第3話:異世界のごちそうと今後の方針
「おまたせいたしました」
店員さんは二人がかりでドン、ドン、ドン!と大皿料理が机にぎゅうぎゅうに並べていく。おいしそうないい香りと湯気がブワッと部屋中に立ち込めた。
鶏の丸焼きやローストビーフっぽい塊肉、油で照り照りに光っている真っ赤なロブスター、ミートボールがごろごろ入ったパスタにぐつぐつと煮立った具だくさんのたっぷりスープ。ほかにもパンやチーズや煮豆やピクルスなんかが入ったカゴや小皿がすき間にずらずら並べられて、最後にまたドデカジョッキをバーンと置いて店員さんたちは退室していった。
「す、すごいですね……。こんなにいっぱい」
僕は料理の量に圧倒されて思わずつぶやく。
ガロンさんはなんにも気にした様子はなく普通の顔で机を見回している。
「そうか? 足りなかったら遠慮なく言えよ。ここは料理の味もなかなかだからな。俺のイチオシは大王海老の香味油がけだな。コシッハ街は、肉料理はまあ大体どこで食ってもそれなりにうまいんだが、海鮮をうまく調理できるところは少なくてな。あと、ここのパンは隣のパン屋から仕入れてんだが、それもうまいぞ」
さあ食え、まずはたっぷり食え、おごりだ!とガロンさんは僕を急かす。正直いっていろんなことがありすぎて頭パンクしそうだしあまり食欲はなかったけど、僕は熱々のスープ皿をそろそろと手前に引き寄せた。中身はすごく熱そうだけど木の器はじんわりあったかい。ふわっと立ち上る湯気に思わずほっと力が抜ける。
具材はじゃがいも、にんじん、玉ねぎ、トマト、あとは何かの豆とベーコンみたいだ。日本とそんなに変わらない。
施設で出ていたミネストローネに似てるかも、とぼんやり僕は思った。
「いただきます」
スプーンですくって一口飲むと優しい塩味が口のなかに広がる。とたんに急に胃がぐるぐると動き始めた。……そういえば、施設でお風呂に入っていたときも夕飯前だったし、こっちに来てからはずっとガロンさんと話してて結構時間が立ってる。気付いてないだけで実はすごくお腹が減ってたみたいだ。
「とってもおいしいです! 本当にありがとうございます」
「おう、どんどん食えよ! 困った時もへこんだ時もまずは腹一杯食うこった! ほら、大王海老だ! 丸鶏の岩塩焼きもパンと一緒にいっとけ!」
ガロンさんはバキバキと豪快に海老のはさみをちぎり、大きくむしった鶏もも肉をパンにはさんで僕に差し出す。
「は、はい!」
薦められるがままに僕は食べる。どれもとても香ばしくておいしい。
ガロンさんは食べ始めた僕を見て満足そうにうなずくと自分も食事をガツガツと食べ始めた。しばらく僕らは食事に没頭する。
「……ふう! 結構おなかいっぱいです!」
僕はおなかをさすりながら言う。
立て続けにこってりしたごちそうを詰め込んだので胃がパンパンだ。おなかが満たされて緊張もだいぶ解けた気がする。
「なんだ? それっぽっちでいいのか? まだまだ残ってるぞ?」
「いえ、本当にもう満足です」
「そうか? じゃああとは俺が食っちまうな。
あ、でも甘いもんは別腹だろ? そうだな、名物のパイとせっかくだから乳氷菓も頼むか。そんで食後の茶でも飲みながら今後のことをもうちっと話そうや」
「デザートですか? 僕、もうたくさんごちそうになってるし、お茶だけでも十分ですけど……」
「遠慮すんなって何度も言ってんだろーが! パイはカボチャとレモンがおすすめだがどっちがいい? いや、どっちも食え、うまいからな! おーい、追加頼むよ!」
答える暇もなくガロンさんは呼び鈴をガランガラン鳴らして店員さんを呼ぶ。
あっという間に空のお皿が下げられて、大きく切り分けられた2種類のパイとこぶりの真っ白なアイス、そしてずんぐり丸いポットに入った熱々のお茶がやってきた。
ちなみに、残っていた料理は店員さんがお皿を片付けている間にガロンさんがペロリとたいらげてしまった。わりと量があったのにすごいスピード、すごい食欲だ。
店員さんたちが退室すると、ガロンさんはずんぐりポットをひょいと持ち上げて、これまたでっかいマグカップにお茶をなみなみ注いでいく。
「ほいよ。あちいから気をつけて飲みな。そんで乳氷菓はとける前に食えよ」
「はい、ありがとうございます」
僕はアッツアツのマグカップをひとまず横に置いておいて、アイスに手をつけた。あ、結構やわらかい。
バニラアイスかと思ったけど味は濃厚なミルクだった。でも後味はさっぱりしている。甘くて冷たくて幸せだ。
「普通、この辺の店じゃ氷菓つったら置いてあるのはけずり氷なんだが、この店は牛乳で作る特製乳氷菓があるんだよな。なんでも氷魔法が得意な料理人がいるらしい。うめえよな」
ガロンさんは話しながらあっという間にアイスを食べ終えてパイを取り分け始める。
「パイは茶と一緒に食べるとうまいぞ。パイ類はここのおかみのお得意で人気の名物のひとつなんだ。持ち帰りでパイだけ買ってく奴も多いな」
ガロンさんは熱いお茶をすすりながらパイを口いっぱいに頬張る。ほっぺたが丸くふくらんでいる。
僕もさくさくしたパイを一口ずつフォークでつついた。カボチャの方はずっしりした餡が端っこまでたっぷりつまっていてボリュームがすごい。もったりした甘さが濃くてバターと生クリームがしっかり入っててすごくおいしいけど、これ一切れで十分満腹になりそうだ。
レモンの方は甘酸っぱい刻みレモンがカスタードクリームに混ざっていて甘いけれど爽やかだ。……僕はレモンの方が好きかも。
けど、どっちにしろ料理をたくさん食べたあとじゃとても全部は食べきれそうにない。アイスでもう満腹だ。
「このパイ、どっちもすごくおいしいです。さくさくで、中身がたっぷりで。ただ、僕本当におなかいっぱいになっちゃって……ちょっと入らないかもです」
「おう、じゃあ無理せず残しとけよ。食べかけでも気にすんな。俺が食うからよ」
「すみません、ありがとうございます」
何から何までガロンさんが面倒みてくれて本当に申し訳ない。でもそれを口に出すと多分また遠慮すんなって怒られるんだろうな。
僕は静かにガロンさんに感謝しながら適温になったお茶に口をつける。あ、飲みやすくておいしい。ウーロン茶と紅茶の間みたいな味がする。甘い味をすっきりさせてくれて確かにパイに良くあうかも。
しばらくお茶を味わっていると、とうとうガロンさんが僕の残したパイまですべてを食べきった。料理を含めたら一体何人前だったんだろう……? 僕だったら食べきるのに3日くらいかかりそうな量だった。
「ふぃー……、食った食った。満足だ。
さぁて、んじゃタイチ。腹もふくれたことだし、そろそろちっと真面目な話をすっか」
「はい!」
僕は姿勢をピシッと正した。
「まあ、そんな緊張すんなよ。悪いようにはしねぇ。
とりあえず住むところは俺んちにしばらく来るとして、だ。んー、おまえ当たり前だが無一文だよな? 風呂で素っ裸でおぼれてたわけだし……。あと前の世界じゃ働いてないんだっけか?」
「は、はい。何も持ってないです。服だって貸してもらっちゃってすみません。それと、まだ仕事したことないです。施設内のお手伝いをしておこづかいをもらうっていうのなら経験があるんですけど……」
「そりゃ、働いたうちにゃ入らねぇなぁ。いずれ一人で身を立てようと思ったらともかくなんでもいいから働いて金を貯めねぇとな。俺もずっと側にいれる訳じゃねぇし、先立つもんはいくらあってもいいからな。
そうだな、じゃあ得意なことはあるか? 力仕事……は無理そうだが、料理とか木工とか楽器の演奏とかよ。なんか特技はないか?」
僕はガロンさんの質問に考え込む。
確かにガロンさんみたいな獣人と比べたら僕なんか力仕事じゃ役に立つはずがない。じゃあ他には……?
「得意なこと……。料理は少し施設のみんなとやったけど、教えてもらいながらだったし得意とは言えないです。木工も技術の授業で一度椅子を作ったけどどうしても座面が歪んじゃって……。楽器も音楽の授業でリコーダーを少し吹いたくらいだし」
うーん、と僕は考え込む。困った。何も役に立ちそうにない。
「別に俺が挙げたこと以外でもいいんだ。得意じゃなくて好きなことでもいいが」
「あ、それだったら……! 僕は植物が好きです。図鑑を読むのが趣味で施設のお庭でも少し好きな花とか野菜とか育てさせてもらったりしてました。もともと植物のことを教えられる理科教師になりたくて大学受験をしてて……」
そして、失敗して死んじゃってここにいるんだった。
思い出すと心がずんと暗くなってしまう。
ガロンさんはそんな僕には気づかず明るい声をあげる。
「お! 植物いいじゃねぇか! リカキョーシってのはよくわかんねぇが植物に関わる仕事ならやりがいも持てるんじゃねぇか? 農業は体力勝負だからちっときちぃかも知れねぇが、ギルドでの薬草採取や工房での植物加工なら人間のおまえさんでもいけるんじゃねぇか?」
ガロンさんの言葉に暗くなった心がパッと明るくなる。教師が無理でも植物に関わる仕事をできるなら確かにうれしい。と、同時に不安もよぎる。
「それって僕みたいな働いたことない子どもでも大丈夫ですかね……?」
「工房の方はツテがねぇからすぐに紹介は難しいが、ギルドの依頼なら登録さえしちまえば今日からでも稼げるぜ。俺ぁA級だからギルドにゃ顔が効く方だしよ。冒険者になるってんならこのガロンさんに任せな!」
ドンッ!とガロンさんが自分の胸を自慢げにたたく。
だけど僕は気後れしてしまう。
「ぼ、冒険者ですか。そうか、僕は冒険者になるんですね。大丈夫ですかね。剣も弓も使えないんですけど……」
冒険者っていったらゲームや漫画に出てくる筋骨隆々の斧を振り回す戦士やめちゃくちゃ目がよくて百発百中の弓の名手みたいなイメージしかないけど……。
「そりゃ、冒険者ギルドに登録するんだから職業は冒険者だろーよ。大丈夫、大丈夫。薬草採取専任でも立派な冒険者だぜ。中にはこづかい稼ぎのガキや老後の暇つぶしに依頼を受けるじいさんなんかもいるんだ。必ずしも戦闘能力は必要じゃねぇよ。
コシッハ街の薬草関係の依頼はそんなに危険なのは出てねぇはずだし、もし護衛が必要なら俺が着いていってやるからよ。どうだ、やってみるか?」
「は、はい! いろいろありがとうございます! やってみます……!」
「おう! いい返事だな。そんじゃ善は急げだ。今からギルドへ行くぞ!」
「え!? い、今すぐですか!?」
「そうだ! ほれほれ、立った立った!」
「は、はい!」
僕はガロンさんに急かされるまま足早に部屋から駆け出した。
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