが、新たに和装業界に進出した。

その門出を祝うパーティーに身内の一人として出席するようにと連絡を受けたのは、つい先日のことだ。

享ちゃんのマカロンを味わっていた気分が、一気に下降した。

その上、女性のドレスコードは和装、ご丁寧に振袖まで添えられた時には、何の罰ゲームかと思った。

こんなことに嬉々として応えるのは、伶くらいだと思う。

否、むしろ提案した人物こそ伶かもしれない。

奇妙な縁だが、姉は伶をとても気に入っているから。

おそらく、昼間に会った伶が振袖だったのはそのせいだろう。

こちらとしては当然着るつもりは無かったので、何とかうまく言って、拓舞さんに着物を着てもらうことにした。

条件として「それなりの恰好をしてね」という拓舞さんの言葉に従い、三つ揃えでエスコート役に徹しているのだが、これはこれで、見世物パンダの気分でもある。

見事に宣伝効果を発揮しているものの、息苦しさは否めない。

さっさと挨拶をして退散しようと考えたのは道理というものだ。

気を利かせてくれたのか、食事を楽しむと言い出した拓舞さんと離れ、姉を探す。

小さな人だかりの中にその姿を認め、踏み出した足が止まる。

同時に軽い溜め息。

予想通り、姉の横には伶がいる。

滅多に見ることのない笑顔が、その顔に浮かんでいた。

作りか本物か、遠目からは分からないが、正直なところどちらでも構わない。

姉が穏やかそうにしている。それが全てだ。

――その筈だった。その姿を目にするまでは。


伶の隣に、彼女が居た。


ごくりと喉が鳴る。

どくどくと心臓が鳴り、耳元で拍動する。

見間違える筈はない。

黒く艶やかな髪。

病的に白く儚さを纏う肌。

瑞々しさを含んで濡れる紅い唇。

美しくも妖しさを備えた視線が魅力的だった丸い瞳だけが、僅かに異なっている。

陽光を受けて穏やかに微笑んでいた、明るさはどこにもない。

何かに怯えたような気だるさを孕んでいる。

それでも、紛れも無い彼女だ。

―――――シレーヌ。


確かに彼女が其処に佇んでいる。

たった数歩の距離。それでもこの手は届かない。

伸ばせない。神聖なその身に。この手は。


嘲笑うような声が、不意に耳に届いた。

振り返ると、いつの間にか後ろに伶が立っていた。

「……何?」

「まぁ、お言葉ね。せっかく挨拶に来たのに」

「結構だ」

相変わらず心の内を見抜くような視線が、どうしようもなく苛立たせる。

昼間に会ったよりも、伶は艶めいた雰囲気を放っている。

猫のような眼が嗤う。

「私だけで、ごめんなさいね」

それだけ残して、伶はスッと横を擦り抜けて行く。

握った拳が震える。

悔しいのか憎らしいのか、それとも悲しいのか。

ただの憤りなら、まだ良かった。散らす方法がある。

でもこの感情を向ける場所がないことを知っている。それがまた沸き立たせる。


お返し、て訳か。

……やってくれるよ。


抱き締めたいのに近付くことを許さない。

その存在は愛しい不可触の女神。

歯噛みしながら見詰めることが、こんなにも苦しいのだと、また思い知らされる。

あの日、動けなかった自分を突き付けられる。

許されないのだと、耳元で囁く声がひどく懐かしい。

泣きたくなる衝動を抑えるように右腕を握り締める。

その手に冷えた指先が触れた。

見れば拓舞さんが困ったように眉を寄せて、微笑んでいる。

「帰りましょう?」



それから、どうやって帰ったのかは覚えていない。

気付いたときには、見慣れた部屋の嗅ぎ慣れたシーツに包まれていた。

顔を出すと拓舞さんの首筋が目に入る。

「…どうして、拓舞さんはそんなに優しいんだ…?」

少し驚いた様子で振り向いた眼に、一瞬だけおどけた色が見えて消える。

代わりにその眼には深い色合いの感情が浮かんだ。

「私は、アナタのそんな子供っぽいところが、好きよ」

「…答えになってない…」

「ふふ。アナタの賢い頭で考えてみれば、直ぐに解るわ。ゆっくりでも構わないけど」

明るい笑い声に、ほっとする。

「他に言いたいことは?」

「…彼女の歌が聴きたい…」

答えると、拓舞さんはくすりと小さく笑った。

「子守歌なら私だって得意よ」

その眼があまりにも柔らかくて、目尻が濡れた。


―その声が消えないこの身は、あなたに触れることさえ叶わない―

伏線が多くなった形かもしれません。

読み辛くてすみませんでした。


…次回以降で明かされる内容と、うまく噛み合い次第、改編集させていただきます。

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