第5話:三人での密談①
レインリアさんがなにか唱えると同時に杖がわずかに光る。サァッと周りの喧騒が遠のいていき、足元から白い煙が立ち上ったかと思うとすっぽり真っ白に包まれてしまい僕ら三人以外は何も見えなくなってしまう。あたりもいつの間にかシンと静まって何も聞こえない。
「ほぉ、見事なもんだなぁ。魔導師はいつでも即席で密談部屋が作れて便利でいいよな」
「言っておくけど、あなたが正当な手順で謁見を申し込んでくれたらこんな余計な魔力を使わなくて済んだのよ? それと魔導師を便利な道具扱いしないでくださる? 不愉快よ」
レインリアさんはツンと冷たくガロンさんに言い放つ。僕は突然の事態についていけずあわあわと周りを見回す。
「ああ、タイチ。こりゃレインリアの魔法だから心配しなくていい。なにも危険はねぇよ」
あわてる僕にガロンさんが笑っていう。そう説明されてもすごすぎて落ち着けない。魔法すごい。
「これが魔法……。すごい。すごいなぁ。こんな感じなんですね!」
僕は感動してレインリアさんを見つめる。
レインリアさんは困ったような顔をする。
「大した魔法じゃないわ。初歩的なものよ。……でも、この程度の魔法に対してその反応。やっぱり精霊の拐かしで間違いないのね。
タイチくんの瞳の中に精霊の魔力の残滓が色濃く残っているし、私の持つ水の精霊のご加護が強く反応していたからまず間違いないとは思ったけど……」
「おうよ。タイチの話じゃ今朝こっちに来たばかりだぜ。元の世界じゃ魔法は迷信だったらしいぞ? 信じらんねぇよな。そうそう、あと種族は人間だとよ。笑っちまうよなぁ」
ガハハとガロンさんは豪快に笑う。反対にレインリアさんはものすごくしかめ面だ。
「何を笑っているのよ? 精霊の拐かしなんて数百年に1度あるかどうかという稀有な事例なのよ!? まったく笑えないわ。いったいどう対処すべきなのか……。
いえ、そもそもガロンは私に何を求めて話しかけたの?」
「いやよ、別に求めてるってほどのこたねぇんだが。
とりあえず確証が欲しかったってのはあるな。もしかしたら精霊の拐かしじゃなくて、なにか別の俺の知らねぇ現象の可能性もあるのかと思ってたからよ。でも、レインリアも同じ見解ならまず間違いねぇな」
うんうんとガロンさんは一人で納得している。
「……それだけなの? ただ、精霊の拐かしかどうか知りたかっただけだというの?
私にタイチくんを預けて王族の賓客として受け入れる手はずを整えさせたり、王立学園の交換留学生の身分を用意させたり、あるいは王都で保護されている同族の人間と会えるように仲介を頼んだり……そういったことを考えていたわけではないの?」
「んあ? んなこたまったく考えてなかったが……。そうか、王都に連れいくっつう選択肢もあったんか。思いつかんかったぜ」
「思いつかないじゃないでしょう!? むしろ真っ先に思い浮かぶのがそういう考えじゃないの! 馬鹿なの!?」
冷静なレインリアさんがすごい剣幕でガロンさんを罵倒する。ガロンさんの考えの方が常識外れだったみたいだ。
「信じられないわ……。つまり、ガロン。あなたは精霊の拐かしである人間のタイチくんをその辺の酔っぱらいや行き倒れの旅人を介抱するのと同じ感覚で保護したと?」
「まあ、そうだな。困ってるっていう意味じゃ精霊の拐かしも行き倒れも変わんねぇだろ?」
ガロンさんはあっけらかんと言う。
「はあー……。あきれて責める気にもならないわ。ガロンらしいといえば、この上なくあなたらしいけど……」
レインリアさんはこめかみを押さえて目をきつく閉じる。
「ともかく、どんな理由にせよ私に知らせてくれてよかったわ。いくらガロンがA級とはいえ、精霊の拐かしはひとりの冒険者が抱えんこでいい秘密ではないわ。時期は見計らう必要があるけれど、いずれはしかるべき機関、王族へも報告すべきよ」
「んー、やっぱそうなるんか? 俺としちゃあ、王宮も王都も細かい決まりが多くて宮廷作法やら身分の上下やらにうるさくてよ。宮廷魔導師のレインリアに言うことじゃねぇが、堅苦しくて息が詰まって正直嫌いなんだよな。いけすかねぇ貴族どもも多いし。
せっかくタイチだって俺の地元のコシッハ町に渡ってきたんだ。こっちでのんびり田舎暮らしさせてやる方がのびのびできてよくねぇか?」
ガロンさんが心配そうに僕の顔を見る。
レインリアさんも難しい顔で僕へ視線を向ける。
「……まあ、そうね。ガロンの言うことも一理あるわ。だから私も時期は見計らう必要があると思ったの。
仮に今すぐ、こちらの世界の常識を何も知らない状態で王宮暮らしとなると、結構しんどい思いをすると思うわ。建前上は尊重されるし丁重に扱われるけれど自由には出歩けないわね。宮廷作法や社会情勢も一から学ばなければならないし、王族に準ずる社交も求められると思うわ。同じ種族が周りにいないから孤立しがちでしょうし。それに人間は魔力がまったくないでしょう? だから中にはそれを理由に軽んじるものもいると思うの。衣食住はしっかり保証されるからその点はとても安心なのだけど……。
王族の賓客として王宮暮らしをするよりは、遠い異国からの移民という形で王立学園の留学生の身分を得て国の補助を受ける方が生きやすいでしょうけど、魔法をまったく知らない状態で学園に通うのは現実的でないわね」
「だろぉ? だったらやっぱり、こっちでのんびり冒険者やる方が絶対楽しいじゃねぇか」
「そうともいえないわ。あなた、自分がA級だから忘れているようだけど、冒険者で生計を立てるって難易度の高いことなのよ? 雇い人と違って有給も傷病見舞金もないし、依頼に失敗したら無収入なんだから。タイチくんみたいな未来ある若者には固定給がもらえる雇い人の方が安定してていいに決まってるわよ。まあ、雇い人は身分がしっかりしてないと敬遠されがちだし、紹介制のことが多いから雇用難易度が高いという別の問題があるのだけど……。
最近は冒険者ギルドでも怪我や病気や引退に備えた報酬の一部積立制度を導入してるみたいだけど、冒険者はその日暮らしの刹那的感覚が強すぎてなかなか普及しないと支長がさっき愚痴ってたわよ。広告塔になってくれないかってしつこく勧誘されて参ったわ。ここの支長、のらりくらりとつかみどころがなくてやりにくいのよね。
ガロン、あなた制度を利用してあげたら? どうせろくに貯金もしてないんでしょう。
あら、話がそれたわね。つまり、タイチくんの場合、身分や種族の問題もあって、就労に課題が出る可能性が大きいということよ。そうでなくとも、常識の違う世界でひとり暮らすのだから苦労も大きいはずよ。もし、いずれ生活に行き詰まるようなことがあったら、その時は多少生活が制限されても素直に国の保護を受けた方がいいわ。万が一にも野垂れ死にさせるわけにはいきませんからね」
「う、むう……、もしタイチが生活に困るようなら俺が出資して助けてやるつもりだったんだが……」
「だ・か・ら! そういうのは本人のためにならないからやめなさいってさっきも散々言ったじゃないの! どこまで自己犠牲が好きなのよ? だいたい生活に困っている人を助けるのは国の機関や教会や王族の役割であって冒険者が率先して個人でやることじゃないわ」
レインリアさんがガロンさんの頭を杖でガツンと小突く。
じっと黙って二人の話を聞いていた僕もさすがに口を開いた。
「あ、あの、ガロンさん。僕すごくたくさん助けてもらってガロンさんに本当にとっても感謝してます。
だけど、これからもずっと困ったらガロンさんにお金を出してもらうっていうのはちょっと……なんだか、お金目当てっていうか、たかってるみたいで嫌っていうか……」
「ほら! 肝心のタイチくんだって嫌がっているじゃないの。少しは考えを改めなさいな」
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