第22話:出発と地竜酔い
外はいい天気だ。調教場の中は暗かったから少しまぶしい。僕は目を細める。やわらかい風がほおにあたって気持ちいい。目が慣れると地竜の背中の高さも見晴らしよく感じられる。
周りは牧場のような雰囲気だ。広い柵や獣舎のような建物があり、奥には別の調教場も見える。もっと遠くにはちょっとした林のようになっている場所もある。
風にのって動物の糞尿のにおいが鼻をかすめる。当たり前だけどちょっと臭いや。
僕らはその間を軽やかに抜けて進んでいく。地竜は本当に速い。そんなにスピードが出ている感じはないのに、景色があっという間に流れていく。
それにしても、ギルドっていろんな施設があって本当に広いんだな……。名前だけ聞いた時は、単に冒険者が集まる小さな酒場のような場所をイメージしていた。
そんなことを僕が考えているといつの間にか門にたどり着いていた。
先に進んでいたリンジュさんとネフラがこちらを振り向いて待機している。
「この門が薬草採取の草原や河辺に一番の近道よ。ここは主に関係者が使う門で、あまり冒険者には知られてないけど、地竜に乗ってると目立って面倒でしょうから帰りもこっちから戻るといいわ」
「ありがとうございます!」
「いってきます」
僕らはリンジュさんに挨拶すると、ゲートへと進む。
ネフラの横を抜ける時、ネフラがクェッと鳴いた。ジェダがそれに反応して鳴き返している。二人も挨拶してるのかな?
「アラ、ネフラがジェダを鼓舞したみたいね。アタシの代わりにしっかりやんなさいよ、ってところかしら?」
リンジュさんが笑いながら言う。
へぇえ、地竜ってそんな会話できるんだ。本当に頭いいなぁ。
僕はネフラにも挨拶する。
「じゃあ、ネフラ。行ってくるね。お留守番よろしくね」
ネフラはわかったのか、クェーッと一鳴きする。
「じゃあ、いってらっしゃい! 初依頼頑張ってね!」
「はい! ありがとうございました」
「また、帰りにご挨拶に寄りますね」
手を振って送ってくれるリンジュさんに見送られながら僕らはゲートの外に出た。チロルがチッチッチッと舌を鳴らした後、大きく口笛を吹く。
ジェダがグッと体勢を低くしたかと思うと一気に駆け出した。速い、速い! あっという間に僕らはギルドを後にする。
「タイチ、どう? 大丈夫ー?」
前に乗ってるチロルが僕に声をかけてくれる。
僕はしっかり持ち手につかまりながら答える。
「うん! 大丈夫だよ! サドルガードがしっかり効いてるから揺れも平気! 風が気持ちいいよ!」
僕は風に負けないように大声で答える。
ヒュンヒュン風を切りながら進むのは本当に気持ちがいい。
「了解! じゃあもう少しだけ速度あげるね! きつかったらすぐ言ってー! あと、目を開けるのが辛かったら耐風眼鏡もあるから!」
チロルが腰のポーチを後ろ手でトントンと叩く。
僕は了承の返事をする。宣言通りジェダのスピードがまた少し上がった。でも、揺れはまだ平気だ。たしかに目はちょっと開けづらいけど、景色がいいのでゴーグルをするのはもったいない気もする。
草原にはちらほらと人影が見える。背負いカゴを背負ってる人も多い。僕と同じで薬草採取かな?
一瞬で通りすぎてしまうからはっきりとはわからないけれど、みんなこちらを振り向いたり指差したりしている気がする。やっぱり地竜は目立つみたい。
そうこうしていると、広めの川が見えてくる。橋がないけど、どうするんだろう?
僕がそう思っているとジェダはかまわず川につっこんだ。深さはそんなにないけど水しぶきがあがって顔にかかる。冷たっ!
「か、川をそのまま進むんだ!?」
バシャバシャと水がかかって僕が思わずチロルに叫んだ。冒険者服は撥水加工だけど、それでもこれはかなり激しい。でも、チロルはまったく気にしてない。
「うん! 地竜は水にも強いからねー! 水中服を着とけば海だって渡れちゃうよ! いつかやってみたいよねー!」
そんな話をしているとあっという間に川を横切って向こう岸だ。水の中でもほとんどスピードが落ちなかった。すごい勢いだ。
ジェダはそのまま河川敷を抜けるとさらに草原を突っ切っていく。
「チロル! どこまでいくの? ここってもう薬草採取エリアじゃない!?」
「んー! もうちょい先まで! 浅い区域は徒歩で来た冒険者たちもいっぱいいるから競争相手が多いでしょ! せっかく地竜を借りたんだから、人の少ないとこまでいかなきゃ損よ!」
チロルはさらにジェダのスピードをあげた。
ジェダは盛り上がった丘を駆け抜けて岩を身軽に飛び越える。
ぶわん、ぶわん、と景色が上下に揺れる。なんだか風景がスローに見える。さっき川で濡れた服ももう乾いてしまった。
遠くに見えていた林がいつの間にか近づいてもう目の前だ。林から少し外れた位置に木立がある。チロルはそこに向かっていく。木の近くまでせまると、ようやくチロルはスピードをゆるめて木陰で止まった。
……ふぅ! 楽しいけど疲れた。
「あー! やっぱり外を駆けるのはいいね! 地竜の速度って最高! もう少し慣れたら最高速度はどれくらいなのか試したいわ」
チロルははしゃぎながらジェダに指示を出して座らせる。僕は少しふらつきながらジェダから降りた。
うう、なんかまだ揺れてる気がする。ちょっと酔ったかも。
僕は近くの木の根っこに座り込んだ。
「……タイチ、どうかした? もしかして地竜がきつかった?」
ジェダに乾燥肉をあげていたチロルが黙っている僕を心配そうに見る。
「う、うーん。楽しかったんだけど、ちょっと酔ったかもしれない。しばらく休憩していい?」
「うん、もちろん。……ごめんね、楽しいからっていきなり速度を出しすぎた。それにタイチは騎乗安定装置を少し強めにかけてたから降りた時の反動も来たのかも。
冷たいお水飲む?」
「うん、ありがと」
僕はチロルから水筒を受け取って水を一口飲んだ。冷たい水を飲むと少しすっきりする。
「んー、どうしよう。タイチ少し休憩したいよね?
ジェダはまだ走りたいみたいなんだよね。たぶん、しばらくギルド内とか調教場とか建物内にいたから広い場所で動きたいんじゃないかな。
……タイチが見える範囲でジェダの気が晴れるまで周りを走らせてきてもいい?」
「うん、全然いいよ。僕は休んどくね」
「わかった。じゃあ、なにかあったらこの笛を吹いてね。すぐ戻ってくるから。この辺はめったに魔獣はでないから大丈夫だと思うけど一応ね」
僕はチロルから小さな銀色の笛を受け取る。
まだ心配そうなチロルとしきりに僕を気にしているジェダに、僕はなんとか笑って二人を送り出す。正直、少しひとりになりたい。
ジェダが駆け出すと二人の姿はすぐに小さくなった。でも、僕から離れすぎないように一定の距離で走ってくれているみたい。僕は二人に手を振ってみる。チロルが振り返してくれたのが見えた。
うう、でも、本格的に気持ち悪いぞ。しばらく寝っ転がろう。
僕は木陰になっている草原にころんと横になった。
さわさわとそよ風が抜けていく。やわらかい草は手ざわりがよくて心地よい。うつぶせになって、頭と胸をしっかり地面につけていると揺れがだんだんおさまってくる気がする。
ふわぁ、とあくびが出る。今朝も早かったもんな。もしかしたら寝不足も酔った原因かもしれない。少し寝た方が気分が回復するかも。
僕は寝転んで目を閉じたまま、ぼーっとする。うとうととだんだん眠くなってくる。
そうしてしばらく心地よい時間がすぎる。
――――もぞもぞ
ん? なんだろう。わき腹あたりがなんかくすぐったい。草があたってるのかな。
でも、動くのめんどくさいなぁ……。
僕はめんどくささと眠気をてんびんにかけて眠気をとる。今は動きたくないや。かゆいのは我慢しよう……。
――――もぞもぞもぞ
あれ? なんか動いてる? 草じゃないかも?
疑問と同時にめんどくささも眠気もふっとぶ。
僕はぱちりと目を開けて体を起こした。
「うわぁ! なに!?」
草だと思っていたらでっかいネズミだ!
まんまるでふわふわなのが2匹、僕の横でちょこちょこと動いている。いつのまに……? 全然気づかなかった。
僕が驚いて眺めていると、ネズミのくりくりの丸い瞳と目が合う。ネズミはなにを思ったのか僕の方に寄ってきて膝に乗ってきた。めちゃくちゃなつっこい。そっと毛をさわると見た目以上にふわんふわんだ。
うーん、どうしよう。すごくかわいいし、なごむけど……。このネズミ、動物かな? それとも魔獣? 日本じゃ見たことないけど、別に角も牙も爪もないし、膝の上で丸まってちょこちょこ動いてるだけで危ない感じは全然しない。
僕はチロルからもらった銀の笛を見る。
念のため、チロルを呼んだ方がいいかな……? 魔獣だったら魔法で攻撃してくるかもしれないし。でもな、こんなかわいくて弱そうな生き物を怖がってると思われるのもカッコ悪いなぁ……。
僕が悩んでいると急にネズミたちが飛び上がった。
「キューッ!!! キュッキュー!」
「キュッキュキッ!」
「え!? なに、なに!!?」
鳴き声に驚いている間もなく、ネズミたちは膝の上でどんどん跳ねたかと思うと、唐突に僕の冒険服にもぐり込みはじめた。そのまま服と服の隙間をぐいぐいと押し進んで背中をよじ登ってくる。
僕は背中が窮屈になって前屈みに座り込む。くすぐったいし重いし動きにくい!
「キュキュキュ」
「キキュ」
背中からくぐもった鳴き声が聞こえる。なんか満足げだ。
「ええ~、なに……?」
僕は意味がわからず途方にくれる。
すると、ドッドッドッと振動が聞こえてきた。
「タイチ! 大丈夫? なにかあった?」
気づいたらチロルが戻ってきていた。振動はジェダの足音だったのか。
僕は身動きがとれないままチロルを見上げて助けを求める。
「う、うーん。なんか、でっかいネズミが背中に入り込んじゃって動けないんだ。別に攻撃されてるとかではないんだけど……」
「でっかいネズミ?」
チロルはジェダからすべり降りると僕の冒険服をガバッとめくる。ボト、ボトっと背中からかたまりが転がり落ちる音がした。ああ、軽くなった。
後ろを振り向くと急に明るいところに出されて固まっているネズミが2匹。おなか丸出しでちょっとまぬけだ。
「ああ、平和鼠ね。服の中に入り込まれるなんて、タイチ、ずいぶんなつかれたね」
「最初は膝の上に乗ってきたんだけどさ、急にもぐり込んで来たんだ。窮屈だったから出してもらえて助かったよ」
「なるほどね。じゃあ、ジェダに驚いたのかな? なんかタイチが困ってそうなのが見えたから急いで戻っちゃったし、地竜は普段この辺にはいない魔獣だからね」
「ああ、そっか。僕は隠れ家に使われたんだね」
僕は固まっているネズミの腹をツンとつついた。我に返ったネズミたちがまた僕の膝に登ってくる。ジェダの方をしきりに見てキューキュー鳴いている。たぶん、危ないから離れろと言いたいのかな?
「落ち着いてよ、キミたち。ジェダはギルドビーストだし勝手にキミらを襲ったりはしないよ」
ネズミたちの丸い背中を僕はポンポンと叩く。うーん、ふわふわ。
言葉が通じるとは思ってなかったけど、それでもネズミたちは落ち着いた気がする。鳴き声が小さくなってごそごそと丸まっている。
チロルがそんな僕を感心したように見る。
「……すごいね、タイチ。平和鼠はE等級の魔獣で、攻撃性はほぼないし人にもなつくけど、簡易契約したわけでもないのにここまで心を許してるのは初めて見たよ。タイチってテイマーの才能があるんじゃない?」
「う、うーん、どうかな。僕はチロルみたいにジェダを乗りこなせる気がしないよ。
……それより、このネズミ、ピースラットか。ピースラットって動物じゃなくて魔獣なんだ?」
「ああ、一応そう。でも危険度的には動物より下かも。おとなしくてかわいい子たちよ。名前に平和ってついてるくらいだしね」
チロルも僕の横に座ってピースラットのアゴをくすぐる。気持ち良さそうにラットたちが目を細める。僕になついてるってチロルは言ったけど、チロルだってすごくなつかれてない? さすが本職テイマー。
「でも、魔獣ってことは魔法を使うんだよね?」
僕は気になったことをチロルに聞いてみる。
「そうだね。この子たちは移動に風魔法を使うかな。岩を飛び越えるとか川を渡るとかそういう時に体を浮かせて軽くするために補助として使ってるね。でも、本当にそれだけ。攻撃するような魔法の使い方はしないよ」
「なるほどぉ。本当に平和な生き物だね。
……でも、それで生き残れるの? あ、逃げ足が早いとか?」
「いやぁ、この子たちは魔獣の中ではかなりどんくさいよ。でも、強い毒を持ってるからあまり捕食者がいないのよね」
「え! この子たち毒持ってるの!? 普通にさわってたけど、大丈夫……?」
僕はあわててピースラットを撫でていた手をひっこめる。
ピースラットが不思議そうにこちらを見上げている。なんかごめん。
「ああ、それは大丈夫。毒があるのは内臓だから。体表をさわるのは全然平気よ。まあ、野生の生き物だからあとで手洗いくらいはした方がいいけどさ」
チロルの説明を聞いて僕はほっと胸を撫でおろす。
「そうだ。タイチ、もう気分は大丈夫でしょ? それなら平和鼠に薬草探させてみる? まあ、ある意味競争相手になっちゃうけどさ」
「え? どういうこと?」
僕は意味がわからずチロルに聞き返す。
「平和鼠ってモヨギ草が主食なんだよね。見つけたら食べちゃうから採取はできないけど、どういうところにモヨギ草が生えてるか確認するには平和鼠の後をついていくのもいいんじゃない?」
「そうなんだ! それはいい考えだね。
じゃあピースラットにさっそく探してもらおう」
僕はラットたちを抱えて膝からおろすと立ち上がる。
ラットたちは不思議そうに僕を見上げている。
「キミたち、ご飯食べておいでよ。モヨギ草がどこにあるか僕に教えて」
僕は草を指差しながらラットたちに伝えてみる。
足元でうろうろしていたピースラットだけど、しばらくすると移動しはじめた。ちょこちょこ動くおしりがかわいい。
僕らはその後ろをのんびりついていく。
さあ、薬草見つかるかな?
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2025.12.22 出産のため一時更新停止いたします
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