第7話:お別れとステータスボードの話
いつの間にかギルドの喧騒が戻ってくる。……いや、正確には密談前より騒がしい。
「お、魔法が解けたぞ!」「いったいなんだったんだ?」「さすが宮廷魔導師様の魔法は一味違うな」「ずいぶん長かったなぁ……」「ガロンとレインリアの熱愛の噂、あれ本当だったんか?」などなど。聞こえてくるのはレインリアさんとガロンさんのことばかり。めちゃくちゃ注目されている。
「レインリア様! お戻りですか!」
後ろの受付からローブのお姉さんが駆け寄ってくる。ええと、確かレインリアさんがエヴリンと呼んでいた人だ。
「ええ、エヴリン。長らく待たせて悪かったわね。話は済んだわ。そちらも支長とのやり取りは終わって?」
「はい……。そちらは問題なく済んでいますが、それにしても長かったですね」
エヴリンさんが怪訝そうな顔でガロンさんを見る。目つきが心なしか厳しい。肝心のガロンさんはどこ吹く風でまったく気にしてない。
「おう、レインリア。今日は本当に助かったぜ。今後ともよろしくな。今度会うとしたら北方の魔獣調査か?」
「そうね。次会うときまでにあなたがもう少し落ち着いていることを願うわ。タイチくんのためにもね。
じゃあ、タイチくんも、また会いましょうね。
……随分と長居してしまったわ。予定をかなりすぎているわね。それじゃあ、もう行くわね」
「はい。今日は本当にありがとうございました。……あ! レインリアさん、ちょっといいですか?」
別れの挨拶を交わして去っていこうとするレインリアさんを僕は呼び止める。
「タイチくん、どうかした?」
「いえ、大したことじゃないんですけど、レインリアさんの髪に葉っぱがついてるのが気になってて。あの、この辺です」
僕は自分の肩周りを指差す。
レインリアさんが髪を手櫛ですっととく。
「あら、本当。気付いてなかったわ。ありがとう。
……これギルドの依頼品ね。ちょうどいいわ。タイチくんにあげるわ」
「え? いいんですか?」
「ええ、モヨギ草といって薬効がある需要の高いものなのだけど、よく似たニセモヨギ草との見分けがつきにくくてね。本物が手元に一株あったら探しやすくなると思うわ。モヨギ草は常に依頼がでているし、危険も少なくて単価も高めだから初心者におすすめよ。餞別というほどでもないけれど、渡しておくわ」
「ありがとうございます!」
僕はもらった葉っぱを大事に抱えてぺこりと頭を下げる。すごい、異世界の薬草だ。ドクンと胸が高鳴った。
「じゃあ、今度こそ行くわね。二人とも元気で」
「はい! レインリアさんもお元気で!」
「おう、気ぃつけて帰れよー!」
僕らはレインリアさんを見送る。
エヴリンさんや他のローブの人たちもレインリアさんについてギルドを後にする。
「レインリア様、ガロンはともかくあの少年はいったい何者です? 随分と親しげにされてらっしゃいましたが……。それにあの少年がつけていた腕輪は……」
「悪いわね、エヴリン。気軽に話せるようなことじゃないのよ。忘れてちょうだい」
「しかし……」
そんな会話もやがて喧騒に消えていく。
ガロンさんが僕を振り返ってぐるんと腕を回す。
「おっし。そんじゃあ、いよいよ本題だ! ギルドに登録すっか!」
「あっ、はい。そうか、登録に来たんでした。レインリアさんといろいろ話しすぎてすっかり忘れてました」
僕ははっと当初の目的を思い出す。危ない、危ない。これじゃ何しにギルドに来たのか。
「ハハハ、無理もねぇな。えれぇ長話になっちまったからな。ちっと目立っちまったしさっさと済ませようや」
ちょっとどころでなく目立ってたと思うけど、ガロンさんの中では少しのようだ。
「おう、今日の登録区画の担当はジーナか。コイツの登録を頼みてぇんだがいいか?」
ガロンさんが«登録»と書かれたブースにいる犬の獣人のお姉さんに話しかける。
でも、お姉さんが答える前に後ろからすっとメガネのお兄さんが出てきた。この人もエルフだろうか?
「ギルドへの登録ですね。それではあちらの応対室で受付しますのでどうぞ。ガロン様も付き添われますよね? ご一緒にお越しください」
「おう、アウェイアがやってくれるんか。そりゃ助かるわ。ほれ、行くぞタイチ」
アウェイアという男性職員さんについて案内されたのは小ぢんまりして落ち着く客間だった。
シンプルながら品のいい机とソファが置かれている。
「どうぞお掛けください。手狭な部屋で恐縮ですが」
アウェイアさんは話しながら手早く書類を準備している。ガロンさんは慣れた様子でどかっとソファに腰かける。ぐわんと座面と背もたれが沈んだ。僕はその横におっかなびっくりそっと座る。
「それでは、まず洗礼板を確認させていただきますので、ご提示をお願いいたします」
当然のように言われて僕は戸惑う。
「えっと、ステータスボードって……?」
「あ! そうか! タイチおまえ、洗礼板も持ってないんか!」
ガロンがあちゃー!と顔を叩き、しくじったと舌打ちをする。
アウェイアさんも少し困り顔だ。
「おや、先程のレインリア様とのやり取りで訳ありなのだろうとは思っていましたが……。洗礼板をお持ちでないとは、なかなかこれからの手続きが大変ですね」
「す、すみません……」
「あ、いえいえ。責めているわけではないのですよ。持っていないものは仕方ありません。ただ、タイチ様本人が大変だろうと思いましてね」
アウェイアさんが優しく言ってくれる。
「まず、洗礼板の説明からいたしましょうか。
洗礼板というのは、教会で洗礼を受けた際に発行される身分証のことです。形としては小さな石板で、魔道具の一種です。
国や街へも届け出されますので国籍や住民登録を兼ねたものになります。その他にも種族や血筋、婚姻の証明、魔力の適正や精霊のご加護、犯罪歴などについても記載されていますので、重要な個人情報が集約されているのです。
このカナンマ王国ではほとんど全員が出生と同時に取得するもので、年一回の更新が義務付けられています」
つまり、日本でのマイナンバーカードやパスポートのもっとすごい版ってことなんだろうな。
やっと事の重大さがわかってきた。
「それはないとめちゃくちゃ困りますね……」
「もちろん、後からでも取得は可能ですから、タイチ様も今から手続きをすれば発行してもらえますよ。
中には病気や災害などで取得や更新が遅れる方もいますし、別大陸からの移民の方たちは当然持っていませんからね。タイチ様の場合は、おそらく移民と同じ手続きをすることになるでしょう」
「あ、あの。僕って魔力とかないと思うんですが、それでも発行してもらえますかね……?」
「魔力がない……? 先天性魔力欠乏症ということですか? それともなにか魔力障害でも……?」
職員が怪訝な顔でガロンさんを見る。ガロンさんはぽりぽりとほおをかきながら言いにくそうに答える。
「あー、いや……。そういうわけじゃねぇと思う……つーか俺もよく知らねぇ。うん、そーだな、もうめんどくせぇな! おい、アウェイア、おまえ口固いよな?」
「何です急に……。まあ我々ギルド職員は守秘義務がありますし、私はギルドの副支長を勤めているわけですから、信頼してくださってよろしいかと思いますが……」
「おう。じゃあもうめんどくせぇから全部ぶっちゃけるぞ。タイチはな、精霊の拐かしにあったんだとよ。つまり異界渡りをして今日こっちに来たばっかりだ。しかも種族は人間だとよ。だから魔力がねぇんだ。俺も詳しかねぇが、人間にゃ魔力がねぇってレインリアが言ってたからな、多分そうなんだろう」
僕はガロンさんが秘密をさっそくバラしたことにドキッとする。さっきレインリアさんに気をつけろと言われたばっかりだけど、こんなに簡単に話しちゃっていいんだろうか。
「……はい?」
アウェイアさんは表情の抜けた顔で問い返す。
「聞こえなかったか? もう一度言ってやるよ。タイチは……」
「違います。聞こえなかったわけではありません。内容が理解しがたかったわけでして……。精霊の拐かしって、あの童話によく出てくる現象でしょう? 現実にあるのですか?」
「タイチから話を聞く限りまず間違いねーよ。魔法の魔の字もない世界から来たらしいぜ。なんせ獣人見たのも初めてらしく、俺の顔みて『ライオンが話してる!』って叫びやがったからな、コイツ」
「ぶふっ、失礼。それはそれは」
職員が吹き出した口元をさっと押さえる。
「あと、さっきレインリアにも事情を話したが、奴さんいわく、タイチには精霊の魔力のなごりが見えるからまず間違いない、だとよ」
「ほう、レインリア様が……。しかし、それならなぜレインリア様と一緒に王都に行かれなかったのですか? 精霊の拐かしで、しかも珍しい種族の人間となると、王宮で貴賓として扱われるべきではないですか?
教会の洗礼板はあった方がいいでしょうが、ギルドカードは不要でしょう。生活費は十分に支給されるでしょうし、衣食住も保証されます。わざわざ登録する意味がありません」
「あー、うん。それについちゃ、俺が思いついてなかったってのもあるんだが……。レインリアも王都にすぐに連れていくのには賛同しなかった。確かに食うにも寝るにも困らなくはなるだろうが、同時に自由もなくなるだろうと。こっちの常識を全く知らず、反論や交渉をする術のない子どもを王の籠の鳥にしたくないってのがレインリアの意見だ。俺も同意だな。せっかくこっちに来たばっかりで魔法も冒険も新しく知ることやれることがたくさんあるってのに王宮みたいに堅苦しいとこに閉じ込めるのは気の毒だろーよ。
俺ぁ王宮の連中の考え方は基本的に好かんのだが、レインリアは宮廷魔導師のわりにこういう感覚はまともだから意外と気が合うんだ」
「なるほど、事情は理解しました。それで結局ガロン様がいつものお人好しを存分に発揮してタイチ様のお世話をすることになったのですね」
「ぐっ、うっせーな。お人好しは余計だ。目の前で困ってんのを助けるっつーのは当たり前の人情だろうが!」
「それはあなた様の美徳であるのは間違いないでしょうが……。抱え込みすぎて私生活を乱さないように気をつけてくださいね。ギルド提携の酒場は冒険者に寛容ですが、あまりにもくだを巻かれると出禁になりますよ」
「うぐぅ」
「あ、あの……、なんか僕のせいですみません」
「ああ、いや。タイチが気にするこっちゃねぇよ! 俺がやりたいだけなんだからな。おまえは大船に乗った気でいりゃいいんだ!」
「失礼しました。タイチ様を差し置いて盛り上がってしまいましたね。話を戻しましょう」
えへん、とアウェイアさんが咳払いをする。
「ええと、魔力がなくても洗礼板を取得できるかというお話でしたね。結論から言えばできます。生まれつき魔力が欠乏していたり、事故で魔力をうまく扱えなくなってしまったりする方もいらっしゃいますからね。そういう方たちは自身の魔力ではなく、補助の魔石が付属している魔力外部充填型の石板が発行されます。
ただ、タイチ様の種族は人間なのですよね? でしたら魔力の有無よりも、そちらで騒がれないかが心配ですね。なにせ非常に珍しい種族ですので……」
「確かになぁ。普通の移民と同じ枠で手続きしたら大騒ぎになるよな?」
「でしょうね。通常、洗礼に予約は不要ですが、タイチ様の場合は事前に教会へ話を通して個別対応をしてもらった方がよいでしょうね」
「なるほど、わかりました」
「心配すんな! その辺も俺が手伝ってやるからよ」
バシッとガロンが僕の背中を叩く。正直痛いけどとても心強い。
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