第20話:調教師リンジュと地竜試乗②
「さいっこうでした……!」
ジェダから降りたチロルは興奮気味にリンジュさんに言う。よほど楽しかったようだ。不安でどんよりしている僕と違ってオレンジの目がきらきらうきうきと光っている。
「よかったわぁ。チロルちゃんに喜んでもらえて。じゃあ、次はネフラとの相性も見ましょうね」
リンジュさんはジェダの手綱を柱につなぎ直すと、今度はチロルをネフラの方へ連れていく。
手順はさっきと同じだ。アイコンタクトをして、手でさわって、エサやり、そして背中に乗る……。二度目なのでチロルの動きはスムーズだし、ネフラの反応も早い。どちらかというと、チロルはネフラの方が相性が良さそうに見えた。すいすいと動きがスムーズで早い。
ネフラに乗ってさっきよりも身軽に調教場を走るチロルを見ながら僕はお腹をおさえる。緊張で胃が痛い。
「どうかしら? タイチくん。地竜に乗る想像はついたかしら?」
リンジュさんがにこやかに僕に話しかける。でも、正直僕は怖じ気づきそうだ。
「う、うーん。あの、チロルは本当にすごくて楽しそうでいいなぁと思うんですけど……。僕が同じようにするのはちょっと……無理かなぁって……気がするんですが…………」
僕が歯切れ悪く言うとリンジュさんは声を上げて笑う。
「アラ! それはそうよぉ! チロルちゃんはテイマーで操獣者だからね、一人で自由に乗ってもらったけど。
タイチくんの場合は同乗できればいいんだから、当たり前だけどあんな風に一人で乗りこなす必要はないわぁ。それはいくらなんでも初心者にはきついわよぉ」
「あっ、そうなんですか? よかったぁ……」
「ごめんなさいね。説明不足だったわね。
そうね、タイチくんにはさっきチロルちゃんがやったようにエサやりまでは一人でやってみてもらうわ。そこで相性を見て、問題がなさそうだったらアタシと一緒に同乗してみましょう。魔獣操作はしなくていいんだかど、地竜の揺れや高さが平気かどうかは確認しておかないといけないし、重心の置き方や操獣者を妨げない乗り方のコツも教えるわ」
「は、はい! よろしくお願いします」
リンジュさんが一緒に乗ってくれると聞いて僕は心底ほっとする。それならなんとかこなせそうだ。
そんな話をしているとチロルがネフラの試乗から帰ってくる。あいかわらずきらきらした笑顔だ。
「ただいま、タイチ! すっごく楽しいよ! 地竜って最高! タイチも早く乗ってみて……!」
「う、うん。頑張ってみるよ」
「じゃあ、次はタイチくんの相性をみましょうねぇ。
まずは棚から絆環を取って腕にはめてちょうだいね。これは魔道具の一種で、被調教魔獣の首輪と対応されているものよ。これを使って魔獣と疑似テイムを結ぶのね。
んー……、そうね。わかりやすく言うと、魔獣達にこの絆環の持ち主が主人だって教えるものだと思えばいいかしら? 万が一魔獣が暴走した時には強制的に制止する機能もあるし、魔獣から落下した時に身を守るための安全装置もついているからとても重要なものね。しっかり身につけてちょうだい」
「なるほど、わかりました!」
僕はしっかりと腕輪を手首に通す。落ちないか心配だったけど、手首につけると腕輪はしゅっと自動で大きさが変わってぴったりサイズになった。おお、すごい。さすが魔道具。
それにしてもレインリアさんにもらった通信用の銀のブレスレットに、アウェイアさんからもらった冒険者番号のリストバンド、それにこの魔獣用リングをつけているからなんだか左腕がじゃらじゃらだ。リングは右腕につけた方がよかったかな? 利き腕を空けとこうと思ってたけど、次からはそうしよう。
「絆環はつけられたかしら? そしたらジェダから相性を見るから柵を出てこちらに進んできてね」
「はい!」
僕は慎重にジェダに近寄る。リンジュさんが合図を出してくれた位置ですぐに止まる。
「さあ、それじゃあジェダと目を合わせて。静かに、落ち着いてね。瞬きは問題ないけど途中で目をそらしたり、にらんだりはしないように。あくまでも自然に、力を抜いて見つめてちょうだい」
「はい……」
僕はリンジュさんの説明を注意深く聴きながらジェダを見つめる。ジェダの琥珀色の神秘的な瞳が僕を向く。僕の心臓はどきりと跳ねる。落ち着け、落ち着け。僕は深く息を吸う。
えっと、地竜に接するときは頼れる友人と思えばいいんだよね。頼れる友人……。僕の頭にはガロンさんがぼわんと現れる。想像の中でガロンさんがにっと笑ってくれる。僕は緊張がちょっとやわらぐ。
ジェダとしっかり目が合う。切れ長の瞳孔がかっこいい。本当にきれいな目だ。目を合わせてからもうずいぶん長くたった気がする。チロルの時はこんなに長かったっけ……? 僕が初心者だからかな。でも、目をそらしたらいけない。にらんでもいけない。静かに静かに……。僕はなるべく瞬きしないように、辛抱強くジェダを見つめ続ける。
ジェダの顔がこちらに近づいてくる。目を合わせたまま首をぐっと僕の方に曲げている。首をかしげていて、まるで僕の目をのぞき込んでいるみたいだ。どうしたんだろう? チロルの時こんなことしてたっけ? もしかして相性悪かったのかな……? でも、リンジュさんはなにも言わないし……。
見つめ合いながら悩んでいるとふいにジェダがケーンッ!と高く一声鳴いた。僕は驚いてその場でとび跳ねる。
「な、な、何?」
「どうどう。……どうしたのかしら、突然興奮したわね。タイチくん悪いけれど少し下がってくれる?」
「は、はい!」
リンジュさんが間に入ってジェダをなだめる。僕はあわてて後ろへ下がった。ダメだったのかな……? しょうがないけど、やっぱりへこむ。
「う~ん? 何かしら? 単に相性が悪い……のとは違うわねぇ。警戒も拒絶もないし……。むしろタイチくんに興味をもって近づきたがってるわ」
「え? そうなんですか?」
「そうなのよ。こんなのは初めてみるわ。でも、どうしようかしら……。軽いけれど興奮状態にある地竜に近づくのはそれなりに危険性もあるわ。
……タイチくんはどうしたい? ここでやめておく?」
僕は少し考える。ちょっとこわいのはたしかだけど、でも、ここでやめるのはもったいない気がする。
「あの、よければ続けたいです」
「了解、わかったわ。それじゃあ絆環を起動させましょう。魔石を押して光らせて。万が一の時にはこれで強制制止がかかるわ。もちろんそうなる前にアタシも止めるしね。
じゃあ、静かにこちらに来てくれる?」
「は、はい」
僕は唾を飲み込むとゆっくりとジェダに近づく。チロルの時とはあきらかにジェダの様子が違う。しっぽをぶんぶん振っていて、鼻息が荒い。
「ジェダに触ってみましょうか。両手をしっかりジェダに見せて。そう。そしたら触る方の手を挙げたままゆっくりこちらに近寄ってちょうだい」
手を上げたままジェダに近づくと、僕が手を動かす前にジェダが僕のてのひらに向かって頭をこすりつけてくる。ぐるぐるのどを鳴らしていて満足そうだ。僕は驚きで目が丸くなる。リンジュさんも驚き顔だ。
「アラまあ、なんてこと。まるで人懐っこい猫みたいじゃない……。こんな反応は本当に初めてみるわ。タイチくん、アナタ、マタタビでも仕込んでる?」
「い、いや、僕にもなんでだか全然わからないです。……地竜にもマタタビって効くんですか?」
「いえ、効かないわねぇ。驚きすぎてついそんな冗談がでちゃったわ。
まあ、でも、相性がいいのはあきらかねぇ。ちょっとエサやりしてみましょうか」
リンジュさんが腰のポーチから乾燥肉を取り出す。僕はそれを受け取るとジェダの前に出してみる。
ジェダはすぐにパクリとくわえたけど、食べずに僕を見つめている。なにか言いたげだ。なんだろう?
「あの、食べていいんだよ?」
僕が声をかけるとジェダはくわえた肉を僕の口元にぐいぐいと押し付けてくる。なんで?
「あっ、もしかして僕に食べさせようとしてる? 大丈夫だよ。僕お腹いっぱいだから自分で食べなよ!」
僕は必死に身振り手振りで断る。ジェダはしばらく琥珀色の目をパチパチさせていたけど、僕の言ったことがわかったのか肉を食べ始めた。よかった。あんな硬い肉、僕は食べられないよ。
「アラまあ……。本当にすごいわぁ、タイチくん。地竜がヒトに対して世話を焼くなんて、調教師になって長いけれど初めて見たわよ。本当にどうしてかしら。単に相性がいいというだけじゃあ説明がつかないわねぇ……。タイチくん、アナタ、時間ある時にたまに調教場に顔出してくれない? 研究に協力してほしいわ」
「は、はぁ。僕でよければいいですけど……」
僕はジェダにベロベロとほっぺたをなめられながら答える。こんな風になつかれるとは予想外で正直あっけに取られている。
「まあ、それはそれとしてとにかく試乗しましょうね。一旦離すわね」
リンジュさんがジェダの手綱をぐいっと引いて僕からジェダを離す。その隙に僕は後ろへ下がった。ふう。ほっぺたがベタベタだ。
リンジュさんが僕の隣へ並ぶと、さっきチロルがしていたように指を鳴らして手で合図をする。
ジェダはすぐに伏せた。あいかわらず鼻息が荒くてしっぽをぶんぶん振っているのでちょっと近寄りづらい。
「タイチくんは鞍の前の方に乗ってくれるかしら。アタシが後ろから操作するわね」
「は、はい」
僕はおっかなびっくり鞍にまたがる。思ったよりか座りやすくて安定感がある。リンジュさんが僕の足を鐙にはめてくれる。僕は鞍についている持ち手をしっかりと握った。
僕の支度が済むとリンジュさんが後ろに乗って手綱をとる。なんか、リンジュさんに抱っこされてるみたいな格好でちょっと気恥ずかしい。
「いいかしら?」
「はい、大丈夫です」
リンジュさんが口笛を吹く。ジェダは待ってましたとばかりにすぐさま立ち上がる。うわ! 高い! それに馬と違って結構背中が斜めだ。思わず僕は前屈みになって膝をぎゅっと閉じる。
ジェダはリンジュさんの合図に合わせて歩きはじめる。ううっ、動くと上下の揺れが激しい! 落ちるほどではないけど、ゆっくり歩いててこれはちょっと……。腰がどうしても跳ねてすべるし、膝にも変な力が入ってきついし、鐙はぶらんぶらん揺れてしまう。僕はジェダに揺さぶられながら必死に持ち手つかんだ。
「タイチくんどう? 揺れがきついかしら?」
リンジュさんに聞かれて僕は素直に弱音を吐く。
「す、すみません。これは……、お、思ったよりきついです」
「そうみたいね。じゃあ、今持ってる持ち手の根本につまみがあるからそれをひとつ奥にひねってくれる?
騎乗安定装置を一段階強めましょう」
「は、はい」
僕はリンジュさんに言われた通りにつまみを回す。カチッと音がなり、ジェダの首輪がピカッと光った。体がふわっと軽くなって、さっきまで感じていたガクンガクンという揺れがだいぶ弱まっている。
「すごい! これなら大丈夫です!」
僕は崩れていた姿勢を正してリンジュさんに言う。
「よかったわ。この機能は強めすぎると魔獣からの降りた時の反動がきついんだけど、これくらいなら許容範囲ね。
地竜は馬と違って二足歩行だから揺れが強くて驚いたでしょう。慣れちゃえば心地よいくらいなんだけどね」
リンジュさんが背後から朗らかに説明してくれる。
「さて、姿勢だけどしっかり腰を落としておしりをつけて座ってちょうだいね。なるべく前屈みになったり後ろに倒れたりしないように気をつけて。そうそう。姿勢が崩れると均衡を崩して落下につながるからね。背骨はまっすぐ立てるのを意識して。でも力は入れすぎなくていいわ。体が凝っちゃうからね」
「はい!」
リンジュさんが乗りながらいろいろとアドバイスしてくれる。僕はそれをしっかり意識する。
慣れてくるとこわさも緊張もやわらいで、見晴らしの良さを楽しむ余裕もできてきた。地竜、楽しいかも。
僕らが乗っている間、ケーンッ!ケーンッ!とジェダはしきりに鳴いている。
「うーん、それにしてもジェダはご機嫌ね。タイチくんを乗せるのが楽しいみたいだわ。相性が異常にいいわねぇ」
「あはは、なんでですかねぇ? 嫌われるよりはもちろんいいんですけど……」
そんな話をしていると調教場を1周し終える。どうなることかと思ったけど、終わってみればこわくなくて楽しかった。サドルガードってすごい。もちろん、リンジュさんが一緒に乗ってくれたのもあるけど。これなら、チロルとも一緒に乗れそうだ。
僕はジェダからすべり降りる。降りたとたん、ジェダはしきりに僕に頭をこすりつけてきた。勢いがすごい。あとちょっとくすぐったい。
リンジュさんはそんなジェダをはいはい、おしまいね、となだめて離してくれる。
「さて、じゃあ次はネフラね。さあ、ネフラとの相性はどうかしら……?」
結果からいうとネフラも大差なかった。というより、興奮具合はジェダより上だ。顔中よだれまみれになってしまって、リンジュさんからタオルを借りたくらいだ。そしてネフラも僕に肉を食べさせようとした。ジェダよりもかなりしつこくて、あまりに諦めないので、少しだけかじってみせるはめになった。硬いよ……。
「いやあ、タイチくん。アナタ、面白かったわぁ。ぜひこれから調教場に頻繁に顔出してね。間違いなくジェダもネフラも歓迎よ。それに赤熱地竜の方との相性も気になるわねぇ。もちろん他の魔獣との相性も見たいわぁ」
リンジュさんはご機嫌だ。
僕はなんともいえない気分で苦笑いする。うれしいっちゃうれしいけど、理由がわからないので戸惑いの方が大きい。
お読みいただきありがとうございました。
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