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第2話:炭酸水とA級剣士ガロン

「ほれ、飲め! おごりだ」


 どーんと目の前にでっかいジョッキを置かれる。

 カフェの店員さんはジョッキを二つガロンさんに渡すとさっと退室していった。個屋には獣人のお兄さんと二人きり。壁越しにカフェのお客さんのにぎわいがほんのり聞こえる。

 目の前の炭酸水は鮮やかな赤色だ。シュワシュワと音を立てて弾けていて、氷がカランと澄んだ音を立てる。長風呂でカラカラののどが思わずゴクリと鳴った。


「えっと、これってお酒ですか?」


「んなわきゃあるかい。おまえどっからどーみても子どもじゃねーか。俺はエールを飲むがな。未成年は炭酸水で我慢しときな」


 あきれたように獣人のお兄さんは僕にいい放つとジョッキをぐびりと傾けた。カーッ!とおっさん臭い声をあげているが、すごくおいしそうだ。

 僕も様子を伺いながらいただきます、とひかえめに言って炭酸水を手に取った。うわ、ジョッキ重い!

 なんとか持ち上げて炭酸水を口に運んでみる。


「……あ、おいしい」


「だろ! ここは酒もうめぇが酒精(アルコール)抜きの果実水や茶の味もなかなかなんだ。個室があるのもちょっとした話し合いに向いてるってスンポーよ。ま、まずは気軽に楽しめよ」


 獣人のお兄さんはニカッと笑う。

 僕はちょっと肩から力が抜ける。爽やかなベリーの甘味もおいしくて少しだけ不安がなごんだ。

 しばらくは飲み物を飲んでお互いゆったり過ごす時間が続く。獣人のお兄さんがエールを半分飲み空かしたところで口を開いた。


「んで、どうすっかな。どっから話す? ああ、まず名乗ってなかったな。おりゃあガロン。ガロン・ファイアウォールだ。気軽にガロンと呼んでくれや。職業は冒険者をやってる。A級剣士だ。まあ実力はちょっとしたもんよ。そんで見ての通り獅子の獣人だな。

 んで、おめぇさんは?」


「あ、はい。僕は牧野(マキノ)太一(タイチ)です。いや、名前が先ならタイチ・マキノです。タイチが名前です。えっと、ただの人間です。まだ働いてなくて学生でした。

 それから、僕は日本って言う国にある施設のお風呂に入ってたはずなんですけど、気付いたらさっきの大衆浴場?にいて……。なんでだか自分でもわからないんです」


 自分でも説明に説得力がなさすぎて最後は小声になってしまう。

 けど、ガロンさんは真剣な顔で聞いてくれている。獣人だけど、この人は本当にいい人そうだ。そのことにちょっとだけほっとする。


「ふむん。船に乗って移住してきたり、転移魔法を使ったりしたわけじゃねーんだな? 溺れた拍子(ひょうし)に頭打って忘れてるってことは?」


「いや、それはないです。頭は全然痛くないです。たんこぶもないですし。そもそも僕がいた世界には魔法なんかないです」


「なにぃ!? 魔法がないだと!? まったくか? 外国製の魔道具なんかも使ったことねーのか?」


「は、はい。魔法って、僕のいた世界ではファンタジー……おとぎ話の中に出てくる夢とか、迷信みたいなものでした。僕のいた国だけじゃなくて、外国にも、世界中のどこにもなかったです」


「……マジかよ。それが本当だとすりゃとんでもねぇ事態だぞ。この世界にゃ魔法によらない技術を主軸(しゅじく)にした国家はあるが、魔法をおとぎ話や迷信だと思ってる国は存在しねぇ。魔法がない世界ってのはつまりこの世界じゃねぇってこった」


 ガロンさんは難しい顔でうなる。


「えっと、それってつまり……?」


「つまりだな、おまえさんはたぶん、精霊の(かどわ)かしって奴だな」


「えっ? すみません、なんですか?」


 僕は聞き取れずに聞き返す。


「精霊の(かどわ)かし……。異界渡りのことだな。それこそおとぎ話の中でしか聞いたことない現象だが、まず間違いねーぜ。魔法の存在しないおまえさんのいた世界から、精霊たちがこっちの世界におまえを(さら)ってきちまったんだ。

 ていうか、さっき聞き流しちまったがおまえ人間だっつったよな? 何の混血でもないただの人間(ヒューマン)なのか? 獣人や森人(エルフ)地人(ドワーフ)の血もまったく入ってないんか?」


「は、はい。普通の人間です。僕の世界は人間以外いないです」


「カーッ! マジかよ。いよいよもっておまえ珍獣だぞ!?」


「えっ、この世界って普通の人間はいないんですか……!?」


「まったくいねぇってこたねぇが……。かなり珍しいな。たぶん、この国じゃあ片手で数えるくらいしかいねーぞ。かなり昔にゃあこの国にも人間(ヒューマン)の部族があったみたいが、歴史上の話で今は存在しねぇはずだ。遠方にはまだ純粋な人間(ヒューマン)が集まって住む小国があるらしいが、この国とはほとんど交流がねぇな。

 このカナンマ王国は俺ら獣人がいっちゃん多くて、その次が森人(エルフ)地人(ドワーフ)、あとはなんかしらの混血(ハーフ)たちだよ」


「そ、そうなんですね……」


 あまりの事実に僕は呆然(ぼうぜん)とつぶやく。

 ガロンさんは眉をしかめて僕をじろりとにらんだ。


「タイチ、おめぇことの重大さがわかってんのか!? 絶対に自分は人間(ヒューマン)だと言いふらすなよ! 治安が悪い路地裏や夜に一人で出歩くのも悪いこた言わねぇからやめとけ。おめえみてぇな魔法をろくに知らねぇガキンチョが人間(ヒューマン)だってバレたら今度は人買いや見せ物小屋に(かどわ)かされっぞ!」


「は、はい! 気をつけます!」


「まあ、黙ってりゃ混血森人(ハーフエルフ)あたりに見えるだろうからな、気ぃつけろよ本当に。

 しかし、とんでもねぇな。どうすりゃいいんだよ」


 ガロンさんは頭をガシガシかいてうなる。

 僕の事情が特殊すぎて頭を抱えてるみたいだ。当たり前なんだけど。


「あのう……、ガロンさん。聞いてもいいですか?」


「うん? なんだ? まあなんでも言ってみろよ。ここまでとんでもねぇ珍事(ちんじ)ばかり聞いたんだ。なんでも聞いてやるよ」


「ありがとうございます。あの……、僕って元の世界に帰れるんでしょうか?」


 ガロンさんと話してきて一番気になったことを思いきって聞いてみる。ここが異世界なのはびっくりだし、人間がいないのも衝撃だけど、問題は帰れるかどうかだ。


「あー……、そりゃたぶん無理だと思うぞ」


「え!? なんでですか!?」


 あっさりと告げられて思わず大声で聞き返してしまう。僕はあわてて口を押さえた。


「帰りたかったんか? そんなら気の毒なんだが……。おまえさんは元の世界じゃたぶん死んじまってるぞ?」


「え!? 死んで……!?」


 衝撃過ぎて僕は口をぽかーんと開ける。

 ガロンさんは気まずそうにほおをぽりぽりとかく。


「精霊の(かどわ)かしってのは異界の死者の魂を精霊がこっちの世界に連れてくることなんだ。精霊が気に入ったり哀れんだりした奴が選ばれるらしい。そして連れてきた魂に精霊がこっちの世界で改めて新しい肉体を与えるんだ。別の世界で生き返るって感じだな」


「で、でも僕、その精霊?を見た覚えもないし、体だってもともとこの体で何も変わってなくて……死んだって言われたってそんなの記憶になくて」


「そりゃ精霊だから普通は見えんわな。精霊と交流できるのは森人(エルフ)の精霊使いや上級魔導師くらいだろうよ。肉体だって精霊様がきっちり作るんだからそりゃ元通りさ。それに異界を渡ってきたんだから死ぬ時の記憶が曖昧(あいまい)でもなんもおかしくねぇよ」


「で、でも……でも!」


「うーん、混乱すんのはわかるんだが……。

 タイチ、おまえ本当に元の世界に戻りたいのか?

 おとぎ話や伝説上のことじゃあるが、精霊の(かどわ)かしにあう奴ってのは大体が元の世界じゃすごく不幸でとんでもなくついてねぇ奴ばかりなんだ。確か激しい絶望や悲しみが精霊を呼び寄せるとかなんとかだったぞ。タイチは違うんか?」


「……あ」

 

 ガロンさんに言われて僕は一気に思い出す。受験の失敗。後悔、未練、悲しさ。せまる施設の退所期限。園長先生の心配顔。みんなの気まずそうな顔。就活や今後への不安。焦燥感。罪悪感。孤独。寂しさ。

 そして心臓の鋭い痛みと呼吸の苦しさ。

 確かに、元の世界に帰れたって僕は……。それにあの時の胸の痛みは……。

 何も言えなくなって僕はうつむく。

 ガロンさんはやっぱりな、とつぶやくとため息をついた。


「まぁよ。何があったか知らねぇが元の世界でとびきり嫌な目にあった上に死んじまって、いきなり別の世界に連れてこられちゃわけわかんなくて仕方ねぇよ。でもよ、考えようによっちゃ幸運(ラッキー)だぜ。精霊様のお墨付きで新しいまっさらな人生をやり直せるんだからな。こんな機会めったにねーぜ! ひとつ前きに考えようや!」


 ガロンさんが励ますようにドンッ!と机にジョッキを置く。 


「これも何かの縁だしおまえがこの世界でうまくやれるように俺もいろいろ手伝ってやっからよ! そんな心配すんなって! な!」


「……はい」


「声が小せぇ! 男なら不安な時こそ声を張れ!」


「は、はい! がんばります!」


 怒鳴られて僕は思わず声を張り上げる。

 ガロンさんがそれでいいとばかりに親指をグッと立ててニッと笑う。

 僕もつられて力なく笑った。

お読みいただきありがとうございました。

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