授業は普通に受けましょう
物理の時間。
授業妨害はなはだしいお話。なっちゃんごめん…
「なっちゃん、意味分かんない!」
「なんだー、問題意味分かんないのかー」
「なっちゃんの頭が意味分かんない!」
「俺の頭の中かー」
「違うよ!現実的に見えてる方の頭の方だよ!そんな安いヅラつけてて平気!?」
「てめぇやんのか春風ぇええええええええ!!!!」
五時間目、物理。
授業が始まると同時に入ってきた教師、臥龍岡泰然に、突然立ち上がった春風が抗議した。
講義内容は、授業の内容が分からないとか、そんな可愛いものではなかった。
臥龍岡の、頭。ひいては、彼の人工毛の下に隠されている頭皮についてだ。
彼も今年で四十七。薄毛で悩む時期だ。薄毛と言っても、結構深刻なもので、電車とかに乗っているとクスクス笑われたりする。
それが心の傷になったりして必死にかつらなどで隠そうとするのが大人の維持と言うものなのだが…。
その心の傷を抉るのは、子供の楽しみだ。
傍観を決め込んでいた秋也が必死そうな顔をして、春風を止めにかかった。
「やめろよ春!なっちゃんだって好きで薄毛になったわけじゃねえんだ!奥さんに『貴方にはついていけません』って言われて家出て行かれて、時々来る娘さんにすら『パパ臭い』って文句垂れられてストレスでああなっちまったんだよ!!」
「ながながと語った上に人の傷口開くな秋也ぁあああああ!!!!!」
当然、秋也の真意は、止めるところにあるわけではない。
面倒なこの授業をすこしでも有意義に過ごすための方法として悪ノリしただけだ。
被害者の方は、もう、目も当てられないが。
「てかさー、なっちゃんもうちょっとカルシウムとった方がいいよ?カッカしてると禿げるって言うし」
「なんか、十円玉ハゲとかいっぱいありそうだよなー、なっちゃん」
「笑いながら言うことじゃねえぞこの大ばかコンビ。てか、お前らこの前の暴力事件もみけしてやったの忘れたのか」
「「それはそれ。これはこれ」」
「停学処分にしてやろうかお前らぁああああああ!!!」
「「叫んでると禿げるよー」」
鬼の生活指導教員として有名な臥龍岡だが、その怒りすらも逆手に取られて弄ばれるというのは教員生活を長くしていて、この学校が初めてだった。
さっさと停学やら退学やらにしてしまえばいいのだが、そうはできない理由があった。
この二人、なんだかんだいいながら授業態度と学校外の態度以外はほんとに優等生そのものなのだ。
秋也の方は、全国模試で必ず五番以内に入っているし、春風の運動能力は他の追随を許さない伸びしろ。
学校側としては、手放すのが非常に惜しい人材なのである。
…というのは建前で、正直なところ、彼らをこの学校においているのには別の理由がある。
左京秋也は、かつての明治時代、隆盛を誇った左京財閥の御曹司で、彼本人への期待は国内にとどまらず、国外にまでその影響力を広めている。
右京春風は、江戸時代から続き、この日本経済を支えていると言っても過言ではない極道、右京組の一人娘。次期後継者として、国内外の裏社会から一目置かれている存在である。
さらに厄介なのが、この二人がただの親の脛かじりではないということだ。
今は親の言うことをそれなりに聞いているが、その実、自分たちで社会を裏と表、両方から支配できるような立ち位置に上ろうとしている。
そんな二人を相手に『お前ら退学』なんて言った日にはいつかの校長と同じ末路をたどることになるだろう。
だが、二人はこの学校に来てからそれなりに大人しく活動している。
…というのも、この二人の心の親的存在である化学教師が手綱を握っているからなのだが。
臥龍岡は、ひそかにあの教師こそがこの学園にある食物連鎖の頂点に立っていると感じてやまない。
あの男の言うことは比較的聞くのだ。こいつらは。
そもそも、極秘情報として扱われ、理事長すら事実を知らされないでいるこの二人の家庭事情を臥龍岡が知っているのは、その化学教師のせいなのだ。
…あいつのせいで、臥龍岡の人生は随分と急展開した。
「はぁ~」
「ため息つくと幸せ逃げるぜ、なっちゃん」
「あ、もう幸せ逃げてるか」
「お前ら今日の校門清掃な」
「「え!!、ちょ、まったまった!!!」
「待たねえよ。もう名簿に書いたから。放課後来いよ」
一方的に会話を終わらせて黒板の方に向く。
なんかもう、極道とか、財閥とか、面倒くさい。
とりあえず、自分ができる事をやればいいんだ。そうだ。きっとそうだ。
そんな臥龍岡の信念は
「いいのー?なっちゃん」
「英語担当の来栖先生に、ストーカーしてたこと、ばらしちゃうぜ?」
ひっそりと耳元でささやかれた二人の言葉に、無残に打ち砕かれたのだった…
授業終了を告げる鐘の音が、無情にも響いた。
最初から最後まで臥龍岡先生可愛そうでしたね!ごめん!
こんな感じで進めてくお話です。
二人をどうやって動かせばいいのか分からない…←